006.タタル渓谷
「うわー! 外だ! 外だー! 信彦見ろよ海だぜ海ー!」
「夜子供だけで外出ちゃ駄目って云われてんのにー……」
「不可抗力だって! 悪いの全部その女じゃん?! リオ兄も姉さんも皆怒らないって!」
 初めての外出にキャーキャーとルークははしゃぐが、信彦はしょんぼりしていた。
 ヴァンを狙って屋敷に侵入してきた殺し屋とルークとの間に起きた超振動のせいで、二人は屋敷か
ら放り出されてしまった。本来ならルークと殺し屋だけだったのだが、思わず飛び出してしまった信
彦まで音素の流れに巻き込まれてしまったのだ。
 今頃屋敷じゃ大騒ぎだ。シュザンヌさん倒れてないといいけど。帰ってきたラヴェンダーにシグナ
ルたちがしばかれる方が早いかな。などと信彦はツラツラと考えていた。
「……ちょっと、貴方騒ぎすぎよ。静かに出来ないの?」
 よく通るが刺々しい声がした。そちらに目をやれば、殺し屋の少女が苛立ちを隠しもしない様子で
ルークを睨みつけている。
「ちっ、もう目が覚めやがったのか……っ」
 舌打ちとともに、ルークは己の背後に信彦を庇った。
 ヴァンを狙った殺し屋だが、自分たちに危害を加えないと云う保証はない。何が何でも信彦だけは
守り抜くと覚悟も新たに、ルークは腰に差した護身用の剣に手を掛けた。
 こんな事なら、目を覚ます前にさっさととんずらするべきだったかと、今更はしゃいでいた事を後
悔する。
「……そう警戒しないで。貴方達に危害を加えるつもりはないわ」
「信用出来るか。―――それ以上近づくな!」
 まるで手負いの獣相手のように、手を差し伸べながら近づいてくる女に向かってルークは怒鳴った。
 女はピタリと動きを止めるが、さも不服そうにルークを睨みつけてくる。だが、ルークとて妥協し
てやる気はない。自分は兄として、弟を守る義務があるのだから!
 そのままルークは女に幾つかの質問をしたが、返答に有益になるものは無く、それどころか女の傲
慢な態度に脳の血管がぶち切れる所だった。
 なんだってこの女、犯罪者のくせに貴族である自分を見下し視線で見てくるのか。普通ならば土下
座して謝罪するか、潔く腹を切っているところだろうに。
 視線を軽く落せば、信彦も女の事を「信じられない」とでも云わんばかりの顔で見ている。
 信彦は貴族ではないが、ルークの兄弟である為それ相応の教育を受けている。情けない話、知識云々
で云えばルークより信彦の方が優れているくらいだ。
 その信彦からしてこの表情なのだ。どうやら自分の判断は間違えていないようだ。
「よし、わかった」
 大きく頷きながらルークが云えば、パッと女――ティアと名乗った――の顔が明るくなった。
「それじゃ」
「お前――可哀想な教育受けたキ■■イだな? 俺達の半径三メートル以内に近寄んじゃねぇ」
 その言葉に、ティアの顔がビキリと引き攣った。


 了

 仲間厳しめですからー。いつもの通り、ガイ以外には厳しいですよー。(爆)
 お兄ちゃんお兄ちゃんしてるルークは可愛い……。お姉さんお兄さんたちから弟扱い受けてキャッ
キャしてるルークも可愛いですが、「信彦は俺が守るんだ! だって俺、お兄ちゃんだもん!」と頑
張ってるルークも滅茶苦茶可愛いと思います……!


