先輩先輩、千草先輩。
そう呼びかけて、足に抱き付く。
乱暴に頭を撫でられて、僕も虎ちゃんも笑った。
僕らの委員会は”平和”でいい。
怒れる『百獣の帝王』が守る、平和な委員会。
それが”役目。”
ねぇ、見て。
僕ら、仲が良いでしょう? 楽しそうでしょう? 幸せそうでしょう?
怒れる『百獣の帝王』は若旦那命のまま、群れを守り。
情に厚い五年生は健気に帝王を慕い続け、後輩を慈しみ。
変わり者の三年生は毒虫を愛し毒蛇を愛し、帝王を愛して後輩を愛でる。
幼い一年生は先輩を愛し、先輩達に守られて、とても幸せ。
”異物”を寄せ付けないから、変わらないのだと、見せ付ける。
幸せな光景を目にした事で、花の蜜に群がる虫のように、”異物”が近付いて来る。
「えへへ、楽しそうだね! ねぇ、私今手が空いてるんだ。何か手伝える事ってない?」
幸せの恩恵に与ろうとした”異物”へ、先輩が冷たい目を向ける。
馬鹿な”天女様”。
団蔵が叩かれてから、千草先輩にとって貴方はただの鬼門でしかないのに、気付かない。
「いらねぇ」
「え……」
「人手なら足りてる。どこか別の所へ行ってくれ」
ほら、先輩の機嫌が急降下。
舌を打たんばかりの勢いで、言葉を吐き捨てる。
僕と虎ちゃんの頭を抱えるようにして、”異物”からそっぽを向いて歩き始める。
食い下がろうとした”異物”へは目もくれない。
その代わり、僕らへと向けられる優しい眼差しに、笑みを返した。
肩越しに振り返れば、不満そうな顔した”天女様”。
”天女様”へ向かって、僕は気付かれないように、歪んだ笑みを浮かべた。
貴方の居場所は此処にはないよ。
僕らの幸せは此処にある。
さぁ。
”異物”を排除しているから幸せなのだと、もっともっと――見せ付けようか。
*** ***
はぁと大きく、お鶴先輩がため息をついた。
そのため息に”天女様”の肩が大きく跳ね上がる。
「不味い」
「……っ」
「こんな不味い茶を、よくもまぁ飲んで欲しいなどと云える物じゃな」
そう云ってお鶴先輩は、湯呑にまだ沢山残っていたお茶を、窓から棄てた。
”天女様”が涙ぐみ、「酷い……!」と云ったけれど、お鶴先輩は顔を顰めるだけ。
「酷い? 酷いと云うなら、こんな不味い茶を他人へ自信満々に飲ませる方が酷いわ」
「だって、皆は美味しいって……」
「世辞と本音の区別も付かんか。馬鹿な子ほど可愛いとは云うがな、愚か者は見苦しいだけじゃ」
忌々しげな感情を隠しもしないお鶴先輩に、怯えた彦四郎が僕手のを握って来る。
三郎先輩は素知らぬ顔をして、お茶を淹れ直していた。
「私らの憩いの時間を邪魔して、不味い茶を出し、正直に云えば他人のせい、か。大層な”天女様”
じゃのぅ」
「なっ……! そ、そこまで云う事ないじゃない! じゃ、じゃぁ貴方、私より美味しいお茶淹れられ
るって云うの?!」
「はぁ? 何を云うとるんじゃお前は」
またため息を付き、パチンと音を立てて扇子を閉じた。その動作は洗練されており、美しくも麗し
い。顔の綺麗さと相まって、お鶴先輩の性別を忘れてしまいそうだ。
「では聞くがな。紙の製法が出来なければ、紙を使ってはならぬのか? 料理が出来ねば味の善し
悪しを判断してはならんのか?」
「そ、そんな話ししてないじゃない!」
「お主の屁理屈はそれと同義だと申しておるのだ。それくらい気付かぬか。本当に愚かじゃな」
心底馬鹿にしきった言葉に、屈辱と怒りのためか、”天女様”の顔がかぁと赤くなった。
此処に来てから、侮辱された事など無いのだろう。
侮蔑された事も軽蔑された事もない、悪意にさらされた事など無い。
皆が皆、まるで操られているかのように、好意をよせ、褒めそやし、ご機嫌を取っていた。
だから、”見ていれば分かる。”
人間の本性は、負の感情をぶつけられた時にこそ露見するのだから。
「三郎君。そのお茶、この娘にやりなさい」
「え!」
「そんなに厭そうな顔をせずとも良いではないか。ほれ、とっときのお菓子をあげるから」
「……仕方ないっすねぇ……」
心底不服そうな顔をしながら、三郎先輩が”天女様”へとお茶を渡す。
そのお茶を同じく不服そうな顔で受け取り、一口飲んで――目を見開いた。それから、思わずと云っ
た様子で「美味しい……」と呟く。
にっこりと、お鶴先輩が笑った。
「その茶を淹れるのに使った道具も、茶葉も、湯も、全てお主が使ったものと同じじゃ」
「さらに云うと――私のお茶のお師匠様は、こちらにいらっしゃるお鶴さんです」
愕然とした表情で、”天女様”はお鶴先輩を見る。
どうしてだろう?
