学園中の空気が悪い。目に見えない澱(おり)が下の辺りで凝(こご)ってる感じだ。
”理由は知ってる。””原因も分かってる。”

 だから俺ぁただ、見てるだけだ。

 今の俺はお呼びじゃねぇ。
 先輩達ほどそつなく物事をこなせるほど器用でもなけりゃぁ、数馬達のように”あそこまで”深い
思い入れもねぇ。
 何とも中途半端な俺には、傍から見てる――まさに、傍観者が御似合いってこった。


 ま、勿論、本当に見てるだけって訳じゃねぇんだけど。
 留三郎先輩達が頑張ってる分、俺が用具の仕事を多くこなしてる。
 最初は先輩も「作だけにやらせるなんて」と遠慮してたけど、俺が説得した。
 俺ぁ此れ以外今、やれる事がなんもねぇ訳だし。むしろ、こんくらいさせてくれねぇと、こっちの
尻の座りが悪ぃわな。
「俺が仕事頑張る代わりに、先輩も晴次先輩の為に頑張って下さい」と云えば、少し嬉しそうな
顔をして、俺の頭をわしゃわしゃ撫でながら礼を云ってくれた。
 別に、礼を云われる事なんざ一っつも出来てねぇんだけどさ。


 仕事が一段落したから、立ち上がって背筋をぐぐっと伸ばす。
 固まっていた関節が、ぱきぽきと軽い音を立てた。
 それからふーっと息を吐くと同時に、後ろから名前を呼ばれた。

 高いけれど耳に障らない、不思議と心に染み入る声は、一つ後輩の砂田橋すずめのもんだ。

 振り返れば思った通り、相変わらず独特の髪型をしたすずめが、手を振りながら駆け寄ってく
る姿が見えた。 
 糞が付くほど生意気な二年生の中で、時友四郎兵衛と並び素直に可愛がれる、数少ない後輩
だ。

 後輩……なんだがよ。

 俺より頭一つ分以上背が高いっつーのが、何ともまぁ、悔しいんだよなぁ。
 だがその悔しさを本人にぶつけたところで、すずめが困るだけだしよ。
 自分の意思で伸び縮みしてる訳じゃぁねぇし。


「作先輩ちわっす!」
「おーう。何だか久しぶりだなおい。元気にしてたか!」

 云いながら少し背伸びをして――我ながら情けない――頭巾越しに頭を撫でてやれば、「元気っ
すよー!」と返される。
 けど――俺ぁ奴の目元に薄っすら隈が出来始めているのを見つけた。
 此処は咎めた方がいいかとも思ったが、本人が元気だと云い張るならばそれも野暮ってもんだ
ろ。
 大体、すずめは努力はするが無理はしねぇ。自分の限界をちゃんと分かってるような、外見に反
して冷静な奴だからな。
 俺の心配何ざ余計な世話だろ。

 隈の原因も、何となくだがわかっちゃいる。
 すずめが所属してんのは――”あの”作法委員会だからな。


「んで、どうしたんだよ。用具倉庫まで来るなんて珍しいじゃねぇか」


 用具と作法は生首フィギュアや首桶など、一部の備品に関して接点がある。だが、備品関連につ
いて用具倉庫にまで来るのは、二人の一年生がほとんど。
 二年であるすずめが来るの事はあんまりねぇんだ。

 だから聞いてみれば、すずめは普段の明るい笑顔を引っ込めて、真剣な表情になった。
 その表情に、心臓が少しばかり高く鳴った。

 普段は天真爛漫で活動的だから、たまに見せる真剣な顔は心臓に悪い。
 特別整った顔立ちって訳でもねぇんだけど、男前に見える面構えなんだよなぁ、こいつ。


「余計な御世話かも知れないんすけど……作先輩の御耳にも入れておいた方がいいと思いまして」
「何の話だ?」


”予想はついちゃいるが”、敢えてそう聞き返した。
 こう答えた方が、すずめも話しやすいだろうしな。


「噂の天女様――花都夢さんの事です」


 出て来た名前は”予想通り。”
 先輩達から”云われてはいたけれど”、本当に出て来ると驚くな。
 なるべく表面上は平静を保って、「あぁ、あの人がどうかしたのかよ?」と問い返す。
”今の俺は、呑気な傍観者。”
 何も分かってないようなふりをした方が、良いんだからな。


