また女が来なくなった。
 と云う事は、また何か女にとってよからぬ事が起きたのだろう、とルークは誰にでも出来るだろう
予想をした。
 そのよからぬ事がなんなのかは分からないが、またルーク相手に弱気な姿をさらしてしまうような
事なのだろうと、想像だけはついた。
 一度だけルークは女が嘆く姿を直接見た事があった。一度だけだ。それ以降、女は弱った姿をルー
クに晒した事はない。
 ルークは、とても残念に思う。あの女が泣く姿を見るのが好きだからだ。だが、好きと同時にとて
も厭な気持にもなるので、残念でありながら安堵している事も事実であった。
 自分の事なのによくわからないな、とルークは小首を傾げる。
 傾げるついでに、女について考える事を放棄した。どうせ、此処で脳みそをこねくり回していても分
かりはしない。女は思考を止めるなと云ったけれど、無駄な事をするなとも云った。この思考は無意
味だから放棄しても良いだろう。その代わり、別の事を考えればよい事だ。
 ルークはごろりと黒い床――としか云えないので、こう呼んでいる。実際は床どころか天井も壁も
何も存在しないのだが――に転がって、積み木とは反対側へと手を伸ばした。
 そこには、女が持ち込んだ数冊の絵本があった。
 お子様にはこれくらいで丁度いいだろ? と、いつも通りの小憎たらしい笑顔と共に寄こされたそ
れを、ルークは殊の他気に入っている。女には内緒だが。
”表”に出ていた頃も、絵本は読んだ事はあった。だが、女が持ち込んだ絵本は、”表”に居た頃に
はお目にかかった事のない話ばかりだった。
 大勢の男に求婚されながら故郷の月へ帰ったお姫様。体は掌に乗るくらい小さいが勇敢な男の子。
愛する人に嘘を吐かれ憎み恨み蛇と化したお姫様。人々のために八つの頭を持つ大蛇をやっつけ
た英雄。鬼に嘘を吐かれ酷い目に遭う女の子。悪いタヌキを懲らしめる賢い兎。雪が冷たいだろうと
笠をジゾウにあげた男。恩返しのつもりだったのに空回ってしまった狐。熊を相手にスモウと云う物を
していた強い男の子。羽衣を隠されたせいで天へ帰れなくなってしまった天女様。桃から生まれて鬼
退治へ向かった男の子。亀を助け海の宮殿へ招待された男。神様を騙っていた人食い鬼たちをやっ
つけた犬。
 見た事も聞いた事もない話ばかりで、ルークは大変強い興味を持ってそれらの物語を読みこんだ。
与えた女が思わず苦笑してしまったくらい、熱心に。
 その中で特にルークが気に入ったのは、月のお姫様――かぐや姫のお話だった。
 色んな男に求婚されて、それを無理難題で追い返し、果ては帝と云う国で一番偉い人――それ王様
じゃねぇの? と聞いたら、王様より偉いんだよ、と返された――まで振って、育ての親すら置いて故郷
に帰ってしまったお姫様。
 その様はいっそ爽快であり、ルークは少し女と似ているなとまで思った。口には出さなかったが。
 凄いお姫様だな、こえー、と軽口を叩けば、女は笑った。
 ――馬鹿だなぁ。それには姫の気持ちなんて一つも書かれてないじゃぁないか。
 意味がわからず首を傾げれば、女はさらに笑った。
 ――だってそこには、竹から生まれました、お爺さんお婆さんに育てられました、男たちから求婚をさ
れました、帝と文通してました、月からの使者が来て帰ってしまいました、だけだろ。出来事についてし
か書いてないじゃないか。
 ――姫は竹から生まれた時、どうして自分はこんな所に居るんだろうって嘆いていたかも知れない、
お爺さんに見つけて貰えて嬉しいと思ったかも知れない。
 ――求婚に来た男達が期待に応えられないのを見て、使えない屑野郎共めと思ったかも知れない、
こんな私のために必死になって可哀想にと哀れんだかも知れない、死んだ男を想って申し訳ないと泣
いたかも知れない。
 ――月へ帰る時だって、こんな下界とおさらば出来て清々するわ、と吐き捨てたかも知れない、お爺
さんお婆さんと離れたくないと泣いたかも知れない、帝を愛おしんで微笑んでいたかも知れない。
