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 膝を抱えて蹲り、ルークは一人、泣いていた。咎める者も慰めてくれる者も周りにはいないのに、
懸命に声を殺しながら泣いていた。
 ふと、隣りに誰かが降り立つ気配がした。誰であるかは、見なくとも分かる。
「まーた泣いてんのか。厭きないねぇ、お前も」
 からかうような蔑むような声音に、ルークは顔を上げた。睨みつければ女が哂う。
「何だよ。文句でもあんのか?」
「あ、あるに決まってんだろ!」
 とぼける女に怒りの声を上げても、ただ哂われるだけだった。
 両手で乱暴に頬を伝う涙を拭う。
「お前のせいで、オレは……、オレは……!」
「知らなくてもいい事を知ってしまった?」
 何故か、優しい声で云われる。驚きと共に顔を上げれば、女は今まで見た事も無い穏やかな顔をし
ていた。
「そうだよなぁ。無知のままで居れば幸せだったもんなぁ。預言なんて物も、他人の本音も知らないで、
ぬるま湯に浸かって居たかったよなぁ」
 ついでに、頭まで撫でられる。
 今までルークに対し、蔑みや嘲笑、理不尽な怒りと嫌がらせをぶつけて来るだけだった女の突然の
優しさに、途惑う事しか出来ない。
「私も思っていたさ。知らないままで居られれば幸せだったのに、って。自分の未来も本来の役目も知
らないままで居られたら、何も知らず愚かで無垢なまま、生きていけたのに、って」
 ルークには理解出来ない事を云って、女は少し寂しげに笑った。
「けどな。私の『神様』もお前の『神様』もそれを許してくれなかったんだ。それだけの話なんだよ」
 悲しげな女の言葉を、ルークは静かな気持ちで受け入れた。
 女のやった事を許す事は出来なかったが、この非道な女も自分と同じなのかと思うと、いつものよ
うに怨みと辛みの言葉を云う事が出来なかった。



 ― 巻き込まれ型人生。



 目を覚ました時、辺りは真っ暗になっていた。譜業による人口の灯りはなく、頼りは月(ルナ)の慈悲の
光のみ。それが存外明るい事に驚きながら身を起こせば、自分が花畑に倒れ込んでいた事が分かり、
次いで周囲が森である事が分かった。
 前方にある道がなだらかな下りになっている。と云う事は、此処は小高い丘か、山の中腹か。
 ――……オレら、どうなっちゃったの?
(あー。謡将を見送る途中ティアとか云う女の子が襲撃してきて、護衛は全員あの子の譜歌で気絶しちまっ
て、応戦する謡将を尻目にメイドだけでも避難させようとしてた所に、謡将がバックステップのフリーランで
避けた女の子の攻撃が来たんで、一応腰に差しておいた剣で防御。あの子の使ってた譜術と俺らの音素
固定振動数が似ていたか近かったかで、擬似超振動が起きちまってふっ飛ばされたんだな。正直、此処
がどこかは俺も分からん)
 ――マジかよ~……。帰れんの? オレ達。
(何が何でも帰らなきゃならんわな。くっそ、今頃バチカル大騒ぎだよ。ガイ達の首、飛んでなきゃいいけど
よ……)
 ――え、縁起でもない事云うなよ!
(まぁ此れでグランツ謡将の首が物理的に飛んでたら今世紀最大のギャグだな
 ――おおおおおお前なああああああっ!
 あんまりな『ルーク』の物云いに、ルーが我慢ならんとばかりに震えた声を上げる。それを気にする事も
無く、ぼりぼりと頭を掻く。
 ふと隣を見れば、襲撃犯である少女が気を失って倒れていた。
 ミルクを落とした紅茶色の長い髪が、花畑に広がっている。悪い夢でも見ているのか。眉間にかすかに
しわを寄せ、苦しげな表情をしているが、美しい顔立ちに何ら陰りは落としていなかった。
 濃紺とクリーム色、そして少女の髪と同じ色を基調とした服を見て、『ルーク』は首を傾げる。
 服の形からして礼服か喪服に近い物だと思われるのだが、それにしては陰気臭いと云うか、鬱陶しげと
云うか。戒める物は何もついて居ないし、ゆったりとしたデザインをしていると云うのに、何故か『ルーク』は
「拘束服」と云う単語を連想していた。
 いや、服装の事は置いといて。
(……おっぱいでけぇ
 ――他に云う事ねぇのかよ!
(いや、胸は重要だろ、胸は。貧乳もステータスだけど、大きいのは用途が幅広くて良い。此処まででかい
とパイ■りとか余裕だよなぁ。後もう少し尻がデカいとエロくて凄くいいと思うんだが。とりあえず一回は
お相手願いたいな。処女ならばなおの事良し。土下座してもいい)
 当の少女が聞けば怒髪天を突いて怒り狂い殴りかかってきそうな言葉を、つらつらと胸中で述べる。
 ――お前本当に最悪だよ! 涙出るわ!
 本当に泣きそうな声だった。先ほどとは違った意味で声が震えている。
 ――つか、どうすんの。こいつ、まだ気絶してるし。
 だが、ルーはこの最悪な所にはもう慣れっこなのだろう。あっさりと話題を転換させた。
(んー。そうだなぁ。とりあえず)
 ――とりあえず?
(二度寝しちまおう。実はまだ体がダルイ)
 ――さんせーい。
 やる気がない事この上ない。
 どうせ敵意を持つ者が近付いてきたら自動的に飛び起きるよう訓練されているのだしと、『ルーク』は腰
に差していた剣を抱えて寝転がった。

