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026.聖獣の住処
「ちょっと待った」
何故かとんとん拍子に進んで行く話しに、信彦が待ったをかけた。え、とふり返ったイオンとティ
アの目に映ったのは、年齢にそぐわない険しい顔をした信彦の姿。
「教団の頂点である導師が、そんな危険な事をしていいと思ってるの?」
「ですが、このままではエンゲーブが……」
「なら今からエンゲーブに引き返して、ライガの存在を教えてあげればいい」
「それではライガが狩られてしまいます。僕たちの目的は、あくまで説得で」
はぁ。そこで信彦は大きくため息を一つ。隣りのルークも呆れた顔だ。
「……何、その顔。文句あるの?」
それにティアが噛み付いた。
喋っていた信彦ではなく、呆れた顔をしていただけのルークに、だが。
「あるに決まってんだろ。なぁ、信彦」
話していたのは信彦だと、語る権利を弟に譲る。本当は自分が云い負かしてやりたいが、口の強さ
では信彦の方が上なのだ。
兄に言葉をかけられた信彦はうん、と一つ頷いて、また厳しい視線をイオンに向けた。
「君は説得するって云うけど、説得が通じる相手なの?」
「ライガ・クイーンは群れを率いる長です。高い知能を有しているはずですから……」
「はず、ね。で、どう云って説得するの?」
「え? それは、この森から出て行ってほしい、と……」
「それで本当に解決すると思うの?」
「え、で、でも……」
矢次の質問――いや、詰問か――に、イオンが狼狽し出す。けれど信彦は一切同情も憐憫も与えず、
鋭く言葉を切り込ませた。
「元々悪いのはチーグルなんだよ。ライガの住む森を燃やしたんだから、償わないといけないんだ。
他人の家を燃やしたなら、謝って済む問題じゃないんだよ。棲家の提供も食料の提供も、当然の義務
だ。それが出来ないなら報復されるのも当然じゃないか」
人間社会のように「法律」が存在しない魔物社会において、むしろライガ族が示した条件は良心的
とも云える。普通の魔物なら、住処を多種族に脅かされた時点で一族の存亡をかけた抗争――戦争に
直結だ。どちらかが滅ぶまで喰らい合い続けるだろう。
家を燃やされ、命を脅かされ、それでも食と住居の要求だけで済ませる辺り、イオンの云う通りラ
イガ・クイーンは知性在る魔物だ。理性的過ぎて怖いくらいに。
「ですが、正しい食物連鎖の姿では……!」
往生際悪くイオンは云い募るが、信彦は首を左右に振った。馬鹿な事を云うな、と云わんばかりに。
「正しい食物連鎖だよ。弱い生き物は淘汰される世界だもの。魔物の世界なんてもっと安直だよ。ど
んな理由であれ、滅びを招いたのはチーグル自身だ」
信彦の言葉がわかるのだろう。チーグルたちは揃って項垂れた。
それを見たティアが、酷いわと信彦を批難する。
「そんな云い方ないわ信彦君! この子達だって反省して……!」
「反省して済む問題じゃねぇだろ。命掛かってんだぞ」
弟への謂れのない批難に、ルークが口を挟んだ。途端、ティアの目は信彦からはずれルークへと向
かう。
とことん彼女は、ルークが気に食わないらしい。親の仇でも見るような目だ。
「貴方は黙っていて頂戴!」
「そう云うなら、まずお前が黙れ。信彦とイオン”様”が話してんだからよ」
ぐっと下唇を噛んで、ティアは口を噤んだ。彼女が黙ったのを見て、信彦は言葉を続けた。
「君は説得って、どう云う意味かわかってるの?」
「……」
「こちらが悪いんだから、当然下手に出なきゃいけない。この場合、新しい住処を見つけた上で交渉
に望むのが当然じゃないか。ただ出て行ってください、なんて地上げ屋の恐喝と一緒だ」
「ち、違います! そんなつもりでは……!」
「じゃぁどう云うつもりだったの? さっき云ったじゃないか。この森を出て行ってくださいって云
うって」
「あ……」
黙りこむイオンを、信彦は厳しい眼差しで見る。
「君は人間の世界じゃ「導師イオン」として偉いよね。君の言葉に逆らう人はいないと思う。でも、
それが独特の社会を築いている魔物にまで通じると思ったら―――傲慢だよ。君の身勝手だ」
別に信彦は幼稚な正義感や猛獣へ近づく恐怖感から、イオンに厳しい言葉を投げかけているわけで
はなかった。
ただ、許せないのは。
「チーグルが可愛い外見をしてるから、チーグルが教団の聖獣だから―――そんな理由でライガを一
