――……どーすんだよ。
(あー、まぁ、なんとかなるんじゃね?)
 ――だから! 何で! お前は! そう! 行き当たりばったりなんだよおおおおお!
(返す言葉もゴザイマセン)
 ――どーすんだよ! 本当にもうどーすんだよ!
(あーもう、だから何とかするって。てか、よく考えればチャンスだしな)
 ――はぁ? 何のチャンスだってんだよ。
(決まってんだろ。身柄貰い受けるチャンスだってこった)
 ――あ。
(王族誘拐は極刑物の犯罪だが――うまーく利用して、合法的にダアトからぶんどってやる)
 ――……はぁ。
(ため息つくなよ。幸せ逃げるぞ?)
 ――オレの幸せを奪ってる一番の元凶に云われたくねぇ!



 − お兄様と呼んでくれ!



 異変に逸早く気付いたのは、晴佳とアニスだった。二人は同時に馬車の窓から身を乗り出し、向
かっている方向――カイツール軍港を見た。
「アニス、どうかしましたか?」
 護衛の突飛な行動に困惑げな表情を浮かべ、イオンが問う。問われたアニスはすぅと窓から身を
離し座りなおすと、同じく座りなおした晴佳と目を合わせ、頷きあった。
「イオン様。カイツール軍港が襲撃を受けているようです」
「……え?!」
 がたんと、大きく揺れて馬車が止まる。扉が控えめに叩かれた。晴佳が返事をすると、御者の隣
りに座っていたガイが扉を開け顔を覗かせる。
「ルーク様」
「見た」
「いかが致しますか」
 短い言葉を交わす主従を、イオンはおろおろと見守る。アニスは背中のパペットに手をやりなが
ら、晴佳を見つめた。
「……カイツール近辺はディスペラント公爵の領地。盟友関係にあるうちは別荘を置かせてもらって
いる。武人ファブレの人間として、此れを放置するのはよくない選択だな」
 云って、晴佳は立ち上がった。途惑うイオンに此処に残るように告げ馬車から降りると、もう一つ
の馬車に乗っていたジェイド、ティア、ヴァンが丁度駆け寄ってきた。
「ルーク様、あれは……」
「グランツ謡将。俺とガイはこのまま軍港に向かう。貴公は導師イオンの護衛を……」
「いえ、私も参りましょう。キムラスカに居る限り、貴方の護衛をするように仰せつかっています」
「わ、私も行きます、ルーク様!」
 兄に続き、ティアまで震える手でロッドを握り締めながら云う。ジェイドに視線をやれば、自分も
行くと頷かれた。
(わざわざ面倒ごとに首突っ込む事ねぇよなぁ)
 ――晴佳にだけは云われたくないと思うぜ、師匠たちも。
(ほっとけ)
 肩を竦め、晴佳はカイツールから護衛に連れてきたキムラスカ兵に指示を出す。それと同じく、
ジェイドもマルクト兵に指示を出した。
「ルーク……」
 アニスを連れ馬車から降りてきたイオンが、何やら決意を秘めた顔でこちらを見る。何を云いた
いのか瞬時に理解した晴佳は、首を左右に振った。
「イオン。悪いがお前は連れて行けない。何があるかわからないからな」
「ですが……」
 懇願するような眼差しを向けられる。一度こうと決めたら曲げない奴だとチーグルの森で既に知っ
てはいたが、頷くわけにもいかない。
『ルーク』と違い、彼には戦闘能力がないのだ。勿論、戦えるからと云って高貴な立場の人間が危
険に突っ込んで行っていいと云うわけではない。地位の高い人間は安全圏で指示を出すのが仕事
なのだから。
 だが、『ルーク』は武門の誉れ、ファブレ家の人間である。いざと云う時は己が手で戦うのが当然
と云う家柄の生まれであるのと、盟友の領地であるからわざわざ危険な場所へ向かうのだ。これ
がファブレ以外の貴族なら、イオンと一緒に馬車に残り部下を向かわせるだけだ。
(自己犠牲は美徳だが、こいつはトップの自覚が足りねぇな)
 ――長所で短所、って感じ?
(そんな感じ)
 アニスに視線をやると彼女は静かに頷いて、イオンの説得に入った。最も信頼している随行護衛
に云われ、イオンはようやく納得したのか渋々と引き下がってくれた。
「アニス、導師を頼むな」
「はい。ルーク様もお気をつけて」


