(もうやだ疲れた全員死ね)
――ちょ、待て待て待て。短絡思考にも程があるぞ!
(だって疲れてるんだもん)
――だもんじゃねぇよ! 投げ出すなよ! 最後まで全力尽くそうぜ?!
(俺はもうお前ほど若くないんだ! ベッドが俺を呼んでるんだ!)
――オレより年取ってるならもっと自重しろやコラァ!
(喧しい! 疲れたったら疲れたー! 俺は常識を弁えた非常識人だから根っからの非常識と会話
するのは疲れるんだよ! つーか、ここ一年すっげぇ平和だったじゃん! だから体力も無くなって
んの! わかるか?! 疲れってのは美容の大敵なんだゼ?!)
――別に美容なんて気にもしてねぇくせに! つーか、自分が非常識だって自覚があるならちょっ
とは自粛しろっつーのぉ!
(ばっかおめー! 俺みたいな美少年がちょっと一般とは逸脱した行動をとるのがギャップ萌えって
奴なんじゃねぇか!)
――お前自分が萌えキャラだとでも思ってんのかよどんな自意識過剰だ! それ以前に此れはオ
レの身体でオレの顔だぁ! ……あ、遠回しにオレの事美形って褒めてンの?!
(ルークも大概ポジティブ思考だよな)
――急に冷静になるなぁ!
− 理解の街で会いましょう。
「ルーク様、あれが要塞都市セントビナーです」
ジェイドが示した方を見て、晴佳はほぅと感嘆のため息をついた。
城壁に囲まれてはいるが、街の中には草木が多く遠めにも色とりどりな花々が見える。何より目を
惹いたのは、街の中央部に生える巨木だ。
――なぁ、あの木ってチーグルの森にあったのと同じじゃね?
(確かに……。あぁ、そう云えばマルクトには始祖ユリア所縁の巨木があるとか聞いたが……)
あれがそうなのかと思い見ていると、街の周囲――城壁部に音素が凝縮されている箇所を多々見
付けた。周囲の音素に紛らわせて巧妙に隠そうとしているが、そのせいで逆に目立って見える。
晴佳は面白いとでも云わんばかりに笑みを浮かべた。
「へぇ……。えっれぇ厳重に譜術が施してあんな」
――あの音素がうにゃうにゃしてるところ?
(そうそう)
伊達に晴佳と身体を共有していない。ルークもあっさりと見破っている。
「わかりますか」
少し驚いた表情でジェイドが云う。晴佳は顎に手をやると少し唸った。
「んー……。隠そうとしてるから逆に浮き彫りに見える、って感じかな」
「……ご慧眼です、ルーク様」
「あ、そうだジェイド」
「何でしょうか?」
「俺の事は呼び捨てにしていいぞ」
心底感心したように云うジェイドに対し、晴佳はある思い付きを口にした。
ジェイドがぱちくりと瞼を瞬かせる。
「は……?」
「まぁ場は弁えてもらわないと困るけど」
ティアにも云ったが。『ルーク』は高貴な身分であり、本来なら軍人如きに呼び捨てにされても良い
存在ではない。しかし行動を共にする以上は多少気安くしてもらった方が晴佳とて楽なのだ。始終丁
寧に接せられると、逆に疲れる事もある。
――なんか、王宮にいる気分になるしなー。
(そゆ事。対等に扱えなんて云わんけど、喋り方くらいはもっと柔らかくして欲しいよな)
――うん。
「俺が正式に名乗るまでは普通に呼んでたじゃねぇか。許可してやるから呼べよ。ついでに、もっと
砕けた喋り方してもいいぞ」
晴佳がそう云い切ると、渋っていたジェイドはようやく頷いて了承の意を示した。
「……はぁ。わかりましたよ、ルーク。……ところで、ちょっといいですか?」
「何だよ」
ジェイドが大きくため息を一つ。
「……腰に手を回すのやめてくれません?」
――うわ、晴佳いつの間に!
見れば確かに、晴佳の手がジェイドの腰を抱いている。野郎が野郎の腰を抱くなんて、軽く視界の
暴力ではないかとルークは思った。
だが晴佳はふふんと鼻で笑う。
「細腰は世界の共有財産だからいくら触ってもいいだろーが」
――なんだそりゃ!
