(ふふふー。これで大丈夫だな!)
――用意周到って云うか、行き当たりバッタリって云うか。
(だって確実に俺、好印象じゃーん? 後はクイーンの説得だけだ!)
――なんかもう、お前に出来ない事ってないんじゃね? って気分になる。
(ったりめーだ。俺を誰だと思ってやがる。天上天下唯我独尊『ルーク・フォン・ファブレ』様だぞ)
――はーいはいはい。……ったく。
(いいだろ。お前だって欲しがってたじゃん、妹か弟)
――うーん、まぁ……。周り年上ばっかだったし……。って、よく考えればあいつも年上じゃね?
(精神年齢はお前の方が上っぽいけど)
――そっか?
(そうそう。あー、楽しみだなぁ)
――うん。家族が増えるのは、嬉しい。
「早く迎えに行きたいなぁ、アリエッタ」
− 擬似家族遊戯。
甲板には強い風が吹いている。だがライガクイーンのお陰で、晴佳は寒い思いをしてはいなかった。
身体を丸めている彼女に卵ごと温めてもらっているから、である。
「温かいですの〜」
――気持ちいい〜……。
「だなぁ……」
ほっこり。『二人』と一匹はそんな気分だった。……それを見ているティアは、生きた心地がして
いないだろうが。現に顔色が、可哀想になるくらい真っ青である。ライガクイーンが身じろぎをする
度、過敏に反応する様は見ていて面白かった。
(別に食い殺されやしないけどなぁ……)
クスリと笑って、東の空を見る。青い青い空に、黒い点が一つ。双眼鏡でなければ確認できないだ
ろうその影を、晴佳は肉眼で捉えていた。
飛行系の魔物が一匹、こちらを見据えている。六神将『妖獣のアリエッタ』の”友人”だろう。
ニヤリと意地悪く笑う。
(やっぱ、人海戦術で来やがったか)
――何が?
(敵襲、来るぜ)
――え?! だ、だって此れ、極秘任務だって云ってたじゃん!
(神託の盾騎士団、六神将『妖獣のアリエッタ』は魔物を使役できるんだ。そいつがこの戦艦を発見
しやがった。まぁ今すぐって訳じゃないだろうけど……猶予はないな)
晴佳はすくと立ち上がると、何事かと目線で問いかけるティアに向かって云った。
「ティア。今すぐジェイドにこう伝えろ。『神託の盾に見つかった。直ちに応戦態勢を取り、導師イ
オンの護衛を強化せよ』ってな」
「え?! そんな、これは極秘任務だと大佐が……!」
「六神将『妖獣のアリエッタ』だ」
その名を出すと、ティアは理解したらしい。ハッとした顔になると素早く礼を取った。
「……! ――わかりました。直ちにカーティス大佐にお伝えして参ります。ルーク様も早く避難を」
「俺は此処で構わない。……クイーンが居るからな。魔物の脅威はある程度取り除けるとも伝えろ」
「……はっ!」
再度礼を取り、ティアは素早く駆けて行った。
それを見送ってから、晴佳はライガクイーンに告げる。
「貴女の娘が来ますよ。説得願います」
チーグルの仔に通訳されたライガクイーンは、任せておけと云わんばかりに低く唸った。
*** ***
甲板から乗り込んできた『妖獣のアリエッタ』が、大きな目をさらに大きくして『ルーク』を見た。
その有り得ない光景に驚いたのだろう。
気高き自分の『母』が乗り込んだ戦艦に乗船していた挙句、見ず知らずの人間の側に控えていたの
だから。
「……ママ?! ど、どうして、ここにいるの?!」
不気味なのだか愛嬌もある不思議な人形を抱きしめて、アリエッタが驚愕の声を上げる。ライガク
イーンが先ほど晴佳に頼まれた通り、自分の状況を伝えている間、晴佳はと云うと――
(か・わ・い・いー!)
――また始まった……。
アリエッタの愛らしさに悶えていた。
(『妖獣』なんて云うからティアみたいなナイスバディの妖艶なお嬢ちゃんを想像してたんだが!)