まさか、”自分より優れている人はいない”とでも思っていたのだろうか。
結局”天女様”は黙って出て行ってしまった。ばしんと乱暴に襖を閉めて、足音も荒く。
「下品な女よの……。庄ちゃん彦ちゃん、二人は、無言で退出するような礼のない真似をするでない
よ。品性を疑われるでの」
「はい」「はい……」
僕はしっかりと頷いて、彦四郎は茫然としながら頷いた。
”天女様”が荒々しく閉めた襖を見ながら、「信じられない」とでも云わんばかりの顔。
そうだね。彦四郎達い組は、”天女様”を無邪気に慕ってたもんね。
綺麗で優しいって褒めてたし。理想の女性像として扱ってた節もあった。
理想と云う物は高ければ高い程――落ちた時の衝撃が凄まじいんだ。
三郎先輩と視線を交わして、微笑みあう。
さぁ、此処からこそが、僕らの役目。
冷静に、客観的に、傍観者のように―――”静観”させてもらいましょうか。
*** ***
久々知先輩が、大きくため息をついた。
それに対して包帯まみれのタカ丸さんと、何故か居る”天女様”はきょとんとしていて、三郎次先
輩は何かを悟ったのか顔色を青くした。
艶やかな髪を翻し、久々知先輩は一言、焔硝蔵の中へ向かって行った。
「大治郎先輩。斎藤タカ丸と池田三郎次両名、本日を持って火薬委員会を辞任するそうです」
「そうか、わかった」
さらっと交わされた会話に置いてかれたのは、外に居る三人だけだった。
久々知先輩はすぐ焔硝蔵の中に入って、帳簿をめくり出す。
僕は大治郎先輩に指示に従って、帳面に文字を書き込んで行く。
「え、な、何で?! ちょっと待ってよ兵助君! 大ちゃん!」
「そうよ! 何で二人が委員会を辞めさせられないといけないの?!」
半泣きになったタカ丸さんと、怒り顔の”天女様”が焔硝蔵へ入ろうとする。
二人の足元へ、久々知先輩が手裏剣を打ち込み、蔵への侵入を阻止する。勢いよく地面に突き
刺さった手裏剣を見て、二人が硬直した。
何でって……少し考えれば、分かる事だと思うけど。
現に三郎次先輩は気付いたのか、真っ青な顔になって震えてるし。
シカトを貫く大治郎先輩に代わって、久々知先輩が淡々と語り出した。
「……我ら火薬委員会は地味だ何だと馬鹿にされているが、学園防衛の要、重要施設の一つ焔硝
蔵の管理を任されている。斎藤、池田、お前ら二人はそこへ、部外者を連れ込んだんだ。委員会を
クビになって当たり前だろう」
「私は部外者なんかじゃないわ!」
「貴女は部外者だろう、花都夢さん。火薬委員でも無し、教師から許可を貰った生徒でも無い。ただ
の食堂のお手伝いさん風情が、何を思って焔硝蔵の関係者だと云うんだ? 俺には理解不能だ」
久々知先輩の顔は見えないけど、口調から、相当冷たい表情と目をしているだろうと想像は付いた。
タカ丸さんもようやく事態を飲み込んだのか、真っ青な顔色になっている。
”天女様”はまだ、納得行かない顔をしてるけど。
「タカ丸君は怪我をしてるし、火薬委員は人数が少ないって云うから手伝いに来てあげたのに! そ
の態度は無いんじゃないの?!」
上から目線で、凄い身勝手な事を云い出した人に、嫌悪感を抱く。
善意の申し出は、確かに有難く頂戴する方が優しいのかも知れない。
けれど此処は、火薬と云う危険且つ管理が難しく高価な品を扱う場所だ。
何も知らない部外者が来て良い場所ではないし、触れて良い物もない。
今度は大治郎先輩が、ため息をついた。
「……二人とも、早く”其れ”を元の場所へ戻して来い」
「なっ……!」
「云い訳も謝罪も、それから聞いてやろう」
「し、失礼にも程があるわよ! 人を物みたいに……!
怒りに顔を赤く染めながら怒鳴る”天女様”の腕を、タカ丸さんが掴んだ。
顔色は最悪、冷や汗まで流れてる。
震えた声で「ごめんなさい」と云うタカ丸さんに、何を勘違いしたのか、”天女様”が慌て出した。
「そ、そんな、タカ丸君が謝る事じゃないわ! 悪いのはこの人たちの態度で……きゃっ?!」
タカ丸さんが、強引に”天女様”を引っ張って行く。”天女様”は痛いと云うけれど、聞こえてい
るのかいないのか、タカ丸さんの足は止まらない。
その後を三郎次先輩が追って行くのを、僕は横目で見つつ筆に墨を付け直した。
さて。
この後はどうなるかな。
”見届け人”としては気になる所ですよね――久々知先輩?
