おれってやっぱり短気だったんだな、と今思い知ってる感じ。


「ですから、僕らはですね……」
「男同士は駄目だってどうして分かってくれないの?!」
「あの、ですから……」
「あ! 皆から聞いたわよ! 晴次君ってくのたまにも彼女居るんですって? しかも沢山! そう
云うのって私、いけないと思う! 好きな相手は一人に絞らないと不誠実よ!」
「あの……」
「だからほら、これまでの関係を清算して、私と新しく始めましょ? それが一番良いわ! ね、そ
うでしょ?! そうに決まってるわ! ね?!」
「……」


 言葉が通じない人間ほど胸糞悪い生き物っていないよなぁ。
 なんて考えながら、花都が淹れたお茶を一口すする。

 ……まずっ。

 うわ、本当にお茶って淹れた人間によって味が変わるんだ。
 晴次とお鶴さんの淹れたお茶ばっかり飲んでたから、こんなまずいお茶久しぶりだ。
 温度とか時間とかちゃんと計って入れてないだろ。
 女としてどうなんだ。


 あーぁ。
 とうとう晴次頭抱えちゃったよ。
 まぁ、此処まで相手の話を聞かないで、自分の意見十割通そうとする人間、見た事ないもんなぁ。
 どこぞのお殿様やらお姫様だって、臣下の意見に耳傾けるぞ。
 それが出来ないと国が傾くし。

「ねぇ、勘右衛門君もそう思うでしょ?!」
「はい?」

 おいおい、いきなり何人の事名前で呼んじゃってるのギャグのつもりなの?

「ほら、勘右衛門君だって私と同じ気持ちよ!」
「ちょっと、勝手に人の気持ち決めないでよ」

 今の軽く裏声入った「はい」を肯定と取るなんて、自分にとって都合のいい耳しすぎだろ。
 て云うか、声高すぎるし。テンションも高すぎるし。
 ちょっと落ち着けよ。

 おれが声を出した事で、標的が晴次からおれに移ったらしい。
 周りが可愛い可愛いと持て囃す顔と目が、おれへと向いた。

 ……丁度いいや。晴次はもう疲労困憊だし、選手交代だ。
 ぽんと肩を叩いてやれば、「お願いします……」と疲れ切った声が返って来た。
 まったく。
 そうなる前に周りを頼れっての。そこだけは成長しないのな、晴次って。


 ふぅと、ため息を一つ。


「だって勘右衛門君! そもそも始まりがおかしいじゃない! 男同士なんて、そんな非生産的で自
然に逆らってるし、誰も得しないし!」
「お前は得にならない事はしないのか、この人でなしが」


 拙い茶が入った湯呑を、床へ置く。
 おれの言葉に驚いたのか、雨霰のように言葉を発していた花都が黙った。
 黙った、と云うか、呆気にとられた顔だな。
 そうだよな、お前の周りにはお前をちやほやする奴しかいなかったもんな。


 他人様の全力の悪意なんて、受けた事ないんだろ。幸せ者め。


「お前の云いたい事は理解した。同性愛は間違ってる、複数の女性と関係を持つのは間違ってる、
即刻別れて自分と付き合え、だろ」
「そ、そうよ。良かった、ちゃんと分かってくれて。じゃぁ晴次君と別れて」
「お前の云いたい事を理解したと云っただけで、誰も受け入れるとは云って無い。そうやって自分の
都合の良い方向へ人さまの言葉を捻じ曲げるな。不愉快なんだよ」
「ふ、不愉快、って」
「おれ達はお前の云いたい事を理解した。だが、お前はおれ達が云いたい事を理解したか? 理解
する努力をしているか? 自分の気持ちを喚くだけなら乳が欲しいと泣き喚く赤ん坊と一緒なんだよ。
自立した一人の人間である自覚があるなら、人の話を聞け。理解する努力をしろ。人の気持ちを踏
みにじって手前勝手な言葉を発するな。……おれは何か間違った事を云っているか。反論があるな
ら云えよ、聞いてやる」

 云えば花都は、侮辱された自覚はあるのか、悔しそうな顔になって黙り込んだ。

「反論なしか? じゃぁ、人の話を一切理解しようとしない赤ん坊以下のお前にも分かりやすく、おれ
達の云い分を語ってやろう。途中で遮るなんて不躾な真似するなよ。おれは晴次みたいに優しくない
からな。女相手でも容赦なく泣かすぞ」

 軽く殺意を滲ませて云ってやれば、花都はひっと声を立てて息を飲んだ。
 顔色も若干悪くなったが、罪悪感は皆無だ。
 むしろもっと悪くなりやがれ、と思うくらいにはおれの性格は悪い。

