(えっれぇ堂堂としてるなアイツ……)
 ――……今やってる事が犯罪って知らないのかな……。
(知ってるけど理解してないか、云えばわかってくれるとでも思ってんじゃね?)
 ――うわぁ。
(もしくは俺らのが悪いって思ってんのか。俺は悪くない、悪いのは俺の場所をとったレプリカだ〜、
みたいな)
 ――それじゃぁ只の痛い奴じゃん。そんなオリジナルやだよ。
(俺も厭だよ。……まぁ、グランツ謡将に洗脳されて正常な判断が出来ないって可能性もあるが)
 ――こえー。
(怖ぇよなぁ。まぁとりあえず、人に向かって云っちゃいかん言葉を吐いたのは事実だし)
 ――何かすんの?
(グランツ謡将からかうついでに、お仕置きしておこう)
 ――はぁ?



 − 帰るまでが遠足です。



 無事合流を果たした『ルーク』一向と和平の使者一向は、タルタロスで国境の砦カイツールに向
かった。『ルーク』たちの姿を確認した時の安堵に満ちたイオンの顔と、舌でも打ちそうなジェイ
ドの顔がとても対照的であった。
「てめぇジェイド。後で覚えてろよ」
「お手柔らかに、と云っておきましょうか」
 新たに増えた仲間――フローズヴィトニルについて、「……大層なご趣味ですね。よほど獣がお
好きと見えます。いっそライガクイーンと同居されては? 森で」などと嫌味を云ってくれた事も、
晴佳はしっかり心に刻んでおいた。
(……こいつぜってぇ鳴かす……! 喘がす……!)
 ――おい、邪気出てるぞ、邪気が。むしろ色魔的悪意が漏れまくりだ。
(ふふふ……。敬称略と会話の許可は出したが、嫌味まで云っていいとは赦してないからなぁ……!)
 少し離れている間に、晴佳があれほど懇切丁寧に説教してやった事を都合よく忘却したらしい。
天才とか鬼才とか持て囃されているが、タダ単純に紙一重だっただけじゃないのかと思わずにはい
られない。
 ジェイドのプライドが高いのはわかるが、自分に憑依している女はそのさらに上を行く気位の高
い気難しさ天下無敵の暴君女王様だ。あの眼鏡はその辺を理解し切れていないんだな、とルークは
同情してやった。同情はしてやるけど、金はやらない。助ける気もない。ペットが増えるのは厭だ
が、此処までキている晴佳をとめる事は無理だと経験上悟っているし、自分を犠牲にしてまで助け
てやろうと思えるほど、ジェイドに思い入れも無かった。
 今はただ、和平を成功させるために晴佳は我慢してやっているだけだ。ファブレ公爵子息が和平
の使者を姦(おか)したなんて事になったら、せっかくマルクト側が和平を望んでいるのにおじゃ
んになってしまう。せっかくのチャンスを自己中心的考えで潰すほど、晴佳は傲慢でも愚かでもな
い。だから珍しく、我慢なんて似合わない行為をしているのだ。
 だが、元を正せば無礼なのはマルクト側――ジェイドだ。そんなに腹が立つなら皇帝へ抗議文で
も送って「使者を変更しなければ和平の意思無しと見なす」とでも伝えればいい。
 それをしないのは――ある意味晴佳の我が侭だなぁと、ルークは呆れのため息をつく。
 侮辱されたまま、馬鹿にされたまま、ジェイドを本国に送り返し、皇帝にお叱りを受け軍法会議
にかけられ軍籍剥奪程度では赦せない――と思っているのだろう。いっそ不敬罪で極刑にされた方
がマシだったと云う目にあわせてやると、心に誓っているに違いない。
 ――えーっと、晴佳の世界でなんて云うんだっけな……。
 驚いた時とか、しまったとか、さあ大変だとか、そう云う意味の言葉……――
 ――あ、そうだ。思いだした。……ジェイド、南無三!


