036.襲撃
屋敷を強制的に出てから何百回目のため息だろうかと思いながら、ルークは今一度重く大きなため
息をついた。
前々から思っていたけれど、自分はとんでもなく不運――不幸、ではない――の星の下に生まれて
きたのではないだろうか。それとも、前世でとんでもない悪行をしたのか。
そうでなければ、こんな状況にはならなかったように思う。
「……信彦。とりあえず、俺の側から離れるなよ」
「うん、わかった」
そう云って素直に服の裾を握り締める信彦は可愛い。いっそその可愛らしさを愛で続け、現実逃避
の一つや二つでもしたいのだが、今自分の置かれている状況下ではそれも許されない。
最早突っ込むのも馬鹿らしいが、一応云っておこう。
「極秘任務じゃなかったんかい」
「見つかってしまったものは仕方がないでしょう」
開き直ったよこの眼鏡。
「人員少ないのにどうすんだよ」
「ま、なんとかなるでしょう」
軍人の言葉とは思えない。
「貴方も剣を持って戦うのなら、戦力の一つに」
「数えられてたまるか馬鹿野郎。俺の剣は姉弟を守る為にあるんであって、お前らのようなクソ軍人ど
もを守る為にあるんじゃねぇんだよ。死ぬ気で戦って俺らを守って潔くおっ死(ち)ね」
「やれやれ……。我が侭を云っている場合ではないんですがねぇ」
駄目だこいつ。
早々にルークは、「こいつは盾に使えれば上々だな」と判断を下した。
*** ***
詳しい経緯は馬鹿らしいので割愛するが――貴族を盾に譜術詠唱する軍人とかマジ有りえヌェーだ
ろ、とか――とにかく、タルタロスを脱出できたルークたちには、まだまだ災難が続いた。
あってないようなイオン奪還作戦上、ティアが譜歌を詠い兵士を眠らせねばならないと云うのに、この
女ときたら。主格らしき金髪の女軍人を目にした瞬間驚愕に目を見開いて、譜歌ではなく悲鳴のような
声を上げたのだ。
「リグレット教官?!」
その言葉を聞き、ルークが何ぃと驚きの声を上げる。
この状況下、一歩間違えれば即死と隣り合わせの場において、譜歌を詠わず思い切り私情の悲鳴を
あげた事に驚いたのではない。この女の非常識な行動に一々驚いていては身が持ちやしない。
ルークが驚いたのは、それではなく。
「お前だなぁ?!」
びしりと指先を、リグレットと呼ばれた女に向ける。
教官。
教官だと?!
それ、即ち。
「このキ■■イに可哀想な教育施しやがった非常識人間の一人はッッッ!」
こんなキ■■イ軍人に仕立てた挙げ句野放しにしてんじゃねぇよ! と云う思いを込めに込めまくっ
て、ルークは怒鳴りつけた。今までの鬱憤、全てを込めて怒声をあげた。
本来ならこの文句をいの一番に云わねばならない相手はティアの実兄ヴァン・グランツなのだが、そ
のヴァンがいない以上、リグレット教官とやらにぶつけねばルークの気が済まなかった。
そして怒鳴りつけられたリグレットはと云えば。
突然のお叱りにぽかんと呆気に取られた顔をさらしてしまい、弟子であり現時点では一応敵であるティ
アの「教官に失礼な事云わないでちょうだい!」と云う甲高い声で正気に戻ったのだった。
了
拍手でいただいたネタを使わせていただきましたv ネタ提供、誠にありがとうございます。
出会い頭で初対面の人間に叱られて吃驚してしまったリグレットでした。
しかしゲーム中でも思いましたが……。
ティア、お前、状況見ろ? 「リグレット教官?!」じゃねぇだろ。
あの形勢逆転、思い切りティアのせいだと思うんですが…。何故誰も責めないのか不思議ですわ……。
あれがルークだったらもっそい責められてたと思うのですが。理不尽だ!
