今日も今日とて勘右衛門とお茶をしております。鳴瀧晴次です。
 最近は縁側や庭などでは花都さんに邪魔をされる事が多いので、屋根の上や保健室、もしくは用
具倉庫などでお茶をする羽目になっています。
 まぁ勘右衛門と一緒ならば場所などどうでもよいのですけれど。
 と云う訳で、本日は用具倉庫を留ちゃん先輩からお借りしてお茶をしております。

 えぇ、まぁ、問題は、お茶する場所などではないのです。


「非常にまずい事になって参りましたねぇ」
「その割には冷静だなぁ」
「忍びが冷静さを欠いたら死にます」
「それはそうだけど」

 ずずずと、音を立てつつ互いにお茶を啜ります。
 鶴ノ丞先輩に譲っていただいたのですが……大変美味です。
 お幾らなのか想像するのが怖いですが。
 請求されたら確実に払えないでしょうから。
 まぁ、そのようなせこい真似をされる方ではないのですが。

「僕らだけの問題ならば、そう悩まないのですけれど」
「下手すると学園全体の問題になっちゃうもんなぁ」

 ううん、と勘右衛門が顎に手をやりつつ、唸り声を上げます。
 その姿すら可愛く見える辺り、僕の脳は相当病気です。


 まぁそんな呑気な事云っていられる状況でもないのですけどね。


 僕たちの悩みとは、件の天女様――花都夢さんの事です。
 邪魔される事にはもう慣れて来ましたので、山へ逃げたり屋根へ逃げたり街へ逃げたりしてかわし
ているのですけれど。
 彼女、食堂でお手伝いをしているものですから、そこだけは回避不能なんですよ。
 僕らだってご飯食べないといけませんし。
 花都さんもそれは存じていらっしゃるので、下手に追いかけ回すより待ち構えた方が得策だと考え
られたようで。

 食堂で毎日愛の言葉を叫ばれ、貴方達は間違ってると声高に糾弾されております。
 最早イジメです。

 本気で回避したいのであれば、兵糧丸なり糒(ほしいい)なりで我慢するのも手なんですが。
 食いしん坊勘右衛門曰く、「任務でも無いのにご飯食べれないとか厭。死ぬですので。
 毎食外へ出る訳にも行きませんしねぇ。出費的な意味で。
 実家はお金持ちですが、僕自身はそんな余裕ないですから。節約しないと拙いんですって。
 それに、彼女がいつまで学園にいらっしゃるのかとんと予想が付きませんから。
 いざと云う時の為の非常食を消費しまくる訳にも参りません。
 兵糧丸って、作るのが結構手間なんですよ。


 まぁ、問題が此れだけなら良いのです。
 僕らが我慢するなり逃げたりするなりしていれば良いのですから。

 問題と云うのは、――忍たまの皆様関係です。


「あれですよね。凄い勢いで死亡フラグ乱立しすぎだと思うんです
「無自覚な辺りがまた困っちゃうんだよな〜」


 彼女が愛されている事は周知の事実。
 その人を邪険にしているので、僕ら、最近上級生の皆さんに睨まれ気味です。

 まぁ、睨まれ気味と云うだけで、何かされたと云う事は今の所御座いません。
 僕の後ろにはくの一教室が付いておりますから。
 僕に手を出す事は、即ち死亡フラグなんですよね、生々しい意味で。

 天女様の魅力に参ってはいても、人生は棄てられないらしい上級生の皆さんは睨むしか出来な
いようです。
 別に……手を出されたからってすぐくのたまの皆様に告げ口なんて致しませんけど。
 情けないですし。

 ですが、主観と客観は異なっている事が非常に多いのです。


 さて、では誰の死亡フラグなのかと云えば。


「最近数ちゃんが、思いつめた顔で「あの女狐が……」と呟きながら毒薬の本を読み漁ってるのです」
「兵助の目もヤバイんだ。ぶつぶつ怖い事云いながら刃物研いでる……
「伊っちゃん先輩も数ちゃんの事止めないで、むしろ笑顔で手伝っていらっしゃいますし
「鉢屋が「事故に見せかけて殺っちゃうか?」って笑顔で云って来て怖い」
「留ちゃん先輩が罠の撤去に手を抜き始めました。この前ぼそっと「引っかかれ糞女(あま)」とか
云ってて凄く怖かったです



 お互いの顔を見合わせて、深く深くため息を着きます。


 えぇ、死亡フラグが立てられているのは――花都さんなのです。


 有難い事に――えぇ、とてもとても有難い事に、僕らは愛されております。
 自覚しておりますよ、勿論。
 皆様に愛されていなければ、今の僕たちの関係は有り得なかったのですから。
 ですから、本当に有難いのです。嬉しい事なのです。

