夢さんの持ち物が無くなってるらしい。
 陳腐な嫌がらせだ。
 くのたまの仕業に違いない!

 短絡思考でそう結論付けた七松先輩が、くの一の敷地に突撃して返り討ちにあった。
 小芝居のような展開に、五年生のほとんどがぷぷーと笑った。だが、私達は悪くない。笑われ
るような事をしでかす七松先輩が悪いのだ。


 ちなみに、忍たまが誇る戦闘狂七松小平太先輩を返り討ちにしたのは、くのたま教室の双頭、千
夏さんと冬菊さんだ。
 一対一ならば七松先輩が勝つだろうが、二対一では負けもするだろう。男顔負けの戦闘能力持ち
だからな。くのたま敷地内での出来事なのだから、当然地の利だって相手の物だ。冷静に考えれば
分かる事だろうに。
 正直、私だって真っ向勝負なんて御免だ。腹の探り合いも厭だけど。くのたま怖い。

 縄では足らなかったらしく、鎖で七松先輩を簀巻きにし、忍たま敷地内へ放り投げ――この時点で
色々あれだ――、壁の上に仁王立ちになった冬菊さんの雄姿が今も目に焼き付いている。
 騒然となり、一部からは敵意の眼差しを受けながら、冬菊さんは啖呵を切った。

「どーやらあの糞女(あま)に厭がらせしてんのを、あたしらくのたまだと思ってる馬鹿が多いみたい
だからハッキリ云っておいてあげるわ。そのスッカスカの乾燥させたヘチマのような頭に叩っ込んど
きなさい」

 すぅと大きく息を吸い、一拍置いて。


「あったま軽い事ばっかほざいてんじゃねぇわよ糞共が! 晴次が、あたしたちの可愛い可愛い愛
しい大事な晴次が! 死にかけて大変だって時になんであんな毒にしかならない馬鹿女構わなきゃ
いけないってのよ舐めるのも大概にしなさいよ! 晴次が! あたし達の晴次が! あたし達の可
愛い晴次が! 保健室で今も生死の境をさまよって目も覚まさなくて絶望の淵に居るあたし達が、
あんな糞女(あま)に厭がらせする余裕でもあると思ってんの?! 馬鹿じゃないの? てか馬鹿じゃ
ないの? 何、死ぬの? あんたらが晴次の代わりに死ぬの? だったらとっとと舌噛んで死ね
よこの糞犬共が!
 今度馬鹿な事云い出してあたしらに難癖付けやがったらあんたらの股にぶら
さがってる無駄なもんぶち切って人間以下の公衆便所にするから、そのつもりで居なッッッ!



 その本気入った怒声に、我々は一斉に股間を押さえたのであった……。


 あの人ならやる。
 男の印切断くらいは余裕でやる。
 そんでそれを犬に食わせるか、切断した奴のごにょごにょへごにょにょにょするくらいは余裕でや
る。そう云う女(ひと)なんだ……。

 うん、超怖かった。本当に怖かった。”味方”だって分かってる私らでさえ怖かったんだから、他の
連中の心中は推して知るべしだ……。


 まぁ、そんな事があったもんだから、くのたまへ疑いの目を向ける奴はほとんどいなくなった。
 ほとんどと云う事は、まぁ少数は居るんだけど。くのたまの本気の怒りを買って男じゃ無くなるの
は怖いから大人しくしてる感じ。

 だが、未だに”天女様”の持ち物は無くなり続けている。
 無くなった物は見つかったとしても、壊されていたり、破られていたり、池に捨てられていたりと結
構……かなり陰湿な感じだ。
 くのたまへ疑いの目が向くのは仕方ないが、やはり証拠も無く糾弾するような馬鹿はもう出ない。
 やはり何事も最初が肝心なんだよな。この場合、先手を取った冬菊さんの勝ちだ。


