こう云うのって僕、不得手なんだけど、なぁ。
そんな事を云ったところで、誰も取り合ってくれないだろうけどさ。
苦手不得手で逃げるな、と怒られるのが落ちだと思う。うん。
だから頑張るよ。後で留さんに褒めて貰おう。
嗚呼、でも、想像以上にキッツイよ、これ。
「金吾君、一体どう云う事なの?」
「夢さんは泣いていらしたんだぞ?!」
「……悪い子は、御仕置き、だよね?」
いやいや、君らが怒るのはおかしい気がするよ。
なんて突っ込みを口から出してしたい! そのついでにあの子らに裏拳突っ込み入れたい!
僕、善法寺伊作が壁の陰に、気配を消してこそこそと隠れ窺っている裏庭では。
タカ丸君、三木ヱ門、喜八郎の三人による、一人の一年生――金吾への私刑(リンチ)が行われ
ています。
いや、あの子ら的には「優しい天女様を泣かせた悪い子を叱ってる」になるんだろうけど……傍か
ら見たらモロに私刑です。本当に有難うございました。……じゃないだろ僕の馬鹿! ノリ突っ込み
とかしてる場合じゃないし!
うう、三人そろって凄い剣幕だ。
本当に、花都さんのどこが良いって云うんだ。顔のいい奴にしか良い顔してないぞ! 目ぇ覚ませ
よ君たち!
なんて心の中で叫んでも意味なんてない。
まだ手が出されてないのが救いだよ。あぁでも、あんまり酷い事云わないでよ?!
くっそぅ、普段の僕ならすぐさま突撃するんだけどなぁ〜!
”今は駄目”なんだ、駄目なんだよぅ。
あああああ今すぐ助けたい! だってあれ絶対怖いよ! 金吾可哀想だよ!
こんな”作戦”立てるなんて、あいつら鬼だ!
あああ、三木ヱ門が手を上げそうな雰囲気だよぅ。これ本当に大丈夫なの?!
いざとなったら僕飛び出しても許されるよね此れ?!
「ちょ、先輩達?! 一体何してんですかッッ!」
裏庭に響いた幼いながらも力強い声。
金吾と同じ組の加藤団蔵が、血相を変えて走って来る。
き、来た! 来てくれた!
ううう、”作戦通り”だけど良心がチックチクだよぅ。僕にこんな役やらせるなんてあのドエス! 本
当に晴次にしか優しくないんだから!
金吾を背後に庇い、団蔵が四年生達と対峙する。
……前から思ってたけど、あの子根性据わり過ぎだと思うんだ。あの千草を怒鳴りつけたりとかさ。
あれは見てるこっちの寿命が縮んだ。その後謝り倒す千草を見て別の意味で寿命縮んだんだけど。
あの主従は心臓に悪いと思う。
「四年三人で一年一人かこんで何してんですか! はずかしいと思わないんですか?!」
「うるさい! お前は関係ないんだから引っ込んでなさい!」
「金吾はともだちです! 関係あります!」
「君の友達が、夢さんを泣かせたんだよ?」
「……だったら何だって云うんですか! 先輩達変です! 金吾の気持ちも考えないで、夢さん夢さ
んそればっかり! いい加減目を覚ましたらどうなんですか?!」
「何だと……!」
「金吾は悪くない、なんて云いませんけど! でも、先輩達が正しいとは、絶対に思えません!」
「……っ、この……!」
あ、過去に意識を飛ばしてる間に場の空気が加熱してる。
三木ヱ門がついに手を振り上げた。
飛び出しそうになった身体を、ぐっと引き留める。振り上げられた手は、拳じゃない。手の平だ。
だから――
そのまま、見守った。
……これ、僕凄く最低野郎なんだけど。ちょっと首吊りたくなるんだけどなぁ! もう全面的にあ
のドエスのせいでいいよね?! 泣きたい!