007.実戦
 ルークは爪先で小型の魔物――信彦が「プチプリだー」と呑気に云っていたので、弱いのだろう――
を追い払った。案の定魔物はちまちました足で草むらに逃げ込む。
「あんなに小さいと魔物でも可愛いね、ルーク兄ちゃん」
「可愛いけど、持って帰れないぞ」
「ぶー……」
 むぅと頬を膨らます弟の頭を、わしゃわしゃと多少乱暴に撫でる。
 信彦は動物が好き――と云うか、小さいコロコロしたものが好きだった。理由はなんでも、「エプ
シロンとフラッグが懐かしくなるんだよねー」と云う、ルークにはちょっと理解出来ないものだった
が、メイドが戯れに買ってきた「聖獣チーグル一分の一サイズぬいぐるみ」を抱きしめている姿は文
句なしに可愛かった。
 ブラコンだと誹らば誹れ。だが、シグナルを始めとした他の兄弟たちも緩んだ顔で眺めていた時点
でルークを馬鹿に出来まい。揃いも揃ってブラコンだ。
 その時だ。ほんわかした気持ちに包まれるルークに向かって、
「何をしているのルーク! 敵をちゃんと倒しなさい!」
 もの凄く不愉快な言葉が聞こえてきて、笑顔が引っ込んだ。
(あの女(あま)、まだ云うか)
 ルークはげんなりとしながら、先ほどのやりとりを思い出した。

