偶然と云おうか。
 ある意味、運命的と云おうか。
 迷う場面ではあるがとりあえず。
「あれ、お前……?」
「……。ども、山口サン」
 トレセン合宿所の一角にて。
 山口圭介は愛しい恋人木田圭介のチームメイト、黒川柾輝に遭遇した。



 − アホウ鳥の宴。



 外見に似合わず礼儀正しく柾輝は頭を下げた。どうにも不良っぽいなと云う先入観を持っていた
ケースケであったが、少し見方を改める。
「どうしたんすか。こんな寂しい所で」
 まぁ寂しいところだろうとケースケも思う。周囲を見てみればケースケと柾輝以外に人はいない。
 黒川こそどうしたのだろうと思ったが、質問に質問で返すのも失礼と云うものだ。頬をポリと掻い
て、ケースケは答えた。
「圭介探してるんだ。なぁ、見てないか? 俺の可愛い圭介」
「……見てないすよ」
 さらりと恥ずかしい台詞を吐くケースケを、これまたさらりと柾輝はかわした。微妙な微笑を浮か
べている辺り、最後の言葉に突っ込みたい気持ちでいっぱいなのだろう。だが、ケースケのような
手合いに何を云おうと無意味だと柾輝は嫌と云うほど知っていた。柾輝はとても賢かった。
 ともすればそっけない柾輝の言葉に、ケースケは「そっかぁ……」と呟いて項垂れた。
「ところで山口サン。一馬……えっと、真田見てないですか。U−14の真田一馬」
「真田? 仲良し三人組の釣り目ちゃんの事だよな。見てねぇよ?」
 そう云ってケースケは、まじまじと柾輝の顔を覗き込んできた。
 遠慮のない視線に流石の柾輝も身を引いてしまう。しかし目を逸らす事はなかった。なんとなく、
視線を外したら負けだと思ってしまうのだ。
 視線を外せないまま柾輝はケースケの顔を観察する。やはりと云うか――良い顔立ちをしてい
た。
 翼のように少女めいた美でもなく、水野のような正統派美少年でもない。端整ではないのだが、
見る人間を惹き込むカリスマ性を思わせる顔と云うか。上手く表現できる言葉があるとしたら、や
はり――良い顔と云うしかない。
「な、んすか。人の顔、じろじろ見て……」
 それは柾輝も同じなのだが、先に見ていたのはケースケの方だと開き直る事にした。
「んー……。黒川と真田って仲いいのか?」
「は? えぇと……」
「真田ってさ、人間関係がいつもの三人で完結してるだろ? 他に友達いないかと思ってた」
「……」
 あー良かった、安心したーとケースケは何やら勝手に納得している。いや、彼なりに一馬の人見
知り具合を心配しているのだろうが、それにしても酷い言い草だ。
 ケースケが無神経なのか。それとも大して親しくもないだろう他人に人間関係を心配されるほ
ど友達の少ない排他的な一馬が悪いのか。

 ――柾輝としては前者を推してやりたい所だが、事実は後者だろうなぁと冷静な脳みそが云う。
 と、云うか。
「俺、一馬の友達じゃないんですけど\」
「え? 名前で呼んでるのに? それとも東京選抜じゃぁ名前で呼び合う習慣が……いや、圭介は
そんな事云ってなかったような……」
「えぇと、俺と一馬は世間一般で云う所の恋人同士と云う奴でして、ぶっちゃけあんたと木田さんと
一緒なんですよね、みたいな……」
 ケースケと木田が恋人関係になったと云う話は、もうトレセン全体に轟いている。別に二人が公
言したわけでもない。自然と知れ渡っていたのだ。
 まぁかの有名な激ウマ司令塔が周りの目を気にもとめずデレデレした顔で、他選抜のDFにまと
わりついていれば、嫌でも察してしまうわけなのだが。どうにもこうにも目立つ二人だし。
 しかし柾輝と一馬はそうでもない。
 無名の柾輝と違い、一馬は有名選手の一人だ。ケースケや渋沢ほどでは無いにしろ、人目を集
める。
 だからだろうか。
 人目がある時、一馬は柾輝にあまり近づいてこない。人前で甘えたりするのは、彼の矜持が許さ
ないのだろう。その意思を尊重して柾輝も東京選抜以外の目がある時には、あまり一馬に構わな
いようにしていた。そのため二人が恋人関係にある事を東京選抜以外の人間は知らない。
 別に公言する事でもないだろうと柾輝は思っている。しかしケースケになら、自分から話しても良
いと思った。どう云ういきさつだか知らないが、木田が選んだ人物なのだ。信用に足る人間だと思っ
ている。
 それより柾輝としては、木田が話していない方が驚きであった。男と付き合っているならば、自分
のチームに居る同性カップルについて話していそうなものだけれど。
 つらつらと考えながら、柾輝はチラとケースケの様子を窺った。さて、どんな顔をしているか。窺い
見て――柾輝はビクッと肩を跳ね上げた。
「……っ」
 頬を真っ赤にして目をうるうるさせて胸の高さで両手を握り締めて、云いたい事があるけれど上手
く口が動かないのと云わんばかりに唇を震わせている。
(…………メチャメチャ嬉しそうな顔してるよこの人)
 アレだ。
 ちょっと穿った見方をすると、ケースケが今にも柾輝に対して告白しそうな顔だ。
 こんな現場を誰かに見られたらどう云い訳しようかと、ちょっと柾輝は考えてしまった。
「そ」
 ごくりと、ケースケが息と唾液を飲み込む。
「そうだったのか黒川! ばっかおめー、早く云えよな! 云えよな! なんだよもう! 俺とお前同
志じゃん? てかもう親友じゃん?!
「お、落ち着いて山口サン! 色色待って! なんかぶっ飛んでないかあんた!」
「山口サンなんて他人行事に呼んでんじゃねぇよ! ケースケって呼びな兄弟!」
「いやいやいやいや! 親指立てながら白い歯を輝かせてえぇ笑顔してないで! つか兄弟?!
随分とかっ飛んだなぁ! とりあえず 落 ち 着 け よ !
「ごぶふぁっ!」
 柾輝、突然の暴走ケースケについて行けず、うっかり不良時代に鍛え上げた右ストレートを決め
てしまう。
「ああああ……、す、すいませっ……! つい! ついうっかり! 山口さんが錯乱したかと思っち
まって……!」
「ふっ……、いいって事よ。男は拳で語って友情を築き上げるもんだろ……!
「……外見に似合わず古い友情観すね……」
 とりあえず、柾輝の暴挙を許してくれるらしい。トレセンの最中暴力沙汰など笑えないので柾輝は
ホッとしたが、よくよく考えてみれば別にどうでもいい事だったかも知れない。
 東京選抜の間で右ストレートなど、児戯にも等しいのだから。
 そう云った結論に落ち着く辺り、柾輝も大分東京選抜の歪んだ世間に染まっている事がわか
る。