「いやー、吾(おれ)も話に聞いただけなんすけど。どうもあの人、色んな委員会に顔出しちゃぁ問
題起こしてるみたいっすよ。善意でやってるみたいなんすけど……その、空回りしてるっつーんで
すかねぇ?」
「へぇ。……あれ、あの人食堂のお手伝いさんだろ? 何で委員会に顔出してんだ?」
「さぁ? 吾もそこら辺の事情はちょっと。先生方も特に何も云ってないですし、問題視されちゃぁ
いないみたいっすけど。……吾、何か気になっちゃって」


 そう云って、すずめが後頭部を掻く。
 こいつ、占いやってるから、直感力っつーのか。そう云うの、鋭いんだよな。

 薄々、感じてんだろ、お前も。
 学園の空気が軋んでるってよ。


「なんつーかあの人……。うーん、ほんと、なんつーか……」
「何だよ。はっきりしねぇな」
「えーっと。まぁ作先輩には云ってもいっかなぁ。吾がこんな事云ってたって誰にも云わないで下さ
いね。池田とかにバレるとまた喧嘩になっちまうんで」
「口は硬ぇ方だ。安心しろ」


 云えばすずめは笑いながら「確かに」と云って頷いた。
 それでも少しばかり云い辛そうに、言葉を紡ぎ始める。


「吾の勝手な見解なんすけどね。あの人……こう、「構ってちゃん」なんじゃないかって思うんすよ」
「かまってちゃん?」
「そうっす。放っておかれるのが我慢出来ないって云うか、常に周りに誰か居て、自分を見て貰っ
てないと気が済まないって云うか。そう云う感じがするんすよねぇ……」
「へぇ……」


 正直な所、驚いた。
 その見解は、”首謀者達”が云っていた物とほぼ同じだったからだ。

 本当にこいつは、鋭い。


「……師匠が斬られてからこっち、上級生の先輩達もピリピリしてますから。どうも、あの人の事放っ
ておきがちでしょう? 休みの時間の度に、あれだけあの人の周りに集まってた目立つ面々がいな
くなっちまって、云っちゃ悪いですけど――地味な人達がぱらぱらと居る程度ですから。今まであん
だけ構われてたんだから、そりゃぁ我慢出来なくもなりますよ。……そんで色んな所に首突っ込んで、
問題起こしてちゃぁ駄目だとは思いますけどね」
「なるほどなぁ」
「まぁ、構ってちゃんはあの人だけじゃないですし、悪いとは云いませんよ。……でも、なんつーかあ
の人の場合……こう、「自分が中心に居て当たり前」って態度が、ね……」

 そこで、すずめの大きな目が細まり、鋭い目つきになって、



「――鼻に付くんすよね、正直な話」



 低い声で、云い切った。


 ……確かに、まぁ、”天女様”に心酔してる連中には聞かせたくねぇ話だな。



 それからすずめは「あの人に関わるとよく無さそうっすから、作先輩も気を付けて」と云って去っ
て行った。
 これから晴次先輩の御見舞に行くらしい。……多分、川西辺りが会わせてくれねぇと思っけど、
此処で俺が云うのも妙な話だしよぉ。
 無駄足になるって分かってんのに、忠告しなくて悪ぃ。

 まぁ、何だ……全部、お前の尊敬する師匠の為になる事だから、勘弁してくれっと嬉しい。
 つーか今度、団子でもやるから。お前が好きな無月堂の蒸かし饅頭な。
 それから……忠告も一緒にしてやろう。
”仲間”にしてやれなかったせめてもの詫びだ。



「修羅場だから見学は遠くでね」



 お前も傍観者やってた方が賢いぜ。

(どいつもこいつもあの人らも盛大にキレてっから一般人が巻き込まれたら酷ぇ目に遭うに違ぇねぇ)



 了


 ほんとはこの話いらないと思ったんですけど……
 用具・保健の中で作兵衛だけハブるなんて、私のなけなしの良心が許してくれませんでした。
 作兵衛好きだ! 俺の迷子札になって下さい!(意味不明)

 ちなみに、作兵衛とすずめは左門を通して仲良しです。縁結び左門。←