さらさらと、紙の上に筆を滑らせる。
 模擬戦で優勝した事。
 テストで満点を取った事。
 洗濯に初挑戦した事。
 初めて自分で掃除をした事。
 同室者と初めて楽しく喋れた事。
 そして、今回の長期休みは実習で帰れないと云う事。
 さらさらさらさら、一文字も間違えず、書き上げる。
「坊ちゃん、宜しいので?」
「お主もしつこいのぉ。構わぬと云うておろう」
 でも、と世話役は未練がましく口にする。
「学園長殿にかけ合えば、免除していただけるでしょうに……」
「それで連中に後れを取れと? 厭じゃ厭じゃ、負けるのは御免じゃ」
「勝ち負けと云う話ではないでございましょう……?」
 泣きそうな声に、思わず振り返る。
 大の男が二人揃って、なんて情けない顔。
「男と床を共にするなど……」
「忍びに必要な技術と云われたならば、習得するまでの事よ」
 ほほほ、と軽く笑えば、一人が泣き出した。
 あれあれ、泣くほどの事かえ。
「だって、だって、坊ちゃん……」
「大の男がだって、などと云うでないわ。見っとも無い」
 懐から出した手拭で、涙を拭ってやる。
 普段ならば恐れ多いと身を引くのに、今日は大人しい。
 やれやれ、本当に気が弱っているのか。
 云ってしまえば他人事だと云うのに、可愛い大人達だこと。
「ぼっちゃんは」
「弥助」
 呼べば、下唇を噛んで黙り込む。
 そうそう、迂闊に喋るでないよ。
 壁に耳あり障子に目あり。晒してよい話ではあるまいて。
「尚の事好都合よ。これが記憶を塗り替えて、夢を見る回数が減れば恩の字じゃ」
「坊ちゃん……」
「そろそろ慣れねばなるまいよ。真っ暗闇も、狭い場所も、男の手も、一人にも」
 不安げな顔をする二人に、微笑を浮かべてやる。
「安心せい。まだ辞めさせぬよ」
「私達の事など、どうでも……」
「そう云う訳にも行くまいて。上に立つ者は、下の者を守らねばならぬからの」
 家からの仕送りの一部を、二人の手に握らせる。
 子供が持つにも大人が持つにも多すぎる額に、二人は目を見開いた。
「今期の実習は金を使ってる暇が無さそうじゃからの。それは二人でお使い」
「坊ちゃん!」
「奥方とお子に、菓子でも買っておあげ」
 二人はくしゃりと顔を歪めて、泣き出してしまった。
 まったく、目の緩い大人だこと。しょうのない。
「何、今期の休みの間だけじゃ。終わったら、すぐ戻っておいで」
「はい……」「はい……」
「まだ、一人は寂しいからのぉ」
「はい……!」「はい……!」
 泣く二人の頭を、よしよしと撫でてやる。
 まったく、私よりずっと大人だと云うのに、情けない。
 さて、墨は乾いたかの。早くこいつらを送り出さぬと、やはり残ると騒ぎ出しそうだ。



 − 遥かなる故郷



 いつの間にか、遠く遠くに、来たものだ。
(守る手から抜け出して、私は何を成すのだろう)



 備前鶴ノ丞(十二歳)