037.封印術(アンチフォンスロット)
「シグナル!」
陽の光に輝くプリズム・パープルを目にした信彦が、喜びの声で「兄」の名を呼んだ。
呼ばれた「兄」――シグナルは不敵な笑みとともに視線を一つ信彦にやってから、こちらの登場に
途惑う兵士の頭に向かって蹴りを一つ放った。
「迎えに来たぞ! 信彦!」
その言葉に心底嬉しそうな笑みを浮かべる信彦。大事な「弟」との再会に俄然張り切って兵士を叩
きのめすシグナル。
他の人間を割り込ませない二人の世界が一瞬で形成された。
「あのー……、俺もいるんですけどー……」
「信彦ー……」
「喧しい。無駄口叩いてる暇があったら敵を倒せ!」
小声で抗議と呼びかけをする使用人ともう一人の「兄」だったが、<長老>に睨みつけられ渋々と
己の役割をこなすのであった。
*** ***
「信彦! 心配したんだぞ?! 怪我はないか? 病気にはなってないよな? ごめんなぁ、遅くなっ
て。怖かっただろ?」
「シグナル苦しいよー」
敵から遠く離れてから、シグナルは無事に再会できた弟を涙目でひしと抱きしめた。苦しいと云いつ
つ信彦もまた、「兄」の背中に手を回し嬉しそうに肩に顔を埋めている。
「おい、少しは俺にも目を向けろよ、シグナル」
「あ、ルークいたんだ?」
「居たよ! 最初から居たよ! て云うか信彦の前に居たよ?! 何で目に入らねぇの?!」
「ごめん。信彦の事で頭が一杯だった!」
「無茶苦茶いい笑顔! 気持ちはわかるけど相棒は悲しいよ?!」
「そう云うルーク様だって俺に気付いてくださらないー……」
めそめそ。使用人が泣く。
「ガイ様頑張って華麗に登場したのに!」
くぅ、とハンカチを噛み締めるガイに向かって、コードは無情に一言「阿呆」と云い放った。その言葉
にガイは撃沈した。
「まぁ、とにかく無事だな。信彦、ルーク」
「うん。色々あったけど、大丈夫だよコード」
「俺も平気。いやー、でも師匠まで来てくれるなんて感激! 俺を弟子にしてくれる気になったの?!」
「ならん。……ところで」
いつもの定位置――信彦の頭の上にとまったコードが、ちらりと琥珀色の瞳を後方に向けた。
こちらを不審気な目で見ている女軍人と、胡散臭い笑顔で見ている壮年軍人、そして途惑っている
上質な服を着た少年。
「何だ、アレは」
ダアトはローレライ教団の指導者を含め、アレ呼ばわりしたコードに対し兄弟から特に突っ込みは
なく、ルークは「あぁ」と厭そうな顔をした。
「一応紹介しとくよ。左の女が屋敷を襲撃した犯罪者ティア・グランツ」
チキリ、ガイが腰の剣に手をかけたが、コードに視線で制された。「ガキ共の前で何をする気だ」
と鋭い眼差しが如実に語っている。
その目を見て正気に戻ったのか、ガイは一瞬バツの悪そうな顔をしてから静かに手を下ろした。
ちなみに、犯罪者呼ばわりされたティアは、
「貴方、まだそんな事を云ってるの? いい加減にして頂戴。あれは私の個人的な事情だと云ったで
しょう?!」
などとのたまい、合流組みから「頭大丈夫か」的な視線を向けられたが全く気付いていなかった。
「アレ、可哀想な教育受けたキ■■イだから気にしないで」
小声でつけたされた言葉に、こくりと三人が――シグナルは若干戸惑いながらだ――頷く。ついで
に、バチカルについてくる気みたいだから、今無理矢理捕縛しなくてもいいとも伝えれば、今度はガ
イとコードから理解できない新生物を見るような目が向けられた。
だが、当のご本人は気付いていない。何故注視されるのかわからず、不思議そうな顔だった。
