――なぁ、こいつがそうなのか?
(こいつがそうなんだよ)
――……なんて云うか、アレ、だよなぁ。
(まぁなぁ。アレだよなぁ、……かなり)
――別に夢見てたとか、そんなんじゃないけど……ぶっちゃけ、――……微妙。
(心中お察し申し上げる、とでも云っておこうか)
――なんかムカつくからやめろ。
(失敬な。心の底から同情してやってんのに)
――晴佳から同情されるってだけでかなり絶望的!
(だってなぁ。これを見ちゃぁさ……。俺も話に聞いただけだったけど、まさか此処までとは……)
――はぁ……なぁ、こいつどうするの?
(あぁそうだな。……とりあえず)
――とりあえず?
「デコに肉って書いて放置しとこう」
――……肉?
− デコデココデコ。
内部では戦闘が始まっているのだろう。足元から響く怒声や爆音を聞きながら、晴佳はため息を一
つついてしゃがみ込んだ。
――行かないのか?
(行かね。面倒臭いし。……何より)
視線を下げ、幸か不幸なのか――まだ人の命を奪った事がない手を見て、小さく呟く。
「……人なんてな。殺さないで済むなら、それに越したこたぁねぇんだよ」
この戦艦に乗り込んだのはアリエッタの魔物たちばかりではない。ダァトの軍人――つまり人間た
ちがほとんどだろう。今行けば、人間との戦闘は避けられない。
元々暗殺者として生きていた晴佳は、他人の命を奪うことに関して特に禁忌を感じてはいなかった。
そう云う風に育てられてしまったからだ。だが、生きて行く過程で大事なものや好きなものが出来て
しまって、”そう云う相手”を殺す事は怖い事とは学んでいる。
だがそれはあくまで、晴佳がそう云う育ち方をしていたからだ。ルークは、違う。彼はずっとあの箱
庭の中で綺麗なものに――いや、多々エロいものもあったが――囲まれて生きてきた。
この子供の身体で人を殺すのは、さしもの晴佳でも途惑うものがあった。
……あれだけ鬼畜エロ行為をルークの身体で行っておきながら今さらじゃね? と云う突っ込みは
受け付けない方針だ。
エロスとタナトスは別物だ。
――そ……だよ、な。別に……わざわざ……。
震えた声で、ルークが答える。子供の恐怖が伝わってきて、晴佳は少し気が滅入った。自分は人を
殺すことを怖いなんて、思ったことがなかったから、――やりきれない。
努めてその感情を出さないように、晴佳は云う。
(そーゆー事。……で、だ。その前にぃ)
小声で詠唱を始める。ルークは驚くが、ミュウとライガは特にリアクションを返さない。彼ら獣は気付
いていたのだろう。
……こちらを窺っている、気配に。
「――人を殺すことが怖いなら、剣なんて棄てちまいな! この出来損ない!」
出来損ないなどと失礼な事この上ない言葉を叫びながら、ツララと共に――アイシクルレインか―
―飛び降りてきた人物目掛けて、晴佳は譜術を完成させた。
「この重力の中で悶え苦しむがいい。――グラビティ」
――うわぁ……。
よりにもよって、大分えげつない奴を。
何がえげつないって、詠唱完成を宣言する言葉が。悶え苦しむがいいってどサドじゃねぇかと、ルー
クは思う。どこのどいつだ、グラビティなんて譜術を考え付いたサド譜術士は。
「はぶん?!」
重力の塊に己の譜術共々潰された男が、文字通り潰れたような声をあげ床と接吻した。晴佳の譜
力は半端ではないので、甲板の板ごと沈み込んでいる。
「クリティカルヒットー」
――し、死んでねぇ?
(死んでない死んでない。そんなへましねぇっつの)
「みゅ? どなた様ですの?」
「ダァトの軍人だと思うけど。……って、待てよ、この赤い髪……」
床に広がった深紅の髪を見て、晴佳は思い切り顔を顰めた。
(……まさか)
――何が。
つかつかと気絶している軍人に近づき、足先で肩を蹴飛ばし仰向けにさせた。顔を見て、『ルーク』
が息を飲んだ。
気を失っている顔はまだ幼く、あどけないとさえ云える。だから、晴佳とて一目でわかった。
この赤毛軍人の顔が、『ルーク・フォン・ファブレ』と同じである事が。
「はぁ〜ん……? なるほど…」
――な、何、こいつ。まさか……
(そのまさか、だ)
冷徹な眼差しで軍人を見下ろし、晴佳は云った。
(こいつが俺達のオリジナルだ、ルーク)
被験者ルーク――現在の、六神将『鮮血のアッシュ』。
晴佳にとってもルークにとっても初めてとなる被験者との出会いは――最悪だった。
*** ***
自分たちのオリジナルについて絶望しつつ、達観しつつ、まぁこれはこれで有じゃね? と云う結
論に達して。
とりあえず『出来損ない』発言に二人そろってムカついたので、 いたずらでもしてやる事にした。
――つーか、あの発言変だよな。
(変っつーか、人としてどうなんだ。剣持った奴は人を殺すのが義務、みたいな言い方だったし)
――……俺、人殺さないと駄目?
