(はー、さっぱりしたー)
 ――うぅぅぅぅぅ……。
(お前もいい加減慣れろよ)
 ――慣れてたまるかぁぁぁぁあ! うわぁん、ガイー! ガイーィ! そんな恍惚とした表情でぶっ
飛ぶなよー!
(久しぶりで手加減しなかったしなぁ)
 ――本当に最悪だ! ジェイドたちが帰ってきたらどうすんだよ?!
(っと、そうだ。ジェイドたちが戻ってくる前に起こさないとな)
「ふ、ぁ……」
「起きろ、ガイ」
「あ、……はぃ……」
「風呂入るぞ。来い」
 ――……ミュウはどうすんの?
(気持ちよく眠ってるからそのままにしとこう。いやしかし、ミュウも神経図太いよなー)
 ――既に晴佳の悪影響が!
(どう云う意味だ)



 − 初めまして同類意識。



 セントビナーに入った一行は二手に分かれる事になった。
 ジェイド達はセントビナーにあるマルクト軍基地へ顔を出し、『ルーク』とガイは一足先へ宿屋へ
向かい部屋を取る。
 その組み分けに、ジェイドが軽くため息をついて。
「……なるべく遅く帰ります」
「何で。早く帰って来いよ」
「厭ですよ。急いで戻って来てみたら、部屋から野郎の喘ぎ声が聞こえてきましたー、なんて死にた
くなります」
「あ、コノ野郎。本当に砕けすぎだぞ!」
 そう云って別れて二時間後。
 ジェイドはベッドに座る晴佳とガイを前に、額を押さえて俯いていた。
「どうしたよ」
「……同じシャンプーの香りをさせてる野郎二人に迎えられたら悲しくもなります」
「失礼な。お前が俺の可愛いガイの喘ぎ声を聞きたくないなんて云うから即行で済ませてやったのに。
ついでに痕跡残さないよう風呂にも入ってやったのに」
「ガイの首筋と胸元に痕跡残りまくりですよ! キスマークは後先考えて付けなさい!」
「俺の首筋と胸元を舐めるように見るのはやめてくれ、旦那。俺の全てはルーク様の物だ!」
「誰も見てませんよ! むしろ見たくないんで隠してください! 他の人間に見られたらどうするつ
もりなんですか!」
「旦那に俺の首筋と胸元を心配されるいわれはないぜ。それとも何か。あんたもルーク様にキスマー
クを付けられたいのかこの淫乱! 俺のご主人様を寝取る気か!」
「んなわけないでしょうが! 侮辱罪でしょっ引きますよ?!」
(おお、面白ぇ云い争いが展開してんなぁ)
 ――……なんかジェイドが可哀想になって来た……。
 七歳児にまで同情されるジェイドだった。