 *** ***


 国境の砦カイツール。非武装地帯を挟み、キムラスカ、マルクト両軍が駐屯する地である。
 非武装地帯とは云え、現在の国際情勢からかカイツールにはピリピリとした雰囲気が漂っていた。
つい三ヶ月前にイスパニア半島で両軍が小競り合いを起こした事を考えれば――張り詰めた空気は
仕方ないと云えよう。
 タルタロスから降りた晴佳は周囲を軽く見回した。『ルーク』の派手な外見にマルクト兵の視線
が集まっているがそれだけで、問題点は特にない。集まっている視線も、敵意より純粋な驚愕ばか
りだ。恐らく、脚に擦り寄っているフローズヴィトニルのせいもあるだろうが。
 魔物を前に武器を構えないのは、
「ようやく着きましたね、ルーク」
 お隣りに世界の導師イオンがいらっしゃるお陰だろう。にっこり笑いながら云われた言葉に、そ
うですねと軽く返して、晴佳はまた周囲を見回した。
 ――……どうかしたのか?
(いや、何か、妙な違和感が……)
 はっきりと何がとは云えないが、集まる視線の中にどうも――殺意と云うか、憎悪と云うか、負
の感情があるような気がするのだが。ぱっと見たところ、そんな視線をこちらにくれている兵士は
見当たらない。気配が雑多すぎて、視線の持ち主の位置を特定するのは難しそうだ。
 困ったなと首を傾げる晴佳の手を、フローズヴィトニルが甘噛みした。顔を下ろせば小声で鳴き、
それをまた肩に乗っかったミュウが小声で通訳する。
(ふぅん……。馬鹿となんとかは高いところが好き、ってか)
 ――……濁す単語逆じゃね?
「お待たせ致しました。イオン様、ルーク様」
 離れていたジェイドが戻って来る。彼の後ろには兵士が十五人続いていた。イオン、『ルーク』
の護衛に当たっていた兵士とあわせて、小隊の丁度半分になる。
「お帰り。指示出しは終わったか」
「えぇ。以後は私、ジェイド・カーティス以下、第三師団精鋭三十名が護衛に当たります」
 そう云ってジェイドは礼を取る。場を弁える気はあるようだと、安堵のため息をついた。
(あぁ良かった。これなら王城で阿呆な態度とる心配ないな)
 ――ま、今までは晴佳が許容してたから良かっただけだもんなぁ。
(此処まで来て名代変更とか面倒だし、良かった良か)
「――まぁ、貴方にはりっっっぱな護衛がついていますから、不要かもしれませんがねぇ」
 思い切りフローズヴィトニルを見下しながら肩を竦めて云うジェイドに、ぴきりと晴佳の眉間に
シワが寄った。それを目撃したマルクト兵が恐れ戦くが、後ずさりするような情けないマネはしな
かった。そこは褒めてやっても良い。が、ジェイドの言動は褒めるどころではなく――懲罰物だ。
 悪意を読み取ったフローズヴィトニルが低く唸るのを、頭を撫でる事でとめる。
 軽く、ため息を一つ。
「……ジェイド・カーティス大佐」
 敢えて、フルネームで呼んでやる。
「はい?」
「一つ云っておこうか」
 ずいとジェイドに詰め寄り、顔を覗き込む。綺麗だが好みではない顔が間近に迫り、晴佳は思い
切り顔を歪めて吐き捨てた。
「軍人であるお前が魔物に敵意を持つのは当然だ。だが、ヴィトは俺が、キムラスカ貴族ルーク・
