「土井先生、嬉しそうですなぁ」
「それはもう! 当然じゃぁないですか、山田先生っ」

 全開の笑顔で答える私に、山田先生が苦笑を零す。
 そのついでに苦言を云わないのは、私と同じ気持ちが少なからずあるからだろう。


 生徒が云う天女様――幻術使いと思われる少女、花都夢が来てからと云うもの、学園中が浮足立っ
ている。
 彼女を学園に留め置いたのは「色の授業」をするためだから、生徒達が好意を持つ事はまぁよしと
したいところだが、それにしたって凄すぎる。
 この広い学園、大勢の忍たまの中で、彼女に傾倒してない人間の方が少ないのだから。
 此処まで来ると幻術なのか、それとも彼女自身の魅力なのかは分からない。
 まぁ、どちらにせよ私には関係ない事だ。
 確かに外見は愛らしいが、信じられない事に中身は平和ボケしたアレな子である。
 正直、話すのにはそれ相応の精神力が必要になるので、不用意に近づきたくない手合いだ。

 だが、先に云ったように生徒はそうでないらしく、率先して彼女に近づきたがる始末。
 彼女を巡って私闘まであったと云うのだから驚きだ。

 生徒の大多数が浮足立ち、乱され、惑わされている。
 学園ならば即座に原因を取り除くべきだと思われるが、これは「色の授業」。
 生徒らには少々痛い目を見て貰わなければならない。
 此処は心を鬼にして見守り、且つ、大きな被害が出ないよう調節しなければならない。

 の、だが。
 生徒の中にも、我々の意図に気付いている子や、”天女様”に興味を持たない子、本能的に危険を
察知している子などがいた。
 私が受け持つ組、一年は組の生徒は三つ目に当て嵌まる。


 驚いた事にあの子たちは、花都夢がやって来たその日に、彼女へ不信感を抱いたのだ。
 実戦経験が無駄に豊富などと云われ馬鹿にされていたが、無駄などではなかった。
 あの子達は今までの経験を生かし、彼女を幻術使いと見破り警戒までしていた。


 其れを知った時の野村先生と安藤先生の顔と来たら!
 思い出しても痛快な気分になる。

 普段優秀だと自慢している自分の組の子たちが、そろって”天女様”を無邪気に慕っていると云うの
に、常日頃落ちこぼれだと小馬鹿にしている私の生徒達は全員正常なのだ。

 許されるのならば、思い切り胸を張り、「どうです! うちの子たちは凄いでしょう?!」と云ってやり
たかった。
 が、流石にそこまで大人げなくはなれない。
 と云うか、他の先生方が哀れで、職員会議で云う気になれなかった。

 どの生徒も大小差はあれ、花都夢に傾倒している。
 特に、四年生から上が酷かった。
 六年担当の先生方など、「あいつら根は真面目だから、色に免疫が無かったのかな……」などと遠
い目までしてしまう始末。
 それくらい、上級生の傾倒っぷりは酷い。
 皆揃って、”天女様”に夢中なのだ。
 警戒を緩める事はないだろうと思っていたのに、あっさり皆、気を許してしまった。

 勿論、そうでない子もいるのだが、圧倒的に少ない。
 だからこそ、上級生を受け持つ先生方の落胆っぷりは凄かった。
 さしもの私も、あの状況で自慢話は出来ない。気の毒すぎる。


 けれど、嬉しい事に変わりはなかった。
 やはりうちの子たちはやれば出来るのだと、胸が躍った。

 しかも、あの子らは花都夢を警戒しているだけではなかった。
 先輩らが幻術に嵌まっている事を知り、私の所まで直談判にまで来たのだ。


 なんて優しい良い子たちなのだろう!
 術に嵌まった先輩を軽蔑するのではなく、心配し、教師に相談するとは!
 忍者としては問題あるかも知れないが、私はそれより、あの子らの真っ直ぐで純粋な心を嬉しく思っ
た。
 本当に、うちの子たちは皆良い子だ。

 色に弱い? 好きに云え。
 いざと云う時にはちゃんと分かっているのだから問題ない。
 うちの子たちはみんなやれば出来る良い子達ですから!


