「お前、頭悪いな」
 何とも失礼な女の言葉に、ルークは何も反論が出来ず黙り込んだ。
「記憶力はある癖に、致命的に応用力がない。同じ事だけを繰り返しやってていいのは、工場のロボッ
トくらいなもんだぞ。どうすんだよ」
 責められるように云われ、ルークはますます言葉を無くして行く。
 そんな事を云われても。
”表に出ていた”頃は最早遠い記憶。覚える事に精一杯で、他事など気にする余裕も無かった。目の
前の課題をこなすだけで手一杯だったのだ。そして、それで良かったのである。
 しかもこの女が来てからと云うもの、同じ毎日の繰り返しばかり。新しい知識は徐々に得られたが、
試す場所も無ければ機会も無い。
 だから女の責め句を「理不尽だ」と怒っていいと思うのだが、どうしてか反論の言葉は消えて行くば
かり。今までどれだけ反論しても徹底的にやり返されたせいだろうか。
 この女の言葉は怖い。
 一つ云えば十倍以上になって返って来るから、口応えするのが厭になるのだ。
 だからルークは俯き加減になりつつ、なんとか目だけは女に向けながら、ぼそぼそと云った。
「ど、どうすれば、いい……?」
 こう云う態度を”ひくつ”と云うのかな、などと思いつつ、精一杯下手な態度へ出た。
 すると女は、にっこりと笑う。それはもう、点数を付けるならば百点満点のついでに花丸まで描か
れそうなくらい、良い笑顔だ。
 だがその笑顔に良い思い出の無いルークは、ぞわりと鳥肌を立てる。あ、こいつ、何か企んでや
がると、今まで様々事を学習して来た脳が云う。
 こう云うのを”経験値”と云うのだと、最近知ったばかりだ。
「そうそう。下手に出る、殊勝になる、生きて行く上で必要な事だぜぇ」
 何とも意地の悪い顔で云われる。下手、殊勝、二つともルークにとって無縁の物だった。
「オレ、貴族なのに……」
 つい、不満が口を突いて出た。だが女は機嫌を損なう事なく、「いいトコ突くじゃねぇか」と楽しげ
に笑った。
「そーだなぁ。貴族なんてもんは、偉そうにしてても許されるさ。知ったかぶりしたって結構。なんせ
恥かかされたら、かかした相手の首を刎ねたって許される事があるくらいだ。でもなぁ、何にでも例
外っつーのがあるんだぜ?」
「例外?」
「そ。私とか」
 親指で自身を指さしながら、女が云う。
「お前は貴族で偉いけど、私に対してその権力を行使出来てるか? 出来てねぇだろ? 下手に出
なきゃ、情報一つ貰えない。殊勝にならなきゃ教えを請えない。だろ?」
「……そうだけどさ」
「何事にも絶対なんてねぇのさ。自分の常識が覆される覚悟をいつだってしとかなきゃぁ、上手く生
きて行けねぇよ? 自分の常識世界の非常識、絶対なんてあり得ない、上には上がいる――って
ね」
 その言葉に、ルークはぱちりと目を瞬かせた。
 上には上がいる?
「じゃぁ、お前より強いやつっていんの?」
 聞けば女は「当たり前だろ」と云って笑い出した。当たり前――当たり前、なのだろうか。
 最早ルーク自身に、「自分は強者」だと云う奢りはない。だが、自分がある程度の「権力」だの「財
力」だのを持っていた事は理解している。
 その自分を徹底的に押さえ込んでいる女が、最も強くないと云うのは――何だか面白くない。自
分より強いのだから、強者の頂点に立っていて欲しいと思う。
 そう思うから聞いてみた。一体誰より弱いのかと、お前より強い奴は誰なのかと。
 すると女は、それはもう楽しげに笑って、こう云った。
「惚れた相手と、おかあさん」
 その言葉を聞いて、直感的にルークは「からかわれている」と思った。そう思ったから「馬鹿にす
るな」と怒鳴ったルークに対して、女はやはり楽しげに笑った。
「大きくなれば分かるさ」
 大人はすぐそう云ってはぐらかすから腹立たしいのだと、ルークは思い切り頬を膨らませたのだっ
た。