フォン・ファブレが、友であるライガクイーンからお預かりしたライガ族の姫君だ。お前が彼女に
向ける悪意、敵意はそのままファブレ家に対しての物と理解するが?」
 ぐっ、とジェイドが息を飲み、イオンが慌てて声を上げる。
「る、ルーク。ジェイドも悪気があったわけでは……」
「あったら困りますよ、導師。皇帝名代殿がファブレ家に悪気があるんじゃぁ、この件は成功しな
いんですから。……これが失敗して俺の輝かしい経歴に傷をつけられちゃぁたまらない。自粛しろ、
馬鹿野郎」
「……失礼致しました」
 耳元で囁いてやった言葉に、ジェイドは最敬礼を取る。云われれば出来るようだが、云われなけ
れば出来ないのは問題ありだなと、晴佳は顔を離してから肩を竦めた。
「で、タルタロスは?」
「置いて行きます。あれで乗り込んでは宣戦布告も同然ですから」
 そもそも、なんで戦艦で来たんだと思わないでもない晴佳とルークである。移動するならば、戦
艦でなくとも、もっと小型の陸上移動型音機関があるはずだ。
 ――何か目的があって乗って来たんだよなぁ?
(そうなるだろうけど。うーん、情報が少ないな……。……こりゃ考えても無駄だ、やめやめ)
 あっさりと思索を放棄する。情報がないのに脳を捏ね繰り回していても答えなんて出やしない。
推測や憶測は無駄ではないが、有益とも云えないのだから。
「で、お前ら旅券は?」
「ありますよ、全員分。念のため、ルーク様たちの分もご用意しましたが……」
「それなら大丈夫だ。――ガイ」
 呼ばれ、今まで黙って控えていたガイが静かに歩み出た。手荷物の中から封筒を一通取り出し、
恭しく『ルーク』に渡す。受け取った晴佳は既に開いていた封筒から丁寧に中身を取り出し、ジェ
イドの前に掲げた。
「キムラスカ国王の紋章入り入国許可証――ですか」
「そゆ事。これがあればキムラスカ入りするのに面倒な審査も身元照合も必要なし、当然旅券もい
らないって訳」
 この許可証はキムラスカ・ランバルディア入国限定だが、それだけで充分である。
「これプラス、俺の地位を使えばお前らの入国も一発OKだぜ?」
 にんまりと笑えば、ジェイドは「ご協力、感謝致します」の言葉とともにまた最敬礼を取った。
「ま、これのために同行しているようなもんだしな。一度協力するって云ったんだ。無事遂行させ
てやろうじゃねぇの」
 そう云って晴佳は肩に乗ったミュウが落ちないように支えながら、ひょいひょいと軽い足取りで
フローズヴィトニルと共に国境線へ近づいた。『ルーク』らしからぬ軽率な行動にガイが慌てて後
を追い、ティアも吊られるように駆けた。そのさらに後をイオン、アニス、ジェイド、マルクト兵
がゆっくりと追う。
 ジェイドたちは恐らく、『ルーク』が先に行ったのは入国をスムーズにさせるための手続き――
名乗りを上げるためだと思ったのだ。ついでに云えば、此処は非武装地帯間近、マルクト軍駐屯地、
襲撃される事は有り得ないと、思ってしまったのだ。
 それは間違った判断ではない。何度も云うが、此処は非武装地帯間近。国境付近で騒ぎを起こせ
ば国際問題に繋がると、幼年学校を卒業した子供ならば知っている。だが軍人として、その油断を
してはいけなかったのだ。
 何故なら――