方的に悪者にして見下してる貴方たちに、説得なんて出来ないと思うんだけど」
それでも行くのと問う信彦の声に、答える言葉はなかった。
了
信彦絶好調! この調子でジェイドもギタギタにしてやってくだせぇ!(笑)
でも結局ライガ・クイーンのところへ行くハメになるんですけどね。多分この後ルークが一言二言
付け加えて、それにティアが逆切れすると思うんで。(爆)
027.ソーサラーリング
「これって音律符の一種なんだ」
「そうですの。ユリア様がチーグル一族にくれたものなんですの」
「なんで聖女ユリアもチーグルなんて役に立たねぇ魔物を眷属なんかにしたんだろーなー」
「みゅぅ~……」
「ルーク! 役に立たないなんて失礼じゃない!」
「でも実際、ちょろっと火ぃ吐ける程度なんだろ?」
「ユリアも女性ですから、可愛らしいチーグルの外見を好きになったのではないでしょうか?」
「女の趣味ってわかんねー」
「俺もチーグルって可愛いと思うけど」
「信彦が抱っこしてたら可愛いけど、単体でいられるとうぜぇ」
「だからぼく、信彦さんに抱っこされてるですの?」
「確かに……小さい子が小動物抱っこしてるのって……かわいいわ……」
「お前が信彦見るな。信彦が汚れる」
「どうして貴方ってそう云う云い方しか出来ないの?!」
「あー、また喧嘩になっちゃった。まったく、しょうがないなぁ……」
「信彦さん、お疲れですの?」
「大丈夫ですか、信彦?」
「ん、大丈夫だよ。でもそっか、貴重なものなんだね、このソーサラーリングって……」
「チーグル族の宝物ですの!」
「じゃぁ、売ったら幾らかな?」
「?!」「?!」「?!」
「信彦。目が狩人になってんぞー」
了
金銭関係には鋭い眼差しを注ぐ信彦君でした。(笑)
あんだけぼろくそに云われながらも、懲りずにコミュニケーションをとろうとする辺り、イオンと
ティアって空気が読めな……チャレンジ精神旺盛ですね!(笑顔)
028.かわいい……
ルークは上機嫌だった。
勿論、気に食わない事は山ほどある。信彦が懇切丁寧に語ってやったと云うのに、結局ライガ・ク
イーンの元へ向かう馬鹿たちとか、こちらを伺うようにチラチラ振り返る子どもとか、同じくこちら
をそわそわ見やる頭おかしいキ■■イ女とか。
でも、そんな事はどうでもいい。瑣末な事だ。
何故なら、今、ルークの夢が叶っているのだから!
(くぅ~っ! 可愛いいいいいっ!)
心の中で握り拳を作り、上下に振ってしまうくらい。
仔チーグルを抱っこした信彦は可愛かった。
もう犯罪の一つや二つや九つや十くらい余裕で呼び寄せそうなくらい、文句なしに可愛い。仔チー
グルの甲高い声は耳障りだが――図鑑には「愛らしい鳴き声」とか書いてあったはずなんだが。機会
があったら著者に文句云ってやる――、そんなもん気にならないくらい可愛い。可愛い弟と小動物の
組み合わせ最強! と思わずどこぞへ向けて親指をビシリと立ててしまうくらい可愛い。
そしてまた信彦が、仔チーグルに楽しげに話しかけていたり、よしよしと頭を撫でてあげたり、大
きな耳に悪戯している姿が、本当に可愛い。
先ほどから可愛いしか云っていないような気がするが、本当に可愛くてたまらないのだから仕方が
ない。長兄ならもっと気の利いた表現をするかも知れないが、生憎とルークには素直に可愛いと云う
以外表現しようがない。
この眼福を独り占めにしてしまって良いのかと軽く姉兄たちに罪悪感を覚えるが、此処に皆はいな
いのだから仕方がない。眼一杯眼福しておいて、土産話にしておこう。
シグナルが歯噛みをし、足をだんだんと踏み鳴らして悔しがる姿を想像しながら、ルークはにこに
こ笑顔で信彦を眺めるのだった。
(あぁもう……ほんっっっっっとうに……)
うっとり。
(かわいい……)
了
大変だ。お兄ちゃんが変態な方向に向かってしまった。(爆)
私の書くルークって、末子根性って云うか弟属性が多いので、こう云うルークは新鮮だなぁ……。
と、自分で書いてて笑えました。(おいおい)
029.ライガ・クイーン
ライガ族の女王。一族を統べる風格を持つ、ライガ種の慈母。
こんな場合でなかったら見惚れるなり隣りに立つ兄に凄い凄いと云ってはしゃぐくらいは出来るの
だが、生憎と、それらは許されそうになかった。
(あーぁ……)
頭が痛い。もっとこう、波風立たない云い方とか接し方があるだろうにと、軽くため息をついてし
まう。