「で、右端の男の子が”自称”導師イオン様です」
念のため”自称”の部分は極小さな声で云っておく。自称? と首を傾げる三人に信彦がここまで
のイオンの行動を話せば、これまた疑惑の眼差しをイオンへと向けた。やはり誰が聞いても疑いを
持つ行動だろうと、信彦とルークはしみじみと思う。
「真ん中の軍人さんは?」
シグナルが云えば、ルークと信彦の兄弟は二人揃ってふっと軽く遠い目をして、
「和平交渉に行くと云いつつろくな準備もしてなくて」
「和平相手の国の貴族を見下すお偉い佐官様で」
「戦うしか能がないのに、封印術かけられて」
「和平相手の国のお貴族様を盾にコスイ譜術を唱えていらっしゃった」
「『死霊使い』ジェイド・カーティス大佐です」「『死霊使い』ジェイド・カーティス大佐です」
びしり、と二人揃って指をさす。人を指差してはいけませんと習ったが、そんなささやかな礼儀すら
守る気が失せる相手なのだから仕方がない。そもそも、真っ先に礼儀知らずをぶちかまして下さっ
たのはあちらからだ。
合流組三人が、物凄い目でジェイドを見る。シグナルは「え、何それ。ジョーク?」的な困った目で、
ガイは「どう云うつもりだわりゃぁ。覚悟は出来とるんかい」的な殺意の篭った目で、コードは「頭可
笑しい連中しかおらんのかい」的な呆れ返った目で、それぞれジェイドを見た。
そして見つめられたジェイドはと云えば、
「非常時だから仕方がないと云ったでしょう。まだ根に持っているんですか、貴方たちは。案外粘着
質なんですねぇ。女性にモテませんよ?」
と、思い切り的外れな言葉を吐いて。ガイが抱く殺意の炎に、軽快に油を注いだのだった。
了
感動の再会を書きたかったのですが、何故かギャグに……! 兄弟のじゃれ合いが楽しすぎます。(笑)
信彦とシグナルの二人だけの世界が書けて私的に大満足ですが。(おいおい)
「和平相手の国のお貴族様を盾に〜」のくだりですが。あれ、ティアの時は後衛にいたじゃんルーク?
と思われるお客様もいらっしゃいましょう。
封印術を喰らった時点で、ルークはジェイドを見限りました。「やばい。こいつ、盾になるどころか足
手まといじゃん! こんな奴と一緒にいたら俺らまで危ねぇ!」と判断し、別行動をとる事を決意。牢
屋を出たら信彦の手をとり「じゃあな」と云ってスタスタ歩き去りましたが、何を勘違いしたのか軍人ど
も、「先陣を切ってくださるとは、さすがですねぇ。考え無しとも云えますが、あり難く後衛に回らせてい
ただきましょうか」「見直したわルーク! やっと非常事態だと理解してくれたのね!」などとのたまい、
勝手にルークを前衛扱いして自分たちは後衛で譜術唱えてました。(アチャー)
ちなみに信彦はミュウを抱っこしてますので、ミュウが戦ってました。今の時点ではファイアしか出来
ませんが、相手を怯ませるには充分ですのでルークはちゃんと戦力に数えて認めてます。が、軍人ど
もは最早戦力外。回復も自力で済ませてますし、アイテムも与えません。て云うか、別TPだしね。アイ
テム与える必要ありませんよね!(ルーク宣言済みですし)
さらに、ルークは戦いましたが殺してません。気絶させる、または適度に戦って頃合を見て逃走して
ましたので、後衛の軍人ドモが止めを刺す様を見てませんし、信彦にも見せてません。そして止めを刺
さない事について軍人がまた嫌味を云いますが、スルーです。存在さえ認知したくねぇ、と云わんばか
り。「信彦の前で人殺しなんざ出来るかボケ! てか、そう易々と人の命が奪えてたまるかっつーの!
