(なんだコノヤロウは)
 ――偉そうな奴だな。
(全くだ。軍人が一般人相手に偉そうにするならまだわかるけど、俺たちゃ王族だぞ。王位継承権第
三位の次代の国王だぞ? なのにこの馬鹿にしくさった態度は何なんだ。
 ……ふむ)
 ――……晴佳、何かする気?
(やらいでか。この糞生意気な無駄にプライド高い軍人に、世の理ってもんを教えてやらぁ)
 ――あんまやりすぎんなよ。
(ん。珍しいな。止めないのか?)
 ――……俺もムカついたから。やっちゃえ晴佳。
(ふん……、任せろ相棒)
「おや、黙り込んでどうしました? まぁ、世間知らずのお坊ちゃまなりに考えて下さっているのな
らば良いのですが、下手の考えなんとやらと云いますからねぇ」
 ――……うわぁ。

「……そのふざけた態度もいい加減にして貰おうか。自称『和平の使者』殿?」



 − プライドより俺に跪け。



 ライガクイーンを後ろに卵を抱えた『ルーク』は、皆と連れ添ってのこのこと森の出口へとやって
きた。
(はぁ……。待ち伏せされてるってわかってんだけどなぁ…)
 ――誰にだ?
(マルクト軍の連中だよ。さっきそこの軍人が、女の子に云ってたからな)
 ――なんで?
 ため息交じりの晴佳の言葉に、ルークがきょとりとした声で問い返す。本気で自分の価値がわかっ
ていなりルークに対して、苦笑するしかない。
 晴佳が余計な雑音を遮断していたせいなのだが、彼は王族と一般人の違いを理解出来ていない。誰
にでも分け隔てなく接する事は美徳ではあるが、自分の価値くらいは自覚させとくべきだったかと、
晴佳は少し後悔したが。
 そんなところもルークの馬鹿可愛い所なのだからまぁいいかと結論付けた。
 しかし、質問には答えておく。
(俺たちはキムラスカの要人だからな。色々利用方法があるのさ)
 ――……ふぅん。
 よくわかっていない声が返ってきて、晴佳はまた苦笑した。
 そして案の定。
 森の出口付近には、導師守護役の少女と数人のマルクト軍人が待ち構えていたのだった。