 *** ***

『ルーク』が二度寝をしてから二時間後。彼らは少女の手によって起こされた。
 軽く自己紹介を済ませた――『ルーク』は家名まで名乗ったが、少女はティアと云う名前だけを口にした
――後、『ルーク』はすぐさま、
「……この馬鹿タレ」
 ティアの頭を叩いた。小気味良い音が響き、ティアの頭がぶれる。
 驚いた顔でティアは叩かれた頭を押さえた。その顔は心の底から驚いており、何故自分が叩かれた
のか理解出来ていないようだった。
「な、何を……?!」
「何を、はこっちの台詞じゃい小娘。お前ね、俺をどこの誰様だと思って口利いてんの?」
「え、る、ルーク、でしょう? そう名乗ったじゃな」
「虚け者!」
 すぱーんっ。小さくティアが悲鳴を上げる。またもや頭を叩いてやったのだ。今度は鋭い音がした。
「俺はな、キムラスカ・ランバルディア王国ファブレ公爵家嫡男、王位継承権第三位を保持するナタリ
ア殿下の婚約者よ? 身分不明の小娘が軽々しく呼び捨てにしていいと思ってんのかコラ。お前はど
こぞの国の女王様か、うちの王族か、あぁん?」
「ち、違うわ! けど、その、私は……!」
「阿呆!」
 すこんっ。今度はチョップを入れてやる。ティアはうぐ、と妙な声を上げた。
 ――お前、女の頭ぽんぽん殴りすぎじゃね?
(女の子に優しくしてやりたいのは山々だが、この子正体不明の襲撃犯だし。そもそも常識を知らな
過ぎて見てて痛々しい。これは愛の鞭だ!)
 ――い、痛々しいとか云ってやるなよ……。可哀想じゃん……。
 ティアは頭を押さえ、はわはわと泡を食っている。初対面の男にぽこぽこ殴られ、説教を食らって
いるのだから分からないでもない。
 が、『ルーク』はただ単に常識を説いてやっているだけだ。公爵子息である『ルーク』を呼び捨て
に出来る人間は、両親及び王室の方々のみだ。他の公爵家の人間とて、親しくない限り”殿”や”様”
を付けて呼ぶのが当然である。たとえダアトの導師やマルクトの皇帝であっても、初対面で敬称を略
そう物なら、礼儀知らず恥知らずのレッテルを貼られるだろう。
 だと云うのにこの小娘。犯罪者の身でありながら軽々しく『ルーク』の名を呼んだ上、対等な人間相
手の言葉遣いで話し掛けてきたのだ。
 正直な話。此処がキムラスカであったならば、ティアは胴体と首が泣き別れしている。
「さてティアとやら……。もう一度聞くがな?」
「は、はいっ!」
 緊張しきった返事と共に、ティアの背筋が伸びた。ようやく『ルーク』に逆らうのは得策ではないと判
断出来たようだ。
「お前の本名と年齢、職業、出身地、及び目的を話してもらおうか。黙秘は認めん。キムラスカへの
不穏分子として即刻処分するからな。そのつもりで答えろ」
 ヒッと息を飲まれる。少しばかり可哀想な気もしたが、手加減はしてやれない。
 ――こえー。お前ちょー怖い。
(ちょーとか云うな。すこぶる頭悪そうだ)
 ――うるへー。
『ルーク』は顎を動かし、「喋れ」とティアに向かって無言で命じた。
 ティアはぶるぶる震えながら口を開いた。
「な、名前はティア・グランツで、です……」
 ――グランツ?! じゃぁ師匠の妹か?!
(さぁ? 二親等か四親等かは知らねぇけど、血縁者ではあるんだろ)