「ここで死ぬ奴が、偉そうな事ぬかしてんじゃねぇ!」

 有り得ない事が、起きてしまったのだから。
 国境線を通過するために必ず通らねばならない門の上から、何者かが武器を手に『ルーク』に飛
び掛かってきたのだ。
 一瞬の出来事だ。
 晴佳とフローズヴィトニルがバックステップで襲撃者の攻撃を避け、ガイが素早くその前に入り
込み剣を構え、アニスはロッドを片手に――周囲からは見えないが、もう片方の手に短剣を握り――
イオンを背後に庇い、ジェイドは槍を出現させ『ルーク』の側へ駆け寄った。一拍遅れて、マルク
ト兵が二つに分かれ、片方がイオンの、もう片方が『ルーク』の護衛に回り、さらに一拍置いてティ
アが投げナイフを手にガイの隣りへ並んだ。
 襲撃者が大きく舌を打つ。深紅の――『ルーク』の父ファブレ公爵に似た、濃い赤色の髪が舞っ
た。
(うわっちゃぁ……)
 ――マジかよ……。
 周囲の者が息を飲む。何故なら襲撃者は――神託の盾騎士団の軍服に身を包んだ、赤い髪と緑の
目を持った青年だったのだから。
 平然と面をさらし、眉間にコレでもかと云わんばかりにシワを寄せた襲撃犯を前に晴佳は、
(せめて仮面でも被れよおおおおおおおおおッッッ!)
 心の中で絶叫した。
 ――……いや、でも、表情あると似てねーよ。わかんねーって。
(分かる奴には分かると思うぞ。――『ルーク』と同じ面だってな!)
 現にジェイドが隣りで軽く目を見開いて襲撃犯――六神将『鮮血のアッシュ』を見つめていた。
(そもそも、王族襲撃なんて極刑物の犯罪だろが。てっきり仮面被るなり変装するなりしてるかと
思いきや、軍服の上に素顔かよ! 馬鹿かコイツ!)
 ぐらりと眩暈を感じる。頭を押さえる晴佳の耳に、今度は卒倒しそうな言葉が飛び込んできた。
「コソコソ人の後ろに隠れてんじゃねぇ臆病者! 出てきやがれ屑が!」
 チンピラのような叫びと共にアッシュが剣で示したのは――間違いなく、『ルーク』である。
 ひくりと、全員の顔が引き攣った。
「屑、と云いましたか、今」
 ジェイドが底冷えするような低い声を出した。
 いくら不敬罪の塊だったジェイドでも、他人を屑呼ばわりする事を許容出来るほど人非人ではな
い。ガイなど怒りの気高き紅蓮の炎を燃え上がらせ、晴佳の命令を今か今かと待っている。目の前
の赤毛をよほど切り殺してやりたいらしい。
 この状況――『被験者』が『レプリカ』を罵倒した、では済まない。いや、いくら被験者とは云
え、己のレプリカの生殺与奪権や所有権を持っているわけではない。これは不当な侮辱だ。訴えれ
ば勝てる。いやそもそも、ダアトの『軍人』がキムラスカの『貴族』を罵倒したのだ。
 ――王族への不敬罪……友好国に対する侮辱行為……、門の上は非武装地帯に入ってるから、国
際法違反を含めて……国際問題に発展……かな?
(よく、出来ました……)
 ゆっくりと後方をふり返れば、イオンが唖然とした表情をさらし、アニスが憤怒の表情でアッシュ
を睨みつけながら、ギリギリとロッドを握り締めていた。
「屑を屑と云って何が悪い! いいからそこを退きやが――」
「アッシュ?!」
 叫ぶような声で誰かがアッシュの名を呼んだ。聞き覚えのありすぎる声が聞こえてきた方を見れ
ば、全ての元凶と云えなくもない男――ヴァン・グランツ謡将が必死の形相で走ってくる所だった。
「ヴァ……ッ」
 思わずと云った体で叫びそうになったティアの口を、片手でパシリと塞ぐ。一応は任務中の『響
長』が同じく任務中である『謡将』を呼び捨てにするなど、たとえ肉親であろうとあってはならな
い。またティアの首がギリギリと音を立てて絞まってしまう。
 非常事態故、ヴァンは導師イオンと『ルーク』に会釈のみ寄こし、すぐに己が部下の前に立った。
「どう云うつもりだ、アッシュ……! 何故こんな所に居る?!」
「てめぇには関係ねぇ! どけ、ヴァン!」
 ――いやいやいや。師匠はお前の直属の上司じゃん。関係なくねぇよ。
 至極真っ当なルークの突っ込みが入るが、残念な事に晴佳にしか聞こえない。
(妹といい部下といい……。グランツ謡将、ちゃんと躾けしろよな。まぁ本人がかなりの非常識だ
からしょうがないけど……)
 ふー、とため息をついて。晴佳は持たせていた木刀を寄こすようにとガイに小声で命令した。エ
ンゲーブで護身用の真剣を買ったとは云え、長年使い込んだ木刀には愛着があったため取っておい
たのだが、まさかこんなところで活用する事になろうとは。
 僅かに首を傾げたものの、ガイはすぐに木刀を取り出し晴佳に手渡した。それを手に、晴佳は無
造作に前へと出る。慌てた周囲が引き止めようとするのを一瞥で静止し、足音一つ立てず、ついで
に気配まで消してヴァンの背後へと近づき、
「私はお前にこんな命令――」
「てい」
「をふんっ?!」
 軽い掛け声とともに、思い切り脇腹を突いてやった。弱点を突かれ成す術も無く崩れ落ちるヴァ
ンの向こう――唖然とした表情をさらすアッシュに向かって譜術を唱える。
「炸裂する力よ―――エナジーブラストッ!」
 アッシュの目前に譜力の塊が出現し、とても初級譜術とは思えない威力でそれが爆発した。突然
の事に粋護陣を構える暇すら無く、アッシュはその爆発に見事に吹っ飛ばされる。煙を上げながら
ひるるるるる……と飛び、その体はキムラスカ側の森へと落下した。
 あんまりと云えばあんまりな襲撃犯の退場に全員が唖然とする中。
「あ、飛ばしすぎた……」
「マスター凄いですの! あの人吹っ飛んじゃったですの!」
 まずったなと云わんばかりな『ルーク』の軽い声と、ミュウの無邪気な明るい声が、やけに響い
たのだった。


