時間をかけにかけて、自分は図面引きを主な仕事にしている配電工で、決してスパイなどではなく、
気が付けば此処にいたし、どうやって此処に来たのかもわからない。連れとはぐれてしまい困ってい
るのだと、本島は少女に説明した。
最初は全面的に疑われていたものの、誠心誠意、目を見つめて話をしたらようやっと半信半疑にま
でなって、「…まぁいいわ。信じます」のお言葉をいただけた。
ようやくナイフを仕舞ってくれたので、本島は心の底から安堵したけれど、ルークは下唇を尖らせ
て全身で気に入らないと云いながら、少女を睨みつけていた。本島に向けてくれた目はぶっきらぼう
ながらもどこか柔らかだったのに、少女に向けているのはひたすらに敵意に満ちていて、本島は首
を傾げる。
そう云えば、「せんせーに襲い掛かって」とか云っていたような。
− 楽園の道しるべ。3
「あの」
「何ですか?」
おずおずと声をかければ、鋭い声が返ってきた。しかし本島は、ナイフどころか鎌鼬の如き鋭さを
持つ中禅寺の声を知っていたため、少女の声に怯える事はなかった。一度でも背筋が凍りつくよう
な恐ろしさを知っておけば、度胸は勝手に付くものだ。
「貴方の名前を教えてもらえますか?」
「あ……すみません。私はティア。ティア・グランツと云います」
名乗り忘れていた事が恥ずかしいのか。頬をかすかに染めながら名乗る声は柔らかく、最初に感
じた通り、少し不器用で責任感が強いだけの普通の女の子じゃないのかなと、本島は思った。
「ティアさん、か。可愛い名前ですね」
「そ、そう、ですか……?」
「はい。宜しくお願いします、ティアさん」
そう云って本島は握手をしようと手を差し出し、その手をティアも握ろうとしてくれたのだが、
「宜しくする必要なんかねぇよ!」
今まで黙っていたルークに、ばしりと手を叩き落されてしまった。
突然の事に本島は目を白黒させて声も出なかったが、ティアはカッと頬を赤く染めて怒鳴り声を張
り上げた。
「ちょっと! いきなり何をするの?!」
「そりゃこっちの台詞だ! 気安くさわろうとしてんじゃねぇよ! モトシマにナイフ突きつけやがった
くせに!」
「そ、それは……悪かったわ。でも、貴方こそ何なの? 突然現れたモトシマさんに対して、随分優
しいじゃない」
――私にはそんな態度なのに。
声にしなかったティアの言葉が、聞こえたような気がした。
ティアの正論と云えば正論である言葉を、ルークは鼻で一蹴する。
「モトシマはお前みたいにいきなり襲いかかって来たり、ナイフ突きつけたり、偉そうにしなかったぞ。
俺の目を見てちゃんと話したし、云い方も優しかったし! お前なんかよりよっぽどいい奴なんだか
ら、こいつの味方するに決まってんじゃねぇか!」
それはそうだろうと、本島も思う。
自分だって見知らぬ人間と突然三人きりになったら、襲って来たりナイフを突きつけて来る人より
も、普通に接してくれた人の方に心を寄せるに違いない。
最も――表面上優しくしておいて、実は裏では……、と云う人間もいるので一概には云えないのだ
けれども。
「……っ。……それも、そうね。貴方が正しいわ」
ルークから返された言葉に、ティアは俯き加減に同意した。恐らく、本島と同じような事を考えたの
だろう。
しかし困った。
只でさえ宜しくなかったらしい二人のお互いへの印象が、本島と云う存在のせいでさらに悪くなっ
てしまったようだ。本島が居なかったら――此処まで悪化しなかったのではないかと、思う。
ルークは警戒心と敵意が剥き出しだが、悪い子ではないし。ティアも先ほど述べたように只の女
の子だ。何だかんだ云いつつ、二人でやって行けたかも知れない。
もしそうならば、この仲たがいは――
(僕の責任、かなぁ……)
ならば年上として――この二人は十代だろう。多分――場の空気を変えるなり、二人の仲を取り成
すなりしなければいけないと、本島は思う。
しかし本島は中禅寺と違って口も上手くなければ、榎木津のように場の空気をぶち壊す事も出来や
しない。
だから本島は、状況が改善するか悪化するか微妙な言葉を云っていた。
「えっと、……あの。二人はどう云う人たちで、どうして此処にいるんだい?」
その言葉を聞いた二人は同時に本島を見、それからお互いを見て――ルークが爆発した。
「あーっ! そうだお前! 誰なんだよ! 何でヴァン師匠を襲ったんだよ此処どこだよなんで俺が
こんな所に居るんだよ?!」
「私が誰で何故ヴァンを襲撃したかは貴方達に云ったところでわからないでしょうし、関係ない事だ
わ。此処が何処なのか私にもわからない。私たちが此処に飛ばされたのは、私と貴方が第七譜術士
で、私の譜術の振動数と貴方の固定振動数が近かったせいで、衝突した際擬似超振動が発生した
からよ。あまりにも強いから、プラネットストームに巻き込まれたかと思ったくらいだわ」
「だー! ちょーしんどーだぷらねっとすとーむだ、訳わかんねっつーのー!」
心の中で本島も同意した。先ほどから訳がわからない単語がポンポンと飛び出して来て、混乱する
一方だ。
一体何なのだろう。僕が世間知らずだから分からないだけなのか。――……有り得る。
「……貴方といい、モトシマさんといい。世間知らずにもほどがあるわ」
云われてしまった。
「何だとぉ?! てっめ、偉そうに……!」
「ルーク君抑えて。喧嘩は駄目だよ!」
本島に止められたルークは悔しそうに唸りながらティアを睨むが、それだけで終わった。ホッと息
を吐いて、本島は澄ました顔をしているティアに向き直る。
「ティアさん。僕が云えた事じゃないですけど、云い方には気をつけた方がいいですよ。相手を怒ら
せたり不愉快にさせる云い方は余計な争いを生みます。避けるべきです」
「そ――」
ティアは息を飲み、頭を下げた。
「そ、うです、ね。……ごめんなさい。私は、考えが足りないようです」
それを聞いて本島は、やっぱりティアはイイ子だとにっこりと微笑んだ。
その微笑にルークの視線が本島へ釘付けになり、ティアの頬がふんわり桜色になった。
本島は知らない。
自分の笑顔が、平凡で平和で穏やかな、極当たり前の優しいもので。
この世界――オールドラントでは、何よりも稀有なものである事を。
続
加筆修正 2009/10/03