 *** ***


 騙まし討ちにも等しい形で軍事戦艦タルタロスへ連行され、そこで極秘任務――和平交渉について
聞かされた晴佳は、まず、キレた。
 何にって。
 目の前に居る、胡散臭い笑顔で嫌味な事を云うジェイド・カーティス大佐に、である。
 王族に軍人がとか、そんな事は正直建前である。ただ晴佳は、あれだけしてやったにも関わらず、
未だに自分を見下す阿呆に我慢できなかったのだ。
 にっこり、笑みを作ってやる。気に喰わない野郎相手に向けてやる、上級の笑みだ。
「……そのふざけた態度もいい加減にして貰おうか。自称『和平の使者』殿?」
 『ルーク』の笑みに虚を突かれていたジェイドも、何故か頬を紅潮させていたイオンと側に控えた
少女――アニスと呼ばれていたか――も、その言葉に硬直してしまった。
 流石と云うか、ジェイドはすぐさま正気に戻ると人差し指で下がった眼鏡を直し、云う。
「……これはこれは。キムラスカの王族は、随分と傲慢なのですね。和平の使者に対し、自称など……」
「自称だろ? どこの世界にこれから和平を頼みに行く国の、公爵子息――王族を見下す和平の使者
が居るってんだよ。あぁそれとも、和平の使者ってのはは建前で実は宣戦布告か。騙まし討ちか」
「ち、違いますルーク! 僕らは……」
 思わずと云った体で口を挟んできたイオンを、視線一つで黙らせる。
「おかしいと思ったんだよなぁ。穏健派で有名なアスラン・フリングス少将でもなく、勇将として誉
れ高いノルドハイム将軍でもなく、『死霊使い』ジェイド・カーティス大佐をよこすなんてさぁ。和
平と称して謁見の間に入り込み、国王及び重鎮達を一網打尽、ってか。導師イオンまで利用するとは、
中々エゲつない策をとるじゃないか。流石、賢帝ピオニー・ウパラ・マルクト九世陛下。先帝の冷酷
なところを見事に受け継いでいらっしゃる!」
 そう云って『ルーク』は呵呵大笑した。ジェイドの綺麗な眉間に、きゅっとシワがよる。
「……陛下を侮辱するのはやめていただきましょうか」
「阿呆か。お前がそう云われても仕方がない態度をとってんだよ。名代の意味、ちゃんと理解してる
のか? お前の言葉、行動一つ一つが、マルクトの意思だととられるんだよ。それがなんだ。相手国
の王族は見下す、脅す、粗末に扱う。なるほど、マルクトはキムラスカを侮辱するのか、戦争を起こ
したいんだな、と思われて当然だこの阿呆!」
 言い切って、晴佳は拳で思い切り目の前の机を叩いた。けたたましい音が響き、部屋に居る者たち
はジェイドを除いてビクリと身を竦める。
「勝手に人を温室育ちの世間知らずだと云ってるがなぁ。……あぁ確かに、公爵家で蝶よ花よと育て
られたし、一般人の生活なんて今まで見る機会さえなかったさ。だけどなぁ、俺はナタリア殿下の補
佐官として政に関わってる身の上なんだよ。世界の情勢もあんたがどう云う人間なのかも百は承知だ!
てめぇこそ、和平交渉に向かうってのにキムラスカの現状を勉強してきたのか? ルーク・フォン・
ファブレが関わってる事業、政事、ナタリア殿下と共に着手している改正案を述べてみろ!」
 云われジェイドはぐ、と言葉に詰まった。
 晴佳はため息を着く。それは、相手を舐めきっているジェイドに対してと、なんだかんだ云いつつ、
結局”公爵子息”をやってしまっている自分に対してだった。あぁクソ、これではこの眼鏡が気に喰
わないだけだってのが言い訳になってしまうじゃないか。
 五年の間に育ってしまった”公爵子息”の部分に、少しげんなりしてしまう。
「相手の国に行くなら、その国の礼儀作法から法律、現状、王族のプロフィールを予め調べておいて
当たり前だろう? はっ……。マルクトじゃぁ、随分な教育を軍人にしてるみたいだなぁオイ」
 流石に反論はしてこなかった。これで『ルーク』は公爵子息であり、王族と数えていなかったなど
とほざこうものなら、ぶん殴っていたかも知れない。いや、確実に殴っていた。
 ――晴佳難しい事ばっかり云ってる。
(……お前まで理解出来ないとか云うなよ?)
 ――それはないけど。毎日晴佳と一緒に勉強してるし。……難しい事に変わりはないけど。
(七歳でそれなら上出来だ。つーか、七歳でさえ出来てるのに三十五歳が出来なくてどうする!)
 晴佳は頭を抱えたくなった。
