食堂での孫兵との一件後、周囲の目が微妙に冷たい気がする。

 やっぱあれか。
 どう云う訳か大事にされてる花都の事を、「どうでもいい」と云ったのが不味かったか。
 別に後悔はしちゃいないが、面倒な事になったらどうするかな。
 俺にちょっかい出されるのはいいが、若旦那のお手を煩わせる事になったら最悪だ。

 ちっ。
 ジロジロ見てんじゃねぇよ。
 一人くらい、俺に突っ掛かって来いや根性無し共が。
 そしたら挽き肉にして、ついでに周りへの牽制してやるっつーのに。


 苛々していると、散歩させていた虎子(ここ)が手の甲を舐めて来た。
 あー、悪い悪い。
 俺感じ悪かったな、赦せ、お前相手に苛ついてた訳じゃねぇからよ。

 頭を撫でてやれば、ゴロゴロと喉を鳴らされた。
 こう云う所を見ると、図体でかくても猫だなと思う。
 今日はせっかく機嫌よく散歩してんだし、損ねるのは厭だな。
 この前こいつに引っかかれた背中の傷がまだ治ってねぇしよ。


 さて、今日はどこまで散歩させるか。
 この前月子を山に連れて行ってやったからな、今日は虎子を連れてってやろうか――


「ち、ちーちゃん!」
「……千、草……っ」


 吉野先生に許可証を貰いに行こうと、方向を変えた瞬間。
 聞き慣れ過ぎたが、ここ最近、聞いていなかった声に名前を呼ばれた。

 振り返れば思った通り、小平太と長次が、居心地悪そうに立っている。

「……何か用か」

 あ、くそ。
 つい声が尖りやがる。
 喧嘩売りてぇ訳でも、長引かせてぇ訳でもねぇのに、俺の阿呆。


 あからさまに小平太の顔が歪み、長次が視線を逸らした。

 ……いや、俺だって悪ぃけどよ。
 そこまで顕著な反応しなくてもよくね?


 何の用だってんだ、ちくしょう。
 こちとら冷たい視線にさらされて、苛立ち絶好調だっつーの。
 また花都がどーのこーの云い出しやがったら、虎子けしかけっかんな!
 覚悟しろよゴラァ!

「ちーちゃん、さ、あの、この前、食堂で……」
「食堂? ……あぁ、あれか」

 ちっ、誰か突っ掛かって来いとは思ってはいたがよ。
 何でお前らが来ちまうんだよ。
 お前らじゃぁ挽き肉に出来ねぇじゃねぇか。

「孫兵に……云ってただろ、夢さんより、孫兵の方が好きって」
「云ったけど。……それがどうした」

 此れ以上悪化させたかねぇが……、また花都についてガタガタ云うなら、実力行使も辞さねぇぞ俺
は。

 俺の不穏な気配を察してか、低く唸り出した虎子を片手で制す。
 いくらペットだからって、喧嘩っ早い所まで俺に似るんじゃねぇよ、ったく。

 意を決したかのように、小平太がキッと俺を睨んで来た。

「じゃ、じゃぁ、聞くけど……!」
「……何だよ」


「私達と夢さんなら、どっちが好きだ……?!」


 その言葉に危うく、また、直立姿勢のままぶっ倒れる所だった。

 虎子が居て良かった……。
 こいつの上に突っ伏すだけで済んだんだからよ……!


 何云ってんだコイツ!
 て云うか、何だ、流行ってんのか今!
 そう云う質問すんのが!
 昨日も八左達に同じ事聞かれたぞ!

 まぁ、あの馬鹿女よか、当然後輩どもの方が好きだからな、正直に答えてやったけど。
 そしたら涙ぐまれて抱き付いてこられて、すげぇ暑苦しかった。
 一年はともかくとして、八左、お前一個下なだけなんだから甘ったれるんじゃねぇよ!


 妙な脱力感と共に顔を上げれば、真剣な顔をした小平太と長次が、俺を見ていた。


 ……はぁ。
 まぁ、正直になって悪いって事ぁないよ、なぁ……。

「お前らの方が好きだけど、それがな」
「―――ちーちゃあああああああああああんッッッ!」
「ごはぁッ?!」

 座りこんだ俺の上から、小平太が飛び掛かって来た。
 も、もろに、腹に、衝撃が!

 俺の強い胃袋に感謝しろや小平太!
 後少し弱かったらお前の上にゲロってたからな?!

「て、てめ、小平太、何すん……!」
「私も!」
「あ?」
「私もちーちゃんの方が好きだ! 夢さんより、ちーちゃんの方が、ずっとずーっと大好きだ!」
「あ゛ぁ?」

 お前、花都に惚れてたんじゃねぇのか?

「……」
「長次……」

 目を白黒させていたら、長次が傍にしゃがみ込んで来た。
 どう云う事かと見上げたら、頭をぎゅぅと抱え込まれる。

 え、何だ、この状況?

「……私も、……千草の方が、好きだ……」

 低い長次の声が、耳元でした。
 掠れた声に、体が硬直する。


 花都の奴より俺が好き?
 え、何だよ、つまりあれは、俺の思い違いって事か?
 じゃぁ、俺ぁ、勘違いでこいつら怒鳴り付けたって事か?


「良かった、ちーちゃん、夢さんに盗られてない! 良かった!」
「……良かった……」


 二人の言葉を聞き、脳裏に同室の馬鹿の言葉が蘇った。


 ――千草……お前、なんか勘違いしてね?
 ――ま、別にいーけどねぇ。お前が小平太達と仲違いしてくれりゃぁ、俺的に恩の字だし。
 ――ふふーん。教えないもんねー。

 ――ざまぁー。


 あー、そう。
 そうか。
 そう云う事か。

 小平太達も俺も、お互い、勘違いしたって事か。
 お互いに、自分達より花都夢の方が好きになったんだと、勘違いしたってか。


 ……あっほくせぇええ。


 何がって、勝手に勘違いしてキレた俺自身がだよ。
 いや、まぁ、ちょびっとだけ、紛らわしい云い方した小平太もどうよ、と思ったが。
 決定打を作ったのは俺、だもんなぁ。


 はぁと、ため息を一つ。
 それから、乱暴にぐしゃぐしゃと二人の頭を同時にかき混ぜた。



 8.本当のことを言えば怒らない



 言葉ってなぁ、難しいもんだよ、なぁ。

(とりあえず、虎子。明日裏裏裏山まで連れてってやるから、今日は許せ)



 了


 仲直りおめでとう暑苦しいな!(ひでぇ)
 図体でかい男共が三人揃っていちょいちょと……、暑苦しい! でもそんな暑苦しい男のねっちょ
りした友情も大好きですが何か!←

 捏造六年の中で、千草は特別友情に厚い男なもんですから。最初は孤立ッ子設定だったのになー。
いつの間にやら……。男にモテる千草も書いていて大層楽しいから良いのですが。(ちょ)

 ところで、脳内で竹谷と孫兵が大変な事になってます。これは……この二人視点を書いて補完する
しか、無くなって来た、な……。←
 最終的には千草蚊帳nおっとネタバレ^^^^^←