前方に立っている二人は、信彦より年上である。話によれば、三つ上と五つ上。
信じられない。
やっている事が、口から吐く言葉が、信彦よりずっと幼稚だ。
(こっちから条件提示できないなら、別の方向から攻めるとか考えつかないのかな。そもそも、あか
らさまな敵意を隠すくらいしようよ、ティアさん。見事に刺激しちゃってるし)
信じるものは救われると云うけれど。正直者は馬鹿を見る、とも云うわけで。
お心優しい”自称”導師様も、彼を守ると啖呵を切った下っ端兵士も、結局はライガ・クイーンを
魔物だからと見下していて。
自分たちには始祖ユリアの加護があるのだと、傲慢に振舞って。
(クリムゾンさんが怒ってたっけ。教団は預言を管理してるから、さも自分たちが世界で一番偉いよ
うに錯覚してるって。見るに耐えないとか云ってた気がする)
その気持ちがよくわかった。預言に絡まない信彦たちと違い、国政で関わらざるを得ないファブレ
公爵が、預言を振りかざし他国に介入してくる連中をどれほど煩わしく思っていたか。ようやく理解
出来たような気がした。
隣りの兄を見上げれば、彼もまた嫌悪感に顔を歪めていた。
兄は、――いいか悪いかは置いておいて――世間知らずだ。世間の闇を知らない、粘着質で薄気味
悪い化け物の集合体と接した事がない。つまり無知であり、無垢である。
世間では魔物は駆逐するもの、人類の敵と云う共通認識があるが、兄にはない。
兄は、魔物を人間とは違うと区別はするけれど、魔物だからと云って差別はしない。
だから嫌悪感を募らせている。種族で差別するなど、兄にとっては愚行以外何ものでもないから。
ライガの女王が大きく吼えた。仔チーグルが悲鳴をあげ、その咆哮を通訳する。彼女は無礼な侵入
者に怒り狂い、餌にしてやると吼えたそうだ。当然だろうと信彦は肩を竦めるが、件の二人はそうは
思わなかったらしい。酷く狼狽し、激昂している。
ルークがぽんと、信彦の肩を叩き抱き寄せた。
「俺から離れるなよ、信彦」
真剣な表情で云われ、こくりと頷いた。
後味が悪いし、罪悪感がないわけでもないが。結局自分たちは自分たちの事で精一杯なのだ。信彦
はルークの事で、ルークは信彦の事で両手が塞がっている。
いや、無理をすれば後何人かは抱え込めるかも知れないが、生憎と、前方の二人のために無理をす
る気にはなれなかった。自分たちを犠牲にしてもいいと思えるほどの相手ではなかったのだ。
だからこれは―――仕方がない。
「――っ! ルーク! 貴方、どこへ行く気なの?!」
目聡く気付いたティアが声を荒げる。チッと鋭く兄が舌を打つ。本当に忌々しそうな顔だ。
「逃げるに決まってんだろ。こんなところで馬鹿共に巻き込まれて死ぬわけに行かねぇしな」
「なっ……! また勝手な事を云って! クイーンを退治するのだから、貴方も手伝いなさい!」
「何で俺が手伝うんだ。意味わかんねぇよ」
「ルーク、お願いします! このまま放っておいたらライガクイーンがエンゲーブを……!」
「知るか」
喋ることすら面倒臭くなって来ているのだろう。兄の考えが手に取るようにわかった。
肩を抱く手にぐっと力が入った。痛くはなかった。ただ、怒りが伝わってくる。その気持ちがわか
るから、信彦は何も云わず、険しい顔でイオンとティアを睨んだ。
「俺達は忠告したぞ。ライガを退治する気なら、エンゲーブに戻れと」
「僕らは交渉に来たんです! ですが、こうなってしまっては……!」
「あれのどこが交渉だってんだよ。信彦があれだけ懇切丁寧に説明してやったのに、結局は地上げ屋
の恐喝だったじゃねぇか。その上失敗したら即始末かよ。極悪人だなてめぇら」
「そんな事を云ってる場合じゃないわ! イオン様と信彦君を守るのに協力しなさいルーク!」
「信彦は俺が守るけどな、イオンなんざ知らねぇよ。てか、俺らは無関係だし。なぁ?」
ルークの問いかけに、信彦は大きく頷いた。イオンとティアが揃って傷ついた顔になるが、知った
事ではない。
「クイーンの怒りの原因はお前らだろうが。俺たちを巻き込むな。戦いたいならお前らだけでやれよ。
俺たちはクイーンと敵対する理由もないから、帰るし」
いいよな、とルークがクイーンに向かって云う。先ほどの激しい咆哮よりは幾分穏やかに、クイー
ンは吼えた。震えた仔チーグルが通訳する。
曰く、「貴様らは敵ではないようだ。かまわん。行け」と。
