「千草君って、ホモ、なの……?」
「はぁ?」

 俺の個人飼育でなく、学園で飼っている犬達の世話をしている所へのこのことやってきた花都が、
妙な言葉を口にした。

 ほも……?
 ほもって何だ、ほもって。
 鱧(はも)の仲間か?

「この前、孫兵君の事、私より好きだって云ってたから……」

 あー、確かに食堂で云ったな。
 で、それが何で鱧の仲間の話になるんだ?

「ねぇ、変よ、それって」
「あ゛ぁ?」

 何でいきなり罵倒されてんだ俺?
 変って、人に向かって云う言葉じゃねぇだろ。

 本当に失礼な女だな。
 俺はお前へ向けて云いたい罵詈雑言を胸の内に収めてるっつーのに。

「女の子より男の子が好きなんて、そんなの、……おかしいわ。変よ」
「いや別に、女の方が好きだが?」

 備前のカマ野郎や下関のバカ野郎は、何をトチ狂ったか男の後輩に手ぇ出してやがるが――本当
にあいつら死ねばいいのに――、俺は女の方が好きだぞ。
 男に惚れた事は屈辱的な事に何度かあったが、そりゃ女だと勘違いしたからだし。
 ……つーかマジで、男とか詐欺なんじゃねぇのい組の女顔コンビ!
 今は男臭さが出てきたが、下級生の頃はモロに女だったぞ!
 いや、備前のカマ野郎は未だに、女にしか見えねぇけど。
 脱いだら筋肉すげぇのにな。
 マジで詐欺だろ。

「じゃぁ、どうして私より孫兵君の事が好きなのよ?!」
「は?」
「おかしいじゃない! 私、女なのよ?! 千草君がいいなら、結婚だって出来るし子供だって産める
のに! どうして私より男の子の方が好きだなんて云うのよ?!」
「そりゃ、アンタと孫兵じゃなぁ……」

 つい数ヶ月前にぽっと出た女と、一年の頃から手塩にかけて育てた後輩とじゃぁ比べるまでもねぇ
だろ。
 そりゃぁ、俺が万が一この馬鹿女に恋愛感情なんて鳥肌なモンを感じてんなら話は別だが。


 俺、ぶっちゃけお前の事嫌いだし。
 若旦那にも「認めない」って云われてるし。
 お前なんて娶ったら、お葉に合わせる顔なくなるし。


 つーか、マジでこの女、俺に惚れてたのか。
 何でだ。
 邪険な扱いしかしてな……ってあー、そう云えば俺の行動、傍から見たら好意的に見えてたんだっ
たか!

 そうか、じゃぁこの女も、俺が自分に惚れてるって勘違いしたって訳か?


 ……冗談は存在だけにしろよコラ。


 はぁと、大きくため息を一つ。

「お前が、何勘違いしてっかなんて、もうどうでもいいけどよ」
「え?」
「俺、別にお前の事好きでもなんでもねぇし。結婚だの何だの、勝手に喚くなよ。迷惑だ」

 じわりと、花都の大きな目に水分が浮かんできた。

 うわ、これだけで泣くのかよ?!
 どんだけ弱いんだこの女!

「どうし、て……何、でぇ……?」
「あ〜っ! 泣くな、面倒くせぇ!」
「ど、して、ひどい、ひどい、よぉ……!」

 両手で顔を押さえ、体を小刻みに痙攣させながら、花都が泣き出した。

 あー、だから厭なんだよ、普通の女と会話すんの!
 こっちがちょっと意にそぐわねぇ事云やぁ、メソメソ泣きやがって!
 いいよな女は、ちょっと泣けばすぐ被害者面出来てよ。
 男が泣いたら顰蹙買うだけだっつーのに。

 別に泣く事自体、悪いなんて云わねぇよ。
 女なんざ、どう足掻いたって力で男に勝つのは難しいんだ。
 手前の”弱さ”を武器にするくらいの”あざとさ”がねぇと、生き辛いんだろうよ。