こいつら頭おかしいんじゃね?!」と思ってます。
ルークは軍人ではありませんから、この認識間違ってない。
軍人たちが全力で駄目すぎますね、これは。
038.頼りになる使用人
コレらは何なのだろう、と云うのが、ガイの正直な感想だった。
身分は知っている。マルクト軍第三師団の大佐、ダアトの響長とローレライ教団の最高指導者。
肩書きだけを見れば信用すべき相手なのだろうが、コレらの行動を見てそんな馬鹿な行いをする人
間など居やしないだろう。
公爵子息であるルークを呼び捨てにするところから始まり、戦闘参加を強要、厭味を云う、こき下ろ
すなどなど、有り得ない不敬罪の数々。ルークらファブレ姉弟の使用人である自分に向かって、まる
で己が主人だとでも云わんばかりに命令を下す――勿論、きいちゃいないが。
初めのうちは「あいつら頭おかしいから関わるな」とルークに云われ、それに従っていたガイだが、
我慢の限界と云うものがある。
元から姉弟に関係する事に対しては、ものすごく心が狭いのだ。
夜まで我慢出来た自分を褒めて欲しいくらいだった。
野営の準備を済ませ、近くに小川があるからと信彦、ルークがシグナルを伴い水浴びに向かった時
の事だった。
本来なら自分も付いて行くべきなのだが、シグナルに「ホーリーボトルがあるから大丈夫だよ。それ
に僕も行くから、ガイさんは休んでて」と云われてしまった。丁度コードに羽の手入れを命令されてい
たため、その言葉に甘える事にしたのだ。
専用の櫛でせっせと羽の手入れをしている所に、件の連中が声をかけてきた。
「ねぇ、貴方からも云って頂戴」
「は?」
いきなり何を云い出すのかと、眉間にしわを寄せる。と云うか、今はコード様の羽の手入れをしてい
るのだから邪魔しないで欲しいのだが。失敗して叱られるのはガイなのだし。
「ルークの事よ。我が侭もいい加減にしてくれないと困るわ」
「……ルーク様がいつ我が侭など仰られたのか、俺にはとんと見当がつかないが?」
彼は至極真っ当な事しか云っていない。我が侭うんぬんで云うなら、貴様らの方だろうと心の中で云っ
て視線をコードへ戻した。
「云ってるじゃない! 今だって、野営を別々にするなんて云い出して!」
「そりゃ……そうだろう。俺達とあんたらは別パーティーなんだし」
「目的地が一緒じゃないの!」
「目的地は一緒でも目的は同じじゃない。……そもそも、俺は使用人だ。ルーク様をお諫め出来る立
場じゃない。何を勘違いして怒っているのか知らないが、俺を巻き込まないでくれ。迷惑だ」
そう云い切る。ガイの中ではこれで会話終了だった。
沈黙を守っているコードに声をかけ、右の羽を広げて貰えるようお願いする。無言で広げられた桃色
の羽を美しいなと思いながら、また櫛を当てた。
「やれやれ……」
今まで黙っていたマルクト軍人が、肩を竦めため息を着く。ため息をつきたいのはこちらの方だと、
ガイは表面上無視しながら思った。
「主が主なら使用人も使用人ですね。それとも、キムラスカ人は皆そうなのですか?」
「……」
羽を抜かないよう、細心の注意を払いながら梳かす。
「我々は和平の使者だとお教えしたはず。皇帝名代に対して、その態度はいただけませんよ?」
「……」
彼はロボットだから、羽が抜けても新しく生えてくると云う事がないのだ。
「全く、和平を何だと思っているのやら……。キムラスカはよほど戦争がしたいと見えます」
「……」
屋敷の設備ならば新しい羽を付け替えられるが、ここではそうもいかない。
「思えば、ルークもそうでしたね。人が下手に出てあげれば調子に乗って……。和平に協力しないな
どと云い出しましたから。一体どんな教育を受けてきたのやら……」
「……」
コードが優雅に空を飛べるよう、全神経を集中させねばならない。のに。
