「……ふあぁ」

 あくびを一つ。
 昨日は上手く眠れなかった。お陰で少し隈が出来ている。

「大治郎、平気? 良かったら保健室で寝てくる?」
「……いや、いい」

 過保護な同級生の申し出を、端的に断わっておく。
 確かに保健室は静かで眠るには最適な場所だが――保健委員がいない限り――、うっかり学園長
と鉢合わせでもしたらどうしてくれる。面倒くさい。

「にしても、また痩せたなぁ大治郎。忍務中、碌に飯食ってなかったろ」
「……食べる暇が無かった」

 半分は嘘だ。調達するのが面倒くさくて、兵糧丸と雑草で賄っていた。
 それを告げればこの過保護な連中が五月蠅いだろうと思い、当たり障りのない事を告げる。
 こう云っておけば、「他人の忍務内容を聞くのはタブー」とされるため、必要以上に問われない。

「そっか……。じゃぁ、今日からはちゃんと食べなきゃね」
「あぁ……」

 食べる事を基本的に面倒くさいと思っているが、食べねば体が持たない。
 おばちゃんのご飯を皆は美味しいと云うが、味覚が鈍い俺はよく分からないので、正直、栄養さえ
摂取できればなんでも良いのだが、皆口を揃えて「おばちゃんの飯を食え!」と云う。
 そんなにいいものなのだろうか。
 俺はあぁやって綺麗に盛りつけられた膳より、仕留めた猪を丸焼きにするとか、食材を鍋へ適当
にぶっこんだごった煮の方が好きなのだが。

「あ、そうだ。大治は夢さんに会うの、初めてだよな」
「……うん?」

 食満が告げた名前に、首を傾げる。
 夢さん。
 どこかで、聞いたような。

「……あぁ、天女とやらの事か」

 そう云えば昨日兵助が、そんな名前の生き物の話をしていたな。
 あんまりにも興味がないから忘れていた。

「何だ、知ってたの?」
「兵助から聞いた。詳しくは知らんがな」

 興味もないし、と付け加えれば、二人はそろって苦笑した。
 相変わらずだと云われながら、食堂へ入る。
 今日はAランチが野菜で、Bランチが魚か。……魚にしよう。

 メニューを決め顔を上げれば、食満と善法寺が誰かに話しかけている。
 おい、そこで話込むな、邪魔だ。
 善法寺を押しのけて、食券を台の上へ乗せる。

「Bランチ頼む」
「あ、はーい! ちょっと待っててね!」

 聞き慣れない声に首を傾げる。
 見た事も無い女が一人、台所の中に居た。
 新しい人間を雇ったのか。長年おばちゃんだけでやって来たと聞いていたが。……寄る年波には
勝てず、手伝いを雇ったのか。有り得る話だ。

 出された膳を受け取り席に着けば、膳を持った食満と善法寺が慌てた顔でやって来た。
 一緒に食べる気か、お前ら。

「ちょ、ちょっと大治郎! 何普通に流してるのさ!」
「何がだ?」
「今の人だよ! 今、お前に膳を渡した人! あの人が夢さん――天女様だよ!」
「あれが?」

 云われ、もう一度台の方を見れば、見知らぬ女が一人、二年生と笑顔で話している。
 ……どこにでも居る女に見えるが。

「ね、綺麗な人でしょ?」
「何でお前、素通りすんのかねー……」

 同意を求める善法寺と、呆れ返った食満を見て、俺は一言。

「どうでもよすぎて気付かなかった」



 − 適度に毎日を過ごしすぎた。



 唖然とする二人を放置して、飯をかっ込む。
 やはり、味は分からなかった。

(と云うか、天女と云う生き物は人間の元で働くのか? 御伽噺と随分違うのだな)



 了


 天女って天に住んでるから働かないで優雅に過ごしてるもんじゃねーの? 人間みたいに働いたり
するもんなの? まぁ別にどうでもいいけど、的な大治郎。
 一応天女さん、綺麗で可愛い子なんですが、奴の目は興味のある人間以外、(特に女は)誰でも一
緒に見えます。酷い。



配布元:Abandon