「あ、あのぉ、大治郎さんが好きな物って、なんですかぁ?」

 先日裏裏山で見つけた天女とやらが、両手を合わせもじもじと動かしながら聞いて来た。
 あの時は死んでいなかった事に安堵し、少し優しい気持ちになれた物だ。

 しかし、何だその奇妙な動きは。芋虫の真似か。似てないぞ。

 怪訝な思いで――残念ながら、顔には出ない――天女を見下ろしながら、口を開く。

「何故そんな事を聞く。貴様に関係あるのか?」
「え? その、この前のお礼に、何か出来たらな、って……」
「礼?」
「助けていただいたので……」

 あぁ、あの時の。
 別にお前を助けた訳ではなく、喜三太達の心労を無くしたかっただけなのだが。
 律儀な女だな。

「必要ない」
「で、でも! 私、本当に嬉しかったんです! 怖くて怖くて仕方無くて、そこに大治郎さんが来て
くれて……! あの時の大治郎さん、とっても素敵でした!」
「ふーん」

 頬を赤く染めて熱弁される。
 白い肌が紅潮している所を見ると、兵助を思い出すな。あいつも肌が白いから。

 ところで、この女は何故俺の名前を知っているのだろうか。
 その上、何故名の方で呼ぶ?
 会話するのはこれが初めてなのだから、苗字で呼ぶのが礼儀ではないか?
 ……いや、もしかしたら、天では名で呼ぶのが普通なのかも知れない。
 ならば、無闇に咎める必要はないか。

「あの、だから、どうしてもお礼がしたくって……! 私、食堂で働かせて貰ってますから、お好み
の食べ物とか教えてくれたら、それ、作ります! 大治郎さんのためだけに!」
「好きな食べ物……」

 味覚が鈍いせいで、どの食べ物も俺にとっては同じような物だ。
 だが強いて云うならば、甘いものだろうか。
 それも、他の人間が食べれば「痛い」とか云い出しそうなくらい甘い物。
 そうでないと、味が分からないのだ。
 だが、そんな贅沢品、年に一度食べれるかどうかと云う所。
 告げる必要はないだろう。
 万が一用意されても困るしな。そんな高価な物。

「特にない」
「え……、あ、それじゃぁ、あの、本当に何でもいいんです! 好きな物とか、興味のある物とか……!」

 しつこいな。
 礼ならば必要ないから、そろそろ解放してくれ。
 何故か周囲に人が集まって、こちらを見ながら会話しているから不愉快なんだ。
 特に、悪意敵意を向けて来る馬鹿ども、今すぐやめないと物理的に潰すぞ。

 ぎろりと周囲を一睨みすれば、ぱっと視線が逸らされた。
 ふん、軟弱者どもが。

「……貴様がそこまでする必要はない。――礼はいらん、じゃあな」
「あ……」

 そもそも、礼なら既に一年は組からされている。
 風呂で背中を流してもらって、伊助に頭を洗って貰い、さらにはお泊まり会までしたのだ。
 その後、師範と伝蔵さんにこれでもかと云うほど褒めて貰えたから、俺はもう満足だ。
 貴様如きに何をされようと、興味は無い。

 一言別れを告げ、さっさと焔硝蔵へ向かう。
 余計な時間を取ったせいで、昼寝の時間が減りそうだ。



 − 興味が湧く事例を三つ。



 変な女だ、としばらく覚えていたのだが。
 昼寝から目覚めた時にはもう、名前さえ忘れていた。

(喜三太、一は、火薬委員会。とりあえず、この三つがあれば学園生活は事足りる)



 了


 一はには当然、土井先生と山田先生が含まれております。欲張りだな大治郎!(笑)
 あ、御察しの通り、天女さんは山で助けられて大治郎に惚れました。テンプレテンプレ。←
 生きてる天女を見つけて、「よし、一はの心労を減らせる!」と思えたので、ちょっと優しくした
らハートをずっきゅん撃ち抜いたみたいです。罪な男ですね。(半笑い)



配布元:Abandon