嗚呼本当に。
 こいつらは、泣いてばかりだ。
「ごめ、ごめん、ごめんなぁ……っ」
「ひっく、……うく、ごめんね……ごめんね……」
 何故泣く。
 お前らは無事だろう。傷一つないくせに。
 そう云いたいのに、口が動かない。声が出ない。
 呼吸が上手く出来ない。ごほと小さく、咳が出た。
 善法寺が震えながら俺の体に布を巻く。
「死なないで、お願い、死なないで……!」
 縁起でもない事を云うな。
 この程度で死ぬものか。
「頑張れよ、頑張れ……!」
 こちらの手を握りながら、食満が必死な顔で云う。
 一体何を頑張れと云うのか。
 泣きながら云われても、お前らが頑張れとしか云えない。
 いや、声が出ないから云えないが。
 どうして、泣くのだろうか、こいつらは。
 自分たちが傷付いた訳でもないのに。
 へまをしたのは、俺だ。
 気配を読み違え、反応が遅れた。
 だから、あの忍者に腹を切り裂かれたのは俺の失態だ。
 位置的にお前らを庇うような形になったが、そう云うつもりは無かった。
 立ち位置さえ違えば、お前らを盾なり囮なりにして反撃しただろうし。
 使える物は何でも使うのが、忍者なのだから。
 だからお前らが泣く必要はない。
 泣くのは、悲しい時、苦しい時、辛い時、痛い時なのだろうが。
 お前らは何故、今泣く?
 悲しいのか?
 苦しいのか?
 辛いのか?
 痛いのか?
 どうして。
 怪我もしていない、俺が怪我をした事を除けば、忍務は達成している。
 後は食満が持つ密書を学園に持ち帰れば、テストは合格だろうに。
 負傷した足手まといは置いて、さっさと帰還すれば良いだろう。
 追手も俺が仕留めただろう?
 こんな所で足を止めていたら、新たな追手が来るかも知れないと云うのに。
 何故こいつらは、泣きながら俺の手当てをしているのだろう。
 ごほりと、血の混じった咳が出た。
「……さっ、さと、いけ」
 ようやく出た声は、それだけを云った。
 途端、二人の涙の量が増えた。
「見捨てるもんか……!」
「誰が置いて行くか……!」
 二人揃って、そんな事を云う。
 だから、お前らは馬鹿なんだ。
「あほのは組」呼ばわりされるのも、お前らのせいだな。
 布を巻き終えたらしい善法寺が、食満を呼ぶ。呼ばれた食満は頷いて、俺を背負った。
 馬鹿が。余計な事を。
「頑張れよ、死ぬなよ……!」
「すぐ、すぐだからね。学園まで、すぐだから……!」
 善法寺の手が、俺の背中に添えられる。
 だから、置いて行けと云うのに。
 本当に、こいつら、馬鹿だ。
「大治郎……目ぇ、閉じるなよ……」
「絶対、絶対助かるからね。諦めないでね、大治郎……」
 必死な声に、失笑した。
 けれど、気分は悪く、なかった。



 − 名前に込められた意味



 こいつらが傷付かなくて良かったと、ふと、思った。
(名前を呼ばれるのが心地良かった。ただ、それだけだ)



 下関大治郎(十二歳)