 村から近いの林の中。同じ年頃の連中とよく遊んだ場所がある。
 鬼ごっこも隠れ鬼もよくやった。俺はどちらかと云うと、鬼ごっこが得意だった。
 今の子供らの遊び場は違うらしく、少し開けたその場所は、静かだった。
「あたし、お嫁に行くの」
 お葉(よう)が、泣きながら云う。
 こんな容易く、泣く女だったか。
「二つ隣の村へ、お嫁に行くのよ」
 一つ上のこいつは、幼い頃俺の面倒をよく見てくれた。
 若旦那と清八兄さん以外に中々馴染めなかった俺を、同じ年頃の連中の中へ連れて行ってくれた。
 俺より年上なのに、俺より小さな手で、ぐいぐいと引っ張って。
 畑仕事でぼろぼろな手を、町娘と違うと云って恥じ入っていたけれど、俺はその手が好きだった。
「ねぇ。ねぇ、千草」
 日に焼けた肌。くのたまよりも荒れた手。それが延ばされ、俺の顔に触れた。
「あたし、あんたの事好きよ。ねぇ、好きなのよ。愛おしいの。誰より一番、あんたが」
「お葉」
 意味無く名前を呼べば、お葉ははっとするほど愛らしく微笑んだ。
 こんな風に、笑う奴だっただろうか。
 いつも溌剌と、弱気も弱音も跳ね飛ばすように、大口開けて笑っていたのに。
 俺が村に戻らない間に、こいつも成長したと云う事か。
 俺と、同じように。
「ねぇ、お願い、今からでも遅くないの。お父ちゃんに云って、あたしをお嫁にするって云ってよ」
「……」
「そしたらあたし、ずっと村にいられる。あんたが学校辞めたくないって云うなら、卒業するまで待つ
から」
「……」
「ねぇ、ねぇ、お願い。千草、お願い……お願い……っ!」
 俺に触れていた手で顔を覆って、おいおいと泣きだしたお葉を見下ろす。
 豊かな黒髪、細い首、細い肩、小さな背。
 けれど、緩やかな丸みを帯びた体。
 いつの間に、こいつは女になったのだろう。
 無意識のうちに伸びた手が、お葉を抱きしめる。
 細い体、柔らかい肉、甘い匂い。
 安堵したように力を抜くお葉に、血を吐く思いで告げる。
「すまん。それは、出来ない」
 抱き込んだ体が硬直する。
 罵られる覚悟だったのに、お葉は何も云わなかった。
 ただ、するすると手が動き、俺の背中を抱いた。
「あたしと結婚したら、正式に村の一員になれるのに?」
「あぁ」
「ねぇ、あたしの事、嫌い?」
「んな訳ねぇ」
「じゃぁ、何が駄目? あたしが可愛くないから? ただの村娘だから?」
「お前を可愛くねぇなんて、思った事ねぇし、村娘だから何だってんだ」
「どうして、じゃぁ、どうして。他に、好いた女子(おなご)でも居るの?」
「いねぇ。でも」
 ぎゅぅと強く、柔らかな体を抱きしめる。
「生涯を捧げると、決めた御人が居る」
 ふ、と、お葉の強張った体がほぐれた。
 それから、くすくすと笑い出す。
「……若旦那相手じゃ、勝てないねぇ」
 呆れたような、けれど、納得したような声音でお葉が云う。
 こいつは理解しているから。
 俺がどれだけの思いを、若旦那にかけているか。
 色恋でもなければ、愛でもない。
 名前を付けるには重すぎる、それを。
「……あんたを見つけたのが、あたしだったら」
「そしたら俺は、此処にいねぇ」
「……酷い奴」
「すまん」
 すぃとお葉が身を離す。
 俺の目を真っ直ぐ見詰めながら、腰紐に手を掛けた。
「お」
「生娘好むなんて、お武家様だけでしょ?」
 にこりと、お葉が微笑む。
 妖艶な女の笑みに、喉が鳴った。
「最後だから、貰って行ってよ」



 − 秘密基地



 もう一度抱き寄せた体はやはり柔らかく、甘く薫った。
(きっと、この場所へは、もう二度と来る事はないだろうなと、思った)



 加藤千草(十二歳)



