「出て来いや英士いいいいいッッ! 今日と言う今日はブッツンしたぞゴルァァァアッ!」
「いつもブッツンしてるじゃねぇか」
両手に肉切り包丁を握り締め、仁王立ちしている晴華に至極冷静にツッ込む黒川を、須釜は勇者だ
と思った。
何の勇者って、ツッ込みの勇者。
− 保護者達の日常。
「落ち着いてくれ晴華君」
「黙れ渋キャペ! これが落ち着いてられっか!」
「鳴瀧。此処は食堂で、しかも今は昼時だ。他の選抜の迷惑だろう」
「俺が今さらんな事気にするとでも思ってんのか木田ぁ?!」
「とにかく深呼吸しとけって。ほら、ヒッヒッフー」
「内藤! てめぇバカにしてんのか! あ゛ぁ?!」
キレていながらも、自分を落ち着かせようとしてくる東京選抜保護者三人衆に、晴華は律儀に言葉
を返す。
誰が凄いって。
包丁もって興奮している人物に向かって、ラマーズ法で深呼吸しろと言う内藤が凄い。
はてさて。保護者三人衆が晴華をなだめ、時間を稼いでいる間、都選抜のリーダーシップを取るの
は我らが翼姫だ。
「いつもプッツンしてるけど、今日は一段と凄いから危険度はSだね。
ボランチ三人とDFは他の選抜に被害がいかないように見張って。まぁハルカならそんなヘマしない
と思うけど、一応ね。
残りのMFは、万が一に備えて不破と将を探して来い!」
「郭はいいのか?」
「むしろ近づかせるな。今此処に来させてみろ。確実に内臓を見るぞ」
「了解!」
血ではなく、内臓という辺りが生々しくも恐ろしい。
ちなみに、晴華のプッツン危険度は通常B扱いだ。
Sはかなりの高危険度である。
「FWはどうすんの?」
「危険度がSSS(トリプルS)になったら、晴華に突撃」
「カミカゼ?! 俺たちにカミカゼになれって言ってんのかオイ?!」
「うん。頑張って死んでくれ」
キラキラと光を散らしながら、美少女らしい笑みを椎名は浮かべた。紛う事無き鬼である。
「あ、小岩君。小岩君はMFだから待機だね」
「え、タッキー、俺FWなんだけど……」
「いいから! 無駄に命を散らしちゃだめだよ!」
「ズルイ! 小岩だけずるいよっ!」
「鉄平ちゃんはいいの!」
「うんまぁ、小岩はいいよ」
「せこい!」「ずるい!」
堂々とした小岩ヒイキに文句を言う鳴海と藤代だが、無論誰も取り合ってくれない。
切なげに藤代は黒川を見た。だが彼はそっと視線を外し、あっさりと友を見捨てた。
飛葉中は鬼の集まりである。
「猪突猛進コンビの鳴海と藤代はともかく、なんで俺まで……」
グスグスと泣き出したのは、テクニシャン真田。気分は死地に降り立つ軍人である。
その肩を軽く叩くのは、変人……ではなくて。藤代を涙を流しつつもバッサリ切り捨てた真田の恋
人、黒川柾輝だ。
「安心しろ一馬」
「黒川……?」
先程友人を見捨てたとは思えない、凛々しくも精悍な顔立ちに、真田の胸が高鳴った。
(まさか、「お前の命は俺が守ってやる。命をかけて、な」なんてかっこいい事言ってくれちゃったりす
るのか?!)
青白くなっていた顔に、一瞬で血液が巡った。周りの目がなければ、両手で頬を押さえ、内また気
味になって喜んでいたかも知れない。
真田は、基本的に乙女である。
(は、恥ずかしくて死ねる! でも、嬉しいかもしんねぇ……!)