 三年生がお一人、実戦テストで死にかけました。下級生向けのテストだったはずらしいのですが、
先生方が読み違えたとか。お気の毒なお話です。
 委員長を筆頭に、保健委員は連日医務室に詰めております。何かあった際、直ぐに対応出来る
ようにとの事です。
 下級生はその三年生の世話から外されておりますが、他の生徒への対応を任されました。
 僕ももう二年生、そのお役目、立派にこなしてみせましょう。
 まぁ実際の所、怪我人への対応と云うより。
「大治郎ううううううううっ!」「せんぱああああああああいっ!」
「お二人ともお静かに!」
 御見舞に来る方々への対応が主になっているような気がします。
「晴次! 大治郎は! 大治郎は?!」「晴次! 先輩は! 先輩はぁ?!」
「だからお静かにと申し上げているでしょう!」
 すぱん、と、手にしていた保健委員会日誌でお二人の頭を叩きます。
 同輩のへい君相手にならばともかく、教師である土井先生の頭を叩く羽目になるとは。
「怪我に響いたらどうするのです。お静かに願います」
「す、すまん……」「ご、ごめんな……」
 しょんぼりとするお二人。……何だか似ていらっしゃいますね。まるで御兄弟のようです。
「そ、その、それで、大治郎は……?」
「命に別状はありませんよ。ただ、出血が多かったようですから、回復は遅いようです」
 僕の言葉に、お二人が揃って顔を真っ青にさせます。
 ……お二人の方が貧血起こしそうですね。
「ぼ、ぼぼぼぼ、僕の血を先輩に……!」
「落ち着いて下さい、本当に。出来ませんから」
「私の血は?!」
「同じ事です。出来ません。はい、とにかく落ち着いて深呼吸を」
 僕の言葉に従って、お二人は三回深呼吸をなさいます。
 ……同じ動きをされるものですから、ちょっと笑えました。内緒ですけど。
「本当、困るんですよ。只でさえ、先ほどまで三年は組の先輩方が来ていて大変だったんですから」
 騒がしさでは、は組の先輩方の方が酷かったですが。
 泣くわ喚くわ嘆くわ怒るわ。
 保健委員長が怒鳴る所なんて初めて見ましたよ、僕。
「そ、そうか。済まないな本当……、大治郎が心配で……」
「お気持ちは分からないでもありませんが」
「な、なぁ、晴次。大治郎先輩に会えないのか?」
 静かにするから! と懇願するお二人に、ため息を一つ。
 彼らは下関先輩と関わりが深いですからねぇ。追い返すのもなんでしょう。
「少々お待ちを。委員長に許可を取って参ります」
 そう告げれば、お二人の顔がぱっと輝きました。……分かりやすいですね。
 お二人の期待の視線を背中に受けながら奥へ向かえば、丁度委員長が出ていらっしゃいました。
「委員長、面会希望の方が……」
「あぁ、聞こえていたよ。土井先生と兵助だろ? 構わないよ、通して差し上げて」
 あまりにあっさりと許可が出たので面喰らいましたが、委員長が良いと云うのならば良いのでしょう。
 すぐに戻りお二人に入室許可を伝えれば、勢いよく立ち上がり足音を立てながら奥へ向かわれま
した。
 ……お静かにと申し上げましたのに。まったくもう……。
 ため息を着くと同時に、またお外に人の気配が。……千客万来ですねぇ。



 − 虹の架け橋



 これも貴方が愛されている証拠でしょうか、下関先輩。
(間に架けられている橋は、ちょっと大変ですよ)



 鳴瀧晴次(十一歳)



