011.辻馬車
 馬車に乗り込むなり信彦は寝入ってしまった。こんな揺れでは椅子からずり落ちるかも知れないと、
小さい体を抱き上げる。背中をぽん、ぽんと一定のリズムで叩く。むにゃむにゃと何事か呟く姿に、
自然を笑みが浮かんだ。
 何か云たげにティアがこちらを見ているが、当然無視する。こちらから声をかけてやる義理などな
い。
 カラカラと、軽快に笑う声がした。――御者の声だ。
「兄ちゃんと坊や、仲がいいんだねぇ。似てないけど、兄弟かい?」
「え――あ、うん。兄弟だよ」
 改めて云うと、なんだか照れくさい。
 家では極自然に『ファブレ家六姉弟』とまとめられていて、自ら姉弟たちを「俺の姉弟です」と紹
介する機会はなかった。父について城に出向いている姉や、仕事関係で外に出る事が多い長兄は
別かも知れないが。
「歳が離れてると、下の子ってなぁ可愛いだろ?」
「すっごく」
 こっくりと大きくルークが頷けば、御者はまたもや軽快に笑った。つられてルークも笑った。
「しかし大変だねぇ、お兄ちゃんも。弟連れで旅なんて」
「ん? あぁ、まぁな。でも、弟守るのはお兄ちゃんの義務だし」
「そーかそーか。弟君も強いお兄ちゃんが自慢だろうなぁ」
 その言葉に、ぱちくりとまばたき。自慢。今まで、考えたこともなかった。
 信彦に頼られるお兄ちゃんになろうとは思った。我が侭云ってもらえるような、オラトリオのよう
なお兄ちゃんに。弟を守れる、お兄ちゃんに。
 でも、信彦に自慢してもらえるようなお兄ちゃんだなんて――正直、目から鱗だ。
(そっか…。俺の独りよがりじゃ駄目なんだ…)
 今自分は、自慢できるような兄ではない。勉強はまだまだだし、剣術では姉弟の中で一番弱い、譜
術は使えるが初歩の初歩、好き嫌いもいっぱいで、コミュニケーション能力なんて底辺だ。
「自慢できるお兄ちゃん、かぁ…」
 新しい目標が出来てしまった。家に帰ったらさっそくシグナルに相談しなければ。


 了

 ルーク、新たな目標に目覚める。ブーラコーンブーラコォォォォォン!(何)



