気付けば季節が変わらんとしていた。
時が進むのは早いものだ。
六年になってから、何度目の――いや、やめよう。
なんだか触れてはいけない部分に触れそうだ。
空気が乾燥して来ている。
火薬が湿気る心配が減るのは良いが、今度は火気の心配をしなければなるまい。
乾燥した空気は、小さな火をあっと云う間に大火へしてしまう事があるのだ。
俺達が守る焔硝蔵は、戦一つ軽く起こせる程度の火薬量を常に貯蔵している。
少しの油断も赦されない、学園要所の一つだ。
此処を守るには、相応の神経を使う。
の、だが。
最近、どうも、後輩らが浮足立ってるような気がする。
肌寒くなって来たと云うのに、花が咲いていると云うか。
ぽやぽやしていると云うか。
生温かいと云うか。
……ここらで一喝、入れておいた方がいいだろうか。
「せんぱーい、確認をお願いします」
「ん? あぁ、分かった」
腹に力を入れた所で、伊助が笑顔と共に帳簿を差し出して来た。
うむ、見事に頃合いを逃した。
伊助に罪はないからいいのだが。
蔵の出入り口――明るい方へ共に行き、帳簿を確かめる。
そうだ、ついでに他の後輩たちが浮足立っている理由を聞くか。
伊助はよく気の付く良い子だからな、何か知っているかも知れない。
「伊助」
「はい」
「兵助達が浮足立っているように見えるのだが、理由はわかるか」
「あー……」
間延びした声を出して、伊助がそっと視線を外す。
珍しい、人と話をする時は目をきちんと見る奴だと云うのに。
どうしたと問いながらしゃがみ込めば、うーんと少し悩まれ、「大治郎先輩だから大丈夫かー」の
言葉の後、そっと耳打ちをされた。
「あのですね、食堂の天女さん、花都夢さんが原因なんです」
「あの女が?」
ようやく顔を覚えたので、その名に記憶が呼び起こされる。
黒い髪、黒い目、白い肌、笑っているかしょんぼりしているかの二通りの表情しかない、どこにで
もいる普通の女。
何であの女が原因で、兵助達が浮足立つんだ?
素直に疑問を口にすれば、伊助はまたうーんと悩んだ後、耳打ちをしてきた。
「ほら、忍術学園の女の人って、くのたまか、山本シナ先生か、食堂と事務員のおばちゃんだけでしょ
う? あぁ云う、ほんにゃかして争いごととは無縁で無害な人なんていないじゃないですか。だから、
ものめずらしいのかなんなのか、けっこう色んな人が夢さんにけーとーしちゃってるんです」
けーとーは傾倒、でいいのだろうか。難しい言葉を使うな伊助。
ふむ、なるほど。
つまりこいつら、色に迷ったと云う事か。
「あいつらもその口か」
「うーん……けーとーまではいってないと思うんですけどー……、浮かれる、くらいはしてると思いま
すー……」
浮かれる、なぁ。
よく分からん。
「……叱る必要は無いか?」
「委員会活動にさしつかえなければ、いいんじゃないでしょうか?」
「それもそうか」
俺自身、喜三太に惚れて、忍者の三禁を吹き飛ばしている口だしな。
その俺が口うるさく云うのも変な話だ。
現に、委員会活動に支障はない。
帳簿を付け間違える事も無い、火薬壺を落とす事も稀、活動日を忘れる奴もいない。
委員会中に、その女の話ばかりしていると云う事もない。
根が真面目な連中ばかりだから、色にかまけて他を疎かにすると云う事はないだろう。
ならば、まぁ、いいか。
− いつの間にか過ぎていく日々。
適切な助言を感謝して、伊助にこっそり飴玉をやっておいた。
(一年にガチで相談するなだと? 一番冷静なのが伊助なのだから仕方が無い)
了
伊助ちゃん大好き。(云いたい事はそれだけかぁ!)
忍者の三禁と云うのは、基本的に、”溺れるな”って事であって、”遠ざけろ”と云う事ではない
のだろうなーと云う事から。
これで委員会活動を疎かにしたら、特大の雷と焙烙火矢が落ちますが、火薬委員は皆根が真面目で
公私混同しないのでそう云う事はないのでした。(逆ハー主の補整が特大だったら話は別ですが)
配布元:Abandon