「まぁ、そうやって”お人形遊び”が許されるのですから、大層素敵なお家なのでしょうねぇ」
カタカタと指先が震える。いけない、これでは誤って羽を傷付けてしまう。そんな事、許されないと云
うのに。
コードの琥珀色の目が、ちろりとガイを見た。
「使用人」
「あ、申し訳ありません、コード様――」
「雑音が耳障りだ。静かにさせろ」
ばさりと一度羽ばたいてから大きな羽を折りたたみ、コードが云う。
――許可が、出た。
「……はい、コード様。貴方の、仰せのままに」
一度目を伏せ頭を下げてから、ガイは立ち上がった。真正面から愚かな”自称”軍人二人と対峙す
る。
突然立ち上がったガイに、ティアはわずかに身を引き、ジェイドは片眉だけを器用に上げた。
「……ならばこちらからも云わせて貰おうか」
「おや……、何ですか?」
「身分違いの暴言もそこまでにしていただこうか。世の理を一つも理解できてない馬鹿共が」
「なっ……! 失礼な事を云わないで頂戴!」
「何を云うかと思えば……。礼儀もなっていないのですね、キムラスカ人は」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。愚かなマルクト人とダアト人が」
思い切りため息を着く。本当は云いたくないと云うか、静寂を好むコードの前を騒がせたくないのだ
が。許可を与えてくれたのは「御隠居様」だと思い直し、口を開いた。
「ただの軍人風情が、キムラスカの大貴族であらせられるルーク様に対等の口を叩くのも呆れたし、
不敬罪も溜まりに溜まって今さらだから云わないが、俺を”勝手に使おうとし”、挙句コード様を”お人
形”などとほざくとは。よほど命が惜しくないと見える」
「仰ってる意味がよく分かりませんが?」
「分からないのか。正真正銘馬鹿だな」
「何ですって!」
「俺はファブレ公爵家の使用人だ。所有権は公爵閣下にあり、今閣下から下されているご命令はルー
ク様方御兄弟をお守りする事だ。――まかり間違っても前線に立ち、あんたらのような無能軍人を守
れなどと云う命令は受けちゃいない」
「それが何だと云うのです。今は戦力が足りないのですから、協力するのは当然でしょう?」
「はっ。軍人の言葉とは思えないお粗末さだな。そもそも、その戦力が足りないくなったのはアンタの
采配ミスだろうが。その尻拭いを他国の使用人に求めるとは、≪死霊使い≫の名が泣くぜ」
「大佐に失礼な事を! 謝りなさい!」
「何故俺が謝る必要がある? いい加減、自分達を中心に物事を考えるのはよしたらどうだ。……そ
うだ、一つ聞いておこうか。お前ら、ファブレ公爵閣下がどう云った方か御存じなのか?」
「当然でしょう」「知ってるわよそのくらい!」
「そうか。知っていてその態度か。……じゃぁ云っておくがな、コード様は閣下が”公式に認められたファ
ブレ公爵家「御隠居様」だ”。俺の云っている意味がわかるよな?」
二人から返答はない。「だから何だ」と云わんばかりの表情をしている。
なるほど。此処まで馬鹿だったとは。
「御隠居とは先代当主の事。勿論コード様は直接の先代様ではない。だが公爵閣下はコード様を”自
分より格が上だと公言していらっしゃるんだよ”」
キムラスカにおいて「御隠居様」と云う意味は、先代当主を示す。社会的に云えば己の子孫に家督
を譲り、一線を退いたと云う事になるが、後継ぎ達は誰一人、先代を無下になど扱わない。
時に意見を伺い、常に敬意を払い、教えを乞う偉大なる先達。
その「御隠居様」を馬鹿にされる。それ即ち――ファブレ公爵家全てを虚仮にされたも同然。
「ファブレ家「御隠居様」を”お人形”などと……よくも云えたものだ。無知とは恐ろしいな」