 *** ***

「はぁ?」
 素っ頓狂なルークの声が夜の渓谷に響き渡る。云われたティアはさも心外だと云う顔をした。
「だから、貴方は剣の心得があるんでしょう? それなら前衛になるのは当然だわ」
「だから、なんでそれが当然なんだよ。俺は貴族でお前は軍人だぞ? お前が前衛だろ」
「貴方もわからない人ね。それとも頭が悪いの? 私は調律師なの。ポジションは後衛よ」
「お前が頭おかしいんだろ。どこの世界に軍人守るために前衛に出る貴族がいるんだよ。それとも何
か? お前の手で爆誕させる気か前代未聞の貴族を」
「今は非常事態なのよ。我が侭言わないで頂戴」
「……信彦ー。お兄ちゃんもう限界だ。この頭おかしい人黙らせていいか、強制的に」
「……暴力で訴える気? これだから貴族のお坊ちゃんは……」
「よし殴る」
「ちょ、ルーク兄ちゃん落ち着いて!」
 本気で殴ろうとしているルークを、信彦がしがみついて止める。
 ルークとティアのレベル差が物凄い事になっているなど、信彦の目から見てもわかる。ルークが殴っ
たらティアを殺しかねない。
「……信彦君、貴方からもお兄さんに云ってくれない? いい年して駄々捏ねないで、って」
 そんな信彦の優しさを、当の本人が無駄にする。
 盛大にルークのこめかみが引き攣った。
「誰が駄々こねてるっつーんだ」
「貴方よ」
「ほざけ馬鹿女! 大体なぁ、俺が前衛に出たら誰が信彦守るんだよ! 信彦にまで前衛出ろとか云
うんじゃねぇだろうなぁ?!」
「そんな事云うわけないじゃない、非常識な人ね。……信彦君は私が守るわよ。それなら文句ないで
しょう?」
 さもやれやれ、と云った様子に、ルークは本気で脳みその血管がブチ切れるかと思った。
 ティアが発した言葉は、信彦を守る事に全てをかけているシグナルを始めとした自分たち姉弟全員
への侮辱だ。
 自分たちがどれだけ信彦を大切に思っているか知りもしないで。
 この奇跡のような存在に、自分たちがどれだけ救われているか、知りもしないで。
 軽々しく、「信彦を守る」などと―――!
「ルーク兄ちゃん」
 そっと、小さな手がルークの手に重ねられる。見下ろせば、柔らかい笑みを浮かべた信彦の姿。そ
れを目にして、ルークはすっと冷静になった。
 危ない。信彦の前で無様に激昂するところだった。
 信彦がすっと前に出る。ルークが止めるより早く、信彦が口を開いた。
「ねぇ、ティアさんは、クラスに重点を置いてるんだよね?」
「え?」
「ルーク兄ちゃんは剣士だから前に出て、ティアさんは調律師だから後ろに下がる。合理的だね」
「……えぇ、そうよ。さすが信彦君ね」
 満足そうにティアが微笑む。
 何がさすがか。信彦の事を何も知らないくせに。
「ルーク兄ちゃんは社会的立場を云ってるんだよね? 貴族は守られる立場だから後衛、軍人は戦う
のが仕事だから前衛。これも当たり前だよね」
 ティアに向かって信彦が云う。小さな子供に云われて頭が冷えたのか、ティアは穏やかにえぇと頷
いた。先ほどルークが同じ事を主張していた時とは、態度が違いすぎる。
「でも今は非常事態なの。社会的立場なんて関係ないわ。自分に適しているポジションにつくのが最
善なの」
「うん。そうだね。足手まといの俺もいるし……」
 そう云って信彦はしょんぼりとした様を見せる。
 この時点でルークは信彦の意図に気付いたので特に何も云わなかったが、何も気付けないティアは
慌てて猫なで声を出した。
「足手まといなんて、そんな事ないわ。これは私が招いてしまった事態だもの。信彦君が気に病む事
なんてないの。……大丈夫よ、私が絶対、貴方を無事に送り届けるから」
 優しく微笑みながらティアは云う。「俺の存在無視しやがったなこの女」と思いながら、ルークは
我慢した。
 ルークが何かを云う必要など、もうない。
「……俺の事、守ってくれるの?」
「えぇ、勿論よ。貴方の安全が一番大事だもの」
 にっこり、信彦は笑う。
「良かった……ありがとう、ティアさん」
 ティアもにっこりと笑って、答える。
「えぇ、安心してね」
 そう云って手を差し伸べるティアを無視して、信彦はぴょこんとルークの後ろへ隠れた。
 ぽかんとするティアに、ルークの後ろから顔を覗かせた信彦が云う。
「ティアさんが優しい人で、本当に良かった。これで安心できるよー」
「え、の、信彦、くん……?」
「どうしたのティアさん?」
 小首をかしげて信彦が云う。ティアは引き攣った顔で言葉を続けた。
「どうして、ルークの後ろに隠れるの……?」
「え? だって、俺の安全が一番大事なんでしょ?」
「そ、そうよ。だから……」
「じゃぁ俺、ルーク兄ちゃんの側にいるよ。だってルーク兄ちゃんの側が一番安全だもん」
 にこにこ笑う信彦に、ティアはたじたじだった。ルークには散々罵倒を浴びせたくせに、子供相手
になると何も云えなくなるとは甘っちょろい女だなとため息が出る。
 そのため息を聞きとがめたらしく、ティアの矛先がルークへとむいた。またもや鋭い眼差しで睨み
つけてくる。
「ちょっと、貴方からも云って頂戴!」
「はぁ? 何を」
「何をって……」
「信彦は正しい事云ってんじゃねぇか。俺の側が一番安全だろ」
「……傲慢ね。貴方のような人が、他人を守りながら戦えるとでも思ってるの?」
「だから、戦うのはお前だろ。軍人」
「だから私は……!」
「ねぇ、ティアさん」
 ヒステリックな声を、信彦の幼い声が遮った。
「俺ね、子供だけどついさっきの出来事忘れるほど頭悪くないんだ」
「え……?」
「ティアさん、ヴァン先生を殺そうとしたよね」
「そ、それは、だから!」
「うん、あれは個人的な事で、俺たちを巻き込んでしまったのは本意ではなくって、俺たちに危害を
加えるつもりもないんだよね?」
 その言葉に、ティアがほっとした笑みを浮かべる。懲りないヤツだと、ルークは内心毒づいた。
「でも、口ではなんとでも云えるよね?」
 甘い笑顔と共に、天使が毒を吐く。
 ティアが硬直した。
「俺子供だけど、自分の先生を殺そうとした人に、自分の命預けるほど馬鹿じゃないんだ」
「の、のぶ、ひ……」
「信用できない人に、兄の背中を見せてあげるほど、お人好しでもないんだ」
 云って、信彦の表情がすとんと消えた。その様に、ルークがヒッと息を飲む。
 そうだ。忘れてた。
 信彦はいつも笑っていて、元気で、明るく優しいいい子だけど。
「俺たちを無事に送り届けるって云うなら、口先だけじゃなくて身をもって証明してみせてよ。……
云っとくけど、ルーク兄ちゃんに傷一つでもついたら俺、絶対許さないからね…?」

