「千草せんぱーい! こっち終わったっすよー!」
「こっちも終わりましたー!」
「ましたー!」
「おー。ご苦労さん。じゃ、休憩すっか」

 俺の言葉に、乱太郎、きり丸、しんべヱがわっと歓声を上げる。
 どろまみれになりながら、よく頑張ったもんだ。
 頷きながら、俺は駕籠から果物を出した。
 昨日もいだばかりの桃だ。
 俺の側へ来た三人へ、順番に桃を手渡した。


 さて、今は畑仕事の真っ最中。
 あの女のせいで削られた時間を、人員(小平太と長次)で補っていた訳だが、ついこの前喧嘩をし
ちまったせいで手伝いに呼べなくなった。

 時間さえあれば俺一人でなんとかなるが、時間も人手も無いとなると少々厳しい。
 かと云って、委員会の後輩らを使うのも気が引ける。
 あいつらはあいつらなりに、自分達に割り振られた仕事を頑張ってる訳だし。

 と、なると、委員会外の人間を当てにする事になるのだが、都合よく手の空いていたのが、こいつ
ら三人だった。

 元からきり丸は、俺の畑仕事を手伝うアルバイトを何度かしていたし、一々指導する必要がないの
が楽で良い。
 乱太郎としんべヱも、度々きり丸のアルバイトを手伝っているせいか、とろそうな外見に反してちょ
こまかとよく働くしな。

 実を云えばこいつら三人が俺のお気に入り、と云うのが最大の理由だが。


「んー、先輩の育てた果物もおいしい〜」
「ねー。あ、しんべヱ汁が垂れてるよ」
「だらしねぇな……。ほら、この手拭い使え」
「えへへー、ありがとうございまーす」
「いやー、それにしても千草先輩って、マジ植物育てる才能ありますよね〜! 実は面倒見もいいし、
案外いいお父さんになるんじゃねっすか?」
「案外ってなんだ、案外って」
「い、いた、いたい! つむじ人差し指でぐりぐりしないで! 先輩馬鹿力だからめっちゃ痛い!」
「も〜。きりちゃんったら一言多いんだから〜」

 あははと、幼い笑い声が弾ける。
 きり丸も涙目になりながらも笑っていた。

 周りから「怖い」だの「凶悪」だの云われている俺だが、こう云う光景は素直に和む。
 まぁ最近、神経がささくれ立っていたせいもあるだろうがな……。
 こいつらは変にあの女へ懐いてないみたいだし、本当に気が休まる。
 癒しってのはこう云う事を云うんだろうなぁ。


 だが、俺の安らぎの時間は、長くは続かなかった。


「あ、千草くぅ〜ん!」


 ぎしりと、音を立てて俺は動きを止めた。
 停止した俺を前に、乱きりしんがキョトンとした顔になる。

「えへへ、やっぱり此処に居たぁ。あ、乱太郎君、きり丸君、しんべヱ君、こんにちはー」
「こんにちはー」「ちわっす」「こんにちはぁ」
「はい良い子! あらあら、皆泥だらけになっちゃって」
「先輩のお手伝いしてたんすよ」

 こちらが動きを止めてる事など気にせず、花都は三人と話を進めて行く。
 ……まぁ、こいつらは特に懐いてないってだけで、邪険にしてる訳じゃないからな。
 世間話くらい、するだろうが。
 今の俺は一刻も早くこの女に視界から消えて貰いたい。
 どうしようもねぇ八つ当たりだって事は分かっちゃいるが、小平太達と喧嘩した原因がこの女にあ
ると思うと、どうしても、なぁ。
 だからって、いきなり怒鳴り付ける事も出来ねぇし、上手く追い払う事も俺には出来そうにねぇ。
 くそ、仙蔵のような二枚舌が俺にあったら!

「そうなの? もぉ、千草君ったら水臭いんだから!」
「あ?」

 突然己の袖をめくり出した女に、厭な予感が頭を駆け抜けた。


「私に云ってくれたら幾らでも手伝ってあげるのに! ね、何からやればいい?」


 げえ゛っ?!

 待て待て待て待て。
 何でそうなる? 何でそうなる?!
 俺は別にこいつら三人さえいれば事足りるっつーか。
 得体の知れない人間に畑触られるのは厭なんだよッッッ!

「……別にいい」
「遠慮しなくったっていいじゃない。私と千草君の仲なんだし!


 てめぇとの間に遠慮のいらねぇ関係を持った覚えはねぇッッ!
 
 にこにこと無害なように笑ってるが、こう云う女が一番タチ悪いんじゃねぇの?!
 善意の押しつけはよそでやれ!