012.陸艦
「良かったのか、ラヴェンダー」
「何がだ?」
 資料をパラパラと捲り内容を速読していたラヴェンダーは、かけられた声に顔を上げずに答えた。
声をかけた相手がファブレ家現当主、クリムゾン・ヘアツォークである事を考えれば、ラヴェンダー
の態度には不敬罪が適応されるが、当のクリムゾンに気にした様子は一切見られない。
「何、お前の事だからな。直接マルクトに向かい、テロリストを裁くと申し出ると思ったのだが」
「公爵。私はただのSPに過ぎない。人を裁く権限などない」
 ラヴェンダーの表情に変化は見られない。そら恐ろしいほど整った花の顔(かんばせ)は、ただ目
の前の資料に向けられていた。
「それに、弟どもの迎えには適役を向かわせただろう」
 使用人であり、姉弟の世話役であるガイ・セシル。最新戦闘型、音井ブランドの『末弟』<A−S>
シグナル。そして二人のお目付け役に『長老』<A−C>コード。
 クリムゾンとて、この三人(?)であれば必ずルーク、信彦の両名を連れ戻せると思っている。だ
が、テロリスト捕縛に関して云えば心許ない。
 ガイはルークに重点を置き過ぎであるし、シグナルは弟が無事であればどうでもいい口だろう。コー
ドとて面倒ごとに自ら首を突っ込むとも思えない。テロリストは放置、二人を見つけたらさっさと引
き上げそうなメンツだ。
「それはそうだが。…テロリストの捕縛は彼らには無理だろう?」
「焦る必要はないと思うが。身元は割れている。逃亡したならばグランツの首を落せばいい話だ」
 恐ろしい事を淡々と告げる。せめて表情を出してくれればまだリアクションの取りようがあるのだ
が、あいにくと、ラヴェンダーは変わらず無表情のままだ。
「そう簡単に行かんから困っているんだろうが…」
「ならば悩め、公爵。それが貴方の仕事だ」
「いや、私の仕事は政であって悩む事ではなくてだな…」
 ぱたんと資料を閉じ、元の場所に戻したラヴェンダーは部屋に備え付けられた譜業時計に目をやっ
た。そろそろティータイムに入ろうと云う時間帯。お茶の支度でもメイドに申し付けるかと呼び鈴に
手を伸ばす。
「すまない公爵。そろそろ時間だ、失礼する」
「何? …あぁ、そうか。苦労をかけるな、ラヴェンダー」
「気にするな。適任が私しかいないと云うだけだ」
 一つ頭を下げ、ラヴェンダーは公爵執務室から退室した。最初から最後まで無表情だったなと、ク
リムゾンは苦笑する。無表情でも美しいが、微笑めばさらに美が深まる。妻子ある身のクリムゾンで
さえ見惚れてしまう美しさなのだが、残念ながら、彼女の微笑む相手は弟たち限定だった。
 あれでは嫁の貰い手が…、いや、そもそもロボットだったかとさらにクリムゾンは苦笑してしまう。
 鳴らしそこねた呼び鈴を振る。すぐに年配のメイドがクリムゾンの元へ来た。お茶の支度を申しつ
けると、彼女はすらすらと紅茶の銘柄と茶請けを口にする。満足の行く内容であったため、クリムゾ
ンは鷹揚に頷き、それを一人分用意するように云った。
 あら、メイドが不思議そうに口にする。
「公爵様、ラヴェンダー様の分は宜しゅう御座いまして?」
「うむ、あれは仕事に出ているのでな。私の分だけ頼む」
 丁寧に頭を下げ承諾の意を告げ、メイドは静々と出て行く。それを見届けてから、クリムゾンは椅
子に深く背を預けた。
「さて…。グランツ謡将の強情もいつまで続く事やら…」
 城の尋問室にて此度の不祥事の原因、ヴァン・グランツを詰問しているだろうラヴェンダーを想像
して、クリムゾンはクックと楽しげに笑った。
 私はアレの相手をするくらいなら陸艦と戦う方がマシだな、などと考えながら。


 了

 ラヴェ姉さんを(娘的な意味で)気に入っているファブレ公爵でした。ルークの姉ならば即ち私の
娘だろう! と云う勢いで。ラヴェ姉さんの父親の座が欲しくば、音井教授と決闘してください、公
爵閣下。(笑)
 公爵のSPやってる姉さんが何故ヴァン先生の尋問をしているのかと云うと、あんまりにヴァン先
生が意味わからない事云うから(妹は誤解しているのです云々)対人間用最終兵器ラヴェンダー
姉さんへ出動要請が出たのでした。
 きっとヴァン先生、陥落寸前だ。(笑)



013.土地勘
「此処どこ?」
「うおー! またですかシグナル様ー!」
「ごめん…。おかしいな、地図通りに来たのに…」
「地図が斜めなのは気のせいですか?!」
「あれ、本当だ。いつの間に…」
「やっぱり俺が見ますから! 地図よこしてください!」
「だ、大丈夫だって! 僕だって地図くらい読めるんだからさ」
「目的地からどんどん離れて行っている気がするんですが…!」
「えーっと…。よし! こっちだ!」
「地図が逆ですシグナル様! 待ってぇぇぇぇぇぇええ!」
「喧しいぞ使用人! おちおち昼寝も出来んだろうが!」
「ヒッ! す、すいませんコード様…」
「コード、お前ケースに入って楽チンしてるくせにうるさいぞ」
「あ゛ぁん?」
「コード様低い声出さないでぇ! シグナル様も挑発しないで下さいぃぃぃ!」

 早くルークと信彦見つけないと精神的な理由で死ぬ…! とガイは切実に思ったと云う。


 了

 可哀想な使用人でした。(笑)土地勘どころか方角に疎そうなシグナルに地図持たせたら迷う。絶
対迷う。最新型で性能いいのにおバカをやるシグナルが可愛い。
 コードは専用の持ち運び(笑)ケースに入ってお昼寝中。持ち運ぶのは勿論使用人。きっとケース
の中でメンチ切ってたに違いない。