などと、真田はドリームを炸裂させてくれていたのだが、
「お前が死んだら俺も後を追うから。十一年後くらいに」
「何だその微妙な数字! すぐ追いかけてこいよ! それ以前に、俺のこと守れぇぇええええッ!」
あんまりな恋人の切り返しに、涙目になって無茶苦茶な事を叫ぶ真田一馬。
さすがは選抜の、プライド高きヘタレ姫。期待を裏切らない好反応である。叫ばれた黒川は爆笑
寸前だ。
やはり飛葉中は鬼の集まりである。
「あーっ! てめぇらウルッせぇよ! 此処に英士はいるのかいないのかどっちだッッ?!」
「まぁ待て晴華君。いったい今度は、何をやらかしたんだ郭のヤツは?」
その渋沢の一言で、晴華の怒声がピタリとやんだ。
周りが驚いて見てみれば、彼女は陰険な目付きで渋沢を睨んでいた。背筋が凍りつくくらいには、
陰険な眼差しだった。
「聞きたいか……?」
「え、あ、あの……?」
「英士が何をしたか、本当に知りたいのか渋沢ぁ……?」
あだ名呼びじゃなくなっている。その事に、渋沢は身体の底から身の危険を感じた。
――これ以上つっ込んではいけない。
本能が警鐘を鳴らす。
冷や汗がダラダラと流れた。
「い、いや。えん、遠慮しておくよ……」
両手でそっと、押し留めるような動作をしつつ、渋沢は晴華から距離を取った。
(いったい何をやらかしやがった郭め!)
生命を危機にさらされた渋沢は、八つ当たり交じりに邪念を飛ばした。最も、その邪念があの変態
に効果があるとは思えないが。
「とにかくテメェら邪魔すんじゃねぇ!
俺ぁ英士の(以下、教育上よろしくないので削除致します)で、ウィンナー作ってやんだよ!
これ以上邪魔するなら、渋キャペの腹から掻っ捌くぞッッ?!」
渋沢克朗、激烈とばっちりである。
危険度がSSに上昇する発言に、周りは顔を青くした。
けれど意外な事に、木田と内藤は普通の顔色だった。いや、むしろ、普段より少しばかり頬に赤み
が差している。
照れている等ではなくて、怒りで。
「何……云ってるんだ鳴瀧! 渋沢の腹を裂くなどと!」
「そうだぜ! 鳴瀧、何言ってんだよ!」
二人の怒声に、晴華も渋沢も周りの人間もきょとりと間の抜けた顔になった。
何を言われたか、判断が一瞬つかなかったのだ。
逸早く正気に戻った渋沢の顔に、みるみる笑みが広がっていく。
(二人が……、二人が俺をかばってくれてる!)
それも、ある意味選抜最強の暴れん坊将軍からである。
(ビバ友情! 神様ありがとう!)
両手を胸元で組んで、渋沢は天を仰いだ。
信じてもいない神様へ向け、感謝の意を伝えたくなるくらい、彼は感動したのだ。
だが、しかし。
「渋沢って腹黒なんだぜ?! 腹裂いたら黒い何かが噴き出るだろーが!」
「鳴瀧……俺たちはお前の為を思って云ってるんだからな! 渋沢の腹なんかやめとけ!」
晴華の肩をつかみながらの二人の発言に、渋沢は直立姿勢のままバタンと倒れた。
それはもぅ、素晴らしい倒れっぷりだ。
倒れたのは渋沢だけでなく、周りにいた連中もであったが。
「木田……内藤……。お前ら、俺の事嫌いだろう……?!」
「何言ってんだ渋沢」
「そんなわけないだろう」
「俺、お前の事嫌いだったら常に二メートルは距離おくぜ」
「俺はDFどころか選抜もサッカーもやめて剣道に専念するな」
「サッカーやってたら渋沢の存在が必ずチラつくもんな!」
「ご免こうむりたいぞ、ソレは」
「やっぱりお前ら俺の事が嫌いなんだな?! そうなんだろ?!」
うわぁぁぁ! と泣きながら床と仲良くなる渋沢を見て、木田と内藤は「面白いなぁ」と笑っている。
どうやらこの二人。渋沢をからかっているらしい。
あの渋沢を。
その光景を見て黙っていた晴華は、唐突にフーとため息をつくと、二本の包丁を専用のケースに
すまった。
「どしたの晴華ちゃん?」
「怒ってんのがアホらしくなった」
アレだけ騒いでおいてソレかよ。
などとつっ込む馬鹿は存在せず。
こうして、今日も東京選抜の平和は守られたのだった。
了
加筆修正 2010/02/01