 ――に、にしんとー? よんとー?
(……二親等は兄弟の事、四親等は従兄弟の事だ。おめ、もちっと勉強しとけ)
 ――う、うるせーよ!
「と、年は十六歳、職業は……えっと、……か、家事手伝いです!」
「ほう……?」
 腕を組み、わざとらしく陰険な表情を作って顔を覗きこめば、ティアはだらだらと冷や汗を流し始
めた。……嘘をついている事が丸分かりである。
「……嘘吐くと手前の為にならんぞ」
「ううう、嘘じゃありません! い、今は家事手伝いです!」
「今は? ……ってこたぁ、前は何やってた?」
「えっと……」
 チキリ。音を立てて、『ルーク』は抱えていた剣の鯉口を切った。途端ティアは「前は軍人をしてい
ました!」と悲鳴のような声で白状した。
「ほぉ、軍人を……」
 だから仕込みナイフだの『譜歌』だのが使えたのかと納得しかけて、
「…………軍人んんんんん?!
「きゃぁ?!」
 尚更納得できんわ! と云わんばかりに「軍人」と云う単語を裏返った声で繰り返した。
「おま、そのお粗末な言動で軍人やってたってか?! あ、だからクビになったのか……」
「ち、違います! 自分で辞表を出したんです!」
「向いてないと思って?」
「ちが! 兄を仕留めるのに軍役は邪魔だったんです!」
「あ、二親等だったわ」
「は?」
「いや、こっちの話」
 ――にしんとーって事は妹? 似てなくね?
(いやー、きつめな目元が似てる。後髪と目の色一緒じゃん)
 ――あ、そう云えば。
 まじまじとティアの顔を眺めれば、確かに、謡将の面影がある。今より若い頃の謡将はこんな感
じの美少年だったのでは、と連想させる程度には。
(いや、今も一応若いんだけどね。二十七だし。髭と髪型のせいで老けて見えてるだけで、実際は
童顔だし)
 ――え、マジ?
(お前はもうちょい想像力働かせろ)
『ルーク』とて実際に髪を降ろし髭を剃った謡将を見た事はないが、想像で賄う事は出来る。
「謡将の妹で軍人だったって事ぁ、ダアトの『神託の盾(オラクル)騎士団』か?」
「は、はい。モース大詠師旗下第一小隊に所属していました。階級は響長です」
「下っ端に毛が生えた程度か。……それでそのお粗末な言動かよ! 恥を知れ!
 鞘に入れたままの剣先で額を突けば、ゴツーンと良い音がした。額を両手で押さえ痛みにぷるぷ
る震えながら、ティアが花畑に沈む。
「まぁいいや。お前が究極の阿呆で猪突猛進で痛い子なのは分かった
 ――ひでぇ。
「ついでに俺に敵意が無いってのもな。本当は手打ちにしてやる所だが、今は勘弁してやろう」
「あ、ありがとう、ございまふ……」
 のろのろと起き上ったティアが、地面に手をついて礼を云う。ようやく礼儀と云うものが何か分かっ
てきたようだ。
「キムラスカに戻るまで扱き使ってやるから、お前が出来る事云ってみろ」
「はい。回復術の『ファーストエイド』とスローインダガーです」
「……」
 無言で『ルーク』は、ティアの頬に平手打ちを喰らわせた。ぱーんと乾いた音が響き渡る。
 ――わー! 何やってんのお前ー?!
(えぇい喧しい! 黙ぁってろ!)
「なななな、何かしましたか私?!」
「何かも案山子もあるか! あほなのかお前はぁぁぁぁあ! 響長でそのスキルの無さはどう云う事