振り上げられた後、勢いよく降ろされた平手は、思った通り団蔵の頬を引っ叩いた。バシン、と
乾いた音が裏庭に響き渡る。金吾が悲鳴のような声で、団蔵の名を呼んだ。
四年生と一年生の体格差だ。吹っ飛ばされてもおかしくはないのに、団蔵は足を広げて踏ん張っ
ていた。
頬を赤く腫らし、痛みによる生理的な涙で目を潤ませながらも、彼は自分を叩いた三木ヱ門を
睨み上げた。
怯えや恐怖など一切含まない、決して引くものかと主張する眼差しに、四年生らがたじろぐ。
……此処まで来たら、もういいよね? いいよね?!
”上級生が団蔵に手を出したんだから!”
「こらー! 何やってんだそこおおおおおおおッッ!」
「?!」「伊作先輩……?!」「あ……」
今までの鬱憤全てを声に乗せると、自分が予想していたよりも大音量。まぁ、びびらせられたか
ら良しとしようかな!
硬直した四年生達は放っておいて、団蔵と金吾に駆け寄れば、二人はきょとんとした顔で僕を
見ていた。あ、うん、ごめん。びっくりしたよね。大きな声出しちゃってごめんよ!
ああああああ、団蔵の腫れ上がった頬が痛々しいよぅ。僕の良心も痛いよぉ。
「ごめんごめんごめんね! 来るのが遅くてごめんね!」
「あ、いえ……」「伊作先輩、泣かないで下さい……」
二人の優しさが心に染みます新野先生!
団蔵を抱っこし、金吾をおんぶして医務室へ向かって全力疾走。
四年生? 知った事か放置だ放置!
このまま放っておいたら今以上に腫れ上がって、大変な事になっちゃうよ! ご飯だって食べ辛
いし、ほっぺが痛くて寝れなくなっちゃうだろうし! 早く冷やして手当てしないと!
行儀が悪いけど足で医務室の襖を開け、中に居た数馬に水を汲んで来るように頼む。数馬は最
初、晴次の傍から離れ難い顔をしていたけど、僕の腕に抱かれた団蔵の顔を見て、すぐ様飛び出
して行った。良い子! 僕の後輩は本当に良い子だ!
金吾に頼み、団蔵の頬に濡らした手拭いを当てて貰う。「それくらい自分でできるよ」と団蔵は照
れ臭そうだったけれど、金吾が自分を庇ってくれた事に対し、何かしらお礼をしたいと云う気持ちは
伝わっているのだろう。嫌がったり、手を払ったりはしなかった。
二人の仲の良さを微笑ましく思いながら、せっせと薬の準備をしていた所で。
静かに静かに――いっそ不気味なほど丁寧に、襖が開かれた。
恐る恐ると、開かれた襖の方へ目をやる。
あぁ、分かっている。”誰が来たのかなんて、分かってるよ”。でも正直な所、怖いから違っていて
欲しい、なんて、僕の我が侭な訳、で。
開かれた襖の向こうには、
「若旦那――お怪我をされたと聞きましたが、御加減はいかがです?」
癖になっているはずの眉間のしわを消し、吊りあがっているはずの眉尻と目じりを柔らかくさせ、
口に穏やかな微笑を浮かべた―――
加藤千草がおりました。
普段と掛け離れすぎたその表情に、戦慄の悲鳴をあげかけた僕は悪くない。確実に悪くない。悪
いのは千草だ。誰に聞いても、十割千草が悪いって云うよ。
「相変わらず耳が早いなー、千草」
「若旦那の事に関しては、誰よりも耳ざとい自信がありますよ」
「何だよそれー」
無断で――別に悪くないけど――入って来た千草と、金吾に頬を押さえられたままの団蔵が穏や
かに会話する。
怖い。凄い怖い。”この後の展開考えると”凄く怖い。
「ご、ごめんなさい、千草先輩! 僕のせいで、団蔵がけがを……」
「……どう云う事です? 若旦那」
「んー、金吾をいじめてた人がいてさぁ。僕が割って入ったんだ。それで叩かれちゃって」
「それは、それは……」
穏やかな声が怖い。静かな気配が怖い。優しい笑顔が怖い。
知ってる。僕、知ってるよ、これ。これって――
「伊作」
「ひゃい?!」
「何声裏返してんだよ。早く若旦那の手当てしてくれや」
「う、うん。ちょ、ちょっと待っててね!」
「頼むわ」
――嵐の前の静けさ、って、云うんだよ、ね?
