周りの視線は痛いけれど、実害は無いので今日もおれは晴次と一緒。
 廊下をのこのこ呑気に歩きつつ、各所に設けられてる罠をさり気なく避ける。
 おれは成績いいし、晴次は隠れた実力者だから手加減した罠に引っ掛かってなんてあげない。
 まったく、忍者が人を害そうとすると陰湿になるんだから。

「今日のお茶はどこで致しましょうか」
「そろそろ陽射しが浴びたいなー。街に行かない?」
「……お財布と相談を」
「奢ったげようか?」
「タチとしてそんな情けない真似は出来ません」
「関係なさすぎて突っ込み辛いなー」

 何でも無い会話に幸せを感じる。
 うんうん、おれ達よくこんな穏やかな関係になれたもんだー。
 一年前の事を思うと今でもちょっと信じられない。
 それ云うと晴次泣いちゃうから云わないけど。


「……ちっ」


 ふと、舌打ちが聞こえて来た。
 横目でそちらを見れば、名前も知らない六年生が忌々しそうにこっちを見てた。
 おお、結構露骨な眼差し。珍しいなぁ。
 晴次に悪意を向けるとくのたまが怖いから、皆こそこそするのに。

 まぁ気にする必要もないかーと、視線を即座に晴次に戻して会話再開。
 舌打つだけで何かが変わるとでも思ってんならとんだ阿呆だ。あの先輩。

 あ、気配が動いた。大分イラついてるみたいだ。分かりやすい。
 近づいてくるけど、おれ達にちょっかいかけるのかなぁ。
 それでもいいけど。


 晴次は怖がってるけど、おれは最近変化を求めてるんだよね。
 いい加減、苛々するじゃん。こう云う、曖昧な現状ってさ。
 おれ、結構短気だから。
 こっちから吹っ掛けるつもりはないけど、向こうから来るなら大歓迎だよ。


 さて、何されるのかな。
 肩を掴まれて「おい」とか云われるのかな。いきなり攻撃されるのかな。
 不謹慎ながら、少しわくわくするなぁ。

 なんて、呑気に構えてたら。


「勘ちゃん幸せの邪魔はさせないぞ喰らえこのやろおおおおおお!」
「ぎゃああああああ?!」


 どこからともなく現れた兵助が、何かの液体を件の先輩の目へぶっかけた。
 え、何それ。

「それじゃぁ晴次の幸せはどうでもいいみたいじゃないか兵助ぇ」
「いえ、それ以前の問題ですよ……! 何を掛けたのですかへい君?!」

 顔を青くしながら、ひいいいと情けない悲鳴を上げる晴次。
 確かにそれも気になるけど、おれ的には兵助の発言の方が気になるよ!

「安心しろ……。刀背(みね)打ちだ……
「いや、モロにぶった切ってる状態だぞ?
「そもそも刀背が存在致しませんが
「ぶっちゃけ只のにがりだ」
「何さらっと仰ってるんですかちょっとおおおおおおおおお?!」

 晴次が血相を変えて先輩に駆け寄る。

「へ、下手したら失明しますよ此れ! あぁ、すいませんそこの方! 水を汲んで保健室へ運んで頂
けませんか?!」
「え、助けるの晴次?」
「そいつ敵意むき出しで舌打ちした挙句、勘ちゃんの繊細な肩を鷲掴もうとしてたんだぞ」
「おれの肩はむしろ頑丈だ」
「何云ってるんだ勘ちゃん。勘ちゃんの肩は空から舞い降りる粉雪の如く柔らかで穢しちゃいけ
ない聖域であってだな

「やだ兵助きもい」
「褒めるなよ」
「かけらも褒めてないよ?」
「どなたかついでに千草先輩を! 突っ込み役をお呼び下さい!」

 そんな事を叫びながら、晴次は痛みに気絶したらしい先輩を横抱きにした。
 保健室へ運ぶつもりらしい。

 晴次って細身なのに、力強いよなぁ。ちょっと羨ましい。

 しかし、抱えられてるのが可憐な女の子や幼い子供なら絵になるところなんだけど。
 がたいの良い先輩じゃぁむしろ視界の暴力だなぁ。

「晴次。まだ遅くない。その先輩を床に落とすんだ
突然怖いですよ勘右衛門?! あぁもう、とにかく僕はこちらの先輩を保健室に運びますから!
お茶はまた後で致しましょう!」
「えぇそんな……。晴次はおれとその先輩どっちが好きなの?」
「当然勘右衛門です!」

 どきっぱりと、晴次が宣言する。
 即答されて嬉しいな。

「ですが」

 言葉が続けられる。
 閉じられた眼差し――あれ、自分で云ってて何だけど、変だな此れ――がおれに向けられ、先ほ
どより強い調子で晴次が云った。


「僕は保健委員ですから!」


 そう声高に云い放ち、晴次は駆けて行った。
 廊下の角を曲がって、あっと云う間に見えなくなってしまう。

 ぽつねんと残されたおれは、恋する乙女のように両頬を手で押さえて、熱いため息を一つ。


「晴次かっこいーぃ……」
「結局俺が勘ちゃんの幸せを壊してしまった……」
「ええー。落ち込まなくていいよ、兵助ぇ。兵助のお陰で晴次のカッコいい所見れて惚れ直せたんだ
からぁ」
「勘ちゃん! 流石勘ちゃん! 俺の失敗を成功に変化させるなんて勘ちゃん最高すぎる! これ
はもう俺と勘ちゃんの友愛の歴史に残すべき偉大な出来事だよ!
「やだまだあれ書いてたの気持ち悪い
この前百冊を突破したんだ……。後少しで大治郎先輩に並べるぞ勘ちゃん!」
「うん。かけらも嬉しくない」
「絶対零度な勘ちゃんも大好きぃ!」


 勢いよく抱き付いて来た兵助に対し、あははと軽く笑う。
 兵助は本当におれが好きだなぁ。
 その好意をもう少し晴次へ向けてくれればいいのに。



 − 依存が深くなる関係。



 次の日から、おれ達だけでなく兵助も避けられるようになってた。
 そりゃまぁ……人ににがりぶっ掛けたらそうなるよなぁ。

「本当は濃硫酸掛けてやろうと思ってたのに、自重したんだよぅ?」
「我慢できる兵助は良い子だね」
「えへ」

 晴次が疲れ切った顔で「衝動殺人はお止め下さい」と云っていた。「計画的ならいいんだな!」と
兵助が云って、木刀でどつかれてた。
 怒った晴次もかっこいい。

(愛は盲目を地で行きます。幸せだから良いのです)



 了


 おおい、久々知が大暴れだよ!←
 変な久々知って本当に書き易くて困ります。なんて事!

 うちの兵助は、勘ちゃんと大治郎が好きすぎて気持ち悪いんですよね。(酷い云い草だ)
 そんな気持ち悪い兵助が好きな私が一番キモイんですけど。(真理)


 晴次に保健委員の決め台詞を云わせられて満足であります。←


 ところで……にがりって目に入ったら失明しますかね?(おい)
(自主規制)が目に入ったら失明すると云う俗説は聞いたことあるのですが、調べてもわからなーい。
塩分の塊が液体になったようなもんですから、とんでもなく痛いとは思うのですが……。あ、ショック
死する?(厭過ぎる)


 配布元:Abandon