 だから俺は、泣かない女が好きなんだ。

 手前の弱さ押さえ込んで、男相手に一歩も引かないような、気の強い女が。
 背筋まっすぐ伸ばして、こっちを睨み付けるような鋭い目ぇした女が。
 痛みも、辛みも、嘆きも、全部飲み込んで、それでも笑ってられるような女が、俺は好きなんだよ。
 そんな強がりをする、いじましさが、堪らなく好きなんだ。


 お前なんて、問題外なんだよ。


「好きなの、千草君、好き、なの……!」
「……」

 涙ながらの告白を聞きながら、どんどん感情が冷めて行く。

 此処は、あれか?
 手拭いを差し出してやる所なのか?
 そっと抱きしめてやる所なのか?

 さぶいぼ立つっつーんだ糞が。


 泣いて、何になる。
 泣いて欲しいもんが手に入るなら、幾らでも俺ぁ泣き喚いてやるよ。

 泣くしか出来ねぇ立場でもねぇ癖に。
 綺麗な服着て、体も清められて、飯も食えて、寒い思いもしてなくて。
 死ぬ恐怖に怯える事もない。
 欲しい物を欲しいと喚く事が出来る、恵まれた立場に居るくせに。


 俺は、知ってる。

 生まれ持っての弱い体でも、愛しい男の子供を、死ぬ覚悟で産んだ女(ひと)を。
 散々体売って、それでも生きたくて足掻いた、綺麗な女(ひと)を。
 気持ちが届かなくて、報われなくても、カラっと笑った女(やつ)を。
 辛酸を舐め尽して、この世の地獄を味わって、それでも前を向いた女(ひと)を。

 その女(ひと)らが、辛いもの全部飲み込んで、それでも笑ってる事を、俺は、知っている。


 腹の底から、怒りが湧いて来た。


 ふざけんなよ、この糞女(あま)。
 ふざけるな。
 どの口で、どの面下げて、俺を好きだと云いやがるッッ!

 俺の前で、泣いて、駄々をこねるなんて真似を、よくも。


「……恥知らずが」


 初めて聞く、自分の声だった。
 感情の一切を削ぎ落した、下関のような、声だ。

「今すぐ、俺の前から、消えろ」
「ちぐ、さ、く」
「二度、云わせるな」
「ま、……な、何で! どうして?! ねぇ、私、好きなの! 千草君の事が好きなの! どうして
分かってくれないの?! ねえ! どうして、どうして……!」

 触れて来る手を、乱暴に振り払う。
 明らかに傷付いた顔をされるが、どうでもよかった。


 馬鹿らしい。
 俺は今まで、何をぐちゃぐちゃと考えていたのか。


 簡単な、事だろう。
 こんなにも。


「俺は」


 譲れないものは、最早ある。


「お前みたいな女が」


 揺るがない想いは、完成されている。


「――いっとう大嫌いなんだよ!」


 俺の世界に、お前はいらない。



 9.コラ!!



 泣きながら去って行く女の背中を、いつまでも眺めるなどと云う事はせず。
 俺は己の仕事に戻った。

(何て簡単な事だったんだろう。気付かなかった俺は、大馬鹿野郎だ)



 了


 ある意味、千草成長編?(えぇー……)
 世界リセットされちゃうのは勿体ないが……、リセットされた後も、千草の心になんらかの形で残っ
ていると良いなぁ。

 まぁこのもどきはどの話とも繋がってないIf世界なんですけどね!
 真の成長は本編で……←
(傍観夢もどきと晴佳落乱はどの話とも繋がりなし。他の話は繋がってると云う面倒くさい仕様←)

 しかし千草、心狭い。
 お前、女の弱さを包みこめよって云う^^
 まぁ千草にとっては、女の弱さを許す=今まで惚れた女性に対する裏切り、みたいになっちゃって
る感じなんですかねぇ……。まぁこいつもまだ十五歳なんで、大目に見てやって下さい。(おい親ば
か)