 倒れ込んだ潮江を見下ろす。
 唖然とした顔をしていて、幼い顔立ちがさらに幼く見えた。
 周囲で観戦していた連中も、似たような顔。
 それもそうか。
 日夜鍛錬鍛錬云って鍛えているい組の精鋭、潮江文次郎を、甘やかされたお坊ちゃんである私が倒
したのだから。
「しょ……勝者、備前鶴ノ丞!」
 審判役をしていた者も、信じられないと云った声で宣言する。
 嗚呼、何だろうか、この感覚は。
 背筋が、ぞくぞくと粟立って来る、このむず痒いような感覚は。
 呆気にとられていた顔が、悔しげなそれに代わる。そして、尻を着いたまま睨み上げて来る。
 嗚呼、何だろう。
 何だろう、この感覚は。
 武器を納め、袂(たもと)に入れておいた扇子を取り出す。
 それを広げ、顔を覆った。
「ふ……」
 腹の底からわき上がる衝動に身を任せれば、
「ほ、ほほほ、……ほほほほほほっ! ほほほほほほほほっ!」
 大爆笑が漏れた。
 ぎょっとする周囲に、さらに笑いが湧きあがる。
 そうか、そうか。
 これは、この感情は!
「だらしがないのぉ、潮江文次郎君!」
 愉快だ! なんて愉快なのか!
「日々鍛錬鍛錬と云っておきながら! ほほほほほ! 坊ちゃん育ちの甘ちゃんである私ごときに負け
るとは! へそで茶が湧くわほほほほほほほっ!」
 上から目線で見下して、指で差しながら笑ってやる。
 またたく間に、潮江君の顔が真っ赤になった。
 涙目にまでなっている。
 その顔を見て、また背筋をゾクゾクとした心地良い感覚が走り抜けた。
「そうかそうか。世間とはこんなものか! 他の人間とはこんなものか! やれ私を甘ったれだの弱い
だの駄目だの云うからどれだけ強いかと思いきや! とんだ勘違いじゃ! 愉快じゃのお!」
「……てめぇ!」
「おお、何じゃ何じゃ。文句でもあるのかえ敗者の潮江文次郎君! お坊ちゃんの私に負けた潮江文
次郎君!」
 云えば潮江君は、ぐぅと下唇を噛みしめ、黙り込んだ。
 あれあれ、なんて可愛らしい。愛ごいではないか。
「いやぁ、良い勉強になったわ! 世間を侮るつもりはなかったが、この程度とは! このまま生きて
行くのになんら不都合はなさそうじゃ! ありがとう潮江文次郎君! お陰で眼が覚めたわ!」
 また爆笑して、潮江君を見下ろす。
 それからぐるりと周囲を見回した。
 その途中、立花君と目があって、笑みが深くなった。
 あれあれ、何故そんな、大事な物が壊されたような顔をしているのか。
 潮江君が私如きに負けたのが、そんなに衝撃的であったかな?
「弱者は黙って強者に従うが良いわ! 今後、私に文句がある奴は正面から掛かって来るが良い!
徹底的に叩きのめして、その腐った矜持、私がへし折ってくれるわ!」
 そうしてまた、爆笑してやる。
 誰も何も、云って来ない。唖然としている、もしくは、悔しげな顔をしている。
 嗚呼、あの悔しげな顔をしている連中は、潮江君に負けた者たちか。
 愉快、愉快、なんて愉快なのか!
「ぼ、坊ちゃん!」
 あれ、世話役の二人が血相を変えて駆け寄って来おった。
 人がせっかく良い気分で爆笑していたと云うのに。
「何じゃ何じゃ、血相変えおって」
「お顔に傷が!」
「はん、この程度の傷、唾付けとけば治るわ!」
「旦那様と女将さんがお嘆きになりますよ!」
「知った事か! ほほほほほほ!」
 二人までもが唖然とした顔になる。
 それはそうだろう。
 今まで私は、両の親や兄さん、とかく家の者をないがしろにした事など無いからな!
「良い気分じゃ! これ、唖然としておらんと、街へ行って菓子でも買って来なさい。今日は三郎君と
戦勝祝いをするんじゃからな!」
 そう云ってまた笑えば、片方が慌てて駆けて行く。
 嗚呼、愉快、愉快。なんて良い日なのか!



 − 抜きつ抜かれつ



 強者である事の、なんと心地良い事か!
(だが油断はすまい。弱者に逆戻りなど御免こうむる!)