 触れただけなのに震える体が、堪らなく愛おしく思えたのは、嘘ではないのです。
「は?」
 今、もうこんな事止めたい、と云われたような気がしましたが。
 僕の幻聴でしょうか。
 そう思いながら聞き返せば、勘右衛門は青い顔を俯かせる。
「だ、だって、こんなの、やっぱり、おかしい、し……」
 しどろもどろと、僕に向かって喋る。
 おかしい? 何が?
「最近、兵助が……」
「へい君が?」
「おれ達の事、勘繰ってるから……」
 だから、何だと云うのです。
 自分の胸元を握りしめ、苦しげに話す勘右衛門を、冷え切った思いで見下ろす。
 誰が何と云おうが、僕らに何の関係があると云うのです?
 へい君が、最近僕らをやたら気にしている事は知っています。
 貴方が僕を見る度に、露骨に怯えたりするからですよ。
 そうでなければ嗅ぎ回られたりするものですか。
 思わずついたため息に、勘右衛門の肩が跳ね上がる。
 ……だから、それをお止めなさいと云うのに。
「……貴方が無駄に怯えなければ済む話では?」
「だ、だって、晴次が……!」
「僕が何か? 僕は貴方のように、人様の前で不審な行動など取っていませんよ」
「違う! 晴次が、おれに酷い事するから! おれは!」
「酷い事?」
 首を傾げる。
 酷い事とは、どう云う事でしょう?
 別に僕はしてませんけど。
 だって。
「肉を割いて、骨を取り出した事もありませんし」
「え」
「喉を潰して、舌を引き抜いた訳でも」
「あ」
「目を刳り抜いた訳でも」
「あ」
「四肢を切断した訳でもありませんでしょう?」
「ひ」
 あれ、どうしてでしょう。
 僕が喋る度に、勘右衛門の顔色がますます悪くなって行きます。
「ねぇ勘右衛門」
「や」
 逃げようとする腕を取り、引き寄せる。
「僕は、酷い事をしましたか?」
「や、やだ、やだ……!」
 家の者がやるような、酷い事など、一度もした事は無いのに。
 そんなに怯えられると、悲しいです。
 ただ離れて行かないようにと、快楽を与えているだけですのに。
 嗚呼、もしかして。
「勘右衛門は、痛い方がお好きですか?」
「ひっ……!」
「それならそうと仰って頂ければ、僕とて努力しましたのに」
 もしかして、遠慮していたのでしょうか。
 可愛らしい人です。
「ち、ちがう、ちがう! おれ、そんな……やだ!」
 丸いお目目からぼろぼろ涙を落しながら、勘右衛門がしゃがみ込む。
 許して許してと繰り返し云って震える彼を、僕はただ見下ろしておりました。



 − 触れる指先



 白くて細いうなじが見える。
(その首を絞めてしまいたい、だなんて、そんなそんな)



 鳴瀧晴次(十一歳)



