001.深淵
ルークは緩やかな喪失に目を閉じた。
あたたかい。でも、少し寒い。
力が抜けて行くけれど、両腕に抱えたオリジナルを落す事はない。
自分は『死』んで行くのだと、本能が告げる。
これでいい。
元々、生まれるはずのない命。偽者の存在。今までの事を振り返れば、遣り遂げた達成感が胸を満
たした。
でも、悲しい。悔しい。涙が、止まらない。
死んでしまえば、もう会えない。
自分を弟と呼んでくれた姉と兄たち。
相棒と呼んでくれた片割れ。
文句を云いつつ面倒をみてくれた師匠。
そして、こんな自分を兄と呼んで慕ってくれた弟に、もう会えない。
それだけが悲しくて、ルークは泣いた。
了
今作中の「師匠」は「せんせい」ではなく「ししょう」とお読みくださいませ。
002.屋敷
少し前までルークにとって屋敷とは、「退屈な場所」の代名詞だった。
外に出る事は叶わず、会う人間はいつも同じで、云う事も同じ。暇潰しはガイとお喋りに興じるか、
剣の鍛錬に付き合わせるかのどちらかだった。
けれど今のルークは、屋敷と云う場所が楽しくて仕方がなかった。ついつい思い出し笑いが顔に出
てしまう。
出した途端、ぽこんと頭を叩かれた。
驚いて顔を上げれると、兄が呆れた顔で見下ろしていた。丸められた教科書――これでルークの頭
を叩いたに違いない――でテンポ良く己の肩を叩いている。
「こらルーク。お兄様の話、ちゃぁんと聞いてんのか?」
「き、聞いてるっつーの!」
とは云ったものの、楽しい事を思い出していたせいで本当は聞いていない。また叱られる……と肩
を落すルークに、兄は苦笑を漏らした。
「ま、そろそろ時間だし、見逃してあげましょう。次やったらお仕置きだからな!」
「えー」
不平不満をそのまま声に出すルークに、兄はまた笑った。自分の事を笑われているのだが、ルーク
は少しも厭な気がしない。
何故なら、自分を見る兄のヴァイオレットの瞳は優しさに満ちていて、蔑みも嘲笑も浮かんではい
ないのだから。
「さって。お兄様も疲れちゃったわ〜。信彦たちも呼んでお茶にしようかね」
「やった! リオ兄、俺が呼んでくる!」
云うが早いか、部屋から駆け出したルークの背後から「走って転ぶなよ〜」と兄の軽い声がかかる。
その声に「わかってるー!」と返して、ルークは走った。
(シグナルは信彦と一緒に居るだろうし、パル兄は騎士団の所かな。姉さんは今日こそ誘えるかな、
師匠も呼ばなきゃ!)
鼓動が早くなる。嬉しさが顔に出ているのが、自分でも分かった。途中ラムダスに注意されたけれ
ど、今のルークに効果は無い。
外に出られない事は不満だ。閉じ込めるだけの狭い屋敷も大嫌いだ。
それでもルークは『姉弟』達と一緒にいられる生活を、とてもとても愛している。
了
リオ兄はオラト「リオ兄」さんの略。ルークの家庭教師やってます。(笑)
003.鍛錬
花々が咲き乱れる庭園に似つかわしくない音が響く。刃を交える音と共に、低く張りのある叱責の
声が続いた。
「腰が甘い! もっと低く構えろ!」
「ぐっ……!」
「手首が揺らいでいるぞ! もっと強く握れ! その程度では――」
軽い金属音と共に、ルークが握っていた訓練用の剣が宙に舞い上がった。剣は後方に落ち、乾いた
音を立てて滑って行く。それと同時に、ルークも尻餅を着いた。
咽喉元に、ルークが使っていた剣と同じ物が添えられる。訓練用に刃は潰されているが、金属が持
つ低温に背筋が粟立った。
「――私からとて、一本も取れはしないぞ」
赤い瞳に真っ直ぐ見据えられ、ルークは消沈する意気と共に肩を落とした。
「ま、参り、ました……」
降参するとすぐに剣は外された。
また負けた……と嘆くルークの耳に、軽快に手を叩く音が聞こえて来る。
「すごいパルス! かっこいー!」
飾り気のない、それでいて素直な賛辞にルークはますます肩を落とした。
その言葉に、パルスは照れくさそうな微笑を浮かべているのだろうと簡単に想像が出来、ますます
気分が落ち込んだ。
「ルーク兄ちゃん、残念だったね」
軽く肩を叩くと同時に、信彦が労わりの言葉をかけてくれる。だがルークにとってその労わりは、
悔しさを増幅させるだけだった。
「悔しい悔しい悔しいくーやーしーいーぃぃぃぃいいい!」
