うーん。
 困ったなぁ。
 あの阿婆擦れの周りには、今日も上級生下級生問わず大勢の生徒が集まってる。
 一人になる時を狙えばいいとか考えてたけど、滅多に一人にならないんだよね、あの女。

 ……って云うか、なんで一人にならない訳?
 確かあの阿婆擦れ、「此処とは違う世界から来た」とか意味分かんない事云って、行く場所がな
いからって学園側の好意で、食堂の「お手伝いさん」やらせて貰ってるんだよね?
 何で始終忍たまと一緒にいるのさ。

 ……。


 仕事、してないんじゃないの?


 確かに配膳をやってる所は見てるけど、昼休み終わる前にご飯食べてたよね。
 昨日は四年と食べてた。
 一昨日は五年と食べてて……。
 そうだ、四日前には三年と食べてて、僕も誘われたけどにーにと食べたかったから断ったんだ。
 あの後皆に、「夢さんが残念がってた」「今度は一緒に食べろよ」って云われて厭だったから、よ
く覚えてる。

 ……。

 まさかとは、思うけど。
 あの阿婆擦れ、にーにへ仕事押し付けたりしてないだろうな?

 ……。


「にーに」
「お、孫。一緒に食うか?」
「うん、食べる」

 にーにとご飯を食べるのは、僕の日課。
 にーには六年生で、その中でもかなり忙しい部類に入る人だから、食べれない日もあるけど。
 忙しくても、なるべく食堂で、僕が居る時間にご飯を食べてくれるんだ。


 にーにのそう云う所、すごく好き。


 不愉快な事に、阿婆擦れから膳を受け取って――またにーにに色目使ってた! ほんと最悪!――
同じ席に着く。
 今日はお喋りしたいから隣に座ると、目を瞬かせたにーにが「何かあったか?」なんて聞いてくれ
た。

「あのね、にーに」
「どうした?」

「……花都さんって、ちゃんと仕事してるの?」

 にーに相手に遠まわしとか、隠語とかは意味無い。
 と云うか、任務でもないのにまどろっこしい真似をされるのって、にーには凄く嫌うから。

 だから直接聞いてみたら、にーにの顔が見事に歪んだ。


 ……それだけで、よーく分かった。
 よーく、ね。


「やっぱりしてないんだ」
「やっぱりって、……気付いてたのか」

 少し驚いたような顔で、にーにが云う。
 そりゃぁね、僕、先輩たちや同級生みたいに腑抜けてないし。

「見てたら分かるもん」
「そうか……」

 それだけ云って、にーには僕の頭を撫でた。
 あ、これ、誤魔化す気だ。
 僕にはすぐに分かるよ。

「怒らないの、にーに」
「別に。俺がやりゃ済む話だ」

 そう云って、にーにはツンと澄ました顔をする。
 そのままご飯をかっ込む姿は、いつも通りのにーにだ。

 本当は僕以上に怒ってるだろうに。


 にーには。
 いつも、我慢する方を選ぶ。
 どれだけ理不尽な目に遭っても、哀しい事や辛い事があっても。
 許せない事があっても。
 相手の方が、悪くたって。

 いつだって自分が我慢して、背負い込む方を選ぶんだ。


 そう云う所を、卒業した前の委員長は「馬鹿だ」って云ってた。
 武士でもあるまいし、虚勢を張ってどうするって呆れてた。

 けど僕は、にーにのそう云う所が、可愛くて好き。
 我慢してる背中を見るのが好き。

 喚いて暴れて、自分の思い通りに物事を動かそうとする馬鹿より、よっぽどカッコいい。
 本音なんて、云えばいいってもんじゃない。
 我慢出来ない人間なんて、それこそ手に負えない馬鹿だ。


 確かに僕だって、女相手に甘いにーにに苛々する事だってあるけど。
 あんな奴に気を使う必要ないのにって、ムカムカする時だってあるけど。

 でも、だからって、あの女を殴ったり傷付けるのは、にーにじゃないよね。


 にーにから見えない角度で、僕はにっこりと笑う。

 大丈夫だよ、にーに。
 他の皆が誤解しても、他の誰にもわからなくても。

 僕だけはにーにの本当の気持ち、理解してあげるから。
 だから安心して、自分の矜持に従って生きてね。


 大丈夫だよ。
 僕が信じてるんだから。


 そう、だから、僕がやらなくちゃいけない。
 にーにが耐えるなら、耐えなきゃいけない理由を、僕が排除しなくちゃ。
 にーにを苦しめるものは、全部許さない。
 この世に存在する事すら、許さないから。



「子供の瞳が気持ち悪くて眼球を抉る、そういう性格なのさ」



 影一つ見せず笑う女を、横目に睨む。
 ちらちらと、にーにを媚びる目で見てる阿婆擦れに、口の端が引き攣った。

(嗚呼早い所どうにかしないとぼくの方がおかしくなってしまいそう。……あの目、気持ち悪いんだ)



 了


 傍観夢のテンプレの一つに、傍観主を崇拝するヤンデレキャラと云うのがあったので、孫兵と竹谷
はそう云うタイプにしてみているのです。
 ちなみに三大崇拝ヤンデレキャラは数馬、綾部、三郎だそうです。凄い納得のラインナップですね!←


 配布元:Abandon