私はね、保健委員の子達が可愛いんだ。愛おしいんだよ。
 そう云えば部下は顔を顰めて、「忍び組頭ともあろう方が何を仰います」なんて云うけれど。

 若いお前には、分からないだろうね。
 忍びなんて生き物はね、心を殺せ、鬼になれと云われるけれど、人間を棄てちゃぁいけない。
 人の心を忘れた忍びはね、忍びとは云わない。外道と云うのさ。

 私にとって保健委員の子達はね、人間性そのもの。救いのような存在なんだ。
 甘ったるく、優しく、他人を癒すあの子達はね、私にとって仏様より尊い存在なんだよ。


 だからね。
 あの子達を泣かせたり、傷つけたり、ましてや殺そうとする奴はね、絶対許せないんだ。


 あぁ本当に驚いたよ。
 遊びに来てみれば、伏木蔵君と乱太郎君が私以外の曲者に襲われててさ。
 子供達の前で、我を忘れて殺しにかからなかった私の強靭な精神を褒めて欲しいね。
 あの場では気絶させるだけで済ませたんだ。……勿論、後で責め殺したけど。

 まぁそれは置いといて。
 助けた伏木蔵君と乱太郎君が泣きながら、「晴先輩を助けて」なんて叫ぶ訳でさ。
 その場を尊奈門に任せて、二人が云う方へ向かえば酷い光景。


 晴次君が血溜まりの上に倒れ込んでいたんだ。


 手に血濡れの小太刀を持った男が居てね、流石に殺しに掛かったよ、その時は。
 上手い事、逃げられてしまったのが悔しいよ。部下を一人でも連れていればねぇ。殺せたんだけど。
 見つけ次第責め殺してやると誓ってね、晴次君の側へしゃがみ込めば、驚いた事に息がある。
 あの多量の出血だもの。死んでしまったと絶望していたんだよ、私は。

 慌てて応急処置をしてね、担いで保健室へ駆けこんだんだ。
 堂々と現れた曲者に新野先生も最初は驚いていたけれど、すぐに事態を察して下さってね。事情な
んて後回しにして、晴次君の治療を始めてくれたよ。
 私はそのまま取って返して、伊作君を連れて来てね。あそこまで堂々と学園の中を曲者が走り回っ
ちゃ駄目だろ、と後になって気付いたくらい、慌てていたよ、私は。


 ひんひん泣き続ける伏木蔵君と乱太郎君を慰めながらね、なんとか事情を聞き出す事に成功した
んだ。
 本当に大変だったよ。だってあの子達ったら恐慌状態に陥っちゃって。私も尊奈門もらしくなく慌て
てね、抱きしめて頭撫でたげて。後で自分の行動を振り返った尊奈門が顔を真っ赤にしてたくらい、
らしくない事をしたねぇ。

 話はね、至極簡単な事だった。
 あの曲者達は噂の”天女様”を狙って侵入した。伏木蔵君と乱太郎君を逃がすために、晴次君は
プロ相手に身体を張って、結果、殺され掛けた。自分たちの侵入が知らされるのを防ぐために、伏
木蔵君と乱太郎君を殺しに掛かった。

 簡単な話だね。簡単な話だけれど――どうしようもない怒りが、込み上げた。

 易々と侵入を許した学園に対しても。命を張るなんて馬鹿な真似した晴次君にも。後手に回った自
分に対しても。大事に守られて、安全な場所でにこにこと笑っていた”天女様”にも、ね。


 正当性も道理も筋も、何もかも無視して。
 私は”天女”にも深い憎悪を抱いた。


 侵入者は当然許せない。
 奴らが晴次君に大怪我を負わせ、伏木蔵君と乱太郎君を恐怖のどん底に陥れて、伊作君と数馬
君と左近君まで泣かせたんだから。

 でもね、それと同時に、”天女”も許せないんだ。
 侵入者を作った直接の原因……彼女だろ? なのに彼女はこの事件に対して、まるで他人事の
ように振る舞っている。
 あぁいや、違う。そうだね、ごちゃごちゃ云うのは、好きじゃないね。はっきり云おうか。


