「師範。師範はあの女をどう思っているのですか」
「うん?」

 伊助との会話で、師範があの女をどう思っているか気になったので、直接問いただしてみた。

「あの女って……夢くんの事か?」
「多分そうです」
「多分ってお前な……また名前覚えてないのか。しょうのない子だなぁ」

 精悍な顔に苦笑が浮かび、頭を撫でられた。
 相変わらず、俺への子供扱いが抜けない人だ。
 ……厭ではないが。

「そうだなぁ……、んー、まぁ、お前には話してもいいか」

 こいこいと手招きされる。素直に付いて行けば、あまり人の来ない、湿気のある裏庭へ誘われた。

 人が来ない、とは云ったが、俺と喜三太はよく来ている。
 ナメクジ達の散歩に丁度いい場所だからだ。

「あのな、大治郎。私はね、彼女の事は「都合がいい」と思っているんだ」
「都合がいい?」
「あんな風に無害で、善良で、愛らしい存在、そうは居ないだろう? 学ぶのに丁度いいんだ」
「学ぶ」

 あれから何を学ぶのだろう。
 その疑問が顔に出ていたのか――師範は俺の微細な表情の変化が分かる――、師範が云った。

「色の授業だよ、大治郎。忍者の三禁は、何も”遠ざける”物じゃぁない。いざと云う時に”溺れてはいけ
ない”物なんだ。任務の中には色を必要とする事もある、酒を飲まなければいけない事もある、相手の
欲を理解しなければいけない事もある。けれど生徒達はね、三禁だからと云う理由で馬鹿正直に遠ざ
ける子が多いんだ。それじゃぁ、咄嗟の事態に対応出来ない。だから、彼女の存在は都合がいいんだ」
「なるほど。では、もう始末の付け方も決めていらっしゃるので?」
「勿論だ。いいか、他の生徒には他言無用だぞ」
「承知」

 そうして知らされた事実に、軽く目を瞬かせた。

 なるほど。
 適当な所で、あれを欲しがっている懇意の城へ渡すのか。
 実は天女は、某城からの手先だったと云う事にして。
 天女の末は交渉材料か。哀れなものだな。

「軽蔑するかい、大治郎」
「まさか。あの女がどんな扱いを受けようが――」



 − 「どうでもいい」



 心の底から告げた言葉に、師範は笑った。
 お前は相変わらずだなぁと、少し楽しそうに。

(貴方がそうやって甘やかすのも、原因の一端ではないかと、身勝手ながら思うのです)



 了


 生徒へ補整は効いていますが、先生方には無効です。と云う話。
 ただ神様の補整があるのである程度生活は保障されているのですが、このあたりで天女さん、結構
調子に乗り始めていたので。(大治郎が振り向いてくれない腹いせに、周囲の人間を誑し込み始めた)
 天女さん的には大治郎が振り向いてくれないのは「そっか、本命は苦難があるもんだよね。夢小説
でもとんとん拍子で進まないで、障害があったりするもん。私がよそみしてたら、流石に慌ててくれるよ
ね!」って感じらしいです。あちゃー。悪意がないだけちょっと可哀想かもしれない。



配布元:Abandon