両手に抱えた大量の桃は、さっき、必死な顔した千草先輩から渡されたもの。
 最初に云われた量より大分多い”御駄賃”に、きり丸が目を小銭にしていた。

「えへ、えへへへ、これ全部売ったら幾らになるかな〜?」
「きりちゃん……」
「だめだよぉ、きり丸ぅ。ちぐさ先輩、は組のみんなといっしょに食べろって云ってたでしょー」
「う、わ、わかってらい! いくらオレでも、そこまで見境なくねぇよ!」

 必死な言葉に、わたしもしんべヱもけらけらと笑う。
 そうだよね、きり丸はドケチだけど、友情は大事にする奴だもん。
 まさか皆の分の桃を売り払うなんて……

「……有り得るかも」
「何が?」
「あ、ううん。何でも!」

 いやいやまさか、いくらきり丸だからってそんなそんな。
 あぁでも、今までの事を考えるとなぁ。


「しっかしさぁ、噂ってほんと、当てになんねぇよなぁ」


 わたしが心の中で、きり丸への信頼を天秤にかけていた時。
 どこか達観したような、大人びた顔で、きり丸が突然そう云った。
 しんべヱはきょとんとしていたけれど、わたしはきり丸が何をさして云っているのかわかった。

「千草先輩の事?」
「そーそー。あれだけみんな、「千草先輩は夢さんが好きなんだ!」って云ってたのに、本人に聞い
てみりゃ「いちばん大嫌いだ!」だぜ?」
「そうだよねぇ」
「ぼくびっくりしちゃった〜」

 ねぇ、と三人で顔を見合わせる。
 照れ隠しかも知れない、とは思わなかった。
 だって顔と声が本気だった。
 あれで実は好きとか云われても、信憑性がない。
 むしろ、言葉通り「大嫌い」なのだと納得するほかない。

 それくらい、切実な叫びだった。

 ついでに、わたし達に大目に桃を渡しながら、
「は組だけでも、誤解解いておいてくれ。……特に若旦那」
 と云った時の顔も、大分切実だった。
 後輩に思わず頼っちゃうくらい、必死だったんだなぁ、千草先輩。

「そう思うと可哀想だよねぇ」
「かわいそうって?」
「ほら、好きでもない相手を周りから好きだって思われてるなんて、可哀想じゃない?」

 云えばきり丸が、うんうんと頷いた。


「一緒にすんのはしつれーかも知れないけど、オレらが実は八宝菜の事が好きって周りから云われる
ようなもんじゃね?」


「それはやだ」
「やだー」

 まぁ実際、八宝菜の事を嫌いではないのだけれど――何でか憎めないんだよねぇ――、好きと云う
訳でもないのだから、そんな噂が出たら不本意だし、いやだと思う。
 云い出した人に文句の一つでも云わなきゃ気が済まないだろうし。

 そう考えると、今の千草先輩の状況、凄く可哀想だ。

「いきなりみんなには無理だけど……」

 しんべヱが眉尻を下げて云う。

「千草先輩の本当の気持ち、少しずつわかってもらって欲しいよねぇ」
「うーん、それもどうだろ」
「きり丸?」
「だって夢さんって、人気者だろ? その夢さんを嫌いなんて云い出したら、今より千草先輩の立場が
悪くなっちゃうかも知れないじゃん」

 確かに、とわたしは頷いた。
 わたし達一年は組は、あの人を警戒してるけど、ほとんどの下級生は懐いているし、上級生はまる
で恋しているかのように浮かれてる。
 そんな中、夢さんを嫌いだなんて云い出したら、「なんであの人を嫌いになんてなるんだ。信じられ
ない!」とか云われてしまうかも知れない。
 場合によっては、嫌がらせを受けてしまうかも。
 しゅうだんしんりは怖いって、晴先輩が云ってたもん。

 そうなってもおかしくないくらい、夢さんは皆に好かれてるんだ。
 ……やっかいな幻術だなぁ。もぉ。

「それもそうだね」
「えぇ〜。じゃぁどうしたらいいのぉ?」
「ま、千草先輩だって最上級生だ。自分でどうにかすんじゃね?」
「そんな投げやりな」
「仕方ねぇじゃん。オレらに出来る事なんて高が知れてるし、余計な事して千草先輩の邪魔になった
ら目も当てられねぇよ?」
「そりゃそうだけどさぁ……」
「とにかく、オレらは千草先輩に云われた通り、は組の皆に本当の事云っとくだけでいいんだよ。本
当に困った事になったら、”若旦那”に相談くらいするだろうしさ!」

 その時手伝えばいいじゃん、と笑ったきり丸に、そうだねと笑って返す。

 結局、わたし達一年生に出来る事なんて些細な事。
 最上級生を助けようなんて、きっとおこがましい事なんだ。

 でも、最後に見た疲れた背中を思い出すと、何だか胸の奥がもやもやした。
 悪い物を食べた時みたい。
 お腹のあたりが、重たいんだ。


 これはきっと、わたしが千草先輩の事を心配してるからなんだ。
 わたしのような落ちこぼれが、最上級生を心配するなんて失礼かも知れない。
 けど、どうしてだろう。
 あの背中を見たら、どうしても、心配になってしまった。



「今すぐぎゅっとしたいです」



 わたしがもっと賢くて、もっと強かったら、助けてあげられたのかなぁ。

(頼まれても、望まれてもいないだろうけど、わたしはふと、そう思ったのです)



 了


 乱太郎としんべヱは良い子! きり丸も良い子だけど、さばさばしてるからこんな感じかなぁと。

 まぁこの場合。
 一年生に心配かける六年生がどうなんだって話なんですが。(身も蓋も無い!)


 配布元:Abandon