ひらひらと宙を舞う布を見上げ、軽く首を傾げた。


 なんだあれ。
 一反木綿か?


 気になったので壁を蹴って高く飛び、布を捕獲した。

 手の中でくったりとしたそれは一反木綿ではなく、ただの布だ。
 だが手触りからして、相当値の張る物だろうと感じる。
 こんな物を持ってる奴っつーと……くのたま上級生か、備前のカマ野郎ってとこか。
 ……面倒臭ぇもん拾っちまった。げー、俺の馬鹿野郎。

 届けに行く何ざ御免だ。何云われるかわかりゃしねぇ。
 適当にそこらの木に引っかけとくか。

 そう思い、きょろりと目を巡らしてみると、少し遠くのあの女が居た。
 花都夢とか云う、”天女様”。
 あれから顔を合せていなかったが、小平太が毎日毎日口にするから覚えちまった。

 花都は何かを探すようにきょろきょろと周囲を見回し、植木に顔を突っ込んだり、枝を見上げたり
忙しなく動いている。

 ……。
 もしかして、これか?
 噂の、”天女様の羽衣”?

 ……。


 そんな大事なもん、風に飛ばすな。


 頭悪いのか? 馬鹿なのか? 脳みそ足りてねぇのかよ!

 苛々しながら、それでも困ってるだろうと思い、直接手渡してやった。
 花都は目を輝かせて、何度も何度も俺に礼を云う。

「良かった! これ、大事な物なの! 見つけてくれて、ありがとう!」
「別に、偶然拾っただけだ」
「それでもありがとう! えへへ、千草君って優しいね!」

 そう云いながら、花都がぺとりと俺にしなだれかかって来た。
 ぞわりと、鳥肌が立つ。
 うっわ、何だ馴れ馴れしい!
 俺が下関だったら殴り飛ばしてんぞ。

 ……まぁ、俺は女に手を上げるのが大の苦手で――病弱な女将さんを見て育ったからだな、多分――
肩を掴んで引き剥がす程度で収めたが。
 花都は目を瞬かせた後、「千草君って照れ屋さんなんだねぇ!」などと笑っていたが。


 何だこいつ。
 天女っつーか、阿婆擦れじゃねぇの?
 仮に天女だとしたら、はしたねぇからって下界に落とされたんじゃね?


 此れ以上此処に居たら何されるかわかりゃしねぇ。
 逃げるが勝ちだ。

「俺、畑仕事があるから」
「えー、もう少しお話ししようよ〜」
「……悪い。時間がないから」

 手を握って来られたが、乱暴にならないように注意しつつ振り払い。
「また今度ね〜」などと手を振る花都に一度だけ手を振って、俺はその場から去った。

 ……。
 何なんだろうなぁ、あの女。
 小平太や伊作は「可愛い」だの「綺麗」だの云って心酔してるみてぇだけど、俺は駄目だ。
 あぁ云う馴れ馴れしい女、嫌ぇ。
 お葉や村の女衆もどっちかっつーと馴れ馴れしい感じだが、厭だなんて思った事ねぇのにな。
 なんか、あの女、駄目だ。
 体が受け付けねぇ感じ。


 はぁ、とでかいため息を一つ。
 何か最近、疲れんなぁ……。
 周りが浮ついてやがるから、どうも落ち着かねぇっつーか。

 ったく、羽衣持ってんだろ?
 本当に天女様だってーんなら、とっとと帰ってくれねーかな、マジで。
 また今日みたいに風で飛ばされたらどうすんだ。



 2.大切な物はちゃんとしまっておきなさい



 無くしてからじゃ遅ぇんだよ。

(優しさなどではなく、ただの親切心。人として当然の良心だ。特別なこっちゃねぇ)



 了


 残念ながら天女さんは普通の女の子なので羽衣(ショール)じゃ帰れません。(笑)

 天女さんは私達の時代で云えば、「人懐っこい」「スキンシップが好き」と好意的に見られる性格
です。が、千草はちょいと硬派な奴なので、女が男にべたべたするのは好きじゃない。それが商売な
ら良いが、普通の女がするのはちょっと……引く、と云うか。

 神様の補整に掛かってる奴らは大喜びなので、天女さんはそう云う細かな所に気付かず、千草にも
べたべたします。そんで引かれる。引かれる理由が分からないので、押せ押せになる。その行動にド
ン引きになる千草。それがわからず……と云う負の連鎖です。うわー。
 多分、画面外でお鶴が爆笑してる。(なんと云う根性悪)