(いや別に。人を殺さなくて済むならそれに越した事はないって云ったじゃねぇか。こいつの発言は
殺す側の人間が絶対に持っちゃいけない傲慢だよ)
ため息をまた一つ。
ライガクイーンがふんふんとアッシュの頭の匂いをかぎ、ミュウが恐る恐る頬を突付いているのを
見ながら、上着のポケットに手を忍ばせ取り出した油性ペンの蓋をきゅぽんと音を立てて外した。
「とりあえず。このご自慢のデコを汚しておこうと思う」
――ご自慢……。デコがご自慢ってのもどうよ……。
そう呟きながらも、ルークは決して反対しないのだった。
キュッキュッと音を立てながら、晴佳はご自慢のデコ(推測)に漢字の「肉」を書く。
(しっかし、本当に同じ面してんだなぁ。表情があれば別人に見えるだろうけど)
――なんかやだなぁ……。双子でもないのに、自分と同じ面って。
(……思えば貴重な存在だよなぁ……。双子じゃない、同一存在……自分自身……)
――お前、何、考え
ぽむん、と晴佳が手を打った。
「いっそ裸に剥いて逆さ吊り……ついでにペッティングなんてどうだろう……!」
――なんでそうなるよ?!
(いや、完全同位体って事は身体は俺たちと同じわけだし。自分を辱めるって滅多に出来なくね?
是非この機会に……!)
――あーほーかーぁぁぁぁぁ! お前サドじゃなかったんかい! サドが自分辱めてどうするよ!
(いや、サドだからこそ! こいつどうやら俺らレプリカの事見下してるみたいだし? 此処はいっ
ちょレプリカの方が強いんだぜ〜? みたいな事を!)
――やめー!
「みゅ〜。ペッティングってなんですのマスター?」
「ん? それはなぁミュウ〜」
――わー! いたいけな幼獣に年齢制限に引っかかる単語の意味を教えようとすんなボケェ!
必死なルークの訴えに、晴佳ははいはいと頷いてミュウへの言葉を濁した。晴佳も本気で云う気
はなかった。ただ、こんな可愛い生き物が十八禁や二十四禁な単語を云ったら面白そうだなぁ、
と思ったくらいで。
さて。
アッシュご自慢のデコ(推測)に立派な肉は書き終わった。逆さ吊りとペッティングはルークに反
対されてしまったが、やはりこれだけではつまらない。アッシュの怒りを買えて、尚且つ屈辱的な悪
戯をもう一つくらい――
「あ、そうだ」
――なんだよ。
「パンツ盗んで行こう」
――ぶふぅっっ!
晴佳の発言に、ルークが勢い良く吹いた。ライガクイーンは既に『ルーク』の性格を把握したらし
く、「勝手にしなさい」と云わんばかりの態度だ。ミュウは純粋な瞳で「パンツですの?」とか云って
いる。
――ば、ば、馬鹿か! 何云ってんだお前!
(いや、気絶してる間にパンツ盗まれたらさぞ屈辱的だろうなぁ……と)
――屈辱的どころか死にたくなるわ!
(つーかこいつがどんなパンツ穿いてるか気になるしぃ。ふんどしに一票)
――それはない! つーかふんどし穿いてるオリジナルとかすっげぇ厭だよ!
ごちゃごちゃ言い合っている間に、晴佳の手は既にアッシュのベルトを外している。
――わー! やめろやめろ! つーかそいつタイツじゃん! ノーパンの可能性が!
(それはそれで面白そうだけどー)
――やめー! お前マジ最悪ー!
じゃぁタイツを下ろしてみようか――と云うところで、
「き、貴様何をしているんだぁぁぁぁぁぁ?!」
「イヤァァァァァアッッ! 何してるのルークー?!」
「あ?」
――あーぁ……。
前方から現れた初めて見る金髪巨乳の美人と、後方から現れたようやく甲板に辿り着いたらしい
ティアに行動を咎められたのだった。
了
修正 2010/07/19