「なんですかその破綻した理屈は。先ほどから貴方の使用人が物凄い形相で私を睨んでいるので、
本気でやめてください」
「嫉妬深いんだよガイってさ」
――そう云えばそうだっけ。
(俺に近づく男はグランツ謡将でも許さない奴だからなぁ)
「腰の剣に手をかけてるのですが」
「嫉妬深いんだよガイってさ」
「同じ言葉を同じテンポの同じ声音で繰り返さなくてもいいですから、ちょ、離れなさい私の命のため
に! 今すぐ! 即行で!」
「おお、順応能力高いなジェイド。口調が砕けすぎだ」
「って、剣抜いてますからガイが! ガイ、落ち着きなさい! 誰も貴方のご主人様盗ったりしませんっ
て云うか金を貰っても御免ですから! 話し合いましょう!」
――ひでぇ云われようだぞ晴佳。
(はっはっは。……後でお仕置きしてやる。性的な意味で)
――なんかヤバイ事云ってる! つかガイの事止めろよぉ!
見ればガイの剣を真剣白刃取りしているジェイドの姿が目に入るが、晴佳ははっはっはと笑うだけ
で一切手出ししないのだった。
「ガイもジェイドももう仲良くなったんですね。素晴らしいです!」
「ですの!」
「そ、そうですね、イオン様、ミュウ……」
てんやわんやしながら。
和平の使者一行はセントビナーへ何とか無事到着した。
*** ***
要塞都市セントビナー。
監視台や譜術による迎撃システムが完備され、一度戦となれば「要塞」の名に恥じない難攻不落と
なる場所なのだが――戦争がない限りは、草花に囲まれる穏やかな街だ。此処で作られたグミやボ
トルは特別質が良く、キムラスカからも買い付けに来る商人が居るくらいだった。
タルタロスから降りるなり、晴佳はげっと顔を顰めた。先に下りていたジェイドも同じ顔をしているだ
ろうなと想像しながら、ガイとティアを従え、イオンを庇うようにして歩み出る。
ふぅ、とため息を一つつき、陰険な目をしながら眼前の連中に向かって、
「どきやがれ阿呆ども」
ばっさりと云い放った。
云われた方の反応はそれぞれで、あからさまに顔を顰めたり戸惑ったりしている。
「ローレライ教団神託の盾騎士団には、マルクトの領地内にある都市の出入り口を封鎖しても良い権
利はなかったように思うが? どうだったかな、カーティス大佐」
――嫌味だな。
(ほっとけ)
「えぇ、ルーク様の仰るとおりです。速やかに道を明けなさい。我が国はダアトからの軍事干渉を一切
拒否しています。まさか……ご存じないわけではないでしょう?」
ジェイドの赤い瞳が、セントビナーの入り口を塞ぐように立っている者達――『魔弾のリグレット』、
『烈風のシンク』、『黒獅子ラルゴ』及び十数名の神託の盾の兵を見据えた。
先頭に立つリグレットはその視線を真っ向から受け止めて、さらっとした顔で云う。
「あぁ知っている。だがこちらも、導師を誘拐されて黙っているわけにはいかないものでな」
「あー……。色々突っ込みどころ満載だから面倒すぎてアレなんだが……」
疲れた顔で晴佳は云う。
だから、そう云うなら直接殴り込む前にマルクト側に通告しろとか、お前らの行為はマルクトに対す
る敵対行為に他ならないとか、導師の意向に逆らっている事実を他国の者の前で堂堂とさらすのは
どうなのかとか、こっちだって王族が乗り込んでる艦を襲撃されて黙ってられねぇとか、まぁ色々ある
わけなのだが。それを懇切丁寧に説明してやる気にはなれなかった。
――疲れてんなぁ。
(おうよ。疲労困憊マックスゲージ振り切り寸前だっつの畜生がー)
さてどうしてくれようかと考えて、晴佳はにっこりと微笑んでみせた。
「よし、お前らの云い分はわかった」
「ルーク様?!」「ルーク?!」
ティアとイオンが驚愕の声をあげ、ジェイドも驚いた表情でこちらを見ている。
ふふんと、シンクが鼻で哂った。
「さすがお坊ちゃま。話が分かるじゃない? さっさと導師を渡し」
「邪魔だからぶち殺そう」
――うぉおおおおい!