014.漆黒の翼
 信彦は神妙な顔で、煙立ち昇る方角を見ていた。爆破されたローテルロー橋。
「…俺、この前習ったんだけどさ」
 どこか遠い目をして、信彦は云う。
「ローテルロー橋って、イスパニア半島とルグニカ大陸を結ぶ大橋でさ、物資流通の要らしいんだよ
ね。簡単に云っちゃえばマルクトとケセドニアを繋いでるんだし。魔物は海でも陸地でも出るけど、
船って短距離でも危険だし、燃料費も馬鹿にならないから。マルクトは土地が豊かで食べ物豊富だ
けど、エネルギー資源はキムラスカに比べて少ないし、ケセドニアは勿論両国から買ってるしね。だ
からマルクト、ケセドニア、キムラスカ間の流通って基本、徒歩、馬車になるんだけど」
「……つまり?」
 淡々と語る弟に声をかければ、信彦はふへっとため息を一つ。
「あの橋一つ落ちただけで、三国に大打撃だろうね。特に、交易で稼いでるケセドニアなんて、軽く
パニックになるんじゃないかなぁ? と云うか、あの橋かけるのにかなりお金かかったらしいんだけ
ど」
「幾らくらい?」
「作業中、事故が多発したのもあって人件費が大分嵩んだらしくってさ、マルクトの建設部門の年間
予算軽く飛んだみたい。キムラスカは直接関わらないから! って理由で惜しんだらしいけど、ケセ
ドニアはかなり無茶して出資したらしいよ」
「……」
 兄弟そろって遠い目。
「ルーク兄ちゃん…、俺、義賊って「ねずみ小僧」みたいに貧乏な人を助ける民間ヒーローだと思っ
てた」
「ネズミコゾウは知らないけど、俺も義賊ってのは悪徳な商人やら強欲な貴族から金銭盗んで市井
に配る、「正直他人の金使って人助けってどうよ」と思いながらもどちらかと云えば弱い者の味方だ
と思ってたぜ……」
 二人が見つめる遠い場所は、もうもうと煙が上がっている。あの鼓膜を破るかのような爆発音。こ
の距離からでも見えてしまう赤い炎。間違いなく、大破している。修理とか修繕とかでどうにかなる
物ではないだろう。
 確実に作り直しだ。リニューアルだ。ネオローテルロー橋だ。
 実家への帰り道がえらい遠回りになってしまった事など、どうでもよくなってしまう。
「家に帰ったら絶対に物価高騰してるね…」
「義賊なら他人に迷惑かからないように逃げろっつーんだよぉぉおおおおおお!」
 只でさえ食品の物価が高いキムラスカはバチカル。これでさらに値が上がれば苦労するのは一
般層の人々だ。
 兄弟二人の胸に、「漆黒の翼ろくでもねぇ!」と刻み込まれた瞬間であった。


 了

 ちょっと橋に関する話を読みまして。橋って土地と土地を繋ぐ生命線だよね…? と。
 周りが酷すぎるせいで霞んでますが、漆黒の翼の面々も結構酷いですな…。いえ、好きですけどね
ロワールの姐さん。でも突っ込み所も多い。
 やべぇ、同行者と敵方だけじゃなくて、ファブレ家以外全てに厳しくなりそうだツインアビス…!(冷汗)
 ティアは画面外でがなってますが、二人は目と鼻の先で起きた大惨事しか見えてません。(爆)

 えー、何故わざわざツインアビスでこの話題なのかと云いますと…。音井ブランドは全員犯罪者に
対して容赦ないメンバーだから、です…。ロボットだから「どんな理由があっても犯罪は犯罪!」っ
て割り切れるし。
 たとえばオラトリオに「娘が人質にとられて仕方なくハッキングしたんです」なんて云ったら「知っ
た事か」の一言で焼かれると思います。同じようにラヴェンダーに「今回の騒動は個人的な事情なん
です」なんて云っても「知った事か」の一言でゴニョゴニョだと思います。(笑)シグナルもあぁ見えて
情に流されたりしないんですよねー(小説でハッカーのパソコンぶっ壊したし。信彦が止めてなきゃ
あの少年病院送りだったと思うが)。パルスは云うまでもなく。セキュリティロボットは伊達じゃな
いぜ!