 そんな事を云われて、ルークは混乱した。だって、絵本にはそんな事書いてない。全て女の空想でし
かない。けれど、絵本に「かぐや姫はそうは考えてはいない」と書いてない以上、否定だって出来ない
のだ。
 絵本に書いてないだけで、かぐや姫は女の云う通り、様々な事を思っていたかも知れない。想像す
るしかない。するしかないが――否定する要素もない。
 ならば、怖い女と判じてしまうのは――失礼な事、なのだろう。だって分からないのだから。判断材
料が無いのなら、断言してはいけないと、ルークは思ったのだ。
 そうだ。物事には全て表と裏がある。目の前に提示されているからと云って、表が真実とは限らな
い。また、隠されているからと云って、裏が真実とも限らないのである。
 ならば、
「……ガイとヴァン師匠は……本当はどうおもってるんだろう……?」
 そう呟いて、ルークは絵本を開いた。開いたページは丁度、かぐや姫が月へ帰るシーンだった。
 絵本のかぐや姫の顔は、微笑んでいるようでもあり、悲しんでいるようでもあり、困っているようでも
あって――
 やはり「怖い女」と判じれる証拠は無く、ルークはふぅと、年齢に似合わない重いため息をついた。



 − プライドより俺に跪け。



 ハルは即座にブリッジから飛び出した。後ろから掛かったゼノビスの制止には、「お前らはいつも
通りにやっとけ!」と返し、おろおろしているティアの手とトニー二等兵の腕をついでに掴んでおいた。
 強引に引きずり出された二人は目を白黒させている。外で待っていたクイーンは厳しい目でハル
を見ていた。
「クイーン。申し訳ない、不測の事態だ。だが、卵は必ず守る。信じて頂きたい」
 云えばクイーンは、「当然だ」とでも云わんばかりの態度で、鼻から息を吐いた。
「――と、断言しておいて問題はないな? トニー二等兵」
「は、はいっ! 卵の警備にはフィリン中佐自ら指揮に当たっていらっしゃいます! このような事態
になろうと、問題はありません!」
 敬礼と共に、トニーは冷や汗を掻きながらも断言した。震えながらもその言葉には、上司へ向ける
絶対の信頼が感じられた。
 その言葉に一つ頷き、ハルは再度クイーンを見上げた。
「この不測の事態を突破するため、我らも動きます。申し訳ないが、クイーンとプリンセスは此処に
居て、ブリッジを守ってやって頂きたい。貴女方がいれば、魔物たちは必ず引くと思うのだが」
 了承して貰えるか、と問えば、鷹揚な態度で女王が頷いた。姫も異論は無いらしく、母とは違い、
愛らしい仕草で首を縦に振る。
 それに礼を云い頭を下げ、今度はトニーへ声を掛ける。
「トニー二等兵には、案内を頼もうか」
「あ、案内と申しますと?」
 問われハルは、ニィと悪どい笑みを浮かべた。
「あの莫迦の所へだ。今すぐ案内しろ!」
 問答無用だ! と云えば、トニーはどもりながらも敬礼をし、先立って歩き出した。
 あの莫迦、でトニーが納得したのを見て、ハルはざまぁみろ、と大人げなく哂った。二等兵などと
云う下っ端からまで軽蔑されるレベルにまで落ちているのだ、あの馬鹿は。
 また意地悪く哂いながら、ティアの手を引いてハルは歩き出した。
 ――な、何でジェイドのとこに行くんだ?
 戸惑った声でルーが問いかけて来た。あの莫迦、で対象が誰なのか、彼にも分かったらしい。名
前を断言している。
(ゼノビスやフィリンに聞いた所、あの莫迦が馬鹿な判断して、この艦には既定の半分しか兵が乗っ
てないんだと)
 ――え、何で?
(さぁ? 莫迦の考える事は俺には分からん。――魔物の脅威はある程度退けられるとしても、不
利な事には変わりないからな。足りない分の戦力はあの莫迦で補う)
 ――……素直に戦うかなぁ?
(そこは俺の腕の見せ所だろ)
 先を歩くトニーにも、後ろを追うティアにも見えない位置で、ハルはニタリと粘っこい笑みを浮かべ
た。
(キムラスカ裏社会にその名を轟かせる調教師『ルーク・フォン・ファブレ』様の手腕、とくと見るがい
い!)
 ――ごめん。カッコつけてるつもりなんだろうけど、微妙。
(微妙云うな!)