薄笑いを浮かべつつ云った晴佳の言葉に、ルークが真っ先に突っ込みを入れる。他の面々は――
ガイを除いて――硬直していた。
真っ先に正気に戻ったジェイドが、冷や汗を掻きながら云う。
「る、ルーク様? それはちょっと短絡思考過ぎるのでは」
「喧しい。俺は物凄く疲れてるんだ。今までバチカルから出た事もなかったのにこの数週間の間で目
まぐるしく状況が変わって今や和平の使者一行でさらに云うなら今までに無いほど禁欲生活だったん
だ! ぶっちゃけ疲れてるっつーか溜まってんだよ! 宿屋についたら一発やらせろガイ!」
「喜んで!」
「いやちょっと待ってくださいこの会話の流れ可笑しいですから! 可笑しいですから!」
――おかしいっつーかキ■ガイ染みてんだけど。
ジェイドへ同意するようなルークの言葉は、残念ながら晴佳にしか聞こえないのだった。
一連の会話で正気に戻ったティアが、両手を組み合わせて頬を染めながらプルプルと震える。うっ
とりとした眼差しをルークとガイへと注ぎ、またうっとりした口調で云った。
「や、やっぱりルーク様とガイって……!」
「ティア、どうしたのですか?」
「い、いいえ、何でもありませんイオン様! 別に私ルークとガイが主従関係の上肉体関係があるな
んてBL小説みたい素敵! なんて思ってません! 思ってませんから!」
「何を云っているんだティアー?!」
照れるあまりぶっ飛んだ発言をするティアに、遠くからリグレットが突っ込む。素晴らしきかな師弟
愛。
――師弟愛とかあんま関係ないような。
(つか、やっぱりティアってその手の知識持ちだったか……。しかもBL派)
新事実だ。なんとなくティアはBLはよくてもサブ系や薔薇族は苦手っぽいなぁと晴佳が思っている
と、ガイがすぅと歩み出た。
剣の柄に手を掛けているのを見てジェイドが慌てて制止するが、ガイは聞いちゃいない。にっこり
と虚ろな目で微笑み――やはり、『ルーク』、ジェイドを除く人間は引いた――、晴佳に向かって云っ
た。
「少々お待ちくださいルーク様。すぐにこいつらを処分しますから」
「ちょっと待」
「おう」
――ふつーに返事すんな! とめろ!
「そして宿屋のベッドで思い切り滅茶苦茶に汚して犯して下さいね! いっそ床でもいいです! ご
無沙汰だった分たっぷりとお願いします!」
――ガイー?!
「おうよ。意識ぶっ飛ぶくらい犯したるわ」
「あんたらはもっとTPOってもんを弁えたらどうなんですかこの変態主従がー!」
「大佐ー! 神託の盾騎士団の前で不味いですって! 大佐ぁー!」
あまりにアレな晴佳とガイに我慢し切れなかったジェイドが思い切り不敬な突込みを入れ、自分の
部下から諌められたりもしたが、ご主人様とペットには関係のない事で。
「よーし、久しぶりだから体位はガイの希望を聞いてやる」
――え。何偉そうにおま
「え……?! で、では、後ろから思い切りお願いします!」
「バックだけでいいのか? つーかつまんねぇよ。もっと面白ぇの希望しろよ」
「”首引き恋慕”を希望します!」
「それなら”松葉崩し”の方がよくねぇ?」
――四十八手ネタを真っ昼間から出すなぁぁぁぁぁ! 聞いてるこっちが羞恥プレイだっつの!
「ちょっと! いつまでエロ喋り続ける気なのさ! いい加減にしてよっ!」
ついには相手方までキレた。年齢的に最も若いシンクが耳まで真っ赤にしながら叫ぶ。
ちなみに。リグレットは耳を塞いでラルゴの後ろに隠れていて、ラルゴは明後日の方向を見て現実
逃避をしていた。突然野郎二人が性交の話を始めれば、現実逃避もしたくなるだろう。
「何だ混ざりたいのか?」
「誰が混ざりたいもんかぁ! そこの眼鏡が云うとおりTPOってもんを考えたらどうなのさ!」
「馬鹿め! 考えてるからあえてやってんじゃねぇか! 人が厭がる事は進んでしましょうって云うだ
ろが!」
「それは人のやりたがらない仕事を率先してこなして周囲を助けましょうって云う美徳の一つだよ!