 ―――怒ると姉弟の中で一番、怖いのだった。

 ガクガクと震えながら頷くティアを見て胸がスッとすると同時に、腹の底から冷えた。
 ルークも怒っていたが、信彦も当然、怒っていたのだ。兄を危険にさらした女を、ルークが思って
いる以上に、怒っていたのだ。
(信彦のマジギレモードに直面しておいてあの態度か……。すげぇとは思うけど、見習いたくねぇなぁ)
 大人しく前衛にいながらもキィキィと喚く女を見ながら、ルークは切実に思った。


 了

 信彦怖いよ信彦。でもそんなカッコいい君が好き……!
 あの若先生でさえ言い負かせられる信彦に、ティアが勝てるわけねぇよって話です。
 ルークが懐いてくれないので、ヴァン先生はなし崩し的に信彦とシグナルの先生やってます。何教
えてるかはその日の気分によって変わります。
 勿論、ヴァン先生の気分ではなく二人の。(笑)


008.第七音素
「いてっ」
「どうした信彦?」
「んー、葉っぱで切っちゃった。舐めとけば治」
「よしお兄ちゃんが治してやる『ファーストエイド』!」
「……(一呼吸で言い切った……)ありがとう、ルーク兄ちゃん。……でもこの程度の切り傷に譜術
は勿体無いよ……?」
「俺のTPは全て信彦のためにあるからいいんだよ」
「えーっと……?」
「ちょっとルーク!」
「あ、何だよ?」
「貴方、譜術が使えるならそう云いなさいよ! 治癒があるだけでも大分楽になったのに……!」
「お前、今の話聞いてなかったのか? 俺のTPは全て信彦のためにあるんだよ。従って、お前のよ
うな女に使ってやるような無駄なTPはない。まったくない。小指の爪ほどもない。そもそもてめー
治癒術使えるんだろうが。人に頼るんじゃねぇよ、見っともねぇ」
「……っ、本当に失礼な人ね貴方! もういいわ!」
「……何怒ってんだあいつ?」
「え、ルーク兄ちゃん、それ素? それともわざと?」
「何が?」


 了

 素です。(笑)
 やばい、話が進むごとにルークのブラコン度が上がってる……!