 額を押さえて項垂れる。
 ふと視界に入った三人が、戸惑ったような表情で俺を見上げている事に気付いた。
 目があった乱太郎に向かって、首を左右に振れば明らかに安堵したような顔をされる。
 ……俺とこの女が仲良い訳ねぇから、安心しとけ。
 誰もこの女をとったりしねぇよ、くそ。

 俺は一度、深いため息をつくと、籠から桃を一つ取った。

「……ほら」
「え?」
「これやるから、さっさと帰れ」
「えぇ、でも……」
「……もうほとんど終わってて、後は俺一人で出来んだよ。それ食って昼寝でもしてろ」

 俺の耳に障らないように、静かにしててくれや。
 お前の甲高い声だけでげんなりしてくるんだからよ、こっちは。

 心底そう思いながら云えば、女の顔がぱぁと輝いた。
 ……何だ?

「ありがとう、千草君! やっぱり、千草君って優しいね!」
「……はぁ?」

 もろに邪険に追っ払ってたと思うんだが。
 どこら辺が優しかったんだ?

「それじゃぁ、今度は誘ってね。待ってるから!」
「……」

 肯定も否定もせず、一度だけ手を振った。
 全力で「呼ばねぇ」と云ってやりたかったが、其れを云ったらまたしつこそうだしな。
 何でか俺が断ると、「どうして? 何で?」ってしつけーんだ、この女。
 キツイ事云って泣かれたら面倒だから、適当な言葉云ってはぐらかしてるけど、黙った後不満そう
な顔を隠しもしねぇし。


 空気読めよ!
 俺の顔色ぐらい見て察しろよ!

 と、何度思ったか知れねぇ。
 おかしい。
 小平太だって俺が不機嫌だと、スッと身を引く事が多いっつーのに。
 この女、鈍すぎるだろ。


 上機嫌な様子で、花都は走り去って行く。
 その背中をしばし見た後で、どっぷりため息。

「千草せんぱぁい……」
「ん、あ、悪かったなお前ら。助かった、後は俺がやっとくからよ」

 しんべヱが俺の袴をくいくいと引っ張るもんだから、苦笑して頭を撫でてやる。
 すると三人は、何か云いたげに顔を見合わせた。

「? どうかしたか?」
「えっとー」
「あのぉ」
「千草先輩って……」


「夢さんの事好きなんですか?」


 その言葉を聞いた瞬間。

 俺は直立姿勢のまま畑にぶっ倒れた。

「きゃー?!」
「ち、千草先輩?!」
「大丈夫っすか!」

「……何で、お前ら、そう、思った……?」

 三人が血相を変えて、俺の側へとしゃがみ込んで来る。
 畑に倒れたまま、ずんどこに低い掠れた声で云えば、三人はまた顔を見合わせた。

「いや、だって、夢さんに桃あげたじゃないすか」
「夢さんが泥で汚れないように、気を使ったんでしょう?」
「口調も優しかったですし〜」
「……」

 無言で起き上り、顔や髪についた湿った土を払う。
 ぱらぱらと音を立てて落ちる土と一緒に、気分も落ち込んだ。

 ……傍から見てりゃぁ、俺の行動は花都に好意的に見えるってか?
 あんだけ邪険にしてんのにか? あんだけ避けててもか?
 なんだそりゃ。

 なんだそりゃ。

「……それ、誤解だからな」
「へ?」「え?」「はい?」
「俺ぁ、あの女がぁ……!」

 拳を握りしめ、腹に力を込め、



「――いっとうでぇっきれぇなんだよおおおおおおおおおッッ!」



 今までの不満全てをぶちまけるかのように、絶叫した。



 5.お菓子は1つまで



 俺の絶叫を聞いた後。
 何故か晴れやかな顔をした乱きりしんの三人に、予定より多めの桃を持たせて帰した。
 とりあえず、一年は組だけでもいい、誤解を解いておいてくれと頼みながら。

(若旦那にまで誤解されたままだったら首吊って死ねる)



 了


 カッコいい一年は組は大治郎で書いて満足したので、今回はこう云う仕様。←
 と云うか、大治郎と千草の立ち位置の違いと云うか。
 大治郎は”身内”なのでなんとなくわかる一はですが、千草は”近所のお兄ちゃん”的位置なので
実は分かりにくかったりします。(団蔵は除外)
 千草は忙しい奴だから、普段は団蔵以外と接触少ないですし。(虎若と三ちゃんは同じ委員会で
すが、活動範囲が違うのでやはり接触は少なめです)