事の重大さが分かっていないのだろう。ガイの言葉を、ジェイドとティアはせせら笑った。
そして、云った。
「そんな”人形”を御隠居様扱いするなど、ファブレ公爵家もたかが知れますね」
「譜業人形(オート・マタ)は人間に仕える物じゃない。一体何を考えてるの?」
瞬間、ガイは剣を抜き払い、そして即座に鞘に収めた。傍から見れば、鯉口を鳴らしただけのように
見えただろう。
目の前の二人もそうだったらしく目をぱちくりさせていたが、次の瞬間、二人の首筋にぱっくりと傷口
が開いた。勿論、頸動脈までは届いていない。薄皮一枚切ってやっただけだが、二人は相当驚いたら
しい。男は硬直し、女は傷口を押さえぱくぱくと酸素不足の金魚のように口を動かした。
「……ファブレ公爵家を侮辱したな」
低く、掠れた声が出る。
「貴様らの考えはよく分かった。口にした言葉全てを一字一句違わず、公爵閣下へお伝えしよう。軍部
の全てを支配し、たった一言でキムラスカ政界と財界を動かせるクリムゾン閣下を敵に回したらどうな
るか……その身で思い知るがいい!」
そう怒鳴り付け、背中を向けた。だがふと思いつき、肩越しに振り返る。二人は口を開けており、何か
云おうとした所だったようだ。図らずとも出鼻を挫いた形になる。
「首を落とされなかった事、感謝するんだな。本来ならこの場で斬首している所だが、コード様の御前を
汚す訳にもいかない。ルーク様方に貴様らの汚れた血をお見せするのも御免だからな。……慈悲に感
謝し、さっさと自分の野営地へ戻れ。此れ以上何か云うようなら、次こそ容赦しないぞ」
云って鯉口を切れば、二人は口を噤み、すごすごと自分達の寝床へと戻って行った。
ふぅとため息を一つ。これで奴らも大人しくなるだろう。
「……コード様、御前お騒がせ致しました」
「どうでもいいから、さっさと羽を梳かせ」
「はい、畏まりました」
本当にどうでも良さそうに云うコードに微笑み頭を下げて、ガイは手入れを再開した。
それから”しばらくの間”大人しくなった軍人達に、ルークらはしきりに首を傾げていたが。
使用人と御隠居様は、何も云わなかった。
了
上の二話から間が空いたので、書き方忘れてる……!
最初はガイじゃなくてルークを活躍させる予定だったのですが、姉弟命、ファブレ家大事なガイを書い
てみたいなーと思い、こう云う出来に。このガイは間違いなく公爵閣下を敬愛してるな。うん。
コードは本気で「御隠居様」扱いされてる設定です。有り得ないだろ……と思いつつ、コード兄さんなら
有り得そうな所が怖い。(笑)コード兄さんはこの世界で唯一、ファブレ公爵を怒鳴りつけられる御人(?)
です。もう、誰も頭が上がらない。甘やかされてる信彦は別かもしれないが。(笑)
お題次第では、コードとファブレ公爵の話も書くかも知れません。ワクワク。
039.女性恐怖症
ガイは極度の女性恐怖症だ。精神面では好んでいるが――女を嫌ったら、残りはもう男しかいない
し――、肉体は拒んでいる。
半径一メートル以内に近寄られただけで震えが走り、触られようものなら悲鳴を上げる。
ルークの父であるファブレ公爵は「あれでは結婚も出来ないだろう……。一体どうすればあの子の病
気を治せるのか……。あぁこのままじゃバザンに顔向けが出来ん……!」と、あんたはガイの父親で
すかと云わんばかりに悩んでいた。
バザンって誰だろうと思いつつ、「あんまり悩むと後退が進みますよ」とうっかり無駄口を叩いてお仕
置きをいただいた事をついでに思い出した。
そんなガイだが、ファブレ六姉弟と過ごすうちに、少しずつではあったが病気を克服して来ていた。
なんせ兄弟の筆頭であるラヴェンダーは女性。クラッシャーであろうが、暁の破壊者だろうが、蝶のよ
うに舞い蜂のように刺そうが、花の顔(かんばせ)を持つ美女である。