――どこの親父だお前は。
(だって『妖獣』だぜ『妖獣』! 調教師系をうっかり想像していい単語だろうが! うわやべ、
超可愛いぬいぐるみ抱きしめて眉尻下げてるところなんてラミそっくり!)
――ラミって誰だよ?!
聞き覚えのない名前に過敏に反応したルークだが、晴佳はさらっと流してしまう。
(…欲しいなぁ)
――…おい?
(妹に欲しいなぁ…)
――はぁ?!
(だって滅茶苦茶可愛いんだもーん。妹に欲しいよ抱きしめたいよ頬擦りして頭撫でて俺好みの服で
飾って一日中側に置いておきたい!)
――キモッ! キッモーッ! 晴佳の云ってる事超 キ モ チ ワ ル イ !
主導権がルークにあったなら間違いなくこの身体は鳥肌を立てているだろう、そんな声でルークは
云った。まさか相棒に野郎をペットにすると云う悪癖の他、ロリコン思考まであったとは!
(失礼な。俺は幼女に欲情するような下衆じゃない。ただ可愛いものが好きなだけだ!)
――ティアの可愛いもの好きは微笑ましいけど、お前の可愛いもの好きはいかがわしい!
「あ、あの……」
脳内にてルークとじゃれ合っていた晴佳に、話題の主役――アリエッタがおどおどしながら声をか
けてきた。晴佳はすぐ柔らかな笑みを浮かべると、しゃがみこんでアリエッタと視線を合わせる。
「何か用かな? お嬢さん」
陰険な面をして黙り込んでいた青年が、突然愛想良く微笑みかけてきたため若干途惑ったものの。
「……ママたちを、助けてくれて……ありがと、です」
アリエッタは小さく微笑みを浮かべ、云った。
「あのままだったらママ、危なかったって。お兄さんに助けられたって、……だから、アリエッタの
ママと兄弟たち助けてくれて……本当にありがとう……!」
「……」
正直に打ち明けよう。
晴佳はその笑顔に心臓を鷲づかみにされた。思い切り、ときめいたのだ。
だから次の行動に出てしまった事を、許して欲しいと――晴佳は誰かへと云い訳しながら。
「……か・わ・い・いんじゃこらー!」
「きゃー?!」
――わー! 何してんだお前!
「みゅ?! アリエッタさんが潰れちゃうですのマスター!」
アリエッタの小さな体を、思い切り抱きしめたのだった。
*** ***
血が脳天から噴き出ている。ミュウが悲鳴を上げながら、『ルーク』にまとわり付いている。
晴佳はふっ……と小さく笑う。
「……結構親ばかだったんだな、クイーン」
――馬鹿はお前だろ。
アリエッタを思い切り抱きしめた晴佳は、娘に狼藉を働いたとしてライガクイーンに思い切り頭を
齧られてしまった。お陰で血がシャレにならないくらい流れていたが、手加減はしてくれたのだろう。
と云うか、本気だったら『ルーク』は今頃脳漿垂れ流して死んでいる。
(ちょっとグロイ)
――大分グロイっつの。
自分の想像に感想を述べてから、晴佳はファーストエイドを唱えて自分の傷を治した。
突然初対面の青年に抱きしめられたアリエッタは、ひっくひっくと怯え泣きながら、己の母に縋っ
ていた。……『ルーク』を見るライガクイーンの目が厳しい。
(いかん。このままだと「娘さんを僕に下さい!」と云った瞬間に噛み殺される……!)
――云う気だったのか。
(うんまぁそのうち。ファブレ家の養女に貰うぜアリエッタ! そんでお兄ちゃんって呼んで貰うん
だ! 妹妹!)