 *** ***


 晴佳は間抜けにも呆然としてしまった。目の前の光景に、ただただぽかんとしてしまう。
 足を踏み入れた軍港は思ったよりも荒れてはいなかった。建物は派手に破壊されているが、死
人もなく、重軽傷者を回収しながら奥へ向かってみれば。
 恐らく、『ルーク』一行を乗せるために用意されただろう舟の前に、ライガたちが陣取っている。
そのライガたちの中心にいるのは、桃色の髪の――
「アリエッタ!」「アリエッタ?!」
 晴佳とヴァンが同時に少女の名を呼ぶ。呼ばれた少女は一度ビクリと体を硬直させたが、『ルー
ク』の姿を認めるやいなや、幼い顔立ちに似合わない厳しい表情になった。
(な、なんだぁ?)
 ――……お前、何かした?
(してねぇよ! って、お前俺らが和解したとこ見てただろが!)
 ――いや、晴佳のことだからオレの知らない間に何かやらかしててもおかしくないし……。
(よーしコノヤロー。後でオボエテロ!)
 失礼なことを云うルークに内心拳をプルプルさせながら、晴佳はアリエッタに目を向けた。
 ……彼女に厳しい表情を向けられる覚えが、本当にないのだが。
(うーん……。もしかして、クイーンがいないからか? どこかに置き去りにしたとか勘違いされ
てたりして……)
 それはヤバイと晴佳は声をかけようとしたが、それより先にヴァンの叱責が飛んだ。
「アリエッタ……! 一体どういうつもりだ?! このような命令を出した覚えはないぞ!」
「ルーク様……」
 ――うわぁ。
(上司全力スルーした!)
 ヴァンの威厳の無さを目の当たりにした気分だ。いや、身内への躾けの甘さを、と云うべきか。
あのアッシュといい妹といいリグレットといい、……アリエッタといい。部下の躾がなっていない。
 本当にどうなってんだろうなぁ神託の盾騎士団……と晴佳は頭を抱えそうになったが、それより
も先にアリエッタが思いも寄らない行動に出た。
「一緒に、来て、下さい、です……!」
「え?」
 声に出したのはティアだったか。
 気付けば『ルーク』の体は空高く浮き上がっていた。
 ――え?!
(――フレスベルグ!)
 見上げれば、青い雄大な翼を大きく広げた魔物の姿があった。鳥と爬虫類を混ぜた――翼竜
のような姿をしたその魔物はフレスベルグと呼ばれる種で、ライガと同じく知能が高く、他の魔物
とは一線を画する存在だ。
 ライガ種と違い単独行動を好む性質で、同種族同士は勿論の事、多種族とも群れたりしない孤
高の魔物である。他に頼らないと云う事は、それだけ個々の戦闘能力の高さを自ずと示していた。
(こんな奴まで手懐けてんのかよ!)
 驚く晴佳を尻目に、フレスベルグはどんどん高度を上げて行く。落ちたら痛い、では済まない高
さだ。音素を操ればこの程度の高さ無傷で着地できるが、ガイ達はうかつに手が出せないだろう。
 肩に乗っていたミュウが、怖い怖いと泣きながらしがみついてくる。なんとか手を伸ばして丸っ
こい体を鷲づかみ、落ちないようにと懐へ入れた。少しくすぐったいが、落っことすよりマシである。
「アリエッタ! ルーク様を開放しなさい!」
 ヴァンが怒鳴る。だがアリエッタは答えず、軽々とライガの背に乗った。それからキッと目付き
を鋭くさせ、ヴァンとティアを睨みつける。
「ルーク様……アリエッタの恩人……です……! だから、アリエッタ、ルーク様守ります!」
「何……?!」
 地面を蹴り、ライガが走り出す。それと同時にフレスベルグも高度をそのままに移動を開始した。
「待てアリエ」
「ルーク様!」
 ヴァンの声にかぶさるように、ガイが叫ぶ。そしてそのまま手を、腰の剣にやった。
(まずい!)
 ガイの次の行動を、晴佳は簡単に想像する事が出来た。”魔人剣”でアリエッタ及びライガを背
後から攻撃するか、もしくは――型破りにも程があるが――剣をフレスベルグに向かって投げる
かのどちらかだ。後者の可能性は低いが――いくら『ルーク』が音素の扱いに長けている事をガ
イが知っているとは云え、危険すぎる――かと云って前者であっても非常に困る。
 アリエッタは可愛い可愛い妹候補なのだから。
 だから晴佳は思わず――

「ガイ、お座りぃぃぃぃぃぃぃいっ!」
 ――えーっ?!

 そう、叫んでいた。
 ジェイドを始め、ヴァンやティア、軍港の兵士たちまでもがスッ転ぶ中。その声にきちんと反応
したガイは、すとんと、地べたに正座した。
「すぐ帰って来るから心配すんな! 大人しく待ってろおおおおおおお!」
「ルーク様! ルーク様あああああああっ!
 行儀よく正座しながら、ガイはぷるぷると震えつつ飛び去っていく『ルーク』に手を伸ばしてい
た。その目に思い切り涙が滲んでいたが、晴佳は見ない事にした。
 ――ちょ、ば、おま! 何考えてんだよ!
(悪い、アリエッタの無事しか考えてなかった)
 ――馬鹿ー! 馬鹿! ほんっと馬鹿!
(三回も云うなよぅ。傷つくだろー)
 ――うっさい何度でも云ってやる! くそー、オレの語彙力が優れてたら晴佳がべこべこにへこ
んで二度と立ち直れなくなるくらい酷い事云ってやるのにぃぃぃぃ!
(語彙力優れてたら何云われてたんだ俺?!)


