だから僕は馬鹿なのだと、自覚はあるのですけれど。


「乱ちゃん、伏(ふ)ぅちゃん、逃げなさい」

 右手に小太刀を持ち、左手で背後の後輩らを庇いながら云う。
 嗚呼、後生大事にトイペを抱えていなくても良いですよ。
 それは棄てて、すぐ様逃げて下さい。

 不肖、鳴瀧晴次。
 ――……後輩二人を庇ったまま、プロ忍二人と渡り合う技量は持ち合わせておりませんので。


 あぁまったく。
 こんな時に、僕の特性「ここぞと云う時に不運」が発動する事ないじゃありませんか。
 丁度学園の端っこ、あまり使用されないトイレへ一番幼い後輩二人を連れて補充に来て――

「天女はどこだ」

 天女様目当ての侵入者に遭遇してしまうだなんて。


 せめて一緒に居たのが同級生であれば。
 相手が一人であれば。
 小松田さんがお使いに出ていなければ。
 学園の中心部付近であれば――

 などと、云えばきりが無い事ですが。
 とりあえず此処は、保健委員会五年生として後輩を守るために全力を出させていただきましょう。


「早く、行きなさい」


 感情を押し殺した声でもう一度云えば、ハッと正気を取り戻した乱ちゃんが伏ぅちゃんの手を握り、
来た道を駆け戻ってゆきます。
 そちらへ手裏剣を打とうとした方へ、こちらから手裏剣を打って牽制を。

 あの子たちはまだまだ幼いのです。
 怖いおじさまに追いかけられて、心的外傷でも負ってしまったらどう責任を取って下さるのやら。


「……そんなに死にたいか、小僧」
「生憎と、死に急いではおりません。……ですが」

 嗚呼恐ろしい。
 プロの方々の殺気は、我々学生とは比べ物になりません。

 僕が後少し臆病者であれば、腰を抜かしてしまった事でしょう。
 僕が後少し卑怯者であれば、後輩を見捨てて逃げて居た事でしょう。

 ですが僕にも、矜持と云う物がございまして。


「引く訳には参りませぬゆえに。お相手願いましょう」


 ご安心を。
 貴方がた二人を倒せるなどと驕ってなどおりません。
 ですが――

 可愛い後輩を逃がすだけの時間は、命を掛けて稼がせて頂きます。


 ふぅ、とお相手様の一人がため息を着かれました。
 どこか疲れた目で、僕を睨み付けていらっしゃいます。

「だぁら忍術学園のガキぁ厭なんだよ。一丁前(いっちょまえ)に覚悟なんかしやがって」
「余計な事を話すな」
「いいじゃん。もぉさぁ。そもそもお前だってこの任務気乗りしてねぇべ?」
「気が乗る乗らないで仕事を選ぶな。……俺はやるから、厭なら帰れ」

 そう云い切った瞬間、視界からお一人の姿が消え――
 僕は左手を上げ、死角からこちらの頸を切り裂くべく迫って来た刃を、手甲で受け止めました。
 プロの方はほぼ急所狙いでいらっしゃるので、予測さえ当たれば防ぐ事はそう難しくありません。

 相手は驚かれたのでしょうか、すぐ様身を引かれました。
 ただ、こちらへ問いかけて来る事はありません。
 プロの方は無駄な話などしないのです。

「帰れって云われてもさぁー……。まぁ、いいや。俺天女さま探してくっから」
「おや……。僕の後輩は見逃して下さるので?」

 お一人の方の攻撃を防ぎながら、もう一人の方へと疑問を投げかける。
 二対一で無くなる上に、狙いが後輩から外れるならば嬉しい事です。

「おーおー。お喋りする余裕ありかよ、可愛くねー。……ま、仕事は天女連れてこいってだけだから、
余計な事しねぇよ」
「だから、無駄口を叩くな!」
「ばっか。人間の九割は無駄で出来てんだよ。……まぁそう云う事で、そいつに集中しちゃっていい
ぞ坊主。……つーか、何? 天女様って学園の弱点って聞いてんだけど、そうでもないの?」

 ……随分とプロらしく無い方ですね。
 まぁ、そう云う方の方が油断出来ないのですけれど。
 軽くお喋りしていながらも、凍らせるような冷たい殺気が全く薄らいでいませんもの。
 今此処で僕が相手に対して決定打を打とうとすれば、すぐ様あの方の武器が飛んで来るのでしょう
ね。おお怖い。

 腹を狙って来た攻撃を打ち払い、目を狙って反撃を。
 避けられてしまいましたが、間合いは取れました。

 答える義務などありませんが、僕の気持ちをお教え致しましょう。


「さて、他の方の心は存じませんが……。少なくとも僕は、学園の仲間の方が大事ですね」


 僕が誰よりも強い存在であれば、全てを守る事も致しましょう。
 けれど当然、僕はただの人間です。
 守れる範囲にも限界と云う物がありまして。

 残念な事に、件の天女様は守れる範囲内にも入っておらず――さらに云えば、無茶をしてでも守り
たいと云う存在でも御座いません。

 余裕があれば守りましょう。
 けれど余裕がなければ見捨てます。
 全て守るなど人間の僕には不可能ですから。

 非人間と誹らば誹って頂いて構いませんとも。
 開き直りましょう。

 僕が、僕の大切な人たちだけで手一杯です、と。


「なるほどぉ。……こいつ、いい忍びになりそうだねぃ」
「そうだな。此処で殺しておこう」
「怖っ! お前本当に怖いわ!」

 軽く交わされる会話――そこで僕は、違和感と、悪い予感に襲われました。

 のんびり、しすぎでしょう、幾らなんでも。
 僕のような半人前を相手にしているとは云え、呑気すぎます。
 後輩は逃がしてあるのです。彼らが誰か上級生でも先生でもつかまえればすぐに――


