さて、今日も畑に出るか。
 そろそろ芋が収穫出来るかも知れん。
 もしそうなら、一気にやっちまって――


「きゃんっ?!」


 女の甲高い短い悲鳴と、ずざしゃと人が地面を滑る音がした。
 今横を通り過ぎ、すっ転んだ女を見下ろす。

 ……。


 この女、今、何もない所で転んだぞ?

 石もなければ穴もない、人に踏みならされた平坦な道で、こけやがったぞ?


 何て鈍臭い女だ。
 信じらんねぇ。

「いたぁい……」
「……大丈夫か?」

 見て見ぬふりは流石にアレかと思い、しゃがむついでに手を差し出してやる。
 見知らぬ人間でも無し。
 仮に攻撃をしかけて来たら、右手に持ったままの鍬で脳天砕きゃぁいい。

「あ、ありがとう……。恥ずかしい所見られちゃったね! えへへ!」
「はぁ……」

 失敗失敗、などと云いながら、俺の手を取り立ち上がる。
 まぁ、転んだ程度でべそべそ泣かれるのも鬱陶しいが、この反応も微妙だ。
 なんか、こう、……「うぜぇ!」の一言と共に頭引っ叩きたくなる。
 女相手に手なんか上げねぇけどな。

 掴んだ手は小さく、細く、柔らかい。傷一つないまっさらな手に、気分が下がった。
 小平太達はこの女の手を「美しい」とか「綺麗」とか云いやがるが、俺はそう思えねぇ。
 俺は手の皮が厚かったり、荒れてボロボロの方が、美しさを感じる。
 多分、若旦那からの影響だな。
 若旦那は荒れた手を、「頑張ってる綺麗な手」と云って笑うから。

 この女の事など碌に知らないので、「苦労知らず」だと嘲るつもりはない。
 俺の知らない所で苦労しているのかも知れねぇし、苦労は何も肉体的に負うだけではない。精神的
なものとてある。
 だから、罵倒はしない。嫌悪もしない。
 だが、この女の存在を受け付ける事は出来無さそうだ。


 この女――鈍臭い小柄な女は、一週間前から学園に住みついた通称”天女様”だ。
 何でも空から降って来た上に、羽衣も持っていたとか。


 実際に見てない俺からすれば眉唾ものの話で、このネタを持って来た八左を「寝言は死んでから
云え糞ボケ!」と怒鳴り付けたついでにぶん殴ったもんだが。


「えっと、君、名前は? あ、私の名前は花都夢! 宜しくね!」
「どうも……。……俺は加藤千草と云う」

 にこにこ笑いながら、警戒心皆無の様子で女が云う。
 名乗られたからには名乗り返すのが礼儀だろうと、名前を告げれば、女の目が瞬いた。

「加藤って……もしかして、団蔵君のお兄さん?!」
「違う。……俺は加藤村の若い衆なだけだ」

 妙な勘違いをしやがるもんだから、端的な言葉で真実を告げておく。
 確かに俺は若旦那の「にいや」だが、兄ではない。部下だ。
 そうは思ったが、事細かに話す必要はないだろう。
 初対面で自分の身の上をぺらぺら喋る奴がいたら、そいつぁただの馬鹿だ。

「あ、そうなんだ。ごめんね、早とちりしちゃって! 私よくやっちゃうの!」
「はぁ」

 自覚があるなら直せよ。

 とは思うが、そこまで云ってやる義理もない。
 そもそも普通の女って、少しキツイ事云っただけで泣くもんだしな。
 この女、泣かせると面倒くさそうだ。こいつの発言は流そう。

「いた……っ」

 適当に別れを云って去ろうと思ったら、女が小さく悲鳴を上げた。
 見れば足を擦り剥いており、結構な血が流れている。

 ……これで放ったらかしにしたら、こいつに懸想してる連中が五月蠅そうだ。特に伊作。

「来い」
「え?」
「……手当てするっつってんだよ」

 丁度井戸が傍にあるし、俺は応急処置用に薬草(自家製)を持ち歩いてるしな。

 遠慮する女を問答無用で引っ張って、井戸の脇にあった手頃な石へ座らせる。
 断りを入れてから裾を上げ、怪我を負った部分を水で流せば、女が息を飲んだ。

「沁みたか」
「だ、大丈夫、平気だよ」
「そうか」

 痛い痛いと喚いたら怒鳴ってやろうかと思っていたが、案外根性があるのかも知れない。

 持っていた手拭いで水気を取り、薬草を当て、別の手拭いで上から縛る。
 この程度の傷なら、これだけで充分だろう。

「気になるようなら、保健室へ行け」
「う、ううん! 大丈夫! あの……、ありがとう、手当てしてくれて……」
「別に……。それじゃ、俺はこれで」

 もう何も無いところで転ぶんじゃねぇぞ、間抜け女。
 と心の中で云いながら、俺は畑へと向かった。


 俺は知らなかった。気付きもしなかった。
 女と云う生き物は、俺の想像をはるかに超え、たかがこれっぽっちの事で、あんな面倒くさい事
になるなんざ、夢にも思わなかった。


「……カッコいい……」


 女が恍惚とした表情でそう呟いていたなんて、知りもしなかったのだ。



 1.何も無いところで何故転ぶ



 後に孫兵は語る。

「全自動旗折り機のにーにが、珍しいよね。ある意味奇跡じゃないの?

 こんな奇跡は、いらん。

(欲しがってる馬鹿野郎へ熨斗付けてくれてやらぁ!)



 了


 千草編始まり始まり〜。
 女相手には手荒な事出来ず、口数も少なくなる上、面倒見が良いせいで勘違いされる千草なので
した。(笑)
 面倒見いいくせにデリカシーないから、具合悪そうな女の子(例えばくのたま)に「何だ、月障り(月
経)か?」とか云っちゃってビンタ食らうタイプ。
でも本当は避けられるビンタを食らってやるくらい
の甲斐性があるので、大多数から嫌われても一部から絶大な人気があったりする。そう云う奴です。←

 ちなみに、千草の好みのタイプは、目付きの鋭い美人系(仙蔵、鶴ノ丞、孫兵、トモミちゃん系)なの
で、可愛い系の天女さんはもろ選外。この話の天女さんも可哀想だ……!