 やってないと断言し、くのたまを疑う事は即ち鳴瀧晴次への愛を疑う許しがたい行為だと印象付
け、さらには恐怖を煽る言葉を叩き付ける。


 これでこの件に関しての主導権はくのたまの物なんだ。勿論、犯人がくのたまであったらひっくり
返ってしまう構図ではあるのだけれど。
 その心配は無い。

 何故ならば真実、”犯人はくのたまでは無い”のである。


「どう云う事だ金吾! お前、自分が何をしたか分かってるのか?!」


 おおっと、滝夜叉丸の怒声だ。そろそろ私の出番らしい。


 多すぎず少なすぎず集まっている人垣に分け入り、中心を見やる。そこには、想像した通りの面
子が並んでいた。

 珍しく本気な怒り顔の七松先輩。
 怒っていると云うか、衝撃の余り普段の顔が出来ないらしい滝夜叉丸。
 その二人と相対するのは、唇を噛み締め泣き出すのを耐えている金吾だ。

 俯いている金吾に、滝夜叉丸が叫ぶ。
 どうしてこんな真似をした、夢さんが何をしたと云うんだ、お前はそんな事をする子じゃなかった
だろう。
 想定通りの言葉に、思わず笑みが浮かびそうになった。だが我慢。我慢だ。
 さぁ、責任感ある学級委員長の顔になるんだ。


 ぱんぱんと手を叩けば、全員の目が私へと向いた。


「はいはい、今学園内で騒ぎは困りますよー。一体何事ですか?」
「鉢屋先輩……」「鉢屋」「三郎……」

 呆気にとられた何人かの声と、ホッと安堵したような複数の声。
 ま、なんだかんだ云いつつ、頼りにされる学級委員長ですから。

 前へ歩み出て、さりげなく金吾を庇う位置へと立つ。
 その事に対して、七松先輩がムっとした顔になった。
 あっは、面白くありませんか? 自分の後輩がよその人間に守られるのは。


 でも、そう云った状況を作ったのは、あんただろう?


「先輩二人がかりで一年生を責め立てる、ってのは、ちょっと可哀想じゃありません?」
「責め立ててなどいません! これは、金吾が……!」
「この子が何をしたと云うんです?」

 そっと金吾の頭に手を乗せて、自分の方へと引き寄せる。
 また、七松先輩の目付きが鋭くなった。

「……っ、夢さんの持ち物を隠して、壊していたのは金吾だったんですよ! ですから、私達は先
輩として金吾を叱っているだけです!」

 言外に、「お前には関係ないからすっ込んでいろ」と云われた。
 だが甘い甘い。学園内における問題解決は、学級委員長委員会の仕事なんだ。
 当然、「天女様の持ち物紛失事件」も我々の管轄なのだよ、平滝夜叉丸君。

「なるほど……。ご協力、感謝します。では、後は我ら学級委員長委員会が引き受けましょう」
「何を云っているのですか!」
「この件に関しては、学級委員長委員会が学園長より一任されています。犯人が分かった以上、
こちらに引き渡して頂かねば困りますね」
「ふざけ……っ」
「此れ以上続けるのであれば、上級生による下級生への私刑(リンチ)と見なしますが?」

 云えば、滝夜叉丸は腹の底から口惜しそうな顔になった。
 そうだな。お前は誇り高いから、自委員会の後輩が起こした問題を、他人任せにするのは厭な
のだろうね。だが、これは決まりだからなぁ。聞き分けておくれよ。

 では、と一言告げ、金吾を連れて行こうとした私を、七松先輩が呼んだ。
 まだ何かと振り返れば、七松先輩は私ではなく金吾を見据えている。


「金吾。一つだけ聞かせろ。……何で、こんな事をした?」


 普段からは想像もつかない、静かな声が、発せられる。

 嗚呼。良かった。
”それだけは、貴方から聞いて欲しかったんだ。”

 金吾の小さい手が、私の袴を掴んだ。かすかに震えるその手が、痛々しい。


 さぁ、頼むよ、金吾。


”お前が、引き金なんだ。”


「……先輩達は、夢さん夢さん、それ、ばっかりだ」


 え、と虚を突かれたような顔を、二人はした。


「義兄上は、死にかけたのに。花都さんのせいで、殺されかけたのに」
「それは……っ」
「だが、夢さんは何もしてないだろう?」
「何もしてなかったら許されるんですかッッッ!」