――……妹かぁ……
貰う云々はなんだかなぁが正直なところだが、『妹』と云う言葉には惹かれるものがあるルークだっ
た。
母が病弱なせいもあって一人っ子だし、周りのものは皆年上。兄や姉のような人は居ても、妹と呼
べる存在はいなかった。ティアは晴佳にとっては妹のようなものだが、ルークにとってはやはりお姉
さんなのだ。
――じゃぁ謝っとけよ。このままじゃオレら、ただの変態だぜ。
(それもそうだ。いい事云うなルーク)
パチンと指を鳴らし、晴佳は足元にいるミュウを抱え上げると、ライガ母子へと歩み寄った。ライ
ガクイーンガかすかに唸り声を上げるが、軽く頭を下げて謝罪を示すとふんと息を吐いて近づく事を
許可してくれる。それに内心感謝して晴佳はアリエッタの側へ、またしゃがみこんだ。ビクリとする
アリエッタにまた、にこりと微笑みかける。
「ごめんよアリエッタ。驚かせたな」
「……」
「お前があんまりにも可愛いものだから、つい」
「……かわいい?」
ぽつんと、アリエッタが呟いた。まるで聞いた事もない世界の言語を意味も分からず繰り返したよ
うな声で。
それに首を傾げながら、晴佳は再度可愛いよと繰り返した。
「うん。桃色のふんわりした髪も、ティープピンクの眸も、ちょっと怯えた顔も、ちゃんとお礼を云
えるところも、全部可愛い」
云えばアリエッタは、ぱぁと顔を輝かせた。
「アリエッタ、イオン様とママ以外の人に、可愛い、って云われたの、初めて……!」
その言葉に今度は晴佳が言葉を失った。
(こ、こんなに可愛いのに?! アリエッタの周りの人間はどんだけ目ぇ節穴だこら!)
――だからこんな嬉しそうなんだ。
(不憫な……! 可愛いなんて言葉、一番わかりやすくて手っ取り早い愛情表現なのに!)
また抱きしめてやりたくなったが、晴佳は根性で耐えた。せっかく怯えなくなってくれたのに、ま
た距離を置かれてしまうし、何より母の怒りが怖い。身体を震わせながら耐えに耐えて、晴佳はそっ
とアリエッタの頭を撫でた。きょとんとした目が、『ルーク』を見つめている。
「俺でよければ、いくらでも云うよ。アリエッタはとっても可愛い。妹に欲しいくらい可愛い」
「妹……」
「うん。アリエッタと兄妹になりたいなぁ、俺」
きょとんとした目が困惑に染まり、おろおろと周囲を見回し始めた。けれど彼女は意を決したよう
に口を一文字にすると、晴佳の目を見据えて云った。
「……アリエッタのママは、ママだけで、兄弟はライガの皆、だけど……」
「うん」
「……お兄さん、みたいな人が、お兄ちゃんだったら、楽しそう」
そう云ってアリエッタは、ふんにゃり笑ったのだった。
*** ***
フレスベルグの背に乗り飛び立って行くアリエッタと、ライガルを持ったグリフィンが飛び去って
行くのを見送る。その顔は思い切り緩んでいて、幸せそうだった。
ライガクイーンが小さく唸り、それを聞いたミュウが通訳する。
「娘は大丈夫だろうか、って云ってますの」
「大丈夫だよ。キムラスカ王族を前にして襲撃を取りやめ、上司に指示を仰ぎに行ったんだ。責めら
れるどころか正常な判断だと褒められるよ。……まぁ、同僚達への伝達不備は叱られるかも知れない
が」
にやりと、笑う。
「不必要なほど責められ罰せられたら、キムラスカ・ランバルディア王国ルーク・フォン・ファブレ
の名において、その身柄を預からせていただくさ。恩人、としてな」
――……さてはお前、わざとだな。
(ったりめぇよ。ただ六神将の一人をよこせ、と云ったところで貰えるわけがねぇからな。ま、叱責
を受けなかったとしても、……色々捏造してやるけど)
――うぅわぁ最悪……。
ルークの言葉に、褒め言葉だと晴佳は笑った。
……後に彼らは知る。
別に晴佳が捏造しなくとも、その機会が訪れる事を。
了
修正 2010/06/28
