今僕は医務室にいます。
 怪我はしてません。無病息災です。

 僕の前には、困った顔で笑う義兄上(あにうえ)が座して居らっしゃいます。
 二人きりです。
 膝を突き合わせて座っています。


 いつも穏やかな義兄上を困らせたのは、僕です。


「金吾君、いけませんよ。股間は男女ともに急所なのですから」


 はい、存じております義兄上。

 だから全力を持ってして、木刀でかち上げてやったんですから!

 一年生とは云え、体育委員の握力と腕力、舐めないで頂きたい……!


 相手は四年生、僕は一年生。
 位置的にも丁度良かったんです。とても狙い易かったですよ。

「子孫繁栄にも影響が」
「流石に睾丸を潰す気はありませんでした。一晩中血尿が止まらなければ良いのにとは思い
ましたが

「金吾君……」

 義兄上は本当に困った顔になって。


血尿を狙うなら股間ではなく、下腹部の方が有効です。膀胱、もしくは腎臓を狙って下さい」
「あぁ!」


 そう云えばそうでした!
 僕とした事が!
 義兄上、僕はまだまだ修行が足りません!


「って、違うだろおおおおおおおお!」


 今まで閉じていた襖が、すぱんと勢いよく開けられました。
 開けたのは義姉上(あねうえ)です。
 いつもほにゃほにゃと柔らかな笑みを浮かべていらっしゃるのに、今は必死な形相です。
 どうされたのでしょうか?


「何妙な方向に助言してんの晴次! 今は先輩に暴行を働いた義弟を諫める所だろ?!」
「しかし勘右衛門、知識は正しく伝授しなくては」
「伝授する必要も無い知識だってるんだよ馬鹿! また暴君体育委員長が爆誕するだろが!


 あーもう! と義姉上は、頭巾越しに頭をかきむしります。

 暴君体育委員長……って、七松先輩の事だよね?
 僕はあぁはならないと思うけどなぁ。
 いや、いい先輩だけどね、七松先輩。ちょっと暴走気質なだけでさ。


「金吾!」
「はい、義姉上」


 強く名前を呼ばれたので返事をしたら、義姉上がぺしょりと床に沈み込みました。
 ……どうされたのでしょう?

「……おれ、いつまで義姉上?」
「義兄上のお側にいらっしゃる限りは義姉上です」
「そうか、一生か……」

 どこか諦めたような表情で、義姉上は起き上られました。
 それから姿勢を整えると、僕と向かい合って座られます。義兄上のお隣で正座されてます。
 義兄上は、何故か凄く嬉しそうな顔をしていらっしゃいます。

「金吾。おれは端的にしか話を聞いてないんだ。だから聞かせて欲しい」
「はい」
「どうして突然、先輩に乱暴したんだい?」
「……」
「おれは、金吾が理由も無く暴力を振るう子じゃないって知ってるよ。でも、理由を知らないままじゃ
庇う事も出来ないんだ。教えてくれるね?」

 諭されるように云われ、申し訳ない気持ちになる。

 僕は間違った事はしてないと思う。
 だって悪いのは、あの先輩の方だ。
 何も知らないからって、何でも云って良い訳じゃない。
 知らないからこそ、言葉には気を付けなきゃいけないのに。
 どんな些細な一言が、人を傷つけるかわからないのに。

 傷付けるって分かってる言葉を平然と吐ける人間は、嫌いだ。

 でも、自分が悪い事をしたと云う、自覚もあった。
 言葉より先に手を出したのだ。悪い事だと、知ってる。
 激情を押さえきれなかった自分が未熟者だと云う事も、分かってる。


 だから、庇われたくない。守って貰わなくて、いい。
 周囲の責め句を受けるのは、暴力に対する当然の報いだから。


「金吾。黙ってちゃ分からないよ」
「分からなくて良いのですよ」

 落とされた義兄上の言葉に、僕は俯かせていた顔を上げた。
 義姉上も、驚いた顔で義兄上の顔を見ている。

 僕らに見つめられた義兄上は、いつものように優しい笑みを浮かべた。


「金吾様。一つ、お聞かせ下さい」
「はい……」


 様、と呼ばれ、気を引き締める。
 義兄上は学園では僕を”君”で呼ぶよう心がけていらっしゃる。

 それでも様と付けて呼ぶ時は、後輩に対してではなく、


「此度の行いは、貴方の誇りに反するものではないのですね?」


 主君に対しての問いかけだ。


「はい」


 だから僕は、しっかりと頷いた。

 悪い事はした。周りから怒られる事だと、自覚してもいる。
 けれど、間違った事はしていないと、信じてる。
 あの怒りも、実行した覚悟も、恥じる物ではないから。

「なら、話は此れで終わりにしましょう」
「ちょ、いいの晴次?!」
「主君が己の誇りに法(のっと)って行った事に、家臣はただ従うのみです」
「主君の間違いを正すのも家臣の役目だろ!」
「えぇ、ですが」

 にっこり。義兄上が笑った。


「『悪』と『間違い』は、同じではないでしょう?」


 ねぇ、と云われ、はいと返事をする。
 義兄上の仰る通りですと、僕も笑った。


 優しい義兄上。
 尊敬しております。敬愛しております。

 だからこそ、彼らの言葉が赦せなかったのです。



 − 気持ち悪いって思われていることくらい知ってる。



 あそこで黙ったままでいては、貴方の誇りも守れない。

(人を傷つける言葉を面白半分に吐ける、貴様らの方が気持ちが悪いと叫べた誇り)



 了


 金吾編でしたー。
 小さくても幼くても、仇討の旅に出た事がある金吾は一端の武士だと思います。
(てか、武士の仇討って重ッ……! 仇討たない限り後継げないとか、武士と認められないとか、一
族の存続に影響及ぼすとか! 金吾頑張ったなぁあ……。そして武衛さま怖すぎる
(つーか金吾って旅の途中に二、三人殺してんじゃねぇの、とか思ってる私は酷い人間←)

 えーっと、敢えて分かりにくい表現をしていたので、ちょっと補足。
 天女さんを邪険にし続ける晴次と勘右衛門への不満が高まって、かと云って直接攻撃出来ない腰
抜けモブが「夢さんに靡かないとか、あいつ本当に気持ち悪い」「男色とか有り得ねぇキモイ」とか陰
口叩いてたところを、金吾が目撃。問答無用で股間を木刀でカチ上げたので、お説教を名目に義兄
(晴次)から呼び出しくらってましたよ、と。

 武士にとって男色って嗜みですし、念友、義兄弟の契りを結ぶって誉れだったそうですから。義兄
弟は時に婚姻より重視されたって話を読んだ事あるのですが……これは本当かなー。記憶が曖昧。
 戦国における男色話の本が分厚すぎる。難しすぎる。もっと分かりやすい本はないのですか安西
先生!(知らんがな)よしわらなんて分かりやすいの一杯あるのにー!


 配布元:Abandon