 同室者はいないのに、部屋の人口密度が高ぇ。
「おー」
「……おー」
「おおおー」
「ほおー」
 横から人の顔覗き込みながら、唸る連中のせいでな!
「……何だてめぇら、うぜぇ」
 きりが付いた所で云えば、何やら曖昧な笑みを浮かべられる。
 きめぇ。何なんだマジで。
「いやいや、お前が女装の追試になったと聞いて見に来たのだが……」
 にやにや笑いながら、仙蔵が俺を見下ろす。
 てめぇの見下し視線ってなぁ、いっとう腹立つんだがよ。
「中々美人じゃないか。どうして追試になったんだ?」
「あー、それはねー」
 仙蔵とは対照的に、にこにこ笑いながら小平太が云う。
「ちーちゃんったら、実習中乱闘騒ぎ起こしちゃってさぁ」
「……失格になった」
「もぉ、千草ったら喧嘩ッ早いんだから!」
 小平太と長次の言葉を聞いた伊作が、ため息交じりに云う。
 別に好きで起こしたわけじゃねぇよ、糞が。
「でもそのお陰で人浚いの一団捕まえられたんだし、先生も大目に見てくれればいいのにさぁ」
「まぁ手柄は手柄だが、女装の実習に関して云えば失格だろう。で、追試の内容は?」
「……十人の男に「お嬢ちゃん」と呼ばれる事だとよ」
「何だ、簡単じゃないか」
「千草ならすぐだよぉ」
 人事だと思いやがって。
「あー、もう散れ散れ! どっか行け! 邪魔なんだよ!」
「もー、おちよちゃんたら駄目だよぉ、そんな言葉使いしたら」
「ぶっとばすぞ伊作!」
「落ち着け千草。着物が肌蹴るぞ」
「だああああ糞があああああ!」
 だから女装なんざ嫌いなんだよ!
 糞、周りは「似合う」とか「意外と美人」とかほざくが、俺はでぇっきれぇだ!
 大股で歩けねぇし、言葉使い一つにも気ぃ使わなきゃならねぇ、眉間に皺も寄せるなと来たもんだ!
 面倒くさすぎる!
「ちーちゃん、いさっくんと仙ちゃんにかまってると時間無くなっちゃうぞー」
「構ってねぇよ!」
「……早く、行こう……」
 小平太と長次が、同時に俺の手を握る。
 二人に挟まれる形になるが……ちょっと待て。
「……付いて来る気かよ!」
「もちのロン!」
「……当然……」
「顔輝かして云うな! いらねぇよマジ手ぇ放せ! 俺一人で充分だっつーの!」
「だってちーちゃんまた人浚いに目ぇつけられたらどうすんの?!」
「ぶちのめすわ!」
「……また、失格になる……」
「うっ!」
 い、痛ぇ所突きやがって……。
 はぁ、分かった分かった。一緒に行きゃぁいいんだろ、行きゃぁよ!
「男を侍らせて良い身分だな、おちよ! 悪女みたいだぞ!」
「仙蔵この野郎!」
「……乗せられるな……」
 どうどうと長次が云う。……馬扱いかコラ。
 確かに乗せられるまま喧嘩してたら日が暮れるわな。
 さっさと行くか。
 俺の両手は塞がっているため、小平太が率先して襖を開けた。
 ……つーかよ、別に手ぇつなぐ必要ないんじゃね? 放せよマジで。
「気を付けてねー」
「おー」
「土産買って来いよ」
「誰が買うか! 糞して寝てろ!」
 大笑いする仙蔵の声を背中に、とっとと歩きだす。
「……大股で歩くな」
「ちーちゃん、女の子らしく!」
 うるっせ、分かってるっつの!
「あ、中在家先輩! こんにちは!」
「……こんにちは」
 門へ向かう途中、二年生の集団とすれ違った。同じ委員会の後輩が居たせいで、長次に声が掛
かる。
 何となく見られたくなくて、顔をそらした。
 くそ、二年に会うとかついてねぇ。鉢屋がこっちに興味津津だしよ。穴にでも落ちてろ!
「せんぱーい。もしかして、加藤先輩ですか?」
「加藤だったら何だっつーんだ。こっち見るんじゃねぇ、死ねボケ」
「うわ、酷い! 女の子なんだからもっと優しく!」
 がああああああマジうぜぇ! こいつ、一年の頃は大人しかったくせに! ぜってぇ備前の悪影響
だろ糞がああああああ!
 ……って、何だ、鉢屋の後ろにいる奴。やたら俺の顔じろじろ見てやがる。
 箒みたいな頭しやがってこのガキ。
「……何か用?」
 さっきから言葉使い言葉使い云われるから、少し女を意識して云った瞬間。
 このガキ、鼻血噴きやがった。
「おわぁ?!」
「きゃー?!」
「ちょ、ハチ?! どうしたお前?!」
「わわ、顔真っ赤だよ?! 保健室保健室!」
 二年坊主どもが、挨拶もそこそこに慌ただしく走り去る。
 ……何だってんだ、一体。
「あいつ、ちーちゃん見て鼻血噴いたね」
「……惚れたか……」
「はぁ?!」



 − 紅色の雫



 きめぇ事云ってんじゃねぇ! と、また女を忘れて怒鳴った。
(竹谷八左ヱ門との初対面は、赤い記憶で飾られた)



 加藤千草(十二歳)