 − ブリッジより愛を込めて。



 異変に気付いたのは、”長年”培われた第六感による物だろうか。
 眠りはしないものの意識をぼんやりと飛ばし、流れる雲と青い空を眺めていたハルは、脳が命ず
るままに飛び起きた。腹を借りていたクイーンが、不思議そうに小首を傾げてハルを見る。だがそ
れに対して答える前に、ハルは側に居たトニー二等兵を呼び付けた。
「レーダーの範囲を広げるように、ブリッジへ伝えてくれ」
「は?」
「……やな感じがする」
 きょとりとするトニーへ、顔を顰めたままに云う。
 何の確証もない、虫の知らせと云う奴が危険を叫ぶ。根拠などそれしかないが、生憎と、この手
の勘を外した事は無かった。性能が鈍り感知に後れを取る事はあっても、外す事は今まで一度も
無かったのだ。
「何も無ければそれでいい。後で文句も受け付ける。とにかくブリッジへそう云ってくれ」
「は、はっ! 直ちに伝えてまいります!」
 敬礼を取り、トニーが駆けて行く。それを見届けてから、ハルは文字通りティアを叩き起こした。
 目を白黒させるティアに、いつでも動ける準備をしておけと云い付ける。まだ寝惚け眼(まなこ)
のミュウを肩に乗せ、同じくまだ夢の中らしいプリンセスの首元をわしゃわしゃ撫でて無理矢理起
こした。どうも彼女は、首元の毛を逆撫でされるのが御厭らしい。ぷるぷるとしきりに頭を振り、前
足と舌を使って、懸命に元の毛並みへ戻している。
 クイーンにも一言と思い顔を上げたが、彼女は既に臨戦態勢に入っている。しきりに風の匂いを
嗅ぎ、油断なく周囲へ視線をやっていた。
「匂いますか、クイーン」
 聞けば、ぐるると喉を鳴らされた。ミュウの頭を軽く叩けば、彼もようやく覚醒したらしい。慌てて
通訳を始めた。
「匂いはまだ薄いが、確かにする。魔物と人の混じった匂いだ、と仰ってますの」
「魔物と人の混じった匂い?」
 何だろうそれは、と疑問を口にする前に、トニーが慌ただしく戻ってきた。
「ル、ルーク様!」
「どうだった、トニー二等兵」
「はっ! 二個中隊分の”敵影”をレーダーが捕えました! 視認可能範囲内のはずなのですが、
姿は見えません!」
「補助系の譜術に、空気中の第六音素(レム)を利用し、光を屈折させて身を隠す奴がある。多分
それだな」
「そ、そんな譜術があるんですか?」
 思わずと云った体で、ティアが口にした。それに対し、ハルは口の端を吊り上げ笑みを作って答
える。
「俺が作った。知ってるのはキムラスカ軍部と、『神託の盾(オラクル)』騎士団上層部だけだ」
 其れ以上の説明はせず、ハルはブリッジへ案内するようにと命じた。ティアと共にぽかんと口を
開けていたトニーは慌てて礼を取ると、先を歩んで案内を始める。その後をハルが続き、慌てたティ
アと冷静なクイーン、プリンセスが追う。
「確認できたのは敵影だけか?」
「はい。一定距離を保ちつつ、こちらを追っているようですが……何者であるのか、何が目的なの
かも見当が付きません」
 そう云ってからチラリと、窺うような視線でハルを見て来る。云うべきか云わざるべきか、迷って
いるのだろう。軍人にしては分かりやすい反応に、ハルは小さく笑った。
「”云い訳”はブリッジの指揮官へさせて貰うよ。とにかく急ごう」
「はっ」
 トニーが了承の意を込めて敬礼をする。下が冷静なのは良い事だとハルは小さく笑い、少し後
ろを小走りで追って来るティアへと手を伸ばした。後頭部を掴み、「急げ」と小声で告げる。
「下手すっと、ドンパチやる羽目になんぞ」
「……!」
 口をきゅっと一文字に結び、真剣な顔つきになったティアに対しても小さく笑い。ハルは未だ呑
気に眠っている相棒へ声を掛けた。
(いつまで寝てんだ! 起きろ!)
 ――…………あ゛ぁ゛?
(ガラ悪っ! そんなとこまで俺に似なくていいんだよ馬鹿! 緊急事態だ、とっとと起きろ!)
 ――……ん? あれ、何で歩いてんだ? 一体何が……。
(説明してやる余裕がねぇ。とりあえず流れだけ見て、極力自力で理解しろ。質問は全部後だ!)
 ――えぇー?! ちょ、無茶振り……!
 慌てぶりが手に取るように分かる声だったが、ハルは黙殺した。

