「……てめぇら。覚悟は出来てんだろぉなぁ……?」
 ――おい! おい、コラ。待て晴佳!
「なんだ泥棒の分際で偉そうに!」
「そうだそうだ! 大人しくしないならお前も……」
 ――わー! お前らも煽るな!
「先に手ぇ出したのはそっちだからなぁ……」
 ――止まれ晴佳! 待て待て待て待て! おい!
「る、ルーク……」
「ティア。ちょっと待っててくれな?」
 ――ティア! 止めてくれ! 頼むから!
「……こいつらに、てめぇらが何しくさりやがったか、思い知らせてやるから――」
「な、なんだこいつ……」
「お、おい……」

「……■タマ潰して不能にしてやるから覚悟しくされやゴルアァァァァァァアッッ!」

 ――あーぁ……。



 − 暴れん坊ちゃま。



 バチカルに戻るつもりが逆方向に来てしまった上に、故郷へ続く橋を落とされてしまった『ルーク』
とティアはマルクト帝国エンゲーブへと立ち寄った。
 戻るには時間がかかるし、連絡しようにもバチカルまで飛んでくれる鳩を入手する事は難しい。な
らばまずは食料などの補給だろうと、世界の食料庫として名高く近場だったエンゲーブへ来たのだ。
 そこでルークたちはおかしな事件に遭遇した。
「食料泥棒?」
 林檎を丸齧りしながら、晴佳が店主の言葉を鸚鵡返しにした。そうなんだよと店主は頷く。
「倉庫にあったもんがごっそり。まぁこちとら世界に名立たる食の産地エンゲーブだ。すぐにどうこ
うって訳じゃぁないけどよ、困ったもんさ」
「だよなぁ。苦労して作った作物盗られちゃやってらんねぇよな」
「わかってくれるか兄ちゃん」
 いい子だなぁと云って、店主は林檎をもう一つオマケしてくれた。それに礼を云い、ティアと連れ
立って宿屋探しを再開する。オマケの林檎をティアに渡して、ため息を一つ。
「食料泥棒か……。他人事じゃねぇなこりゃ」
「どうして? 貴方にとっては他国の話じゃない」
「エンゲーブは世界中に食料輸出してんだよ。キムラスカにも、もちろんダァトにもな」
「あ……」
「今すぐって話じゃないたぁ云ってたけど、続いたら問題って事だ。……ちょっと調べてみるか……?」
 ――また余計な事に首突っ込む気かよ……。
(せっかく外に出られたんだ。楽しみたいだろ?)
 ――否定しねぇ。
 宿屋に辿り着いた晴佳たちだったが、その前に人だかりが出来ていて立ち往生してしまった。どう
やら食料泥棒について話しているらしい。
「おいおい……、店の前で立ち話って営業妨害じゃね?」
 ――つか宿屋の店主も混じってね?
「えぇ……。困ったわね……」
 睡眠をほとんどとっていない二人は、なるべく早く宿屋で休みたかったのだ。話が終わるまで待っ
ていられないと、道を開けてくれるよう頼もうとして、
「なんだお前ら」
「只の旅」
「あ! その手に持ってる林檎はなんだ!」
「は? そこで買っ」
「さてはお前ら、食料泥棒だな! 犯人は現場に戻るって云うからな!」
「……はぁ?」
「え?」
 ――何?
「とッ捕まえろ! 盗んだものをどこへやったか吐かせるんだ!」