 だが、まぁ。
 作法委員の上級生が兵太夫を泣かせた事に、色々思う所はある訳だが。
 幻術に嵌まってしまったのだと、大目に見る事にしよう。うん。
 泣く事で子供は強くなると云うしな。
 体に傷一つ付けていたら、それなりの対応はさせてもらったがな。うん。
 端的に云えば、忍術学園教師の本気を見せるぞ、的な。

 まぁ、頭を撫でてやったらニコニコと笑っていたから、大丈夫だろう。
 兵太夫は強い子だからな。
 何かあっても三治郎がちゃんと支えるし、世話焼きな伊助と庄左ヱ門も居る。
 当然、他の皆だってそうだ。

 一人は皆の為に、皆は一人の為に。

 それを自然と出来るのが、一年は組だ。
 私はそれを、誇らしいと思う。
 教師として、一人の人間として。
 忍びとしてどうかと云われれば、苦笑いが出る所だが、それでも私はあの子たちを愛おしいと思う
のだ。


 そう、お前の事もな、大治郎。


 山田先生に一言告げ、くるりと振り返る。
 そこには当然、大治郎が立っていた。
 話しかける頃合いを見計らっていたのだろう、少し驚いた顔をしていた。

「では、土井先生。後ほど」
「すいません、山田先生」

 気にしなさんなと笑って、山田先生は先へ行く。
 山田先生が廊下の角を曲がり見えなくなると、漸く大治郎は私の側へ歩み寄って来た。

「すみません、話しの邪魔を」
「大丈夫だよ、たわいない世間話だからな」

 頭を撫でてやれば、照れ臭そうな顔になる。

 どうも他の先生方や生徒達は、大治郎を無表情だとか何とか云うのだが、私にはよく分からない。
 こんなにコロコロと表情を変えるのに。
 勿論、感情を顔に出す事は褒められた事ではないのだが、そこは身内の贔屓目、可愛らしい事こ
の上ない。


 さて一体どうしたのかと思えば、どうやら件の”天女様”についてらしい。
 名前を覚えてすら居ない様子に、苦笑が漏れた。
 まぁ大治郎は元から他人に興味の薄い子だし、彼女は好みの対極に居るからなぁ。
 花都夢の方は、どうやら、憎からず大治郎を想っているようだけれど。


 残念。
 君のような怪しげな女の子に、うちの大治郎はあげないよ。
 そもそも、大治郎はうちの喜三太を娶るのだからね。
 入り込む余地などありはしないのだから、さっさと諦めて欲しいものだ。
 そうでないと、うちの大治郎に愚かな嫉妬をした生徒らが、暴挙に出ないとも限らない。
 大治郎は強いから返り討ちに出来るだろうけど、心配なものは心配だ。

 だがこちらの心など知る由もなく、大治郎はシレっとした顔で、「あの女がどんな扱いを受けようが
どうでもいいです」などと云っている。


 嗚呼まったく、本当に、お前って子は。



 − かわいいきみをあいしてる(土井半助)



 抱きしめて頬ずりしてやりたいのだけれど、ここは教師として我慢しておこう。
 その代わり、今度の休みにはべったべたに甘やかしてやるんだ。

(どんなおまえもあいしてるよ)(そうやって、暗い想いに蓋をする)



 了


 うちの土井先生はデレデレかクーデレのどっちかのようです。←
 ツンデレにもヤンデレにもなりそうにない……! おかしいな、そっちの方が書き易いのに、デロ
甘い人になってしまう……!
 とりあえず、土井先生の目にフィルターが掛かっている事は間違いないですね^^^^ ちょ、大治
郎が表情豊かに見えるとか、どんだけ分厚いフィルター掛かってるの土井先生^^^^^^^
 土井先生がこう云う仕様なのは、つどい設定で「土井先生は忍術学園で一番忍者に向かない先
生」ってのを読んだせいだと思います……。いいんだ、そんな土井先生を、愛してる……!←
 しかし、最初の予定と違ってしまった。土井先生は堂々と一はの自慢してる予定だったのに。
 あ、多分、職員会議じゃなくて個人の時には自慢してるんですよ、おもに安藤先生へ。←