 備前鶴ノ丞(十二歳)



「ちーいーちゃん!」
「うぉっ」
 縁側でのんびり茶をしばいていたら、小平太に背後から飛びつかれた。
 お前……、俺が後少し気配に鈍い奴だったら湯呑落として火傷してんぞ。
 俺の考えが読めたのか、後から来た長次がべりっと音を立てて小平太を引き剥がした。身長差が
あるせいか、抱えられた小平太の足が浮いてじたばたしている。
「……すまん」
「お前が謝るこっちゃねぇけどよ」
「何だよー、はなせよちょーじー!」
 宙ぶらりんのまま、じたじたする小平太はどこか動物じみている。見ていて楽しいが、少し哀れだ。
 目線で放してやれと云えば、長次は小首を傾げつつ小平太を解放した。
 途端、小平太はまたもや俺に飛びついて来る。
 こいつなりの友愛の表現なのだが、ちょいと過激だ。は組の伊作辺りがやられたら、吹っ飛んだつ
いでに穴に落ちそうだな。
「ねぇねぇちーちゃん、聞いた?」
「何を」
「お鶴ちゃんの話!」
 お鶴。……備前鶴ノ丞か。
 正直、聞きたくない名前だ。
「あのカマ野郎がどうした」
 仕方なしに聞き返せば、ぷくりと小平太の頬が膨らんだ。長次も眉間にしわを寄せる。
「あー、またカマって云った!」
「千草……良くない……」
 あー、はいはい。俺が悪かったよ、ったく。
 仕方なしに謝れば、小平太がにっこり笑って話の続きを始めた。
「お鶴ちゃんねぇ、すごいんだぞ! 組内たいこーのもぎ戦で文次郎に勝って優勝したんだ!」
「何?!」
 驚きのあまり、今度こそ湯呑を落とす所だった。
 あのカマ野郎が、蝋燭のように肌の白く細っこい奴が、文次郎に勝っただと?!
 冗談だろ、優秀い組の精鋭だぞあの野郎!
 文次郎が油断しやがったのかどうかは知らねぇが、聞き捨てならねぇ話だ。
「ほんとすごかったんだって! かれーに文次郎やっつけて、高笑いぶちかましたって!」
「……高笑い?」
 マジか? と長次に視線をやれば、こくりと頷かれる。
 高笑い。
 あいつが? ……似合わねぇな。
 いや、扇子を片手にあの顔で高笑い……はまってるか。よく考えれば。
「……で、小平太。何でお前はそんな嬉しそうなんだよ」
「だってお鶴ちゃんが笑ってたから!」
 そう云って満面の笑みを浮かべる小平太は、まるで自分が文次郎を華麗に倒したかのようだった。
 ……あぁ、そう云えばこいつら、やたら備前の事気にしてやがったな。
 あいつが虐めにあってるだの、ハブられてるだの、泣かされてるだの云って。
 綺麗な顔だから、笑ったら絶対可愛いのにとかほざいてたような。
 ……お前ら男色か。
「もうお鶴ちゃんいじめるような奴出てこないよな! これでお鶴ちゃん泣かなくて済む!」
「はいはい、良かったな」
「何でそんなてきとーなんだよちーちゃん! ちーちゃんだって嬉しいだろ!」
「何で俺が! あのカマがどうなろうが知ったこっちゃねぇよ!」
 大体、あのカマが大人しく虐められるタマかよ!
 人の顔面に利き腕で拳入れるような奴だぞ!
 ……顔だけは可愛いのに。
 あれ、今俺、あのカマの事可愛いっつったか? 可愛いつったか?
 いや気のせい気のせい。んな訳ねぇ。
「……千草、根に持つのは、男らしくない……」
「うっせぇ! 誰も根になんて持ってねぇよダボ!」
 本当は、ちびっとだけ持ってるけどな。
 なんて云うか、騙された自分に腹が立つっつぅか、男らしくねぇカマ野郎に腸煮えくり返るって云う
かよ。
 ……よく分かねぇよ、糞。
 ただ、まぁ。
 もう、裏裏山で、一人めそめそ泣かずに済むなら、良かったんじゃねぇの?