 ですが、花都さんのお陰で……皆様の愛が妙な方向へ向かい出して、しまいまして。


「忍たまはまだいいよ。こっちが止めてってお願いしたら、ある程度聞いてくれるもん」
「そうですね……。問題は、くのたまのお姉様方ですよね……

 くのたまのお嬢様方――五年生以下の方々も、僕の言葉を聞いて下さいます。
 ですが、六年生のお姉様方は……その……、暴走気質と申しましょうか。
 僕の害になるものは……僕がお止めしても、その、徹底的に排除されるのですよ。

「彼女を盗られた」とか「お前ばっかりいい思いしやがって」と云う理由で、僕をイジメた先輩方や同
輩の方々がかつてはいらっしゃいました。
 僕も男ですから、立ち向かいましたとも。いくらくのたまの皆さんが僕を守ると仰って下さったとし
ても、女性の後ろへ隠れるなど矜持が許しませんでしたから。
 ですが……。
 くのたまのお姉様方は、僕をイジメたと理由で、その先輩方や同輩の方々を徹底的にイジメ返し
まして……。

 ついには学園を、自主退学させてしまいました。

 誰がやったか一目瞭然のはずなのに、証拠が一切無かったのでお姉様方へのお咎めは無し――
いえ、あったとしたら全力で庇いますが。僕のせいなのですし。
 僕も当然、責めるなんて事出来ません。だってお姉様方は、僕の為を思ってやって下さったので
すから。
 お姉様方に文句を云う前に、僕自身の力で片を付けておけば良かったと云う話です。
 自分の情けなさを棚に上げて責め立てるなんて、出来ません。

 ……だから今、悩んでいる訳ですが。

「僕のせいだと云うのにどうにも出来ないこの無力感……」
「晴次しっかり。お前だけのせいじゃないよ」

 突っ伏した僕の背中を、勘右衛門がさすって下さいます。
 本当にお優しい伴侶です……。

「拙いですよ、今回ばかりはお姉様方に出てこられては拙いのですよ……!」

 忍たまは基本的に――僕やタカ丸さんと云う例外を除いて――くのたまへ恐怖を抱いております。
 恐怖とは即ち心への圧力。心への圧力とは――精神的緊張(ストレス)です。
 ストレスは爆発するもの。ですがその爆発さえも、「くのたまへの恐怖」が押さえ付けていたので
す。上手く均衡を取っていたのです。
 しかし……もし、くのたまが花都さんを害したとなったら、その均衡が崩れる可能性があります。

 ストレスの爆発――くのたまへの不満の暴発です。

 なんせ花都さんは前例のない存在であり、愛された存在。
 その人まで奪われたとなったら――堪忍袋の緒が切れた、と云う事態になりかねません。

 くの一教室は忍たまに比べて圧倒的に人数が少なく、もし忍たまが一丸となってくのたまと敵対し
たならば負けてしまう可能性があります。
 いえ、それより怖いのは……。


 くの一教室の全てが、手段を選ばなくなったら、です。


 くの一は賢いです。自分達が男に比べて弱いと云う事を、よくよくご存知です。――中には男性顔
負けの腕力と戦闘能力を誇る方もいらっしゃいますが、数は少ないのです。
 だから、どうやったって、対抗手段はえげつなくなります。
 えぇ、僕の口からは云えないくらいに。お子様には聞かせられないくらいに!


「忍たま対くのたまの全面戦争になったら、学園終了のお知らせですよ冗談抜きで……!」
「お前の存在って本当に起爆剤だよなぁ
「重々承知しております……!」


 愛されると云う事は素晴らしい事、喜ばしい事です。
 しかし、それ相応の責任も背負うのですよ。

 愛されると云う事は、重い事なのです。


「今の所、くのたまの皆様が自主的に花都さんを避けて下さっておりますのでギリギリ回避出来てい
ますが、バレるのも時間の問題ですよね……」

 むっくりと上半身を起こした僕に、勘右衛門がうんうんと頷きます。

「そう云えば、雷蔵が云ってたんだけど」
「何をです?」
「『色々面倒だし、もういっその事戦争起こして、腑抜けた忍たま全員叩き潰しちゃえばいいんじゃ
ない?
』って」
そんな所で大雑把を出されましても! 恐ろしすぎるのですが!」
『その時は五年生全員くのたまの味方するぜ』って八左ヱ門にいい笑顔で云われた」
「忍たまと敵対宣言ですか! 怖すぎますぅ!」



 − 悩まないわけがないのに。



 とにかく、僕らで死亡フラグを踏み潰さなければなりません。
 そうしなければ学園終了です!

「て云うかさぁ」
「はい?」
「ご飯、兵助達に頼んで部屋に持ってきて貰う?」
「……そこまでご迷惑かけて良いものなのでしょうか」
「あいつらは気にしないよー」

(大を生かすために小を殺すけだよー、と笑顔で勘右衛門は仰いました。……ころすけ?



 了


 やっぱりギャグになった!←
 まぁいいや、ギャグでやれる所までやっちゃおう!

 晴次編では、晴次は保健・用具とくのたまに愛されており、勘右衛門は五年生に愛されていますの
で味方が多いです。最多。
 味方が多いのに苦労してます。……これも微妙不運、か?←


 配布元:Abandon