勝手な解釈しないでよね!」
「おお。犯罪六神将の割りにマトモな突込みを……」
――へぇー。そうだったんだ。知らなかった。
(お、また勉強になったなルーク)
「だ、誰が犯罪六神将だ! 名誉毀損で訴えるぞ貴様!」
復活したらしいリグレットが、若干頬を染めながらラルゴの前に出て『ルーク』を指差して云う。
其れに対して、今度は晴佳が鼻で笑った。
「犯罪だろうが。マルクト籍の軍艦襲撃して、導師イオンが同行する一団に跪きもしないで話しかけ
てきたんだからな」
「……っ」
「神託の盾に属するなら、導師イオンへ最大の敬意を払わなければならない。こちらに用があるとし
ても、まずは導師へ礼を取り、それから発言するべきだろう。……まさかダアトでは不敬は罪になら
ないとでも云う気か?」
真っ当すぎる晴佳の言葉にぐうの音も出ないようで、リグレットもシンクも黙り込んだ。
「キムラスカ王族の前でそのような態度を取っておいて名誉毀損とは片腹痛い。まぁ、そんな訳だか
ら」
にっこり。晴佳は笑って。
「大人しく死ね」
「だから思考が短絡過ぎますよルーク様!」
「ままま待ってくださいルーク! 彼らの不敬は僕が謝りますから命ばかりは……!」
「俺じゃなくてお前宛てへの不敬だっつーに」
――……なんかオレらの方が悪役だぞ。
(今さらだろ)
――開き直りすぎだ!
「ルーク様、処分を開始して宜しいでしょうか?」
ある意味晴佳以上にジリジリしているガイが窺うように云う。晴佳はあぁと頷いて許可を出した。
「俺を早くベッドへ案内できるよう頑張れガイ!」
「お任せを」
「あ、そうだ。十秒以内に終わらせたらフェ■チオさせてやるぞー」
「よしお前ら顔を前に突き出せそのそっ首切り落としてやるぜッッ!」
――ガイが物凄くやる気満々に!
「そんなにルーク様にフェラ■オしたいんですかあんたは!」
「いやあああああッッ! ガイ、待って! お願い待ってぇ! フェ■チオを理由に殺されるなんて教
官たちが可哀想過ぎるからあぁぁぁぁあ!」
「ティア! 若い娘が人前でフェラ■オとか云うな! はしたないぞ!」
「ちょ、自分の弟子に恥じらいがないのが心配なのはわかるけど、今は逃げるよ!」
「あ、待て逃げるな! ルーク様の一物を舌で舐(ねぶ)って咽喉の奥まで咥えてもいい権利が無く
なるじゃないか! 俺のために大人しく殺されてくれ!」
「どんな破綻した理屈だああああああッッ! 一体どうなってんのさキムラスカ国民は!」
――あっ、コラ誤解すんな! 悪いのは晴佳だけでガイは被害者だぞ! キムラスカもまともだぞ!
(え、俺だけが悪いのか?)
大騒ぎとはこの事か。
ガイは秘奥義まで繰り出そうとするし、晴佳は笑って傍観しているだけだし、ルークの制止は晴佳
にしか聞こえないし、ジェイドたちは相手が敵であるにも関わらず庇うし、六神将たちは恐慌するし
で。
結局その場は、
「ととと、とにかく! リグレットたちにはダアトでの謹慎を命じます! 僕が帰国次第査問会議にか
けてマルクトと相談の上処分を決めますから! 命だけは助けてください!」
イオンの必死な訴えによって収まった。
「ちっ。仕方ねぇな……。命拾いしたなてめぇら。次は無いと思えよ」
「え、偉そうだな貴様!」
「どこのヤクザだよ!」
最後の最後までリグレットとシンクは悪態をつきながら部下を連れ、セントビナーから去って行っ
た。ラルゴだけがぺこりと『ルーク』たちに頭を下げて行く。
(最後まで不敬だったな……)
――……どう処分されるんだろー……。
(正直に云えばシンクは俺が欲しい)
――はぁ?! 何だよいきなり。
(どろどろのぐだぐだに汚して仮面の下にある小生意気だろう顔を恥辱で歪ませてやりてーなー、と)
――お前の脳みそにはそれしかねぇのかよ変態!
(ちゃらっちゃっちゃー。ルークは新たな罵倒文句「変態」を覚えて、突っ込みレベルが2、上がった)
――欠片たりとも嬉しくない!
了
修正 2010/08/01