 *** ***


「はーい。どうもコンニチハ、ご機嫌いかがかな莫迦野郎」
 チンピラ丸出しな態度と表情と声のハルを前に、声を掛けられた莫迦野郎は、
「……」
 無言だった。
「はい不敬罪。普通なら此処で即首飛んでるって何でわかんないかねこの莫迦は」
 上位の者から声をかけられ、下位の者が無視するなど赦されない。それが見過ごされるならば、王
侯貴族の地位や、軍部内での階級は意味のない物になってしまう。
 国を、軍を円滑に纏め上げるために、法律、規律は絶対に必要な物だ。個人の裁量で変えて良い
物ではない。もし変えたいと思うのならば――それは、相応の覚悟の元行わなければならない物だ。
 と云うのにこの男、相も変わらず『ルーク』に対して不遜な態度を取り続けている。ハルが吹けば飛
ぶような地位の分際で。
「……貴方に馬鹿馬鹿と云われる筋合いはありませんが?」
「筋合い? 筋合いと来たよこの莫迦!」
 もう一度莫迦、と罵って、ハルは思い切り格子を蹴り付けた。施された紋章により、触れれば痺れ
る程度では済まない電流と、音素の流れを切断する機能がついているが――ハルにとっては関係な
い。それらの機能は牢の内へ向けて発動されているのだ。カーティスが触れば彼が死にかけるが、
外側に居るハルがさわった所で全く支障はなかった。
「莫迦なお前にもわかるように説明してやろう。――マルクト帝国最高権力者は誰だ?」
「……ピオニー陛下に決まっています」
「そうだな。では我が国でピオニー陛下と同格――いや、其れ以上と云っても過言ではない位置にお
わすのが、我らが国王、インゴベルト陛下だ。陛下にはご息女がお一人いらっしゃる。その方は王女
であり、王位継承権第一位を保持している方でもある。つまり国のナンバーツーだ」
「そんな分かり切った事を偉そうに説明しないで下さい」
 その言葉に、後ろに控えていたティアとトニーは本気で呆れかえったようだ。
 分かり切った事。つまり、理解していると云う事。
 なのにこの男、他国の階級を理解していながら、『ルーク』に対して無礼な態度を取り続けていたと
云う事で。
(本気の莫迦か。いっそ殺した方がいいかもしれん)
 ――ちょ、物騒な事云い出すなよ! やだぞオレは!
(ふん。別に俺が手を下さなくとも、一言「この無礼者を殺せ」って云やぁ済むんだぜ?)
 ―― 一言っつったって、オレらが殺す事には違いないじゃねぇか! 他人にやらせたって、オレら
がやれっつったなら、オレらの殺人だろ!
(まぁそうだけど。……あー、わかったわかった。まだ見捨てないって、まだ)
 まだ、の云い方が気になるようだが、ルーはそこで一度引いた。
「そうか。分かり切っていたか。それにしては俺への態度が酷いもんだなぁ?」
「……貴方のような人に、礼を取る必要などないでしょう」
「本気の莫迦だな。莫迦莫迦ばーか。死ね莫迦」
「子供ですか」
「まだ成人前だから子供だな。――軽い脳みそ捏ね繰り回してよく考えろ莫迦。俺はな、王位継承権
二位である王妹シュザンヌの息子で、王位継承権第三位を保持するナタリア殿下の婚約者だ。今の
時点で俺は公爵子息でしかないが、それでも佐官程度の地位しか持たないお前如き、「気に喰わな
い」と云う理由だけで殺す事が出来るくらいの地位ではあるんだぞ? 分かってんのか?」
「その程度の事で人を殺そうとしますか。大したおぼっちゃまですね」
 全く持って確かにその通りなのだが、こいつが云えた立場ではない。そもそもハルは喩え話として
出しただけであって、その程度の理由で人を殺す気など全くないのだが。そこまでこの莫迦に察しろ
と云うのは無理があったな、と少し自省した。
「……本気でその減らず口縫いつけてやろうか糞莫迦」
 だが気に喰わないのも事実なので、軽くドスの効いた声で云ってやった。
「此処まで云って仕方ねぇなら云ってやろうか。俺はな、近い将来お前さんの御主人様より偉くなる
可能性があんだぞ?」
 云えばカーティスは、怪訝そうな顔になった。何故怪訝な顔になるか理解できないが、莫迦が考え
る事など理解出来ない方がいいのかも知れない。
「云いたか無いが、殿下は赤い御髪(おぐし)を持っていらっしゃらない。俺と婚姻を結んだ場合、玉
座が赤い髪を持つ俺へ転がり込む可能性が高いんだな、今の所」
 云って肩を竦めてやる。カーティスはしばし意味が分からない、とでも云わんばかりに眉間に皺を
