・晴佳とジェイド。2「医学編」
「深刻な第七譜術士不足ってのは話したな」
「えぇ。キムラスカの社会問題と一緒にお聞きしました」
「でも第七譜術士がいないお陰で発展したものもあるんだ」
「医学ですか」
「ご明察。譜術で治せないなら人の手で、ってね。学問の街ベルケンドはレプリカ技術で有名だけど、
キムラスカ王国八割の医者を輩出してる名門学院もある」
(残り二割はキムラスカ・ランバルディア王立学問所)
「私も学生時代、特別留学生として学ばせていただきました」
「ほう。マルクトの天才から見てどうかね、キムラスカの医学は」
「驚嘆、の一言ですね。画期的な治療法、想像した事すらない大々的な手術、薬や病名など初めて見
るものの方が多かったくらいです。執刀技術はもはや芸術でしょう」
「そこまで褒めていただけるとは、なんともこそばゆいね」
「凄いものは凄いと褒める主義でして」
「はははこの二枚舌めが。ま、俺たちにはあれが普通だけど、マルクトじゃぁ違うもんなぁ」
「マルクトは治癒術師(ヒーラー)に治療されるのが一般的ですから、医学への感心は驚くほど低いん
ですよ。医者なんて極一握りです」
「治癒術師は怪我や毒素なんかは取り除けるけど、腫瘍や病巣なんかは無理なんだけどなぁ……」
「えぇ。歴代皇帝の中では盲腸で亡くなった方もいるくらいで」
「……キムラスカじゃ考えられねぇな。ま、食料自給率で負けてるキムラスカが、これまでマルクトと互
角で遣り合えたのはそのお陰だけど」
「戦場では怪我も病もつきものですからねぇ……」
「疫病、流行り病で一個師団全滅も珍しくないもんなぁ、マルクトって」
「えぇまったく、頭が痛いですよ。キムラスカがペニソリア(地球で云う所のペニシリン)を開発してから
大分改善されてきましたけどね」
「マルクトで医学が進歩しねぇのってさ、宗教も絡んでんだろ」
「その通りです。体にメスを入れる――ようは体を切り刻むと云う行為に、生理的嫌悪感と拒絶感を持
つ人間が圧倒的に多いんですよ。治療するイコール第七音素の恩恵ですから、それから外れた治癒
を背徳行為と見なすわけです。漢方薬や薬草がよくても、化学薬品は駄目とか。化学だって自然科学
の一部だと云うのにそれが理解出来ないんです。医学に注目し出したのは先帝時代からなんですよ。
私の留学もその一環だったのですが、難色を示す重鎮が圧倒的に多かった。帰国後キムラスカ医学
の素晴らしさを語る機会をいただきましたが、賞賛の言葉は当時の皇帝陛下からしかいただけません
でしたよ」
「あー、わかるわかる。俺の世界でも未だに進化論否定してる某先進国の某州とかあったし」
「は?」
「あ、ごめん。今の忘れてくれ。まぁ要するに、人間って生き物はどうしても宗教と科学を相反するもの
にしちまうんだよなぁ。対立するもんじゃないってーのによ」
「難しいところです。こればかりは時間が必要ですから」
「まったくだ。とりあえず、中毒で死ぬ人間の数減らせよな。中和剤無理矢理飲ませるくらいやれって。
有り得ないだろ、あの数字」
「返す言葉もありませんよ……」