 またまた正直に云ってしまえば、晴佳はこの世界の人間ではないのだから、戦争が起ころうが和平
が失敗しようがどちらでもいいのだ。
 しかし幸か不幸か、晴佳は『鳴瀧晴佳』としてでなく、『ルーク・フォン・ファブレ』としてオー
ルドラントに存在していて、その頭脳を買われて政治にまで関わってしまっているのだ。こんな無礼
な和平の使者を前に、はいそうですか協力しましょう、などと口が裂けても云っていいものではない。
 只の『鳴瀧晴佳』だったら、小難しい事述べないで「黙れクソ野郎が!」と殴ってお仕舞いなのに!
(ストレスたまるなぁ、もー……)
 ――お前でもストレス溜まるんだ。
(そりゃぁ政治が関わってきたら、そうも好き勝手に出来ないからな。俺たちの一言で開戦、なんて
事もありえるんだ。覚えとけ)
 ――う、うん。わかった。
 素直なルークに内心微笑んでから、晴佳は立ち竦んでいるジェイドに目を向ける。
「で、お前はいつまで立ってるつもりだ」
「は……?」
「たかが佐官が公爵子息を見下ろしていいとでも思ってんのか、って云ってんだよ」
 わかっていないジェイドを睨みつけながら、晴佳は踵でゴツリと床を鳴らした。
「跪けよ。当たり前だろう?」
 かすかに息を飲んだ後、ジェイドは「やれやれ」とでも云わんばかりに肩を竦めてから跪いた。
 瞬間。
 間髪入れず、晴佳はその綺麗な顔を蹴り飛ばした。ずだんと音を立て、ジェイドが床に倒れこむ。
 ――うわぁ……!
「きゃっ……!」「ひぇ……!」「あ……!」「た、大佐!」
 ルークも、今まで黙って晴佳の背後に控えていたティアも、イオンたちも、驚きに息を飲んだ。
「ぐっ……、な、にを」
「人を話を聞いてたのかてめぇは。なんだその、「やれやれ仕方がない。我が儘お坊ちゃんに付き合っ
て差し上げましょう。生憎と、この程度のことに腹を立てるような、安っぽいプライドは持ち合わせ
ていないものですから」的な態度は」
 はぁ、とデカいため息を一つ。
「あのなぁ。お前が内心、俺た……俺をどんだけ馬鹿にしようが別にいいよ。ただな、それを表に出
すなってんだ。なんで軍人の癖に、そんな正直に自分の感情だしちゃうかねぇ……。苦労した事ない
だろさては……って、あ、そうか。皇帝の懐刀で幼馴染だったっけ。そっかそっか。馬鹿正直に自分
の感情むき出しなお子様でも、そりゃぁ許されたよなぁ。ねぇ、甘ったれジェイドちゃん?」
 にっこりと笑って云ってやると、ジェイドは無言で起き上がり、極自然に跪いた。
 学習能力皆無じゃなくてよかったと、晴佳は微笑む。
 ――楽しそうだな。
(うん、凄く楽しい! やべー、面白れー! 昔のガイ相手にしてるみてー!)
 ――ガイも昔は凄い抵抗したよなぁそう云えば……って、お前まさか!
 晴佳の事に対しては鋭いルークが、非難するような声を上げる。にやりと内心微笑んで、晴佳は云っ
た。
(……そろそろ新しいペット、欲しくね?)
 ――やっぱりー! ば、やめろよ! 他国の軍人だぜ?! 無理無理無理!
(ふふふ……。これまでの態度と和平交渉を最大限に利用して、公的に貰う方法くらい幾らでもある
んだぜぇ? くくく……、逃げ道完全に塞いで追い詰めて追い詰めて追い詰めて、ものっそ絶望させ
てから手を差し伸べてやろうかなぁ……)
 ――いやぁぁぁぁぁ! 俺の身体でこれ以上鬼畜い行動するなよ! ああああ逃げろ! 逃げろ眼
鏡ぇぇぇぇぇぇえ!
 恐ろしい晴佳のたくらみを聞いてしまい恐慌して叫ぶルークだが、当然ジェイドには聞こえない。
彼は無言で『ルーク』に跪いたまま、次の言葉を待っていた。
「さて、と」
 ぴくりと、ジェイドの身体がかすかに反応する。
「話を戻そうか、ジェイド・カーティス大佐。貴下は私に何をお求めでしたか? もう一度話してい
ただけますか」
 先ほどまでの乱暴な言葉遣いと行動から一転して丁寧になった『ルーク』に対し、周りは困惑の視
線を向けて来た。しかし晴佳はそれを笑顔一つでいなして、ジェイドを促す。
 ジェイドは跪いたまま、はっきりとした声で云う。……何故晴佳の態度が急に変わったのか、理解
しているようだ。
「……キムラスカ、マルクト間の和平交渉のため、そのお力をお借りしたいと存じます」
 晴佳同様、彼もまた丁寧な言葉遣いで告げた。先ほどのような相手を馬鹿にする、慇懃無礼さは感