 私はね、この忍術学園において、保健委員しか愛おしくないんだよ。他の子も確かに可愛いけど
ね、命を張ってまで、自分の身を危ぶめてまで助けたいなんて思わない。
 保健委員の子達だけが、私にとって特別なんだ。
 だから、その特別を害した存在全てが許せない。それだけなんだ。それだけなんだよ。


 学園が重い腰を上げないのならば、私があの天女を排除してあげようじゃないか。
 何、殺すなんて真似はしなくてもいい。
 顔だけはいいんだ。色街に売るなり、どこぞの好色ジジィにくれてやるなりすればいい。
 私は多少恨まれるかも知れないが、保健委員の子達から危険を遠ざけられるならそれでいいさ。


 そう、思っていたのだけれど。


「もう少しだけ、我慢してくださいませんこと?」


 そう云って微笑んだ少女。
 微笑と共に「わたくし、くの一教室六年の秋桐(あきぎり)と申します。お見知りおき下さいまし」と
名乗られ、「これはどうもご丁寧に……」と反射的に頭を下げ返していた。
 彼女は晴次君の恋人だと云う。

 晴次君の恋人は尾浜勘右衛門と云う子だと記憶していたけれど……。何だい、晴次君も隅に置
けないね。こんな綺麗な子とも恋人だなんて。

「学園の問題は学園の者が、責任を持って解決するのが道理で御座いますわ」
「それは分かってはいるよ。でもね、そんな事どうでもよいんだよ。正しい事も筋も道理も関係ない
んだ。私が許せないんだよ」
「重々承知しております。その上で、御頼み申しますの」

 にっこりと、秋桐君が笑う。大輪の花が咲くような、美しい笑み。
 その美しい花が、毒を吐いた。


「あの雌豚。その程度始末で許せる訳が御座いませんわ。苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦し
めて、自らが死にたいと懇願するまで追いつめてやるべきで御座いましょう? 生ぬるい事を仰ら
ないで下しまし。身体を売る程度……大した事では御座いませんわ。そうでしょう? 心から苦しめ
てやらねばなりませんわ、あのような雌豚。苦しめ抜いて、恥辱の果てに、自ら命を絶ちたくなるよ
うな目に合わせて―――それでも、生き地獄を味あわせてやらねばなりませんわ。ねぇ、そうで御
座いましょう雑渡様? ねえ?」


 狂ってはいない。
 澄んだ美しい瞳のまま、正気のまま、娘は憎悪にまみれた言葉を吐いた。
 ぞくりと、背筋を怖気が走る。あぁ、久々だ、この感覚は。


 女と云う生き物は、このように恐ろしい物なのだ。
 一人の男を愛して愛して、どうしようもないくらいに愛した女は、容易く夜叉となる。
 男には分からない境地から、女は憎悪を魅せるのだ。


「何も手を出すな、とは申しませんわ。ただ、もうしばしお待ち頂きたいのです」
「待つ?」
「えぇ。貴方様にも協力して頂きたいのです。でも、まだ時期では御座いません。しばし、お待ち下
さいませ。お願いいたします。どうか、私達にご助力下さいまし」

 そう云われて頭を下げられては、頷かない訳にはいかない。
 可愛い女の子、しかも、晴次君の恋人とくればね。
 それに、一枚かませてくれるみたいだし。此処は大人らしく、待ってみようか。

 この子達が、あの”天女様”をどう云う目に合わせるのか――興味もあるし、ね。



「なだらかな自殺がはじまってるんだよ」



 視線の先で、”天女様”が微笑んでいる。少し哀しげな色を宿し、晴次君の身を案じている。
 あぁけれど、それだけじゃ許されない。もう遅いんだ。許されないんだ。
 君はもう、怒らせてしまったんだ。だから、報いを受けなくちゃ、ね?

(自らの首を締めながら、少女は笑う笑う笑う。優しくも愛らしい、反吐が出る笑みで)



 了


 後篇第一弾は雑渡さんでしたー。この方大好き! 大好き!(分かった分かった)
 おっさんと女の子の組み合わせが好きなので、秋桐さんにご登場願いました。五年生でも良かった
のですが、彼らは追々登場しますので。


 執筆 2010/03/15〜