だ! そんなもんそこらの士官学生でも出来るわ! そもそも譜歌はどうした譜歌は! グランツ謡
将襲う時に使ってただろが!」
「ふ、譜歌は実戦で使えるレベルじゃないんです! あ、あの時は待ち伏せしてたから……!」
「……」
 ――……。
 腹の底から、思い切り、大きなため息。
(何だこれは……。駄目っ娘萌ジャンルか。細かい事気にしてないで萌えとけってか?)
 ――何語だよ。
(人語だ。つーか、この子本当に何? 謡将の妹で元軍人でスキルお粗末で実戦レベル紙で人より優
れてんのは顔だけって)
 そこまで考えて。
……顔だけ良ければいいか……
 ――ちょ、おい。
(日本じゃ可愛いは正義だしな。持って帰って玩具にしよ
 ――ちょ、ま、おま! 何不穏当な発言してんだ待てコラ! そもそもニホンて何だ?!
(あー、その単語は忘れろ。気にするな。……だってさぁ、それくらいしか使い道ねーじゃんホント。
……いや、待てよ。このレベルの小娘の譜歌で何で……?)
 顎に手をやり考え込む。ティアが不安げな表情で顔を覗き込んで来たので、空いた方の手で頭を撫
でてやりながらさりげなく遠ざけた。
(……仕込めば利用価値あり、か……)
 にんまりと、『ルーク』は悪い笑みを浮かべた。運が悪いのか良いのか、遠ざけらけれていたティアは
その表情を見逃していた。
「……ティア」
「は、はい?」
 何故か頬を紅潮させながら、ティアが返事をする。
『ルーク』はにこりと、人好きする笑みを浮かべた。
 今までの凶暴な行動の後ではどう考えても腹に一物ある笑顔なのだが、ティアは素直に受け止め
てしまったらしい。にこりと、愛らしい笑みを返してきた。
 油断した隙を突き、肩を抱いてこちら側に思い切り引き寄せた。倒れ込んで来たティアの耳元で、
低い声で囁いた。
「ティア…………悪いようにはしないから、黙って俺に付いて来い
 ――プロポーズかよ!
 鋭いルーの突っ込みが入った。体があったなら、裏拳もプラスされていただろう勢いのある突っ込
みだった。
 ――って、そもそも悪いようにする気満々じゃねぇか! 詐欺だ! ペテンだ!
(おいおい、人聞きの悪い事云うなよ。本当に悪いようにはしねぇって。俺的に
 ――誰かー! 此処に超絶自己中俺様人間がー!
 どこかへ向かってルーは叫ぶが、残念な事にその声は『ルーク』にしか聞こえない。
 ある意味一人漫才をしているルーを放置し、ティアへ目をやる。耳どころか首まで真っ赤に染め上
げ、硬直していた。
 その様を喉で嗤い、右手で髪を撫でてやる。びくりと、ティアの体が跳ねた。
「――返事はどうした、ティア……?」
 艶やかな低音で囁いてやれば、ティアはがばりと顔を上げ、
「ど、ど、ど、どこまでも、御供致します……!」
 涎を垂らさんばかりの蕩け切った顔で云った。
(しゃー。言質とったー)
 ――色魔だ。すけこましだ。エロテロリストだ!
(どこでそんな言葉覚えて来るんだよ)
 ――お前からだけど。
(ですよねー)



 了


 いっそティアを一般人にした方が書き易い事に気付きました。今さらですよねー。
 ティアが来てる服はユリアシティの服にちょっと装飾が付いてるような物だと思ってください。

 加筆修正 2009/08/17