地べたにバタンと倒れて、手足をジタバタさせる。その様に信彦がケラケラと笑い、パルスがため
息をついた。
「シグナルと同じ事をするな、ルーク」
「だって悔しいんだよ! なんで勝てないんだ!」
「ルーク兄ちゃん、シグナルにも負けてるもんね」
信彦の言葉が刃の如く胸に突き刺さる。呻いて顔を押さえて唸れば、どんまいとまた肩を叩かれた。
(くそう、お子様は気楽だ)
正直、パルスに負けるのは仕方ないとルークは分かっている。パルスは剣よりも扱いの難しい高分
子カッターを易々と使いこなしているし、実戦経験だって豊富だ。元から人より優れた動体視力と運
動能力を持つ、戦闘型ロボット――よくわからないが、譜業人形(オート・マタ)のようなものらし
い――なのだから、ド素人のルークが勝てるはずもない。
だが、シグナルは違う。シグナルもパルスと同じ戦闘型ロボットだが、剣なんて握った事もなく、
ずっと肉弾戦のみで戦ってきたと云うのだ。しかも型もなにもない、文字通り本能で。
それなのにシグナルときたら、剣を握って一週間でルークより強くなってしまった。最初はルーク
の方が強くて教える側だったのに――此れが予想外に楽しかった。初めて人に物を教えられたのだか
ら――、シグナルときたら初日と二日目のてこずり様が嘘のようにめきめきと強くなって。
ラヴェンダーとコード曰く、シグナルはミラと云う特殊な金属とシリウスと云う特殊な動力体を持っ
ているから、他のロボットより経験値を得られやすいのだと云う。だから、人間であるルークより早
く上達するのは仕方の無いことなのだと。
だが、素直に負けを認める事は悔しかった。何故ならば最初は、ルークの方が強かったのだ。
あの優越感を、ルークは忘れられない。またあの栄光を取り戻し、シグナルに参ったと云わせてや
るのだ!
強く下唇を噛んで、ルークは腹筋に力を入れて起き上がった。驚く信彦とパルスを尻目に飛んで行っ
た剣を拾い上げ、構えを取る。
「パル兄! もう一回だ!」
その言葉に、パルスは口の端を吊り上げてニッと笑った。
面白い、と云わんばかりに。
「よし、かかって来いルーク。今日はとことん付き合ってやろう」
「やった!」
「パルスもルーク兄ちゃんも頑張れー!」
今日も今日とて、庭園には剣戟と叱責、そして明るい声が響き渡る。
了
パルスはあんなややこしい動きする高分子カッターを自在に操れるんだし、剣術もいけるんじゃね?
と云う妄想。シグナルも電脳はお馬鹿(笑)だけど、ボディは有能だからめきめき上達しそうだなーっ
て事で。
原作では手抜き鍛錬のヴァンと本気を出すわけがないガイ様しか相手がいなかったのでレベル低い
ですが、今作では容赦なく叩き伏せてくれるパルスと切磋琢磨できるシグナルがいるお陰で、ゲーム
開始直後からレベル30以上は行ってそうなルークです。(笑)
004.師匠
「師匠ー! 師匠ったらー!」
「でぇい喧しい! 俺様は弟子など取らん!」
「何で? リオ兄は弟子にしてんじゃん!」
「あれはあの馬鹿が勝手に呼んどるだけじゃい」
「じゃぁ俺も勝手に呼ぶ! 師匠師匠師匠師匠師匠ー!」
「喧しいと云っとろうが! いい加減にせんかい!」
「じゃぁ弟子にしろよ! 俺、強くなりたいんだよー!」
「知らん! そんなに強くなりたければヴァンとか云う奴に頼めばいいだろうが!」
「やだ! 俺は師匠がいいんだもん!」
「貴様の都合など知った事か。……付き合い切れん!」
「あ! 飛んで逃げるのは卑怯だぞ師匠! 待てー!」
「……」
「あ、ヴァン先生だ。こんにちはー」
「本当だ。こんにちはー」
「あ、あぁ、信彦にシグナル。久しぶりだな」
「またルーク兄ちゃんと仲直りできなかったの?」
「残念ながらな……。ルークの奴、コード殿に夢中のようだ」
「初対面で流血沙汰になったのにな、ルークの奴」
「流け……」
「ルーク兄ちゃん年上好きだから」
「……コード殿はお幾つかな?」
「設定年齢は二十歳だけど、稼動年齢は四十越えてるよ、確か」
「そ、そうか……(設定? 稼動? とりあえず、四十歳と云う事で良いのだろうか……?)」
「ねぇ、ヴァン先生。ルークはあの調子だし、どうせなら僕の鍛錬してよ」