さすがライガ種の長。イオンの云う通り、賢い。信彦たちから敵意も悪意も害意も感じなければ、
武器も手にしていないから敵ではないと判断してくれたのだろう。あり難い事だ。
「それじゃぁな。短い間だったけど、随分と不愉快な思いをさせてくれてありがとさん。いい勉強に
なったぜ」
「イオンさんもティアさんも頑張ってね。ミュウ、また会えるといいね」
そう云い切って。
二人の兄弟は愕然とする愚か者たちを、すっぱりさっくり、見殺しにした。
了
あばばばば。あれ、当初の予定と違ってしまった……! なんだこの真っ黒兄弟!(汗)
二人とも、自分たちの事で手一杯なので、他のどうでもいい人たちにまで手が回りません。見知ら
ぬ人でも助けるのは美徳ですが、それで自分たちが死んだりしたらどうしようもないじゃん? と考
えているからです。自分たちが死んだら、親も兄弟も友達も皆泣いてしまうし、皆を泣かせてまで助
けたい相手じゃないしー、と。イオンたちがもうちょいまともだったら、兄弟も手を貸すくらいはし
てくれたかも知れませんが。
えー、見殺しに、と書いてありますが、イオンたち死にません。死にません。話がそこで終わって
しまいますから。
030.やむを得ない犠牲
足元に倒れている人は、体から血を流しピクリとも動かない。それを見下ろして、シグナルは硬直
していた。
人が血を流しているところなら、何度か見た事がある。
製作者である教授が頭に怪我をした時なんか凄い量が出ていたし、信彦が転んで膝小僧を擦り剥い
た時にも少ないとは云え流れていた。
教授は救急車に乗って病院へ行った。信彦は自分が背負って家に連れて帰り、カルマに治療しても
らった。
じゃぁ、この人はどうするんだろう。凄い怪我をしているから、病院へ連れて行かなくちゃいけな
いと思う。けど、ガイは放っておいていいと云う。
(でも、放っておいたら死んじゃうんじゃ……)
死ぬ、と考えて、シグナルは訳のわからない感覚に襲われた。これは、そう。Dr.クエーサーが
死んだと聞いた時に感じた物と似ている。一緒ではない。似ているだけだ。
何故なら、この倒れている人の事を、シグナルは何も知らない。名前も年齢も家族がいるのかも何
もかも、知らないのだ。
(知らない、けど)
知らないから、何だと云うのか。
知っている人の死と、知らない人の死は、何か違うのか。
例えば、今目の前で倒れているのが、信彦だったら―――
「おい」
コンピューター・ヴォイスと共に、ずしりと頭が重くなる。下がってしまった頭を上げれば、コー
ドが頭上から覗き込んできた。
「何をぼんやりしてるんだ。さっさと来い」
「あ、うん……。でも、この人……」
「放っておけ」
ガイと同じ事を云って、コードはシグナルを促した。ちらちらと後ろを見ながらも、シグナルは少
し先にいるガイへと駆け寄る。
幸いなるかな。シグナルは、聞いていなかった。
「―――どうせ、もう死んでる」
小さく小さく呟かれた、コードの言葉を。
了
思えば。シグナルって「死体」を見た事ないよなぁ、と。「人は死ぬと死体になる」と云う知識は
あっても、実物を見た事ないんですよね。シグナルはロボットだから、ある程度の情報は電脳にイン
プットされてるでしょうが、実体験・経験はないんだよなぁ、と。
そう云えば私、アビスをプレイしてからと云うもの、ルークを見ればシグナルを、シグナルを見れ
ばルークを思い出してました。この二人似てるな、と。一緒じゃなく、似てる。どこが似てんのよ、
と云われれば「えーっと……」と詰まってしまうのですが、似てるなぁ、と思います。
ルークもシグナルも「箱庭」で育ってる・育ったんだな、とか。ルークは屋敷で、シグナルは音井
ロボット研究所で。ただ、ルークは生憎、箱庭から出た時慣れ親しんだ人もいなく「独りぼっち」で
したが、シグナルはずーっと信彦が一緒でした。初めての外で一人自力で「世界」を習得しなくちゃ
いけなかったルークと、何をするでも「弟」と一緒だったシグナル。
あ、なんか切なくなってきた……。だから私、ルークの初めての外出に信彦くっつけたんだなぁ。
逆にシグナルを「独り」にしてしまったけど、あんたは生まれてからずっと信彦と一緒だったんだか
ら少しは我慢なさい。(笑)
でもシグナルって設定年齢十六歳だけど、稼動年齢一年に満たないと云う……。信彦にとって兄で
あると同時に子供でもあるのでは、とか思ってしまう空麻でした。(まとまりのねー文章だなおい!)