 叩き付けるような叫びに、周りの人間が硬直する。
 金吾はあの騒がしい一年は組の中では大人しく、また年上を立てる性格だからな。こんな感情を
荒げるなんて、初めての事じゃないだろうか。

 耐えていた涙を滔々と流しながら、金吾が叫ぶ。絶叫する。


「あの人が居たから曲者が来たのに! あの人を狙った曲者に、義兄上は殺されかけたのに! み
んな、先輩達はみんな、みんなみんなみんな! あの人が無事で良かったってそれだけしか云わな
い! 誰も義兄上の事心配してくれない! 悲しんでくれない! 義兄上は死にかけたのに! 今も
保健室で、目を覚まさないのに! ずっと一緒にいた義兄上じゃなくて、あの人の事ばっかり! だ
から! だから僕……許せなくて……!」


 それは、ある意味仕方のない事だ。
 だって晴次は、忍たまの大多数から嫌われてるから。
 晴次のせいで女に振られた奴は数知れず。くのたまからは愛されて守られて、ちやほやされて。果
ては”天女様”の心まで奪った憎いあの野郎。
 だから皆、思っていた。殺されかけた晴次を、「ざまぁみろ」と嘲笑っていた。
 もし本当に晴次が死んでいたら、そんな事思わなかっただろう、と信じたいがな。


 嗚呼、でも、でもな。
 金吾や私達にとって、晴次は掛け替えのない存在なんだ。
 それこそ、あんなポッと出の妖怪もどきなんて、どうでもよくなるくらいに。
 そんな私達にとって、周りの言葉がどれだけ残酷に響いたかなんて――知ろうともしなかっただろ
うなぁ。


 さぁ、七松先輩、滝夜叉丸。
 あんたらは、云えるのかな?
 純粋に、強い思いで、義兄を慕う健気な義弟を相手に。
「鳴瀧晴次は嫌われ者だから仕方が無い。お前の身勝手で夢さんを困らせるな」なんて、……云え
るのかな?
 云ったとしたら、ある意味尊敬するけど……徹底的に軽蔑するよ、私はね。


 おやおや、顔色が悪いね、御二人さん。
 嗚呼、気付いたかな。気付いたよなぁ、此処までくれば。
 本当は二人とも、後輩思いの優しい先輩だもんなぁ。

 自分達が一言でも、後輩の義兄を思い遣る言葉を掛けておけば、こんな事起きなかったって。
 金吾の鬱屈に気付いてやれなかった、自分たちの不甲斐なさを思い知ってるよな?


”元を正せば誰が悪いのか”なんて――もう、”どうでもよくなってるよな”?


 それでいい。それでいいんだ。正常な判断なんていらないよ。
「自分達が後輩の哀しみに気付かなかったから、この事件は起きたんだ」と”思い込めば”、それでい
い。
 今は、それだけでいいんだ。


 私は無言で、泣き続ける金吾を抱き上げる。しがみついて来る金吾の背中を、宥めるようにぽんぽ
んと撫でた。ついにはしゃくりあげ始める金吾へ、哀れみの視線を向けてから、二人へと言葉を掛け
た。

「……もう宜しいですね? では、金吾の身柄は学級委員長委員会預かりとさせていただきます」

 ぺこりと頭を下げて、踵を返して歩き始める。誰も止めない、咎めない。
 ただ、遣る瀬無いとでも云いたげな空気が流れていた。


 それでいい。これでいい。”前例”は出来あがった。


「……よくやった、金吾」

 極々小さな声で囁けば、腕の中で金吾が小さく頷いた。



「あいつら可愛いだけで、基本何も考えてないっすよ」



 さぁて、思い知らせてあげよう、”天女様”。
 我ら忍術学園が誇るトラブルメイカー、一年は組の影響力を。

(お前と違って、可愛いだけではないのだと、云う事をね)



 了


 三郎と金吾と云う珍しい組み合わせ。結構美味しい気がする……!←