 *** ***


「ぐふ……」
「謡将? 大丈夫ですか、グランツ謡将?」
 蹲っているヴァンの前にかがみ込み、ぽむぽむと肩を叩きながら晴佳が軽く問う。
 ――思い切りやりすぎだっつーの。肝臓もろだったじゃねーか!
 歪んだ理由であるとは云え、好いている相手に対する侮辱的な行為にルークが批難の声を上げた。
それを軽い謝罪だけで済まして、晴佳はケロリとしている。
 ぷるぷると震えながら、ヴァンはなんとか笑顔を作って『ルーク』を見た。思い切り引き攣って
いる笑顔は、普段気取っている優しい師匠からはかけ離れていた。
「ル、ルーク様……。今のはお戯れが過ぎますぞ……?」
「いやぁ、全力で背中が無防備だったもので、つい」
 うふふふふ、と某菩薩眼のように笑えば、ヴァンの顔がさらに引き攣った。
「いけませんよ、謡将。いくら貴公がお強いとは云え、私に隙を見せるなんて」
「よもや味方に攻撃されるとは思わないでしょう!」
「え? 誰が味方なんですか?」
 にこり。
 笑顔とともに告げれば、ヴァンだけでなく後ろで置いてけぼりになっていた面々の顔まで引き攣っ
た。ガイだけが唯一、いつも通りだったが。
 その引き攣った顔を思う存分堪能してから、晴佳はまた笑顔で云う。
「ふふふ、冗談に決まってるじゃないですか。謡将は俺の味方ですものね」
 にっこり。また笑顔と共に告げれば、ヴァンは微妙に視線をそらしながら頷いた。ヴァンは『ルー
ク』の味方であると示させたが、『ルーク』がヴァンの味方であるとは一言たりとも云わない晴佳
だった。
 ヴァンに手を貸して立たせてやっていると、イオンがパタパタと駆け寄ってきた。勿論、護衛で
あるアニスも一緒に。
「ルーク! 大丈夫ですか?! 怪我はっ……」
「大丈夫ですよ、導師イオン。グランツ謡将のお陰でこの通り無傷です」
 嫌味ですか、とジェイドがぽつりと呟いたのはスルーしておこう。どうせ、晴佳にしか聞こえて
いまい。
 ほっと安堵の息をついたイオンの肩を叩く。こちらを見上げるイオンに微笑んでから、ヴァンを
見、にやりと口の端を吊り上げた。
「とりあえず、キムラスカ側へ参りましょう。――話はそれからで」
 思う存分、今の馬鹿について詰問してやるからな覚悟しくされやゴルァ、と目で語る晴佳に、ヴァ
ンもイオンも恐々と頷いたのだった。