 *** ***

 クイーンとプリンセスを入口の前に残し――体が大きくて入れないのだ――、ハル達はブリッジ
へと入った。
 艦長であるゼノビス中将が「お待ちしておりました」と頭を下げて来る。遠慮なく近寄れば、周囲
から疑惑半分困惑半分の視線が注がれた。だが、ゼノビスは真っ直ぐ『ルーク』へと視線を向け
ており、その目には一点の疑いも無かった。
「向こうからのアクションは?」
「今の所ありません。……ですが、姿を隠し近寄って来た時点で、敵意アリと判断しております」
「ま、当然だな。で、戦闘態勢は?」
「既に整えております」
 まるでハルが指揮官であるかの如きやり取りである。何故ゼノビスがそこまで下手に出るのか、
理由を知らない兵士もいるのだろう。訝しむ視線が集まった。
 それを今は無視して、ハルは話を続けた。
「先程トニー二等兵に告げたが、奴らの姿が見えないのは俺が作った譜術による物だ」
 その一言で、ブリッジに動揺が走った。僅かに敵意を含む気配を感じ取ったが、それも黙殺する。
「空気中の第六音素(レム)に干渉し、光の屈折を操って姿を隠すと云う補助譜術だ。譜術構成、
術式はキムラスカ軍部とダアト『神託の盾』騎士団上層部しか知らん。……故に、件の敵影はキム
ラスカではないと断言しよう」
「……理由をお伺いしても宜しいでしょうか?」
 真面目くさった顔でゼノビスが問うてくる。
 ハルは口の端だけを吊り上げ笑みを作ると、手元にあるレーダーの画面を指先で弾いた。それ
だけでゼノビスは理解したようだ。「なるほど……」と呟く。だが幾人か――ティアを含めて――は
理解出来ていないようだった。まだこちらを怪訝な目で見ている。そのため、ハルは補足を口にし
た。
「見ての通り、生物の視覚は誤魔化せる。だが、譜業相手には通じない。音と熱源は消せないから
な、超大型戦闘用譜業に必ず搭載されてるレーダーにはバレちまう。地上戦、ゲリラ戦にゃぁ向くが、
こんなデカブツ相手にゃ通用しねぇ”出来損い”の譜術なんだよ。こんな”欠陥品”、我がキムラスカ
軍部が実戦登用させると思うか?」
「彼らはダアト、もしくは全く別の第三勢力と考えるべきと?」
「そうだな。第三勢力については何とも云えないが、ダアトであるのならば色々納得行くぜ? なん
せ俺らは、この譜術の欠点を教えちゃいないんでね」
 キムラスカとダアトは友好関係にあるが、同盟を組んでいる訳でもない。さら云うなら、宗主国と
属国と云う関係でも無い。情報の提供はするが、全てをさらけ出す義務はない。
 キムラスカはいつダアトと敵対関係になってもいいように対策を立てているくらいだ。ぬるい慣れ
合いの関係など築いていない。あくまで、利害の一致で友好関係を保っているだけなのである。
 だからハルはこの譜術を開発した時、利点しか教えなかったし、忠告も「実戦登用はまだ無理」
としか云っていなかった。この譜術をダアト側に悪用された際、すぐに見破れるようにするためだ。
 キムラスカとダアトは友好関係にありながら、信頼関係には無い訳である。そしてそれは、戦争
に明け暮れて来たオールドラントにおいて、当然の関係と云えた。
 信じるのは自国のみ、守るのも自国のみで良いのである。他国など、いつ滅ぼうがどうでもよい
のだ。むしろ、自国以外はさっさと滅べが本音であろう。
 いくつもの国が乱立し続けていれば、この常識はまた別の物になっていただろう。だが残念なが
ら今のオールドラントには、雌雄を決したい二国とおまけの宗教自治区しかないのだ。
「せっかくだ。マルクトの軍人さんにこの譜術の解除方法を教えてやろう」
「よ、宜しいので?」
「構わんよ。相手の正体見極めなきゃならんし、疑いも晴らしたいしな」
 そう云って周囲へ視線をやれば、ほとんどの人間が慌てて目を逸らした。それに対して苦笑を洩
らしてから、ハルは口を開く。
「空気中の第六音素(レム)を利用してる譜術だからな。譜術砲でも譜業弾でも何でもいい、反属性
の第一音素(シャドウ)を撃ち込め。音素が乱れて譜術が無効化される」
「なるほど……」
「ま、撃ち込む前に一応呼びかけしとくか? こっちから手ぇ出したと思われるのも業腹だしな」
「えぇ、そう致しましょう」
 ゼノビスがマイクの準備を始めるのを横目に見ながら、ハルはため息を一つ。
 間違いなく厄介事のど真ん中へ頭を突っ込んでいる自覚はあったが、そこは乗りかかった船だ。
見て見ぬふりも、全て他人任せも趣味ではない。
 その辺りが”公爵子息”らしくない所だとは思うのだが、それは性分のため治す気は無かった。
 ――……なぁ、そろそろ喋っていいか?
 遠慮がちにルーが声を声を掛けてきた。”間”を選んだ呼びかけに笑みを浮かべ、応えてやる。
(おー。よく大人しく出来てたな。えらいえらい)
 ――馬鹿にすんなよ!
(褒めてやってんのに。で、状況分析は出来たか?)
 ――えぇっと、……『タルタロス』が襲撃受けそうになってる所? そんで、その相手はダアト?
(ま、そんな所だ)
 昔より状況読めるようになったなぁ、まぁ此れは分かりやすいけど、などとハルは考える。昔は全
くと云って良いほど状況も空気も読めなかった奴が、随分と成長したものだ。
 ――ダアトとマルクトは仲悪いのは知ってるけど……、何で今、このタイミング?
(予測は付いちゃいるがぁ……向こうさんに直接聞いた方が確実だな)
 まず間違いなく――あの馬鹿が無断で連れ出した導師様についてだろうな、と思いながら、ハル
は適当な言葉で濁した。考える事を促しているのだ。
 マイクに向かって呼びかけをしていたゼノビスが、こちらを向いて首を左右に振った。
 応答なし――敵意ありと判断して、良いだろう。
「それなら遠慮はいらんな。――ブチ込め」