じない。
 ……個人的な感情など介入する余地がない、公的な会見に切り替わったのだとわかっているのだ。
「なるほど……」
 顎に右手をやって、晴佳は考え込む”ふり”をした。答えならもう、用意してある。これはただジェ
イドを焦らしているだけだ。
「……ナタリア殿下は穏健派の筆頭です。当然、私もそれを支持しておりますから和平交渉の件、歓
迎致しましょう。しかし先ほど述べた通り、私は所詮ナタリア殿下の補佐官です。決定は出来ません」
「はい」
「導師イオンがいらっしゃいますから無下には致しません。ナタリア殿下にお取次ぎしましょう。そ
の際、私から貴下の事を口添えしても構いません。――噂とは違い、とても理知的で素直な人でした、
信用に足るでしょう、とね?」
 ついでにクスリと微笑んでやれば、ジェイドの表情筋が引き攣った。
(面白ぇ……。ウケる……)
 ――鬼……。……つーか、いいのかよ。勝手にOK出して……。
(ナタリアが穏健派筆頭なのは本当だ。彼女ならすぐ叔父上に連絡を入れて、指示を仰ぐだろうしな。
導師イオンも同行してるから、門前払いはないだろうし。俺はあくまで取り次ぎだからな。不審な行
動取りやがったら、俺がこいつを殺せば済む)
 ――え? い、いいのか、皇帝名代殺して……
(これまでのこいつの言動を報告すれば、むしろ向こうから謝罪の嵐が起こるだろうからな。不敬者
を処刑しました、そうですか大変失礼致しました、で終わりだ)
 ――そうなのか……。
(不敬者を野放しにすると、王家の威信に関わるし。公正な判断って云われるだろうなぁ。まぁ……
俺としてはお前のため、いや、俺達のためにマルクトと和平を結んでおきたいんだが)
 ――……うん。
 二人の中にある澱を思い出し、少し俯く。胸糞悪い――預言(スコア)。
 ジェイドが口を開く。薄い唇は血色が悪い。
「充分すぎるくらいです。お願い致します、ルーク様」
 云われ晴佳は、クックと咽喉で笑った。
「まぁ、一応は及第点を出しておこうか。――承知しました。貴下に力を貸しましょう、カーティス
大佐」
「……有難う、御座います」
 若干、声が震えていた。
 どうやらこの男。人を評価する立場に成る事が当然で、他人から評価されるのは厭だと云う人種の
ようだ。無駄にプライドが高いせいだろう。
(どうやったら、こんなプライドエベレストの阿呆が出来上がるんだ)
 ――えべれすと?
(あぁなんでもない。こっちの話。……うーん。しかし本当に虐めたくなる奴だなぁ)
 ――え、これ以上何かするの?
(ふふん。やらいでか。虐めに関しちゃ定評があるんだぜぇ俺は)
 ――すげぇ不名誉な定評だな。
(ぐ、鋭い突っ込みいれやがって…。まぁいいや。とりあえず、もうちょい虐めるから)
 ――えぇー……? もう。本ッ当にサドだよなお前……。
(褒めるなよ)
 ――欠片も褒めてねぇよ!
 脳内漫才を済ませた晴佳は、またにっこりと微笑むと身体を弛緩させた。訝しげにこちらを見るジェ
イドに向かって、云う。
「さぁて……。私としては合格点を与えておきますが、温室育ちで世間知らずの俺としちゃぁ、まぁ
だ腹の虫が治まらねぇなぁ」
「……何がお望みでしょうか」
 その言葉に、晴佳はニヤリと笑んだ。今まで見せていない獰猛な笑みに、ジェイドは硬直する。
「……あぁ、しまったなぁ……。どっかの無礼者の血で靴が汚れちまった」
 足を組み、口元に手をやって、楽しげに云う。
「お気に入りの靴なんだけどなぁ……」
 イオンがざっと青褪めた。見張りの兵士が俯いて、目を伏せる。アニスは顔を引き攣らせながら、
冷や汗を掻いていた。『ルーク』からは見えないが、ティアは硬直してこちらを凝視しているだろう。
 ジェイドはかすかに震えていた。屈辱に俯いているため表情は読めないが、恐らく下唇を噛み締め
て”嫌味”を云いたいのを耐えているのだろう。
 その事に、またニヤリと笑う。
「軍人なら目的のためにそのくっだらねぇプライド、今すぐ棄てるんだな」
 そろそろと、ジェイドは床に手をついた。晴佳が何を求めているか理解しているようで、少し嬉し
くなる。
 靴に飛んだ血を赤い舌が舐め取ったのを見て、晴佳は耐え切れず笑い出したのだった。

 ――お前、本当に最悪……。



 了


 修正 2010/06/20