――どうでもいいが。
「ヴァンデスデルカ、覚悟!」
「やはりお前か! ティア!」
――兄妹喧嘩は家でやれって話だよなぁ。
「……助けた方がいいかな?」
――仮にもダアトの主席総長だろぉ。自分でなんとかす……
「あ!」
「え?」
――わー! 馬鹿! 防御とれ防御! 頭叩き割られるぞ!
「え? えー?!」
― 巻き込まれ型人生。
二人の目が覚めた時、辺りは真っ暗になっていた。場所はどこだかわからない。山の中だ、くらい
はわかるがそれ以上はさっぱりだ。
――俺らどうなっちゃったの?
(あー、グランツ謡将がティアとか云う子の攻撃をバックステップのフリーランで避けやがったせい
で、彼女の攻撃が俺らに来た。それをお前が木刀で咄嗟に防御。ティアの攻撃を防いだのは良かった
んだけど、彼女は俺らと同じ第七譜術士だったんだ。彼女が使っていた譜術と俺らの音素の固定振動
数が近かったせいで擬似超振動が起きてふっ飛ばされたんだな)
――ふーん……。って、主導権がいつの間にか晴佳に戻ってるし!
(緊急事態だ許せ。さて、此処はどこなんだか……)
花畑に座り込んだまま、晴佳はぼりぼりと頭を掻いた。ふと隣を見れば、襲撃犯である少女が気を
失って倒れている。
(……乳でか)
――他に云う事ねぇのかよ!
(いや乳は重要だろ乳は。小さいなら小さいでいいけど、此処までデカいとパイ擦りとか余裕だよな。
一回お相手願いたいところだ。処女とかだったらなお良し。土下座してもいい!)
――お前ほんと最悪だ!
ティアが聞いたら即沸騰して殴りかかってきそうな言葉を吐く晴佳に、律儀に突っ込みを入れるルー
クだった。
――つか、どうすんの。こいつまだ寝てるし。
(んー。とりあえず)
――とりあえず?
(二度寝しとこう。考えるのだるい)
――異議無し。
思い切りやる気のない二人が二度寝をして二時間後、彼らはティアの手によって起こされた。とり
あえず起こされた晴佳は速攻で、
「……この馬鹿たれ」
ティアの頭を叩いた。べっちーんと小気味良い音が響いて、ティアが驚いて叩かれた頭を押さえた。
その顔は本当に驚いていて、どうして自分が殴られたのかわかっていない顔だった。
「な、何を……!」
「何を、はこっちの台詞じゃい。お前ね、今自分が目の前にいるのはどこの誰様だと思ってる?」
「え、る、ルークでしょう? そう名乗ったじゃな」
「うつけ者!」
すぱーんっ。今度も頭を叩いたが先ほどとは違い、今度は鋭い音がした。
「いた!」
「俺はね、キムラスカ・ランバルディア王国ファブレ公爵家嫡男で王位継承権第三位なナタリア殿下
の婚約者よ? つまり次代の国王なんだけど。ダアトの兵士が軽々しく呼び捨てにしていいと思っと
んのかコラ。それとも何か。ダアトじゃぁ王族より兵士が偉いって教えてんのかあぁん?」
「ち、違うわ! その、私は……」
「阿呆!」
すこんっ。今度はチョップが入った。
「いたい!」
――お前、女の頭ぽかぽか殴りすぎ。
(女の子に優しくしたいのは山々だが、相手は兵士だし。この礼儀知らず加減はこの子の首を絞める
から心を鬼にしてんだよ! わかれよ馬鹿ぁ!)
――半泣きで云うなよ……俺が悪かったよ……。
ティアは頭を押さえ、はわはわと泡を食って『ルーク』を見ている。兵士の指導に体罰は付き物の
はずだが、殴られる事に慣れていないのだろうか。どんな温室育ちの兵士だ。
「今は二人きりだから見逃してやらないでもないけど、許可なく王族に対しタメ口を叩くとは何事だ!
見習い教団員が導師イオンの肩を気軽に叩きながら「おはよーさん!」なんて云うくらい無礼だぞ!」
「ごごご、ごめんなさ……」
「目上に謝る時は!」
「も、申し訳在りませんでした!」
「よし!」
がばりと土下座したティアに対し、晴佳は不遜なまでに胸を張った。
確かにそれは一般人としては不遜かつ傲慢な態度かも知れないが、この世界での晴佳は『ルーク』
であり王族だ。無礼な一兵卒に対して遜る必要は全くないのだった。
「まぁ此処まで云っておいてなんだが、平素は呼び捨て、対等に口を利く事を許可しよう。ただ、公
式の場では敬称敬語で話す事! 復唱!」
「は、はい!」
云われ、ティアは直ぐ立ち上がると拳を胸に当てて敬礼を取った。
「平素は呼び捨て対等の言葉を許可、公式の場では敬称敬語で話す事! 了解しました!」
「よし! ……なんだ、やれば出来るじゃないか」
にこりと晴佳が笑って見せれば、ティアもホッと安堵の笑みを見せた。ぽこぽこ殴ってくる少年が
本当に怖かったらしい。
――いじめっ子。
(喧しい! 俺だって女の子虐めるのは厭だったよ!)
――でも楽しそうだったぞ。お前やっぱサドだ。
(サド(性癖)は否定しない!)
――しろよ! 開き直るなよ!
*** ***
一通り状況確認をした後、二人は山道を歩き始めた。まったく人間が入らない山でもないらしく、
道らしきものが存在している。川にも沿っているし、この道を下っていけば山から出られるだろうと
晴佳たちは結論付けたのだ。
魔物を警戒しつつ山道を下りながら、晴佳とティア、そしてルークは会話を楽しんでいた。……最
も、ルークの声はティアには聞こえないのだが。
「へぇ。ティアは音律士(クルーナー)なのか」
「えぇ、そうよ。だから、その……」
「いいよ、俺が前に出るから。まぁ立場上はいかんけど、誰も見てないし」
――それ、犯罪者の心理じゃね?
(事実じゃねぇか。世の中そう云う仕組みになってんだよ)
「……ごめんなさい。無事に送り届けると云っておいて」
「いいってば。人間やれる事とやれない事があるんだし。只怪我した時はよろしく〜」
「……えぇ。傷跡一つ残らないよう、治すわ」
そう云って微笑むティアは愛らしい。綺麗な顔立ちをしている分、冷たい印象が先走るが根はそう
きつい子ではないのだろう。わざと冷静に振舞おうとしたり表情を硬くしているのは、兵士として己
を律しているつもりなのかも知れない。
――つか、いいの。そいつ家に連れ帰って。
(あー。確実に指名手配済みだろうけど、そこはアレだ。色色捏造して誤魔化す)
――えぇー……?
(いざとなったらグランツ謡将に全部おっかぶせて終わらす)
――えぇぇぇー……?!
(グランツ謡将よりティアの方が可愛いからな! ついでに恩着せてダァトから貰っちゃおうかな!)
――うわー! お前ほんと自分勝手だな最悪だ!
晴佳とルークが自分の処遇について話している事など気付くはずもなく、ティアは呑気に「貴族で
もいい人はいるのね」と喜んでいたのだった。
『ルーク』の本性を知った時、どんな反応を示すか見ものである。
了
修正 2010/06/08