 *** ***

 マルクトお得意の譜術砲が轟音と共に撃ち出される。まだ威嚇段階であったため、狙ったのは敵
影らの頭上だ。
 ハルが云った通り、第一音素(シャドウ)の力を込めた砲撃は空気中の音素を乱し、敵の姿をさら
け出した。まるでダイアモンドダストのように、空気中にキラキラと光の粒が舞う光景は、今の状況
を忘れ見惚れてしまいたくなる美しさだった。
 自分たちの術が破られた事に動揺したのか、敵方の陣形が明らかに崩れる。それをモニター越し
に見ながら、ハルは大きく舌を打った。
 紋章学に則って複雑な文様を描いた甲冑を纏い、中型の飛行系魔物の背に騎乗しているのは、見
間違いようもなく――ダアトは『神託の盾』騎士団の者たちであったからだ。
 此処で、先ほどクイーンが云い、ミュウが通訳した言葉の意味を理解した。魔物と人の混じった匂
い――魔物らの背に人間が乗っているが故の物だったのだ。本来ならば驚愕に値する光景なのだが、
ハルは特に何も感じない。ダアトは『神託の盾』騎士団には魔物と意思疎通を可能とする将官が居る、
と云うのは有名な話だったからだ。
「マジでダアトかよ。何考えてんだか……」
 予想としては導師様奪還になるのだが、それならばそれで、事前に通達でも何でもすればいい。タ
ルタロスの位置を特定出来ないならば、帝都へ直接クレームを入れれば良いし、こうして見つけてい
るのならば伝令を送ってくるなりすればよいのに。姿を隠しながら集団で後を付けて来るとは何事か。
(……あー……やな予感しかしねぇ)
 ハルはこの手の予感を外さない。外した事が無い。これが生まれながらの特殊能力なのか、それと
も物心付く前から重ねて来た鍛錬の成果なのかは分からないが、ハルは己が持つこの感知能力を信
用していた。
 いや、予感など使わなくとも、此れは、
「……陣形が乱れているだけで、特に反応はありませんね……」
「信号でも送って来そうなもんだけどな。……もう一度呼び掛けとけ」
「はっ」
 ゼノビスが再びマイクに向かう。この艦はマルクト軍籍の船である。ダアトは『神託の盾』騎士団とお
見受けするが何用か。応答無き場合、敵意アリと判断する。テキスト通りの呼びかけは簡単で単純で
とても分かりやすい。これで何も答えないならば、脳みそイカれた電波野郎か、人語を解せない他種
族か、攻撃すべき敵と云う事だ。
 待っていてもやはりと云うか――応答は無い。
 ――なぁ、……まずい、んじゃね?
(まずいっつーか……あぁ、まずいなぁ、これ……)
 此処までやって応答が無いならば、即攻撃に移っても許される。こちらは後を付けられると云う真
似をされた側であり、呼びかけによる警告も行っているのだ。砲撃開始命令を下しても、何ら問題は
ないのだが――
『ルーク』・フォン・ファブレの存在が、ソレを妨げる。
 戦中でも無く、乗っている艦はマルクト軍籍、しかも目的は和平交渉と来た。王族を乗せた和平に
向かう艦が他国と戦闘行為を行うなど、普通は考えられないし、あってはならない事だ。だからゼノ
ビスはその精悍な顔に軽く汗をかき、恨むようにモニターを睨みつけているのだろう。
 ――これ、マジで戦闘になっちまうの?
(このままいけば……ありうる)
 ――ど、どーにかなんねーの? オレらも居るし、イオンも居るし……それに、戦闘になったら卵が
割れちまうんじゃ……。
(だな。……あー、仕方ねぇ。ほんと、乗りかかった船だよ……)
 貴族らしからぬ仕草でガリガリと頭をかいて、ハルは云った。
「俺の名前を出せ」
「え」
「この艦に『ルーク』・フォン・ファブレが乗船していると伝えろ。それでも反応が無いなら、ファ
ブレ公爵家の名の下、戦闘を容認する」