手早く団蔵の手当てを終え――僕の手際に、後輩達が尊敬の目を向けてくれた事が癒しだ……――、
出て行こうとする二人に「晴次のお見舞いをしてあげて」と告げ、引き留める。
自分達が居て邪魔にならないかと不安げな顔をする二人は、本当に良い子だと思う。嗚呼、この
子らが良い子であれば良い子であるほど、良心が痛いよぅ。
「伊作、ついでっちゃぁ悪いんだが、飼育小屋まで来てくれっか? ちょっと診て欲しいやつが居ん
だけどよ」
「あ、うん。いいよ」
はい嘘。
千草は動物への治療を他人に頼んだりしない。千草の医療知識は僕の次くらいにあるんだ。自
分が怪我をしても手当て出来るよう、ペット達に何かあっても迅速に対応できるように、ってね。
後輩たちに留守番を頼み、団蔵と金吾に声をかけ、千草と連れだって医務室を出る。
怖い怖い怖い怖い、滅茶苦茶怖い。僕にこの”役目”やらせるなんて、本気のドエスだあいつ。
しばらく歩いて、医務室から大分離れて、人気のない所に来た途端―――
千草の背中から、殺意と憎悪と怒気が同時に噴き上がった。
それはもう、凄い勢いで。千草自身の豊かな黒髪が、彼の気迫でたゆたうのではないのか、と云
うくらいの。
ひ、と息を飲んだ僕に向かって、顔を見せないままに、千草が云う。
「――で……? うちの大事な大事なだぁいじな若旦那に手ぇ上げやがったのは……どこの糞だ?」
三回も大事と云った事に、何だか寒気を感じた。い、云い方が怖いんだよ、云い方が!
「え、えーと、その……」
名前云ったら、後輩売ったって事になるよね。
あぁでも、今さら、だよ、なぁ。
善良ぶるには、もう、遅いや。
「四年の……三木ヱ門だよ。タカ丸君と喜八郎も一緒に居たけど、手は出してない」
「金吾がヤキ入れられてた理由は……?」
「ほら、あの、小耳には挟んだろ? 金吾が花都さんの持ち物隠してたって……それで……」
「へぇ」
へぇ、なんて軽い言葉が、重苦しく聞こえるなんてありえないんだけど。
あのさ、ほんと……僕が団蔵が殴られるのを黙って見てた、とかバレたら、これ、僕が真っ先に挽
き肉にされるよね、ね?
「なるほど……なぁ?」
千草が庭へと顔を向けた為に見えた横顔に、二度目の戦慄を覚える。
……こめかみに血管が本当に浮き上がる、とか、どんだけ怒ってるの、って話、だよ、ね? 僕が
下級生なら漏らしてるくらいの恐怖なんだけど。
「ちょっと四年の所行って来る」
「えぇっと、うん。……あの、あんまり、酷い事しないで、ね?」
「安心しろ」
横顔が、にこりと笑った。当然、こめかみに血管は浮き上がったまま。
ああ怖い怖い怖いよ。千草の優しい笑顔なんて、怖すぎる。
「一割は生かしてやる」
それが君の優しさですか。
怖すぎる。
「お前の敵は此処に居る」
がくがく震えながら医務室に戻る。皆晴次の側に居るお陰で、一人きりになれた事にこっそり安堵
しながら、頭を抱えた。
あぁもう、これ本当、バレたら僕らが殺される。
でも、でも、命くらいかけないといけない。分かってる。だってこれは全部、僕らのため。僕らの大
事なもののため。
だから割り切らなくちゃいけないし、被害者面なんてもっての他、なんだけど。
ちくしょうあのドエス、覚えてろ。
(百獣の帝王を利用しようとか云い出すなんてキ■■イか天才なのかどっちなの?!)
了
伊作は不運な役回り。
三木ヱ門達の役回り、最初はモブだったんですけど……注意書きに原作キャラも酷い目にあうっ
て書いたし、いいかなぁ、と。後自分でもちょっと書いてみたくて。(おい)
千草が全面的に憎まれ役ですが、我が息子なのであまり良心は痛まない。酷い? 褒め言葉!←
千草の役目に原作キャラを登用したら良心痛みまくって続きが書けませぬ!