「シグナルのか? いや、しかしな……」
「また今度にしなよ、シグナル。今日はパルスと手合わせするらしいし」
「えー、ずっりぃのパルスの奴ぅ」
「信彦、その話は誰から……?」
「パルスから。他人の手合わせ見るのもシグナルとルークのためになるって云ってたけど?」
「なるほど……(そこで私の力量を目の当たりにすれば、ルークがこちらに靡く可能性も……)」
「ちぇー。じゃぁ仕方ないかぁ……」
「俺がルーク兄ちゃん呼んでくるから、シグナルは先生案内してあげてね」
「うん、わかった。また後でな」
(不確定要素は増える、ルークは思い通りにならない。はぁ……、頭が痛い……)
了
ヴァンせんせーではなく、コードししょうにぞっこんなルークでした。(笑)
その代わりヴァン先生は、信彦とシグナルに振り回されてると良いです。結構ザクザク鋭い所を突
いてくる信彦と、お馬鹿ながら痛いところを指摘するシグナル。うわ、ヴァン先生にとってこの二人
鬼門だ!(笑)
ちなみに流血沙汰ってーのは当然コード兄さんの必殺技、鉤爪で頭ギリギリギリ。
005.侵入者
屋敷の中庭にて、パルスとヴァンが手合わせをしている。
高次元な二人の手合わせに、観客であるルーク、信彦、シグナルは興奮し、しきりに自分たちの兄
へ声援を送っていた。ガイは一人どちらにも声援を送るわけに行かず、興奮を抑えようともしない子
供たちに苦笑していた。
その時。ルークから逃げているコードは庭におらず、オラトリオは書庫で調べ物をしており、ラヴェ
ンダーはいつものようにファブレ公爵の護衛で出払っていた。
恐らくその悲劇は、年長組の誰か一人でも側に居れば防げたかも知れない。最も、此れは仮定に過
ぎないが。
*** ***
朗々と流れる歌声に最も早く気が付いたのはシグナルだった。最新の戦闘型ゆえに、他の兄弟たち
より優れた聴覚がそれを捉えた。
だがシグナルは別段気にしなかった。
ただの歌だと思ってしまった。メイドが気分良く歌っているものと勘違いした。
誰が悪いのか。
放置してしまったシグナルか。シグナルに譜歌の存在を教えなかった周囲か。異変に気付かずに、
それの侵入を許してしまった屋敷の護衛たちか。
真っ当な教育を受けた人間で、ある程度良識があるものならば云うだろう。
――不法侵入をする方が悪い、と。
*** ***
「ようやく見つけたわ……裏切り者、ヴァンデスデルカ! 覚悟!」
「やはり……、お前か! ティア!」
突然目の前で始まった乱闘に、信彦はきょとんとしてしまう。隣りを見ればシグナルも同じくきょ
とんとしており、逆隣りを見ればルークが眠そうに目をこすっていた。パルスが慌ててこちらに駆け
寄り、信彦たちを守るように目の前に立つ。
「誰だろ? あの人」
極当たり前だが場違いの疑問を信彦が口にする。シグナルがガリガリと頭をかいた。
「ヴァン先生の知り合いみたいだけど……」
「ただの知り合いが命など奪いに来るか。殺し屋だろう」
苛立ちも顕に、パルスが「屋敷の騎士たちは何をしてるんだ。全く……」と呟く。ルークは一人、
「眠い……」と呟いた。
とりあえずシグナルは、ベンチの側で呑気に眠りこけるガイを蹴り飛ばした。軽く2メートルは吹っ
飛んだガイが花壇に激突する。
基本シグナルは、信彦と女の子以外には手加減しない。
「ガイさん、目ぇ覚めた?」
「熱烈な目覚ましありがとうシグナル坊ちゃん……超いてぇよ」
「侵入者を前に眠りこけているお前が悪い。信彦でさえ起きているのになんて体たらくだ」
「全くもって仰るとおりでございますパルス様!」
「ガイ兄ちゃん。とりあえず騎士の人たち呼んできてくれる?」
「合点承知だ信彦坊ちゃん! ガイ様華麗にパシってくるぜ!」
「ガイうぜー……」
「寝言がひでぇよルーク様ァァァァァァア!」
了
呑気な音井ブランズ+ルーク。(笑)いっそファブレ姉弟って書くかな。
ガイ様は最強すぎるファブレ姉弟を前に、当の昔に復讐を諦めてます。ラヴェンダー姉さん、コー
ド兄さん、オラトリオ兄さんの大人組(パルスは組み分け的には子供組。笑)に懺悔済み。その時、
オラトリオお兄さんにとても口では云えない事をされちゃったみたいだよ!