彼女を含めた姉弟の世話役を申し付けられたのだ。女性が怖いなどと云ってはいられまい。
関係はあくまで主人と従者であったため、触れ合う機会はそう無かったが、「ご姉弟の世話役は俺!」
と云うプライドがあったのか。命じられたその日から、精神力を持ってして恐怖に戦く肉体を押さえ込む
と云う荒技に出た。
震える体に叱責を入れ、叫びそうになる喉を押さえ込み、涙を流しそうな眼を擦って。
見ているルークの方が泣きそうなくらい、努力に努力を重ね、気付けばラヴェンダー相手には普通に
振る舞えるようになっていた。
気付いた日に赤飯を炊いてお祝いしたなぁと、懐かしくなる。
まだラヴェンダーを除いた女性には怯えるし、悲鳴を上げるが、不意打ちでなければ大丈夫にはなっ
て来ていたし、メイドにからかわれる回数も激減している。
――そんな彼の涙ぐましい努力が、無に帰すのかと思うと、ルークは涙を禁じえない。
ガイの手がぶるぶると震えている。
その手は腰に吊られた剣に伸ばされては降ろされ、降ろされては伸ばされている。柄をきっちりと握り
抜かないだけの理性は残っているようだが、青くなった顔色を見る限り時間の問題のような気がしてな
らない。
頼むから耐えろよ。街中で抜くなよ。俺たちの前で殺してくれるなよ、と半ば祈りにも似た思いを抱いた。
とかく無礼な発言を繰り返し――大人しくなったのは束の間だった。セントビナーに入ってからは元に
戻りやがった――、馴れ馴れしくルーク達へ近づくティアへの抱く怒りは、当の昔に臨界点を突破してい
るだろうに。律儀にルークの命令を守り――使用人として当然だが――、耐えるガイに涙を禁じえない。
本当は即座に切り捨ててやりたいだろうに。お前は本当に健気な奴だよ。
くぅと目頭を押さえるルークの顔を、シグナルが「どうしたの?」と無邪気に覗き込んで来る。
「いや、ガイっていい奴だよなぁ……って思ってさ」
「うん、それは僕も思うよ。信彦もそう思うよなー?」
「勿論!」
ぐっと親指を立てて同意する信彦のやんちゃな仕草が愛しい。と云うか、シグナルが来てからそっちに
べったりで正直兄ちゃん寂しいよ。もっと俺に構ってくれよ信彦。
(……はぁ。ガイの病気が、女性恐怖症から女性嫌悪症に悪化しなきゃいいけどなぁ……)
師匠を頭に乗せたまま――いつの間にそんなに仲良くなったんだよ。ずりぃ。――じりじりしているガイ
を見ながらルークは切実にそう思った。
最もその嫌悪症は、ダアトの女軍人限定になりそうだけど、と未来予知にも等しい予想を立てながら。
了
さっくり終わらせようと思ったら微妙な出来に。あっちゃー。
まぁこんな理由で、ガイはラヴェンダー姉さん相手には普通です。怯えません、悲鳴あげません、震え
ません。普通のナイス・ガイです。(…)
ルークが構ってとか云ってますけど、別にないがしろにされてる訳ではありません。シグナルが来た事
で、屋敷に居た頃と同じになってるだけです。此処まで信彦を一人占め出来てたから、なんだか取られ
てしまったように感じたお兄ちゃんでした。(笑)
040.城砦都市
オラトリオは駆けそうになる足を、必死に宥めていた。それでも自然と、足は速く動く。この歓びを早く
可愛い弟と大事な奥方様に伝えたかった。
夫人が伏せっている寝室の前で一度立ち止まり、興奮で乱れていた息を整え、普段通り丁寧に扉を
叩いた。中から部屋の主でなく、硬質な男の声――無論、我が愛しの弟だ――が「どなたですか?」と
答えた。普段決してこの兄に向けない丁寧な言葉遣いに、背中がくすぐったくなる。
「ファブレ公爵補佐官、オラトリオであります」
「……入れ」
やはり弟の声で許可が出た。丁寧に扉を開ければ、大きなベッドに伏せり、沢山の枕に背中を預け