寄せていたが、十五秒ほど経ってから、ようやく顔色を変えた。
 血の気を引かせた、青白い色へと。
「インゴベルト陛下はご高齢でな。御身体への負担もあり、俺と殿下が婚姻を結べば、即座に退位
する事もありうる、と明言していらっしゃる。勿論すぐに政界からは引けないがな。正式な引退はま
だ後だろうが――それでも表向き、最高権力は俺とナタリア殿下の物になるってこった」
 見下し目線とともに云ってやれば、カーティスは額に汗まで浮かべ始めた。云っている事は貴族の
ドラ息子的であるのだが、正鵠は得ているのである。
「つまり今俺は、限りなく権力の頂点に近い立場の人間なんだが――」
 にっこりと、穏やかな笑みを浮かべてやる。この状況で浮かべられた微笑みなど、寒々しくてたま
らない物だろうが。
「で、少々聞かせて貰いたいんだがな大佐殿――。何で、俺のような人間に、礼を取る必要はないの
かなぁ? マルクトでは、佐官程度の者が最高権力者候補を蔑んでもいいと云う法律でもあるのかい?
後学のために詳しく聞かせていただきたいんだがなぁ?」
 意地悪く問われ、カーティスは口を開いたが――開いただけで終わった。言葉はない。空気が幾度
か行き来しただけである。
 そう、他人を、『ルーク』を納得させられるだけの理由など、ある訳がない。
 何故ならカーティスは、ただ単純に、「気に喰わない」と云う手前勝手な感情からハルを嫌悪し、見
下していただけなのである。自分のお眼鏡に叶わない人間だから蔑んでも構わない。そんな事を思っ
ていた。
 これは勘違いしているのだ。
 例え現皇帝の幼馴染であっても、彼自身が権力を持っている訳ではない。あくまで、幼馴染である
皇帝が最高権力者であると云うだけの事。
 ゼノビスやフィリンからも聞いていたが――この男、虎の威を借る狐の分際でありながら、その威
を自分の物と勘違いしていたらしい。そしてその勘違いがマルクトでは容認されてしまっていた。だ
から増長して――その勘違いはさらに肥大して、ついには、他国の貴族――王族を愚弄すると云う
取り返しのつかない事態に至ってしまった。
 そもそも、現皇帝は穏健派であるのだから、例えマルクト最高権力を有していようと、他国の貴人
を愚弄するなんて事、する訳がないし、また許す訳もないのだが。
 そこらへんも理解出来ていなかったのだろう。
 これはこの莫迦だけの責任ではないが、現状、この莫迦に責任を取って貰わねば、”腹の虫が収
まらぬ”と云う事にしておこう。
「――とまぁ、本当はネチネチ虐めに虐め抜いていっそ舌噛み切って自殺したくなるレベルまで詰っ
て追い詰めて殺してやりたい所なんだが」
 ルーとティアとトニーが、同時にヒぃと息を飲んだ。
「今は時間がねぇ。これまでの無礼はとりあえず許してやってもいいから、俺の命令に従え」
 カーティスは二秒だけ黙った。そのたった二秒のうちに、それまで蜘蛛の巣を張っていた彼の脳み
そは全力で回転していただろう。
 それと同時にハルも、此処まで来てでも反抗するなら、流石にこの場で始末してやろうかと頭の隅
で考えていた。
「――はい。承知致しました、ルーク様」
 どうやら、己の手を血で汚す必要は無くなったらしい。
 ハルは顔全体でニヤリと人の悪い笑みを浮かべると、後ろに控えていたトニーへ命令した。
「聞いた通りだ。牢を開けろ、トニー二等兵!」
「は、はい!」
 予め責任者から受け取っていたカードキーを手に、トニーはばたばた足音を立てながら牢の開閉
装置へと走り寄った。
 装置の右側にある溝へカードキーを素早く通し、暗証番号を打ち込む。
 かちゃんと、あまりにも軽い音と共に鍵が開き、鉄格子に施されていた譜術も解除される。牢の内
側から扉が開く。カーティスは、どこか優越感を得たような顔をして牢から出て来た。
 ルーは何故カーティスがそのような顔をして出て来たのか分からないようだったが、彼の思考が透
けて見えたハルは、はぁと大きくため息をついた。
 そして、
「莫迦野郎」
 素早く振り上げた右足で、カーティスの側頭部を蹴り飛ばした。
 本気では無かったが――本気でやったら頭蓋骨が粉砕して中身も飛び出して十八禁どころか二十
四禁ショッキング映像大公開だ――、カーティスの体は容易く吹き飛び、大きな音を立てて壁に激突し
た。
 受け身すら取れていないその醜態に、思わず失望のため息が出た。
 ――お、おま、いきなりなに……?!