 *** ***


「じゃぁアニスって子はセントビナーに滞在してんだな?」
 ガイとジェイドによるコント――晴佳視点――が終了した後、彼らは全員で連れ立って街へ繰り出
した。
 首と胸にキスマーク有なガイはジェイドからの命令でマフラーを巻いている。温暖な気候のセント
ビナーでマフラーなど目立って仕方がないのだが、 「キスマークよりよっぽどマシです!」と主張
された。
 ――……確かにキスマークまみれの男が居たら、オレも引く。
(はっはっは。ルークはまだ甘いな。俺なら全裸くらいまでは平気だぞ)
 ――全裸くらいって! もうすでに前も後もない感じじゃねぇか!
(でも靴下だけ履いてたら引くかな)
 ――違いがわかんねぇよ!
(まぁアレだ。白い下着と黒い下着のどちらにより色気を感じるかとかそう云う類の違いだ)
 ――人生において物凄く無意味な話しをするな!
(ちなみに俺は清純な白にエロスを感じる派だ!)
 ――聞いてねぇし!
「えぇ。マクガヴァン殿からお聞きしたのですが、彼女は神託の盾の目を誤魔化すために一般人にな
りすまして潜伏しているそうなんです」
 晴佳とルークが人生において物凄く無意味な会話をしている事など露しらず、イオンが穏やかな声
で云う。
「なんでセントビナーの駐在軍に協力を申し出なかったんだ? 事情を話せばかくまってくれただろ
うに」
「えぇ、マクガヴァン元帥はそう申し出たそうですが、アニスが「必要以上に迷惑をかけられません」
と断ったそうなのです」
「ほう……」
 立派な心がけだなと晴佳は素直に思った。それと同時に、強気で自信家の部分もあると知る。
「自分が来た事だけ誤魔化して欲しいと云ってそのまま……。我我の来訪がすぐわかるように、正門
近くに居るとの事ですが」
「で。俺ら自ら導師守護役を探そうってわけか」
 贅沢な話だなぁと思うが、楽しそうでもあった。ついでに街を見て回れるので、晴佳にもルークに
も異論は無い。
「アニスが本気で変装すると、僕でもわかりません。歩き回って向こうから見つけてもらうしか……」
「ふぅん。ま、いいけどな。他国の街を見て回れる機会なんて早々無いし――お」
 ――どうした?
「どうしたのルーク?」
 興味深げな声を上げた晴佳に、ルークとティアが声をかける。晴佳は楽しげに笑いながら、前方に
見えたものを指差した。
「アイス屋があるから行ってみようぜ」
「……ルーク。我我はアニスを探しに来たんですよ? 遊びに来たわけでは……」
「いいじゃねぇか。似たようなもんだろ? ほら、イオン何味食いたい? 奢ってやるよ」
「本当ですか?! ルークは優しいですね!」
 イオンまで賛同しては、ジェイドとて口出しできないだろう。まったく……とため息を着きながら、
一緒にアイス屋へと向かった。
 愛想良く「いらっしゃいませー」と云う店員の少女に軽く笑みを返してから、晴佳たちはアイスク
リームの味が書いてある板に目をやった。
 目をやって一拍。全員が沈黙する。
「……なんか不思議な味が多いな」
「粗塩……?」
「ジンギスカン……?」
「え、此処アイスクリーム屋ですよね?」
 板に書いてある味の種類に、誰もが首を傾げる。なんと云うか、一般ではあまり適用されないよう
な味ばかりなのだ。
(ルーク、どれがいい?)
 ――うわ、此処で聞くかお前! ……ハニーラベンダー味?
(無難なの選ぶなよ。冒険しようぜ? グリーンローパー味とか)
 ――それ魔物じゃねぇの?!
「ルークルーク!」
 珍しくはしゃいでいるイオンが、『ルーク』の上着の裾を引っ張りながら云った。
「僕はセンブリ味にします!」
 センブリ。
 リンドウ科センブリ属。
 漢字で「千振」と書き、その名の由来は「千回振出してもまだ苦い」ということからつけたとされ
ている。
 ――……えぇ?!
「イオンって見かけによらず冒険野郎だな!」
 そもそもオールドランドにもセンブリって存在するのかと疑問に思ったが、トマトやきゅうりなど
地球と同じ野菜が存在するのだ。あっても不思議ではない気がする。
「では、俺はキンピラ牛蒡味にします」
「わ、私はフレッシュトマト味で……」
「じゃぁ私はマーボーカレー味にしましょうか」
「……」
 イオンが決めたのを皮切りに、皆が口々に己の希望を述べる。どれもこれも、食べるにはちょっと、
と云うか、かんり勇気がいる味だ。
 いや、別に味としては普通なのだが、此れがアイスクリームの味だと思うと大冒険だと云わざるを
得ないだろう。
 ――み、皆冒険するなぁ……
(負けられねぇ……)
 ――は?
(此処は誰も選ばないような吃驚味にしなくちゃ駄目だろ?!)
 ――なんで義務になってんだよ?! つーか負けず嫌い発動する場面と違ぇだろ!
「俺はスペシャルミックスで!」
 ――それ絶対ゲロの味するって! ゲロの味するってぇ!
 ルークの抗議も虚しく。
 全員が己の希望通りの味を手にし、とりあえず一口食べて。
 まずイオンが悶絶した。
「い、イオン様! 大丈夫ですか?!」
 蹲ってプルプルと震えるイオンに、心臓に負担がかかるのではとティアが顔を青くして声をかける。
だがイオンはがばりと顔を上げると目をキラキラと輝かせて、
「す、凄いですティア! 聞きしに勝る苦さですよ! 一口いかがですか?!」
「全力で遠慮します」
 ――なんか凄い冷静に断った!
「旦那、味はどうよ?」
「果てしなく微妙です。騒ぐほど不味くもなく、かと云って美味しいわけでもないです。そう云う貴
方は?」
「うーん。甘さが先立っててちょっとなぁ……。俺はピリ辛が好きだから」
 ――そりゃアイスだしなぁ…。
「ティアのいかがです? 一番マトモそうですが」
「私のはフツーにトマトです、大佐。冷やしたトマト食べてるような……」
「まぁトマトですもんね。ルークはどうですか?」
「ゲロかな」
 ――ゲロだよな。
「食物摂取中にそう云う事云わないでいただきたい!」
「俺はルーク様のゲロなら食えます!」
「誰も聞いてないわガイ!」
 アイスの味でわいわいとする十四から三十五の人間達と云うのは、傍目に見てどうなんだろうなぁ
と考えながら。
 晴佳は極自然に、物凄く気軽に、

「で、お前のお勧めは何よ。――アニス?」
「私は秋の焼き茄子大根おろし風味とかお勧めで〜す」

 アイスクリーム屋の店員に成りすました、導師守護役随行護衛アニス・タトリン奏長に声をかけた。

 ――は……?
 ルークが唖然とした声をあげ、ガイを除いた他の面々が硬直する。
「いやぁ、変装上手いなぁお前。うっかり気付かないところだったわ、マジ」
「きゃわ〜んっ、本当ですかぁルーク様ぁ? おだてたってアニスちゃん、笑顔しか出ませんよぅ」
「うんうん。アニスの可愛い笑顔だけでも充分だけどなー。おだてじゃないぞ、マジマジ」
 ――え、え、え?! ちょ、え、マジ?!
「あ、アニス……なんですか?」
 ぽかりと口を開けたイオンが、確認するように云う。見ればジェイドもティアも似たような顔をし
ていた。ガイだけは一人、「へぇー、あの子がアニス……」と呟きながら本人曰く好みでない味のア
イスクリームを食んでいる。
 にっこり。
 ツインティルにしていた髪を下ろして、派手なピンクの軍服ではなくクリーム色のセーターと紺色
のプリーツスカートを着、その上に水色のエプロンをかけたアニスが微笑んだ。
「はい、イオン様。導師守護役随行護衛アニス・タトリン奏長。御前に参じましたぁ」



 了


 修正 2010/08/15