009.慣れ
 正直な話、ガイは泣きそうになっていた。
 みすみす侵入者を許し、ルークと信彦を誘拐され、帰宅したファブレ公爵とラヴェンダーにしこた
ま叱られて。
 自分が悪いのはわかっている。ルークたちを守れなかった無能使用人は紛れも無く自分だ。迎えに
行けと云うならば喜んで拝命しよう。自分とてルークと信彦は心配だ。ルークはまだまだ世間知らず
の若君だし、信彦に至っては十一歳の子供なのだから。
 あの殺し屋、ヴァンの妹じゃなかったら八つ裂きにしてやるところだ。いや、もしルークと信彦に
傷一つでもついていようものならば周囲がいくら止めようと殺す。兄弟が見てないところで殺す。
 そう思うくらいには、ガイはファブレ姉弟を愛していた。
 だが、この状況は正直、泣きそうだ。
「とっとと歩かんか、馬鹿者」
「はいコード様……」
「ねぇガイさん。方角こっちであってんの?」
「地図の向きが逆ですシグナル様!」
 何故、よりにもよって、お迎えメンバーにこの二人を選ぶのか!
 コードはわからないでもない。見た目はメタルチックな鳥だが、知識は豊富だし、空から捜索出来
るのだからルークたちを探すのに適任と云える。
(なのに、何でもう一人がシグナル様なんだ?! オラトリオ様、い、いやいやいや、パルス様なら
まだしも……!)
「おい、使用人。何考えてる?」
「ひっ、いえ、その……」
 ガイの頭を止まり木にしているコードが、メタルクローに軽く力を込めながら云ってきた。
 人の皮膚を易々と裂く鉤爪が頭の上にあるのは紛れも無い恐怖だ。よく止まり木にされている信彦
は平然としていた。
 怖くないのかと聞けば、「だってコードだし」と訳の分からない回答をされた覚えがある。
 ガイはちらりとシグナルを見、地図を見るのに夢中になってる事を確認してから小声で云った。
「な、なんでシグナル様なのかなぁ、と。パルス様なら分かりますけど……」
「あのガキが駄々をこねたからに決まってるだろうが」
「それにしたって、シグナル様の駄々くらいならラヴェンダー様たちが易々と抑えられるはずでしょ
う? 敵国に行くなら上の方々が適任だと思うんですけど……」
「ラヴェンダーは任務でバチカルから離れられん。オラトリオは長距離移動に向かない体(ボディ)
だ。パルスは屋敷の厳戒態勢が解除されん限り、屋敷から出られん。手が空いているのは俺様たちだ
けだ」
 並べ立てられる正論にぐうの音も出ない。それにしたって、「ルーク様並に世間知らずのシグナル
様を指名しなくても……」と、しつこくガイは思ってしまう。
「それに、あのままだとシグナルの馬鹿が自己崩壊を起こしかねんからな」
 不穏な単語にガイはぎょっとする。
 ――自己崩壊。
 字面だけで寒々しい。
「ど、どう云う事ですか?」
「シグナルは信彦の「兄」としてプログラムされているからな。生まれた時から片時も離れた事がな
い「弟」と強制的に引き離されて、しかも「弟」の安否はわからない。「弟」の側には屋敷に侵入し
た暗殺者が側にいる。守ってやりたいのに自分は側にいない。さらに迎えに行きたいのに、止められ
たとなれば―――あの経験値まっちろけの未熟者ならその程度で電脳のバランスを崩す。バランスを
崩したロボットは自己崩壊を迎えるだけだ」
 語られる言葉にガイは冷や汗を流しつつ納得した。
 シグナルが信彦を殊更可愛がっているなど、屋敷に居る者ならば全員知っている。時間が許す限り
側にべったりくっついているし、一時間以上姿が見えないとおろおろと探し始める、信彦が悲鳴の一
つでもあげようものならば光の速さですっ飛んで行く。
 紛うことなき、極度のブラコンだ。
 姉と兄たち曰く、「前はあそこまで酷くなかった」との事だ。あくまで「普通」の範囲に収まる程
度の「ちょっと弟に甘いお兄ちゃん」だったらしい。あそこまで行くと呆れてものも云えないと姉と
兄たちは云うが、彼らも大概末っ子には甘い。兄弟揃ってブラコン――末っ子バカだと認めてしまえ
とガイは思わないでもなかった。
「だから連中もシグナルの駄々を通したんだ」
「はぁ、なるほど。よくわかりました」
 ぽりぽり、ガイは頬をかいて一言。
「……なんだかんだ云いつつ、シグナル様も愛されてますねぇ……」
 呆れながらも、心温まる姉弟愛にガイはこっそりと笑った。
 こんな話を聞いて胸に抱くのが、憎しみでも復讐心でもなく、ほんのりあたたかい優しさである辺
り、自分はずいぶんとファブレ姉弟を愛しているのだなぁと思った。