た奥方様と、その側に置かれた椅子に腰かけた弟の姿がある。
オラトリオの満面の笑みを見たパルスが、はっとした顔になった。察しの良い弟で助かる。
「オラトリオ……!」
立ち上がりかけるパルスを手で制し、シュザンヌの方を見た。
病弱な貴婦人は、両手を胸元で握りしめてオラトリオの言葉を待っている。
もったいぶるのは、趣味ではなかった。だからオラトリオは、満面の笑顔で告げたのだ。
「ガイから連絡が入りました。ルーク、信彦の両名の無事を確認。保護したと!」
云った途端、シュザンヌはぺしゃりとベッドに沈み込んだ。パルスが慌てて呼び鈴を鳴らそうとし、シュ
ザンヌの手によって止められる。
「無事……無事なの、ですね……?」
「はい! 怪我も無く、病にも掛かっていないとの事です」
「そう、そうなの……」
感極まったのか、シュザンヌは白い両手で顔を押さえ泣き出した。良かった、良かった、とうわ言のよ
うに何度も繰り返す。
その姿に痛ましさを覚えると同時に、喜びが湧き起こる。
あぁ、この方は本当に、息子たちを愛しているのだと。
「それで……今はどこにいるんだ?」
「マルクト城砦都市セントビナーさ。そこからカイツールに向かうらしい」
橋が壊されたせいで――全く迷惑な話だ!――ケセドニアへ直接行けなかったのだろう。カイツール
軍港から船を出して貰い、ケセドニアを経由してバチカルに戻るつもりだと書いてあった。直ぐにファブ
レ公爵へ奏上し、手配して貰わなければ。
「オラトリオ……、その話、クリムゾンには?」
「使いを出してあります。ただ、ちょいと気になる点があったんで、今から俺も登城しますよ」
「気になる事……?」
喜び一色だったシュザンヌの顔に、僅かばかりの不安が滲む。また体の負担になっては大変だと、オ
ラトリオは慌てて笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。ルーク達の事じゃなくって、マルクトについてですから。大した問題じゃないんで心配し
ないで下さい」
「そう……。御免なさい、私ったら早とちりを……」
「いえいえ、思わせぶりな事云っちまったのは俺ですから。それじゃぁ、慌ただしくて申し訳ありませんが、
一度失礼しますね」
「えぇ、気を付けていってらっしゃいね、オラトリオ」
「公爵様に恥をかかすなよ」
優しく微笑むシュザンヌにはこちらも笑顔を、手痛い言葉を放つ弟には手を振って、オラトリオは寝室
から出た。部屋の外にはオラトリオに付けられた秘書が、書簡を両手に立っている。
「行くぞ。この件は公爵様と相談しなきゃならねぇ」
いくらなんでも、これはファブレ家の一存で決められまい。頷いた秘書を伴って、オラトリオは城へと急
いだ。
(しかし、どう云う意味なんだ?)
報告書にあった一文に、内心首を傾げる。
あまりにも現実離れしすぎた一文だった。
(自称和平の使者が自称導師イオンを連れてキムラスカ目指してるなんて……、どんな暗号なんだよ)
事実だとしたなら、それは国際問題ではないのかと考える。
(まぁ、公爵様に確認取ってもらうのが一番早いよな。……とにかく急ぐか)
後ろから付いて来ている秘書官が、コンパスが違いすぎるためほとんど小走りの状態になっている事
に気づかず、オラトリオは歩みを早めたのだった。
了
だからお題に添えって云う。
まぁ、セントビナーからの手紙って事にしておいて下さい!
しかし書けば書くほど思うわけですが……
このファブレ家、ダアト潰すだろ確実に。
困る! 一応ゲームに沿って貰わないと困るんだああああああ。ファブレ家最強にした弊害が!
あ、ちなみに。軍人どもの不敬については、秘書が持ってる書簡に記されているのでオラトリオはまだ
知らないのです。
執筆 〜2009/10/21