 まさか。


「あれ、気付いちゃった?」
「気付くに決まってるだろうが。舐めすぎだ」
「手加減してるお前さんに云われたかないよ」


 側頭部を狙う攻撃を避け、足を狙って手裏剣を打つ。
 容易に避けられた其れに舌を打ちかけて――はしたない事です――、小太刀で払えば距離を取ら
れてしまう。
 遊ばれているなど、すぐに分かります。
 急いでない、焦っていない。それはつまり。

「……何人でいらっしゃったのですか?」
「あっは。其れを知ってどうすんだ?」
「人数分のお茶を用意させて頂きましょう」
「じゃぁついでに茶菓子も頼むかな」

 視界の端で、にっこりと、嗤う目が。


「――五人分」


 一瞬で沸騰した頭が命ずるままに、棒手裏剣を嗤う目に向かって打つ。
 苦無で叩き落とされた棒手裏剣が、地面に突き刺さりました。

「どこまで喋るつもりだ。馬鹿が」
「いいじゃないの、もぉ”終わってるだろうし”」

 あーぁと、軽く上がる砕けた声。
 嗤う嗤う、目が嗤う。

 僕を、嘲嗤う。


「ちっちゃい子を殺さなきゃいけないなんて、忍者って厭な仕事だよねぃ」


 ぶっつり、と。
 千切れたのは。
 堪忍袋の緒か。
 脳の血管か。
 それとも、理性か。


 瞼の裏にちらついた顔は、幼くも愛らしい、後輩達の顔。


「―――ッッッ!」


 雄たけびを上げなかったのは、最後の人間性でしょうか。
 目をしかと開けば、僕の”目の色”に驚いたらしい人の姿。

 一瞬の隙が、命取りで御座います。

 骨の隙間を縫って、心臓を狙って――
 おや、惜しい。避けられてしまいました。
 でも、肺腑は貫けましたね。


 刀は骨を”斬る”事は出来るのですが……、”砕く”には不向きなのですよ。
 刃が欠けてしまいますから。
 だからちゃんと肋骨の隙間を狙って、心臓を穿つつもりだったのですが、嗚呼惜しい。


「わぁ」


 間の抜けた声は、横から聞こえました。
 僕の手で胸を貫かれた方は、愕然とした顔で僕を見ながら――倒れてしまい、動きません。

「やけに冷静だからからかって怒らせてやろうって思ったのに。坊主、お前って怒ると逆に冷静になっ
ちゃう人種か?」
「いえ、今も全力全開で頭の中身が沸騰している状態ですよ」
「そんだけ普通に喋っておいてか、こん畜生が。あああああああああムカつく。計算狂った最悪だ」

 頭巾越しに頭を掻き毟りながら、その方は僕と同じく小太刀を手にされました。
 痺れるような殺気。
 おや怖い。怒らせてしまいましたね、此れは。

「そいつ仕事馬鹿だけど俺気に入ってたんだよな。腹立つああああああああああすっげムカつく。と
りあえず殺すわ。今後の人生今この場で諦めろ」
「御免こうむります」
「可愛くねぇ可愛くねぇ、超可愛くねぇ。まぁいいや可愛げあると情け掛けたくなるからな俺優しい男
だから、ああああああああああああああああああああああああああああああ」

 長く伸びる声が途切れる前に――澄んだ氷同士がぶつかったような音が弾けました。
 え、と思った時には、僕の手の中にあった小太刀は消え失せていて――あれ、え? いつ、そん
な、動き。

 声が途切れると同時に。


「■■■■■■■■■■■■■■ッッ?! ■■■■■■■ッッッ!」


 耳が腐りそうな罵詈雑言と共に、横薙ぎにされた小太刀に腹を切り裂かれました。



 − 嘘の結婚式=本当の結婚



 ――本当は、横薙ぎにされた小太刀なんて見えなかったんですけど。
 この方が直前に握ってたのは小太刀でしたし、お腹、綺麗に切れましたからね、予測です。
 当たってると思いますけど。

 世の中、上には上が居ると申しますし、思い知っていたつもりでしたけど。
 あくまでつもりだったんですね、お恥ずかしい。
 プロ忍一人倒せたからと云って調子に乗るとは、なんたる事でしょう。この恥知らず。


 嗚呼これで、最後に呟いた言葉が愛する方の名前であれば、格好良かったでしょうに。
 僕の口から零れたのは――


「■■■■■■」


 相手に負けず劣らず下劣で品の無い、耳が腐り落ちそうな罵詈雑言で御座いました。

(愛しているのは本当ですのに、何故こんなにも嘘くさくなってしまうのでしょうね?) 



 了


 えーっと。
 雲麻は「最強キャラ」も「最強クラス」も好きなのですが。
「上には上が居る」「三つ巴」「ジャンケン」「同等」も好きだったりします……!
 ごめん晴次、カッコいい所書こうと思ってたんだけど……お前はそう云うキャラだ。諦めてくれた
まえ。(ひっでぇ云い草)
 しかし、即興で作った曲者さん……案外イイキャラになってしまったな……(自画自賛乙)棄てキャ
ラにするには勿体ない気がしてきた! そのうち別の小説にも出そう!←

 後一話で前篇終了です。とりあえず、今の所は考えていた通りの展開になってます、がー。
 後篇どうなっかなぁ……?(おい)


 配布元:Abandon