(此れ以上調子に乗らせると面倒くせぇんだよ。……いいから黙ってろ)
 蹲り頭を抑え咳き込むカーティスの肩に足を乗せる。力を入れてやれば呻き声が上がった。
「――勘違いすんじゃねぇぞ莫迦野郎」
 声も出ないだろう相手に、低い声で恫喝してやる。
「確かにお前は戦闘技能についちゃァ一流と云ってやってもいい。だがな、”心構え”は素人以下だ。
本当の玄人ってなァ、どんな時だって油断しねェんだよ。隙を見せねェ。例え寝ていようがよそ見して
ようが、不意打ちだって避けられるし防げるんだ。それを何だお前は。俺の攻撃をまとも食らいやがっ
て。――云っとくがな、俺は”ただ足を振り上げてお前の頭を蹴り飛ばしただけ”だ。目晦ましもしてい
なきゃァ死角を狙ってもねェんだよ。その意味、流石に分かるよなァ」
 上目遣いに、カーティスがこちらを見た。信じられない――そんな目をしている。
「お前みたいな戦うしか能のねェ莫迦は莫迦らしく人の命令だけ聞いてりゃァいいんだよ。てめェで考
える必要なんざねェんだ。意思も自尊心も必要ねェ。ただ俺の命令に従え。俺がお前に求めてるのは
それだけだ。それすら出来ねェんならお前なんざいらねぇわ。今すぐ死ね」
 そこで言葉を切り、相手の反応を待ってやる。
 恐らく、今カーティスの中では凄まじい葛藤が巻き起こっているだろう。三十五年と云う年月を掛けて
築き上げた砂上の楼閣を必死に守るべきか、それとも、己の命を守るために気に喰わない”小僧”に
屈するか。
 さて。普通なら命を取り、馬鹿――いい意味であれ悪い意味であれ――なら誇りを守るだろうが、こ
の莫迦はどうでるか。
 気は長くないので、後五秒経ったら”見捨てよう”とハルは思った。
「――これまでの御無礼、深く、お詫び申し上げます」
 声質が変わった。真摯な声であった。
「ご命令を、ルーク様」
 見上げてくる赤い目には、懇願の色があった。嗚呼命を取ったか莫迦だけど馬鹿じゃぁなかったか
――と、ハルは”軽く失望して”から微笑んだ。
 所詮はコレも人間か。つまらない。
「ならさっさと前に出ろ。お前は俺達の盾だ。敵は倒して味方は守れ。それだけ出来りゃァ、褒めてや
るよ」
 意地悪くそう云って、肩にかけていた足をどけてやった。
 ルーに聞こえないよう、心の奥底で独り言を呟く。
(貫き通せないなら、最初から只人であれば良いのに。下らん男だな)
 馬鹿も通せば男伊達と云ったのは誰だったか。
(これじゃァ暇つぶしにもならんかもな。まぁ、盾に出来れば上々か。飽きたら棄てよ)
 ルーが聞いたら怒髪天を突いて怒り出しそうな事を考えながら、ハルは笑顔でカーティスへ手を差
し伸べてやった。
 何をするにしても――この有り得ない状況を打開してからだ、とそう考えながら。



 了


 間が空きすぎてすいません。何だ此れ。(貴様)
 ジェイドの扱いが凄く酷い上に、晴佳がもう最低通り越して下衆なんですが書いてる本人は楽しい
です。ははは最悪!^^
 まぁ最初から扱い良いとか意気投合したらつまらんすよね! 壁や問題を乗り越えてこそ絆は深ま
るってもんですよ!
 この場合何の絆が深まるが謎ですが。SM的絆?←


 執筆 〜2010/11/11