「勘右衛門、あまり脅してはお可哀想です……」
「はい晴次も黙る。お前がそうやって優しく甘やかすからこいつが調子に乗るんだよ反省しろこの野
頬肉捩じり切るぞ
「すみませんでした」
「宜しい」


 すぐ土下座して謝罪の意を示す晴次は素直な良い奴だ。

 よし、それじゃぁ”てんにょさま”。
 これから大事な話をするから、一字一句聞き逃すな。逃したら殴る。


「おれと晴次は一年生の頃からの付き合いだ。肉体関係は二年生で出来た。それから今現在まで、
おれは晴次一筋だ。正確に云えば晴次が浮気させる余裕をくれなかっただけだし、少し前までは晴
次の事が怖かったし正直別れたいと思っていた。けど今おれは晴次を凄く愛してるし、手放したくな
いと思ってる。と云うか、晴次と別れるくらいなら舌噛んで死ぬくらいには愛してる。おれはこいつが
居ないと生きていけないし、おれが先に死んだ場合、後追いなんてかましたら三途の川でぶん殴っ
てでも現世へ戻したいと思ってるくらいには愛してる。それは晴次も一緒だから、まぁ同時刻に死ぬ
しかないって感じだけど。……此処までは理解したか?」

 花都は、顔を青くしたまま無言で頷いた。
 あぁ良かった。此処で喚くほど、馬鹿じゃなかったか。

「お前の愛情がどれだけのもんかなんて知らないし、感情なんて量れないもんだから比べる気も無い。
ただ、おれがおれの命を掛けてこいつを愛してる事を理解しとけ。おれから晴次を奪うって云うなら、
それこそお前の命もかけて貰う事になるけど――その覚悟、あんの?」
「え……」
「順番的に云えば、お前が後なんだし、おれが優先されるに決まってんだろ。命かけて晴次愛してる
おれから奪うってんなら、当然お前も命かけろよ。と云うか、命かけるくらいの心意気を持ってこいつ
を愛せない奴に、晴次の恋人の座はやらない。こいつは命がけで愛さないと死んじゃう奴なんだから」

 そこで言葉を止めれば、花都は餌をねだる鯉のように、口をぱくぱくと動かしていた。
 何か晴次が照れまくってるけど、今は無視。
 さぁて、一気に畳みかけてやろう。

「くの一教室に居る晴次の恋人さん達もそうだよ。命がけでこいつの事愛してる。晴次の為なら死ん
でもいいって素で思ってる女(ひと)達ばっかりだ。気狂い? キ■■イ? 狂信? 妄信? 愛情過
多? 好きに云えよ。おれらはそれで納得してこいつの恋人やってんだ。後から来た奴が素知らぬ
顔して壊していいもんじゃないんだよ。おれらから晴次を奪うってんなら――おれらの愛を思い知っ
てから奪え」

 懐から苦無を取り出して、軽く音を立てて床に突き立てる。
 びくりと、花都の肩が大きく跳ね上がった。

「はい、どうぞ」
「え? あの、は、え?」
「だから、こいつが欲しいなら命掛けろって云ってんじゃん。丸腰相手に一方的なんて任務でもない
のに厭だし、おれは譲る気ないし、そもそも譲ったりなんてしたら舌噛んで死ぬから――」

 晴次の懐に手を突っ込み、晴次の苦無を取り出す。

 ほら、使い慣らしたおれの武器は貸してあげるよ。
 おれは慣れてない晴次の使うし。武器の性能云々になったら同条件だろ?
 まぁ身体能力の差はあるけど、そこら辺は愛で補ってくれ。
 おれも難しい任務の時にはそうしてるから。



「晴次が欲しいならおれを殺せ。ただ、おれも反撃するから、命掛ける覚悟で来てね」



 そこまで云い切った瞬間。
 花都は気を失って、後方へ向かって倒れ込んだ。



 − 本気じゃなきゃ、胸なんて痛まない。



 花都に必死に呼びかけている晴次を見つめながら、ため息を一つ。
 素人さんに本気の殺意は不味かったかなぁと思うけど。
 おれ、悪い事したとは思ってないからね、晴次。
 例えどれだけお前を愛する人間が現れても、譲らないと決めてあるんだから。

(もしも譲る時が来るとしたら、それはおれが死ぬ時だ)



 了


 カッコいい勘ちゃんが書きたかったんです……←
 晴次すっかり食われてんなぁ。いやまぁ、元々地味が服着て歩いてると云う子なんですが。(ひでぇ)
 本当になんでこんなに愛されてんだ晴次。(おい母親ぁ!)


 配布元:Abandon