 *** ***


 キムラスカ側の宿から。妙に肌をつやつやさせた『ルーク』とげっそりやつれたヴァン、白いを
通り越して青くなった顔色のイオンが出てきた時、ジェイドたちが見せたなんとも微妙な表情が忘
れられない。
 ――……あれ、ぜってー間違った方向に誤解してね?
(全くだ。いくら俺でもグランツ謡将とイオンを同時に犯れっかよ)
 ――はっきり言葉にすんなよ! あーもうやだ! 俺がどんどん変態になってくぅぅぅぅう!
 肌をつやつやさせてたのは、いけ好かない野郎の困った表情を堪能できたからで、ヴァンがげっ
そりしていたのはそれだけ晴佳の詰問が凄まじかったからで、イオンの顔色が青かったのは脅迫染
みた『ルーク』の言葉が恐ろしかったからだ。やましい事など一つもない。
(もう諦めろよ、な!)
 ――元凶が明るく云うなあっ!
 晴佳が主導権を握った話し合いは、キムラスカ有利にまとまった。『鮮血のアッシュ』はキムラ
スカ王族襲撃と不敬罪により極刑。死刑執行はキムラスカが行う。
 ティアの場合は目撃者がファブレ公爵邸の人間とヴァンのみと云う事もあり、内密に処理できた
が、アッシュがやらかしてくれたのはよりにもよってカイツール・マルクト領、非武装地帯。大っ
ぴらに罰さなければマルクトも黙ってはいないだろう。
 それにプラス、賠償金及び十年間王室へ上級預言者無償貸し出しを引き換えに、ダアトとの国交
断絶は勘弁してやった。これでも甘い対応だと、晴佳は思う。なんせ『ルーク』はキムラスカ次代
の国王なのだ。ダアトは国交断絶どころか殲滅宣言されていてもおかしくはない。
(和平の仲介国の人間自ら、戦争を呼ぶような事すんじゃねぇって話だよなぁ……)
 ――俺としてはヴァン師匠が頷いた事が不思議。
(奪い返す自信でもあるんじゃねーの? 俺としては、お前がケロッとしてる方が不思議なんだが)
 ――んー……。なんか、しぶとく逃げそうじゃね? あのオリジナル。生命力だけはありそうっ
つーか、死刑って云われても実感わかないって云うか。
(……お前の中でオリジナルはどう云うカテゴリに属してンのか気になるところだ)
 ゴのつく害虫か、ボがつく蚊の子供のどちらか、と云う気がする。
「ルーク」
 小声で名を呼びながら、ジェイドが隣りに並んできた。ルークとの会話を中断させ顔を見上げれ
ば、なんとも不機嫌そうな表情が視界に入る。そんな顔してると側に居るガイが、「ルーク様に無
礼な態度をとるな」とキレるぞ、と思う晴佳だが、云ってやる事はなかった。
「何だジェイド」
「貴方、わざとでしょう」
「はぁ?」
 主語を抜かして喋るなと言外に云えば、ジェイドは眼鏡を押さえながらため息混じりに云った。
「先ほどの襲撃前、一人で無用心にひょいひょい国境に近づいたでしょう。……あれは、わざとで
すね?」
「あー」
 ぼりぼり、頭を掻く。
「よくわかったな」
「貴方は不用意に己の身を危険にさらすような人ではありません。ですが、悪戯はお好きなように
見えますからね。……『鮮血のアッシュ』が隠れて貴方を狙っている事を知りながら、あえて一人
先に行った――そうとしか思えませんよ」
「その通りだが」
 肩にかかった髪を背中に流しながら大きくため息をついて、半眼でジェイドを見上げた。
「ちょっとからかってやる程度の気持ちだったんだがな。まさか軍服のまま素顔で襲ってくるとは
思わなかった。……非常識どころじゃねぇよな」
「常識から百八十度どころか三百六十度ぐるっと回って超常識になったって感じですかね」
 その喩えに、晴佳はぷっと小さく吹き出した。今度はジェイドが半眼になって、『ルーク』を見
下ろしてくる。
「で、襲われる事にお心当たりは?」
「キムラスカ王族に連なるファブレ公爵子息第三位王位継承者なもんでお心当たりありすぎだな」
「……それもそうですね」
「そーゆーお前は?」
「は?」
「お心当たり」
 目を細めて微笑んでやればジェイドはかすかに息を飲み、それから小声で「まさか」と否定した。
(ふーん。否定しちゃうわけね)
 ――また意地悪してる。
(あからさまに隠し事ありますよ〜云えない事盛りだくさんですよ〜って顔してる奴が悪い)
 ――……お前みたいな奴がいるから世界からイジメがなくならないんだ。
(うぐふっ!)
 臓腑を抉られるような衝撃を受け何故か左胸を押さえよろける晴佳を、ガイとティアだけがおろ
おろと心配していた。



 了


 修正 2011/05/28