 *** ***

「あのよ、ローズさんよ。あんたに云ってもしゃーないとは思うんだよ。でもな、こちらとしちゃぁ
確かに行儀は悪いがきちんと金払って購入した林檎と店主の好意で貰った林檎を齧りながら宿屋を訪
ねただけでな、泥棒呼ばわりされて殴りかかられるのはな、腹立つんだよね」
「弁解の言葉もないよ。でもね、あんたもやりすぎじゃないかい?」
「了承しかねる。そいつらはティアの可愛い顔を殴ったんだ。それなのに其の程度で済ましてやった
んだ。むしろ感謝しろ!」
 ――でも俺もやりすぎだと思うけど。
(骨は折ってねぇし内臓も無事だぞ)
 ――そう云う問題じゃねぇし!
 突然泥棒の濡れ衣を着せられた晴佳は、まぁ誤解だしすぐに解けるだろうと思い大人しくしていよ
うとしたのだが。『ルーク』を庇おうと前に出たティアが殴られたのを見て、即座にその思いを捨て
去った。
 ティアを殴りつけられ怒り狂った晴佳は、その場に居た村人を全員に殴る蹴るの暴行を加え、ボロ
雑巾にしてしまったのだった。
 その騒ぎをききつけてやってきたローズ婦人の家に招かれて、こうして抗議をしているわけだが。
手を出したのは村人が先とは云え、やり返しすぎだろうと云うのが晴佳以外の意見だった。
「私のために怒ってくれて嬉しいけど……」
「大丈夫だよ。一日寝れば治るから」
 そう云う問題じゃないと、ローズが云おうとした時。黙って紅茶を飲んでいた青い軍服の男が口を
挟んできた。
「いやぁ、鮮やかなお手並みでしたねぇ」
「……あ゛ぁ?」
 ――晴佳、ガラ悪い。初対面の人だって。遠慮しろって。
「見た所すぐさま急所を狙い相手を無効化、その後一方的に暴行を加えたように思えますが?」
「其の通りだけどそれが何か?」
「いえいえ。とてもとても素人の手並みとは思えなくて。……お名前をお聞かせ願えますか?」
 きらりと、眼鏡の奥の赤い目が光る。その目は獲物に狙いを定めた肉食獣に見えた。
 その視線を真っ向から受け止めて、『ルーク』は赤い髪を後ろへ流した。優雅とも云えるその動作
に、軍人がかすかに目を見張る。
(おい、ルーク。こいつが俺らの始祖だぜ)
 ――へぇ。フォミクリー発案者のジェイド・バルフォア?
(そうそう。赤い目してるからすぐわかった)
 ――赤い目がどうかしたのか?
(譜眼だ。自分の眼球に譜陣を刻み込んで成功させるようなイカれ野郎なんざ、こいつ以外いねぇ)
 ――ふぅん。マッドな奴なんだな。
 晴佳とルークが自分の正体について知っているなど夢にも思わない軍人は、黙ったままの『ルーク』
を見つめていた。
「俺はルーク。こっちの可愛いのがティア。で、あんたの名前は? 軍人殿」
「これは失礼致しました。私はマルクト軍第三師団長ジェイド・カーティス大佐です」
「へー。ご丁寧にどうも」
 それだけ云って、晴佳は机から降りた。ジェイドがかすかに目を見開くが、どうでもいい事だ。恐
らく、『死霊使い』として有名な自分に対するなんらかのリアクションがあるとでも思っていたのだ
ろうが、生憎、期待通りにしてやるほどサービス精神旺盛ではない。特に男相手には。
 ――カーティス? バルフォアじゃないの?
(カーティスってのはマルクトの名門武家だ。養子入りでもしたんだろうさ)
「それじゃぁローズさん。俺たちはこれで」
「え? ちょいと……」
「歩き通しで疲れてた挙句、余計ないちゃもん付けられて疲労困憊なんでね。こっちに責任要求した
いなら、村人の暴力思考どうにかしてくれ。それじゃ。――行くぞティア」
「あ、はい……」
 何か云いたそうな大人たちを無視して、二人はローズ邸から出て行った。

 *** ***

 宿屋を閉められちゃたまらないと宿屋主人は軽傷に済ませておいたが、すっかり『ルーク』に怯え
てしまった主人は二人を無料で宿泊させてくれた。
「いいのかしら……?」
「いいだろ。お詫びもかねてるって云ってたし。あ、そう云えばエンゲーブって……」
 上着の内ポケットに入れておいた日記帳を取り出す。掌より少し大きい程度のそれに挟んであった
世界地図を引っ張り出し、ベッドの上に広げた。
「あぁやっぱり! チーグルの森近くだ!」
「チーグルって……、ローレライ教団の象徴、聖獣チーグルの事?」
「そうそう。うわラッキー! 俺一回チーグル見てみたかったんだよな!」
 ――おい、まさかお前……。
「明日行こうぜチーグルの森!」
 ――えぇ?!
「えぇ?!」
 図らずも、ティアとルークの声がハモった。……しつこいようだが、ティアにルークの声は聞こえ
ていない。
「な、な、行こうぜティア〜」
「だ、駄目よ! 貴方は早くお家に帰らないと……!」
 ――ティアの云う通りだって! 俺ガイに会いたい!
 ルークの訴えは即黙殺し、晴佳は上目遣いにティアを見る。
「だってマルクトに来れる機会なんて滅多にないし……。な? ちょっとだけだから」
「……だ、駄目駄目! 駄目ったら駄目!」
「ティア〜。ほら、チーグルめっちゃ可愛いって云うし! 見たくね?」
 ――俺は見たくないー!
「うう……」
「ティア〜。一緒にチーグル見ようよ〜」
「ううううっ」
 ――頑張れティア! 負けるなティアー!
 結局。
 晴佳の粘り勝ちで、明日の朝一でチーグルの森へ行く事へなったのだった。

 ――最悪だぁもぉ!



 了


 修正 2010/06/10