 ブリッジ内が大きくどよめいた。
 それはそうだろう。他国の貴族が”敵国”において、自分の安全を後ろに回す発言をしたのだから。
 自分の身を顧(かえり)みないこの発言を、英断ととるか、愚行と考えるかは――結果次第と云っ
たところか。
 新たな責任を押し付けてしまったとも云えるが、”敵中”において自己を優先してばかりでは立ち行
かない。時には相手を立ててやる事も必要だ。
 我を通すだけならば、赤子でも出来る。”大人”ならば、一歩引く事も、博打を打つ事も――時には
必要と云う事だ。リスクを回避してるばかりでは、何も成せないのだから。
 ――え? い、いいのかよ。オレらの名前出しちゃって。
(ま、仕方ねぇさ。今後の事を考えて、少しでも味方は欲しい所だし。無駄な争いは避けてぇし)
 ――でも、ファブレの名前出しても無反応だったら?
(有り得ねぇな。ファブレの存在はダアトにとってもでけぇんだ。俺らに手ぇ出すって事ぁ国家(キムラ
スカ)に喧嘩を売るってのと同じなんだぜ? ファブレの名ぁ出しても無反応、もしくは引かなかった
場合……そいつぁ正真正銘完全無欠の大馬鹿野郎だよ。もしくは破滅願望者か)
 ――ふぅん? ……よくわかんねぇけど、戦う必要なくなるならそれで……。
「……申し訳ありません、ルーク様。御名前をお借り致します」
「どーぞ」
 真面目腐って断わりを入れるゼノビスに、軽い言葉と共に手も軽く振る。彼は今一度深々と頭を
下げると、マイクへ向かって言葉を紡ぎ出した。
「当タルタロスには、ファブレ家がご子息、ルーク様が乗船していらっしゃる。彼の方の御前で此れ
以上不審な行為を続けるならば、ルーク様の―――?!」
 ゼノビスの言葉が、唐突に途切れた。これで妙な騒ぎも終わりだろうと考え、腕を組み壁に背を
預け、瞼を降ろしていたハルは驚いて目を開いた。そしてモニターへ目を向ければ――
「……はぁ?」
 ――え?
 不審集団の一部――それでも、かなりの数が、一直線にタルタロスへと向かって、文字通り、”飛
んで来た”。
 集団を率いる隊長らしき人物が―― 一般兵の物とは色も形も違う、”シャープなフォルムの黒い
フルフェイスメット”を被っているのを見て、ハルは一瞬で激昂した。
(こ)
 ぶっちんと、堪忍袋の緒が切れる音を、確かに聞いた。
 まさか。
 まさか、ファブレの名を出していたと云うのに、口上を最後まで聞かず、こちらへ向かって来るな
どと!
 なんたる恥知らず! なんたる非常識!
 ダアトに所属しておきながら、ファブレ家へ対する”反逆行為”をマルクトの前で行うなどと!
 殺されても文句は云えない最大最高の愚行と分かっての行いか?!
(こんの糞馬鹿があああああああああああああああああああああああああああああああッッ!)
 ――ぎゃぁ?!
 脳内では盛大にブチ切れ、ルーを怯えさせたハルであったが、表面上は至極冷静であった。
「――ゼノビス中将!」
 鋭く司令官の名を呼べば、彼は有り得ない光景に奪われた正気を取り戻し、艦内用のマイクへ
向かって怒声を叩き付けた。
「敵対行為を確認! 迎撃開始せよッッ! 奴ら一兵足りとも我らが艦へ踏みこませるなッッッ!」
 一瞬の間を置き――
 空気を切り裂く炸裂音が、連続して発生した。

 誰もが予想しなかった、有り得ない戦闘が――いや、あり得てはいけない戦闘が、唐突に、とて
もとても唐突に――開始されたのだった。



 了


 ちまちま書いてようやく一話……。……話が進まねええええええええええ。タルタロスに何話使う
つもりだよ、って感じですよねもう!
 後何話書いたらガイが出て来るかしらー……(おい)


 執筆 2010/04/23