015.エンゲーブ
 背の低い平屋ばかりが立ち並び、家畜の鳴き声がよく響く。カランカラン、ベルの音。活気のある
人々のざわめき。
 それらをじろりと見回して、ルークは一言。
「田舎くっせぇ」
「実際田舎なんだと思うよ。でも農村って云うには規模が大きいよね」
 以上。
 バチカル育ちのお貴族様と、日本の現代っ子によるエンゲーブへの評価である。
「なぁ信彦、あのぶーぶー鳴いてる動物はなんだ?」
「ブウサギだよ。俺も図鑑でしか見た事ないけど、バチカルだと下ろしたのしかないし」
「へー、あれがあの美味い肉かよ」
 食卓に頻繁に上がるブウサギのステーキを思い出しながらルークは云う。お子様味覚であるルーク
は、魚より肉の方が好きだ。
 早く家に帰ってお抱えコックが作ったブウサギ料理を食いたいなぁ、とのんびりと考えるルークの
耳に、キンキンと甲高い声が飛び込んできた。
「ちょっと、何をのんびりしているの? 早く宿を取りに行くわよ」
 すっかり存在を忘れかけていたが、そうだった。自分と信彦のちょっと危険で楽しい旅行には、か
なり余計な邪魔者がくっ付いていたのだ。
 ギギギ…と錆び付いた音機関のような音を立てて、ルークは振り返る。勿論視線の先に居る女を見
る目は友好的ではなく、半眼に細められている。
「何偉そうに指図してんだよ。てめーとはもう関わらねぇっつっただろ」
「我が侭を云わないで。私には貴方達を無事に送り届ける義務があるの」
「その義務を一番最初に放棄してた奴がよく云うよ。っつーか、その義務のせいでこんな田舎町に来
るハメになったんだろうが。反省してンのかよ」
「…っ、だから、悪かったと云ってるじゃない!」
「悪いで済んだら法律も軍隊もいらねぇんだよボケ! そもそも自信満々に「馬車に乗れ」とか云っ
ておいて現在地も確認してねぇなんて有り得ねぇだろ! お前の軍服ぜってー飾りもんだろこのコス
プレ軍人が!」
「云わせておけば! 貴方の傲慢な態度にはほとほと呆れたわ!」
 喧々囂々。二人だけの言い合いなのに、何故かその言葉が似合ってしまう。
 そんな二人を見上げながら、信彦は小さくため息をついた。
 此処まで来る間、何度も何度もこの二人は言い争いを繰り返している。信彦としては当然ルークの
味方なので加勢しても良いのだが、この言い争いに自分が参加しても何の意味もない。
(ティアさんは自分がとんでもなく悪い事したって自覚ないし、ルーク兄ちゃんは裁判官じゃないし)
 うーんと少し悩んで、くいくいとルークの白い上着を引っ張る。するとルークはすぐに言い争いを
中断した。道中も此れできりのない言い争いを中断させていた信彦だが、今の目的は二人を止めるた
めではない。
「ルーク兄ちゃん、俺、ちょっと市場見てくるね」
「え? じゃぁ俺も行くよ」
「大丈夫だよ、少し食べ物買ってくるだけだから。ルーク兄ちゃんは先に宿確保しておいてよ。一泊
二人一部屋、連れが後から来るって云えば大丈夫だから。宿帳には名前だけでいいからね」
「んー、…わかった。気をつけてな」
「ちょっと、信彦君一人で行かせる気なの?」
「るっせぇな。信彦は良い子だから一人で買い物くらい余裕なんだよ。誰かさんと違って」
「そうよね、信彦君は良い子だものね、誰かさんと違って!」
 ギリギリギリと二人は睨み合う。本当に水と油だなぁと思いながら、信彦は一声かけて市場へと向
かって走り出した。
(此れも勉強の一環だと思って、頑張ってねルーク兄ちゃん)


 了

 そして二人は泥棒と間違われて連れて行かれてしまうのでした。(爆)
 信彦はルークに強くなって欲しいのであえて放置。「あれくらいぶっ飛んでる人って案外世間に溢
れてるし、あの程度いなせないようじゃこれから大変だよね」と。兄弟に試練を与えるのが音井ブラ
ンド流の愛でございます。
 しかし。一人でのこのこ見知らぬ地へ買い物に出かける辺り、信彦は日本のお子様です。危機感あ
んまりない。(笑)でもシンガポールでも普通に(ちび連れで)買い物してたしなぁ信彦。小説版だ
と商魂逞しいアフリカの土産売り相手に値切ったりしてるし。やっぱ最強は信彦だな。(笑)