*** ***
喜三太と平太と一緒に、お花をつむ。晴次せんぱいへのおみまい。
たくさんつんだから、せんぱいよろこんでくれるかなぁ。きっとよろこんでくれるよね、そう云いな
がら保健室そばまで来たら、砂田橋すずめせんぱいが難しい顔をして立ってた。
「せんぱーい」
「こんにちはー」
「すずめせんぱい……っ」
「おー! 喜三太にしんべヱにへーた! 久しぶりじゃーん!」
ぼくらがコンニチハって云ったら、せんぱいはにこにこしながら大声で返してくれる。
平太がうれしそうにすずめせんぱいにかけよって、ぎゅぅとはかまをにぎりしめてた。
ほかの二年生のせんぱいなら上着をつかんでちょうどいいんだけど、すずめせんぱい、三年生
より大きいもんね。
「どうしたんですか……? おけがでもしたんですか……?」
「あっはっは。違うって! 師匠のお見舞いに来たんだけどさー。面会謝絶だっつって左近に追い
返されちまったんだよー!」
冷たい奴だよなぁ! と怒った声を出すすずめせんぱい。
でも顔色は青くって、少し泣きそうな顔をしてた。
「ぼくらもおみまいなんですよー」
「お花つんできたんですぅ」
「おー、綺麗だなー。えらいえらい、絶対師匠喜んで下さるぞ!」
そうゆってごうかいに笑った後で、すずめせんぱいはとっても真剣な顔になった。
「そうだ……。作先輩にも云っといたんだけど……お前らにも一応云っとくな」
「はにゃ〜」「ほえ?」「何ですかぁ……?」
「食堂のお手伝いさん――花都夢さんに気を付けた方がいいぞ」
云われた言葉より、呼ばれた名前にぼくらはむっとした。
その名前は、今のぼくらにとって、とってもとっても――いやなものだから。
「なーんか最近、ふらふらと色んな場所に顔出して、委員会活動に首突っ込んでるらしくってさ。気
持ちは有難いけど……行く先々で問題起こしてるみたいなんだよ。この前も火薬委員会で揉めた
らしいし」
「そうなんですか……」「伊助がおこってたのってそれかなぁ?」「かなぁ〜?」
「師匠がぶった斬られてから学園中ピリピリしてんだし、ちょっとくらいは大人しくしてて欲しいよなぁ〜
……って、御免。愚痴っぽくなっちまったな!」
あっはっは、と明るく笑いながら、せんぱいはぼくらの頭をなでてくれた。すこしつよい力でなでら
れて、留三郎先輩を思い出しちゃう。
「んじゃ、またなぁ三人とも!」
「もう、行っちゃうんですか……?」
「いやぁ、吾(おれ)も委員会が忙しくってさぁ。ちょっと人手不足なもんだから」
そうゆって、せんぱいは少しこまった顔をした。人使いの荒い委員会だよー、なんて笑ってるけど、
つかれがみえかくれしてる。
「吾はにべも無く追いだされちまったけど、余裕あったらお前ら、師匠の事聞いといてくれよ。それ
じゃぁな!」
二本のながいおさげをゆらしながら、せんぱいはおおまたで歩いて行っちゃった。
角をまがるしゅんかん、せんぱいの横顔が見えた。
”しょうすい”した顔って、あぁ云う顔をゆうんだろうなって、そんな顔してた。
ぼくらはかおをみあわせる。
平太がしょんぼりした顔になった。
「すずめせんぱい、つかれてるみたい……」
「うん……」
「……僕、あとですずめせんぱいのところ行ってもいいかなぁ……」
「うん! だいじょうぶだよ!」「すずめせんぱいなら心配ないもんね〜」
ぼくらのことばに、平太は目をかがやかせてうなずいた。
顔色はわるいけど、ほっぺたは赤くなってる。
「それじゃ、はやくおみまいしよ!」
「晴次せんぱいげんきかな〜」
「げんきだったら保健室いないよ……」
「そっかぁ!」
保健室へ入ると、左近せんぱいから「静かにしろうるせーぞ!」っておこられた。
ごめんなさーいとあやまりながら、保健室のおくへ。
障子でわけられた部屋のおく、花をもってはいれば、よこになったせんぱいのすがた。
「せんぱい、おみまいです!」
「おはなもってきましたぁ〜」
「ここに、かざっておきますね……」
はやく、はやくげんきになってくださいね、せんぱい。
だいじょうぶ。
もうすぐ、おわっちゃいますから。
「楽しい時間も、もう終り」
終わる音、壊れる音を。
幼子達は、静かに静かに、聞いている。
了
すずめ初登場が傍観夢もどきでごめん!←
ちなみにすずめは作法委員会。上級生が揃って使い物にならず、一年生は拗ねて委員会に顔を
出さないので、”何かに”怯えている藤内と二人きりでフィギュアの手入れなどをしています。
体育から作法に移動して来た新参者なんで、居心地悪い事この上なしですな。