「お、何じゃ、退院しおったのか」
「……まぁな」
 ようやく新野教師から許可が出て、自室へ戻る最中、何の因果か備前に会ってしまった。
 こいつ、正直苦手だ。
 女みたいに華やかな顔立ちも、掴みどころもない性格も。
 底知れない恐ろしさがある所も。
「そう身構えるでないわ。ほれ、退院祝いをくれてやろう」
 そう云ってぽんと手渡して来たのは、手の平くらいの小さな壺だった。
 蓋を取り匂いを嗅ぐが、無臭。手に取り出すのは戸惑う。
「……何だこれは」
「琉球から届いた、不思議な形の砂じゃ。見て楽しむがよい」
 仕方なしに聞けば、さらっとそんな言葉を返された。
 ……観賞用の砂? そんな物があるのか?
 渡すだけ渡して、備前は「それじゃぁの」と云って去ってしまった。
 ……何だったのだろう。
 棄てるのも気が引けて、壺を持ったまま自室へ戻れば。
「あ、先輩お帰りなさい!」
 寝巻姿の兵助が、俺の布団の上に陣取っていた。
「……何をしている」
「先輩をお待ちしてました!」
 明るくはきはき云うのは良い事だろうが、あまり答えになっていないと思うぞ。
 俺は、何故寝間着姿で、何故俺の布団の上に陣取っているかを聞いたのだが。
 そもそもお前は、先輩の部屋に無断で入るような奴じゃないだろうに。
「土井先生からの御指示で、部屋に戻って来た先輩を見張るように云われたんです!」
「……」
 今日は鍛錬に出ようと思っていたのだが、先手を打たれたか。
 俺が兵助を無下に扱えない事を、師範はよくご存じだ。
 これが食満か善法寺だったら、蹴り倒してでも行くと云うのに。
「さ、先輩! 早く横になって下さい! 子守唄唄って差し上げますから!」
「いらん。……今まで散々眠ってたから眠くないしな」
 布団をぱふぱふ叩きながら兵助は云うが、ど真ん中にお前が陣取ってるから横になろうと思っても
無理ではないのか。
「えー、でも先輩……」
「少し待て兵助」
 頬を膨らませる兵助を手で制して、文机の上を漁る。確か此処に、まだ使って居ない紙があったは
ず……あぁ、あった。
「? お勉強ですか、先輩」
「違う」
 首を傾げながら兵助が近寄って来た。
 紙を広げ先程備前から受け取った壺を取り出す。蓋を外し傾ければ、さらさらと中身が流れ出した。
「わ、何ですかそれ?」
「備前がよこした観賞用の砂だ」
「観賞用……? あ、これ、砂なのにとげとげが付いてますよ!」
「本当だ」
 凄い凄いと兵助がはしゃぐ。確かに、こんなに小さい砂粒に棘がついているとは驚きだ。
「でもこんなに小さいと武器になりませんね」
「確かに。……と云うか、観賞用だから武器にならずともいいんじゃないか?」
「あ、それもそうですね!」
 頬を赤く染めて、照れたように兵助が云う。
 こいつも根っからの忍び気質だな。
「観賞用って思うと、何だか可愛いですねぇ」
「……」
 紙を慎重に持ち上げ、半分を壺に戻し、残り半分をそのまま包んだ。
「やる」
「え?! い、いいんですか?」
「構わない。……心配させた、詫びだ」
「……」
 兵助は無言で、俺の顔と紙の包みを交互に見た。
 それから、困ったように微笑む。
「お詫びより、お礼の方が嬉しいです」
「……そうか」
 ならば、礼を云う事にしよう。
「心配してくれて、ありがとう」
 云って渡せば、兵助は満面の笑みを浮かべて受け取った。
「はい、先輩。……どういたしまして」



 − 星屑で地図を描く



 部屋に帰るように云ったが、頑なに首を横に振る兵助と一緒に布団に入った。
 先輩を見張りますと云ってた割に、俺より早く寝付いたのは何故だろう。
(安心しきった寝顔は、年齢よりずっと幼く見えた)



 下関大治郎(十二歳)