 了

 末っ子も『末弟』も愛してるよ、と云うお話。最初と予定が狂ってしまいました……。何が慣れな
のか。頭にコードが乗っかる事にしておこうかな……。(おい)
 あ、勿論シグナルはルークも心配していますが、ルークとは対等な関係なので必要以上には心配し
てない感じです。「信彦守って戦えるだろ。僕の相棒なんだから!」と。
 姉兄たちも一緒。ルークを信頼してます。ルークの世間知らずっぷりは信彦がフォローしてくれま
すしね。正直、放っておいても二人なら自力で帰ってこれるだろ、くらいは思ってますが、放ってお
けないのが姉弟って奴です。


010.形見のペンダント
 信彦が眠たげに目元をこすりながら、ルークの上着の裾を掴む。
「信彦、疲れたか?」
「んー、……大丈夫。ちょっと眠いだけ」
 あんだけ寝たのにねーと茶化すように信彦は云うが、ルークは心配だった。
 信彦は我慢する事が上手で我が侭も滅多に云わない。その極稀に出る我が侭を云う相手は、何故か
オラトリオ限定だ。ルークなど一緒に暮らし始めてからただの一度も、信彦に我が侭を云われた事が
ない。どうしてだろうと毎度ルークは首を傾げてしまう。
 オラトリオは信彦に我が侭を云われるけど、それを叶えてやった事など一度もないのだ。自分が云
われたら何が何でも叶えてやるのにと思うし、実際に何度か「何か俺にやって欲しい事あるか?」と
か「今欲しいものはないか?」と聞いてみたのだが、大丈夫と首を左右に振られるだけだった。
 なんで叶えてくれないオラトリオには云って、叶えようとする自分には云わないのか。これはシグ
ナルと共に着手してる「よいお兄さんになるための課題」でもあった。とりあえず第一の目標は「信
彦に我が侭を云われる事」なのだが、今現在、達成出来そうな気配すらない。
「夜の山道なんて、初めて歩いただろ? おんぶしてやろうか?」
「それ云うなら、ルーク兄ちゃんだって初めてだろー?」
 けらけらと信彦は明るく笑う。それはそうだけど…とルークは少ししょんぼりしてしまった。頑張っ
てお兄ちゃんぶりたいのに、空回りしてしまう。
 きっとオラトリオなら上手くやるのだろうなと考えて、ルークはぷるぷると頭を振った。
 もっともっと頑張って、信彦に頼りにされるお兄ちゃんにならなければ! と、決意も新たにルー
クはぐっと拳を握った。
 此処でふてたり拗ねたりせず前向きに事を構える辺り、ルークとシグナルは似たもの同士であった。

「二人とも、馬車に乗って」
 前方で何やら男と話し込んでいたティアが突然云った。はぁ? とルークが顔を顰め口を開く前に、
ティアが淡々と言葉を口にする。
「御者の方と相談して、首都まで送ってもらえる事になったわ」
「へぇ。で、代金は? 俺ら持ちとか云い出したら殴るからな」
「…ちゃんと私が払ったわよ」
「ま、当然だな。ご苦労」
「…」
 ティアが不愉快そうに下唇を噛み締めるが、ルークには訳がわからない。今の言葉が不服だとでも?
だとしたら大した傲慢だ。こちらが巻き込まれた側だと云うのに、わざわざ労いの言葉をかけてやっ
たのだから。貴族が罪人に向ける言葉としては破格のものだ。
 やっぱこいつ頭おかしいわ、とルークは結論付け、信彦を伴って馬車に乗った。
 自分の後ろで、ティアがぎりぎりと肉が軋むほど拳を握り締めていた事も、手前勝手な被害者意識
に顔を歪めていた事も、ルークは気付かなかった。


 了

 ティア怖い。(お前…)榎本アビスでも突っ込んだ気がするが、この時のティアって加害者なのに
被害者意識炸裂させててちょっと怖いですなー。
 貴族が軍人に「ご苦労」って声かけるって破格の扱いだと思います。
 信彦が無口なのは眠いからです。眠いと不機嫌になる信彦って可愛い。