ふぅとため息を一つ着いて、筆を置く。
 書き終わった手紙にふーふーと息を吹きかけ、書いた所同士がくっつかないように気を付けながら、
ぱさぱさと上下に振った。
 別にこんな事しなくても、かわくまで待てばいいんだけどさ。
 ちょっと、他の人に見られたら困る手紙だからね。

 ……まぁ、学園で僕の字が読めるのは、は組のみんなと、土井先生と山田先生と、潮江先輩と――
千草だけなんだけど。
 見られてまずい、とは云わないけど、千草はしょうげきは受けそうだもんなぁ。
 僕も正直、母ちゃんの命令とは云え、こう云う手紙書くのちょっと……あれだし。

「母ちゃんは心配しすぎなんだよなぁ」

 千草がお気に入りなのはわかるけど。
 息子に監視頼むのはどうかと思うよ、僕。


 僕は正直覚えてないんだけど――だって一歳かそこらの話だって云うし――、千草は僕に拾われて
村に来たらしい。
 元々は”よそもの”だったって事なんだけど。
 物心付く前から一緒に居た僕としては、もう家族なんだけどさ。
 千草が”よそもの”だった記憶がある大人たちは、いつか千草が出て行っちゃうんじゃないかって不
安になる事が多いんだって。
 金銭面で負担かけたくないって、授業料も生活費も頼ってないのが原因の一つ。
 後は、母方のおばあちゃんの住んでる所なら、わかってるって云うのも一つ。

 千草は「若旦那に拾って頂いた命ですから、若旦那の為に使い切ります」とか云ってて、出て行く気
はまったくないみたいなんだけど。
 大人はいろいろとむずかしく考えちゃうみたい。

 だから村には、千草のお嫁さん候補が何人かもう居るわけ。
 結婚させて村につなぎとめようって事らしいけど。
 そんな事しなくても、千草は僕のそばからいなくならないと思うけどなぁ。
 大人ってめんどうくさいんだから。


 低学年の頃は気にしてなかったみたいだけど、千草が学園でめきめき力を付けて行くうちに、不安
もどんどん大きくなってったみたいで。
 ついには、同じ学園に入学した僕に、千草の身辺について教えろなんて云い出した。

 これは明日来る予定の清八に渡すお手紙。
 内容はもちろん、千草について。
 千草にほれたきれいなお姉さんが居たけど、千草はぜんぜんきょうみないみたい、って書いといた。
 これで納得してくれたらいいけどなぁ。
 そのお姉さんを千草から引きはなせとか云われたらどうしよう。
 さすがにそこまでは云わないと思いたいけど……あの母ちゃんだからなぁ。

 たまに真顔で、「団蔵が女の子だったら千草と添わせたのに」とか云うし。
 僕が女だったら千草より清八と結婚したい。
 子供の意思もそんちょうしてほしいものだ。
 と云うか、普通は後継ぎの僕が男であるべきなんじゃないの?
 そこは「千草が女だったら〜」になるんじゃないの?
 母ちゃんって時々わかんないなぁ。


 墨がかわいたから、手紙を折りたたむ。
 これはもう、慣れたからきれいにたためる。
 折った紙に、「母ちゃんへ」と書けば完成。
 こう書いておけば、村のみんなは絶対に見ないし、学園のひとたちも「母親への手紙なのか」と分
かるから見ようとなんてしないし。
 母親へってある意味、最強の護符だよな。


 もう一度、ふぅとため息を一つ。
 千草は小さい頃、母ちゃんにほれてたって云うけど、すごい度胸だなって思う。
 だってあの母ちゃんだもん。
 体弱いけど加藤村最強の人だよ?
 よくほれるなんてまね出来たなって思う。
 確かに、息子の目から見ても美人だとは思うけど。
 それにひれぃするように怖いし。
 まぁ、怒られたきおくなんてほとんどないんだけどさ。
 いつも寝付いてばっかりだから。
 後は、だいたい……父ちゃんを怒って吐血してたような気がする。
 母親の吐血場面なんて、子供のじょーそーきょういくに良くないと思う。
 そのたびに父ちゃんがけっそうかえて、村のみんなも大騒ぎしてたなぁ。
 なつかしい。
 今は安岐がいるからマシになってるけど。

 まぁとにかく。
 母ちゃんがこれいじょうむちゃなことを云いませんようにと祈りながら、僕は手紙を一度、文机の
上においたのだった。



 手紙を出した三日後。
 母ちゃんから返事が来た。

「これで女を黙らせろ」と安岐特製の毒薬付きで。



「この世界のえげつないもの? ……まあ、色々あるよ……」



 息子に毒殺すすめるとか、本当にどうなんだ。

(こんな母親ですが、オレにとっては大事な大事な母ちゃんなわけで。
 あんまり責めないでやって下さいごめんなさいと、どこぞへ向けて謝った)



 了


 あれ、団蔵の母ちゃんがぶっとんだ?(おい)
 おっかしいなぁ、団蔵が怖い事考えてる話の予定だったのに……
 まぁ、加藤村に対してどんな妄想を炸裂させてるかよくわかる話ですね、本当に……。
(いやだって、あの時代で馬沢山持ってるって、それだけで相当目を付けられやすいって事で。
 十四巻のドクタケが初めてって訳ではないよなぁと思うと……つい、最強加藤村を考えてしまう訳
ですよ……!
 じゃないと加藤村滅亡を想像しなくては、ならない……!ガクブル)

 ちなみに団蔵は、その毒薬を安岐の説明文と一緒に伊作に託しました。
「どうにかしてください」と懇願しつつ。←


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