 *** ***


 空の旅は思っていたより短時間で終わった。近距離でばっさばっさと羽ばたかれて髪の毛がぐしゃ
ぐしゃを通り越してわからない状態になっているが、とりあえず晴佳もルークも気にしない事にし
た。『ルーク』の髪質に魂をかけているガイが見たら卒倒しそうなのだが、本人たちは後で適当に
手櫛でもかければ直るだろ、程度の認識である。
(あれは……)
 見えてきた建物に、目を瞬かせる。実物を目にした事はなかったが、父たちから話は聞いていた。
(コーラル城じゃん)
 ――……うちの別荘?
(そう)
 約三十年前にあった国境紛争の際、当時のファブレ家当主――『ルーク』の祖母である――が放
棄したものである。そのまま長らく放置されていたが、三年前から復旧作業が行われていた。ただ
城内はともかく、外側はまだ手付かずの状態らしい。傍目にはいまだ放置されているようにしか見
えなかった。
(あぁ、そう云えば此処って――)
 この建物は自分たちに所縁の深い場所だ。
 フレスベルグが高度を下げて行く。どうやら、コーラル城の屋上に降りるつもりらしい。
 屋上に足が着くと同時に解放される。掴まれていた肩をぐるりと回す。普段は獲物を軽々と引き
裂いていただろうその足は、何故かファンシーな模様の布に包まれており――感触からして、恐ら
く綿もつめられている――傷ついてはいないが、凝ってはいた。
 文字にするなら、キュォンと表現できそうな泣き声を上げ、フレスベルグは屋上から飛び去った。
「……なんだって?」
「此処で待っていて下さい、って云ってたですのー」
 懐からもぞもぞと顔を出したミュウが通訳をする。
 ――丁寧だな。
(丁寧っちゅーか。俺らが逃げ出すとは思わないのか? まぁ実際、逃げる気はねぇけど)
 何故ここに連れて来られたか――なんとなく、察しはついているがアリエッタ本人の口から聞か
なければならないだろう。
 ――つーか、俺らどうしたらいいわけ?
(フレスベルグが此処で待ってろって云ってただろ?)
 ――いや、そうだけどさ、何で此処……
 ルークの言葉を遮るように、バサバサと羽ばたく音が近づいてきた。フレスベルグが戻ってきた
らしい。顔を上げれば、青い翼竜と、その背に乗った幼い少女が視界に入る。桃色の柔らかな髪と、
八の字を描く困り眉毛、晴佳を魅了してやまない愛らしい顔立ち。
 間違いなく、六神将≪妖獣のアリエッタ≫だった。
 身のこなしも軽く、フレスベルグから飛び降りたアリエッタが、遠慮がちに『ルーク』の前に立
つ。
「ルーク様……」
 ぬいぐるみをぎゅうと抱きしめ、アリエッタは跪いた。足元で縮こまる少女に視線を落とし、晴
佳は低い声を出した。
「アリエッタ。俺が咎めるのも何だが……自分が何をしたか、わかっているか?」
 びくりと、小さな肩が震える。だが彼女はそのまま黙り込むと云う愚行を犯す事なく、頭を下げ
たまま、途切れ途切れに話し出した。
「わかって、ます。アリエッタ、処刑される、覚悟、あります……」
(それは俺が厭だ!)
 ――オレもアリエッタが処刑されるの、やだなぁ……。
(当然だ! 俺に関わる可愛いものは全て俺の物! 当然アリエッタも俺の物! 勝手な覚悟で処
刑台行きなんて赦せるかー!)
 ――なんか自己中な事云ってる!
(可愛いは正義だ!)
 ――関係ねぇし!
 その覚悟ゆえか、声まで硬くなってるアリエッタを前に脳内漫才に興じる辺り、二人とも余裕で
ある。
 目の前の王族がお馬鹿なやり取りをしているなど露しらず、アリエッタの告白は続く。
「でも、ルーク様、アリエッタの恩人、です……。だから、守りたかった、です……」
「……待て、どう云う事だ?」
 先刻ヴァンに向かっても云っていたが、「ルークを守る」とはどう云う事だろうか。
 少なくともあの時ルークは、自分の護衛騎士、キムラスカ・マルクトの軍人、ダアトの主席総長
と一応その妹に護衛されていた。つまり、現存する三大国家全てから守られていたも同義である。
よほどの事――自然災害やら、テロやら――でもない限り、身の安全は保証されていた。
 その自分を「守護」の場から引き離しておいて、守るとはどう云う事か?
「詳しくは、中でお話、します、です……。でも、その、ルーク様……」
「ん?」
 俄かにアリエッタがそわそわし出す。云っていいか悪いのか、考えあぐねている様子だ。
「なんだ、気になる事でもあるのか?」
「そ、その……」
 そわそわしていた体が、意を決したように静止する。
「おぐし、が……凄い事に、なって、ます……」
「あ」
 ――あ。
 耳まで真っ赤にして云われたアリエッタの言葉に、自分たちの髪がぐしゃぐしゃを通り越して何
だかわけのわからない状態になっている事を、二人は思い出した。



 了


 修正 2011/05/28