 − ねがいごと



 口に出しては、やらねぇけど。
(それは確かな、願いだった)



 加藤千草(十二歳)



 暇だ。
 怪我がどれだけ深いかは知らないが、いい加減横になってるだけは飽きた。
 大体、痛くないのに何故此処まで徹底的に安静を云い渡されるのか。
 新野教師は大げさに違いない。
 嗚呼全く。
 動けないわ師範と兵助は泣くわ、組の連中には詰られるわ、食満と善法寺は時間さえあれば側に
いるわ、担当教師らには謝り倒されるわで散々だ。
 いい加減、元の生活に戻りたい。
 ムカムカと腹を立てている所で、人の気配を感じた。
 これは……保健委員長の物か。
「大治郎君、起きているかな?」
「はい」
「丁度良かった。お客様だよ」
 またか、とため息を一つ。今度は一体誰が来たのやら。
 了承を告げれば、保健委員長は笑いながら顔を引っ込めた。それから少しして、見知った気配。
 ……これは。
 思わず起き上る。
 衝立の向こうから見覚えのありすぎる顔がのぞいた瞬間、その名を呼んだ。
「利吉さん」
「良かった。思ったより元気そうだね、大治」
 にこりと笑う精悍な顔に、懐かしさが込み上がった。
 おかしい。まだ別れて二年と少ししか経っていないはずなのに。
「こら、起き上がってちゃ駄目だよ。まだ寝てないと」
「痛くありません」
「君の痛くないは全く当てにならないよ。ほら、いい子だから」
 云われ、渋々と横になる。にこりと、また微笑まれた。
「利吉さん、何故学園に」
「父上から君が負傷したと手紙を頂いてね。お見舞いに来たんだ。母上は残念ながら来れなかったけ
どね」
「わざわざ申し訳ありません。大した事ないのですが」
「腹を切り裂かれて、臓器も一部やられたんだろ? 充分大した事だよ」
 くしゃりと、頭を撫でられる。
 二年前より手の皮が厚くなったように思えた。
「友達を庇ったんだって? 柄にもない事したね」
「……意図して庇った訳ではありません。迎え撃った際の立ち位置で、仕方なく」
「ふふ、母上が手紙を読んで驚いていたよ。あんなに教え込んだのにって」
「……」
 やはり、失望されてしまったのだろうか。申し訳ない気持ちが湧きあがる。
 目的の為なら味方も捨てろ、裏切れと教え込まれたのに。
 俺は結果的にあいつらを庇い、負傷した。
 自分の不甲斐無さは、奥様のお顔に泥を塗る事に等しいと云うのに。
「それと同じくらい、興味津津だったけどね」
「?」
「あの大治郎が庇う他人は、どんな子なのかって」
「……」
「後、親しい後輩も出来たんだって? 君はどんどん変わって行くな」
「……変わりたく、など」
 布団から手を出し、利吉さんの手を握る。
「どうしたの?」
「……山に帰りたいです」
「えぇ? まだ三年以上あるのに」
「此処に居るのが、怖いのです」
 初めて吐く、弱音だった。
 師範にも、伝蔵さんにも云えない弱音を、利吉さんには云えた。
「学園に入ったのは、師範の側に居たかったからです。師範に、色々教えて頂きたかったし、伝蔵さ
んにだけ任せるのは、厭だったからです」
「うん」
「山から出れば、色々な事が知れると思いました。あいつの足取りだって掴めるかも知れないと。山
では出来ない事が、出来るのではないかと、思ったのです」
「うん」
「……弱さを得るためでは、なかった、はず、なのに」
 弱みが出来てしまった。
 今まで師範ただ一人だったのに、他の人間まで抱え込もうとしている自分に気付いた。
 それが、堪らなく恐ろしい。
 自分は、師範の為だけに生きようと決めたのに。師範に笑顔を与える為だけに生きようと、決めた
と云うのに。
 するりするりと、師範と同じ領域に入り込む人間が、出来てしまった。
 大事な物は、弱味だ。敵に付け込まれる隙になると云うのに。
 どうして、自分は。



 − ノスタルジア



 それも勉強だよ。
 そう云われ、頭をまた撫でられた。
(貴方は揺るがないのに、俺は、懐旧に泣く)



 下関大治郎(十二歳)