目の前の光景に、脳髄が焼け落ちそうな錯覚を覚えた。
 壁に添えた手へ力が入り、爪がぎちぎちと音を立てる。
 食いしばりすぎた唇から、血の味がした。
 鉄錆の臭さと相まって、吐きそうになる。


 千草先輩。

 千草先輩。

 千草先輩。

 千草先輩。

 千草先輩。

 千草先輩。

 千草先輩。


 どうしてそんな女の手を握ってるんですか?


 ずるい、酷い、なんて女。
 顔が綺麗なだけで、調子に乗りやがって。
 お前なんかが触れていい人じゃねぇんだよ。
 今すぐ離れろ、放せよ。
 ふざけんな、あの売女。
 兵助達だけじゃなくて、千草先輩まで誑し込むつもりか。
 あの手。
 千草先輩に触る、あの手。
 今すぐ切り落としてやりたい。
 骨ごと全部、切断して。
 そうしたら、どうなるかな。
 沢山血が出て、きっと死ぬ。
 死ぬ、よな。
 死ねば、いいのにな。
 あんな女。
 千草先輩に、さわりやがって。
 千草先輩に、千草先輩に。
 許せねぇ。
 俺は、恐れ多くて、触らないのに。
 殴って貰ったり、叩いて貰ったり。
 そう云う時しか、触れられない肌なのに。
 面倒見のいい千草先輩の前で転ぶなんて、あざとい真似してんじゃねぇよ。
 いくら千草先輩がカッコいいからって、発情してんじゃねぇ。
 盛りのついた雌猫の方がよっぽど分別がある。

 あ、あ、あ!


 先輩が、丁寧に女を誘導して。
 岩の上に、座らせて。


 どうして、千草先輩。
 何で、そんな女の手当てなんて、してやるんですか。
 そんな女の。
 勝手に、転んだだけじゃないですか。
 どうして、何で。


 先輩の手が優しく、女の足にふれる。
 労わりながら薬草を当て、丁寧に布を巻く。


 チリチリと、耳の奥で音がする。
 脳が焼ける、音がする。

 どうして、先輩。
 千草先輩。
 何で、どうして。


 どうしてそんな女なんかに優しくするんですかッッ!


「気になるようなら、保健室へ行け」
「う、ううん! 大丈夫! あの……、ありがとう、手当てしてくれて……」
「別に……。それじゃ、俺はこれで」


 女が頬を赤く染め、媚びるような目付きで云う。
 それに素っ気なく答えて、先輩は去って行く。

 逞しい背中を、俺は無言で見送った。


 孫兵が。
 あの背中に飛びつく事を、羨ましく思っている。

 一年生が。
 抱き上げて貰える事を、羨ましく思っている。

 けど、それと同時に、とても、微笑ましく思っているのに。


 どうしてだろう。
 あの女へは、黒い憎悪しか、感じない。


 嗚呼。
 そうか、そうか。
 これは、この感情は。


 嫉妬、だ。


 羨ましい。
 妬ましい。
 悔しい。
 口惜しい。

 負の感情が綯い交ぜになって、吐瀉物と一緒に口から出てしまいそうだ。


 千草先輩。

 千草先輩。

 俺には、いつだって厳しい貴方なのに。

 ねぇ、微笑みかけてくれた事も、ないでしょう?
 優しく触れてくれた事も、なくて。
 怪我をしても、心配一つしてくれない。

 なのに、どうして、その女には、優しいんですか。

 まさか、まさか。


 その女が、好きなんですか。


 嗚呼、だとしたら、あの女。



 ……生かしておけない。



「手を繋ぐなんて大それたこと出来ないと、いつも泣いてたね」



 上手に、殺さなくちゃなぁ。
 誰にもバレないように、上手に。

(貴方が俺に振り向かないなんて知っていたからこそあのような女に奪われる事が許せないのです)



 了


 ヤンデレスイッチ入った竹谷編でした……。(目逸らし)(そらすな!)
 まぁ、その、竹谷は健気な子でして、「振り向いてくれなくてもいい、ただ好きでいさせて下さい」
と云う乙男(オトメン)だったのですが、天女さんのせいで妙なスイッチ入ってしまいましたよ、的
な。
 複雑な男心で御座います。(その一言で済ますか)
 普段の竹谷はただの千草限定どMなのになぁ。←


 配布元:Abandon