「んでさ、柾輝」
「あれ?! いきなり名前呼び?! どこで好感度フラグ立ったんだ!
「ばっかおめー、お互い男の恋人持ちじゃねぇか。細かい事は放っておいて仲良くしようぜ!」
 ぐっと親指を立たせ、ケースケは笑顔で云い切った。なんかもう、本当に細かい事は放り出して頷
いてしまいたくなるようないい笑顔だ。
 どうやら、妙なシンパシーを持たれたらしい。いや、好意を持って接してもらえるのは嬉しいが展開
が急すぎる。

「いや実はさー、ちょい困ってたんだよ俺」
「はぁ……」
「ほら、男に片想いしてる奴は結構居るんだけどさ、付き合ってる奴の話って聞かないじゃん? だか
ら相談できる相手がいなくってさー」
「あぁ……」
 少しだけだが、柾輝は納得した。どうしてあんなにもケースケが舞い上がったのか。
 別に悪いことではないのだが――むしろ、柾輝自身にどうこう云えた身でもないのだが――どうも
トレセン内では男に片想いする男共が多い。
 特に、風祭将へ恋する連中が。
 片思い中の奴らと云うのは、とにかく自分が悲劇だか喜劇だかの主人公だ。自分の恋が報われな
い限りは、他人の恋などに構っていられない。両思いの相手から相談されたりしたら、そっと視線を
外し哀愁を漂わせて「俺は相談に乗れる身の上じゃないよ……」とかわすか、怒髪天を突かれ「てめー!
俺に喧嘩売ってんのかー!」とキレるかのどちらかだろう。
 ちなみに柾輝は、よく後者の反応をされている。
 そんな中、対等に話せる、悩みを持ちかけても一緒に悩めるだろう存在に出会えたのは、確かに
嬉しい事だ。
「と云うわけで、さっそく相談があるから裏庭行こうぜ! あそこいい感じに人いないし、ベンチがある
から相談場所には持って来いだぜ!」
「いやその……だぜって。。つか、人がいないのは寒いからで――って俺の話し聞きましょうよちょっ
と待て俺は一馬をって人の話を聞けぇぇぇぇぇぇえっ!
 叫び声も虚しく。
 柾輝は腕をつかまれずるずると引き摺られて行った。勿論抵抗したのだが、柾輝の力ではケースケ
に抗う事が出来なかったのだった。
 ――この馬鹿力で木田さんを押さえ込んだのか……と、柾輝が思わず遠い目をしてしまったのは内
緒である。

 *** ***

 突然始まった裏庭相談室は、色黒の柾輝を真っ白にさせて終わった。
 何故ってその相談内容が性関係の話ばかりだったからだ。
 確かに柾輝は、若干十四歳にして経験豊富だが、八つ橋に包まず剛速球のアレな質問ばかり食
らわされれば燃え尽きもする。

 ゴムの付け方をキラキラした目で聞かれた時、柾輝は確かに死にたくなった。
「ふーん、なるほどな。勉強になる」
「……良かったすね」
 ひくひくと頬を引き攣らせて、柾輝はなんとか笑って見せた。
「つか、あんた。マジで木田さんが初めてなんすね」
 少し意外に思う。
 前にも云ったが、ケースケは人を惹き付ける性格と顔立ちをしている。男女両方に好かれやすい男
なのだ。
 勝手な見解だが柾輝は、ネコとして誰かのお手つきか、タチとして経験済みかと思っていた。経験者
でもない限りいきなり自分より背が高く体格のいい相手を襲ったりしないだろう。返り討ちにあう可能性
が高すぎると、少し考えればわかるからだ。
「うん。圭介が俺の初恋かな」
「……」
 いやそうじゃなくて! とか、遅っ! とか、初恋が濃すぎる! とか、云いたい事はいっぱいあった
けれど、柾輝は我慢した。人の趣味にとやかく口を出すのは野暮すぎる。
 だが、自分ばかり答える側と云うのも不公平だろう。ちょっとくらい好奇心を満たすためにこちらから
聞いてもいいはずだと、柾輝は自分を納得させた。
「山口サ」
「ケースケ」
「……ケースケさんは木田さんのどこを好きになったんですか」
 柾輝にとって木田と云う存在は、チームメイトであり頼りになる年上の一人だ。しかしそう思えるよう
になったのはそれなりに時間がかかった。
 確かに木田は優しく頼れる人ではあるが、顔が少し怖い。整った顔立ちであるのだが、強い眼光と
眉間に寄せられたシワのせいで気安く声を掛けられる人ではないのだ。そう云った所は、親しみやす
いケースケとは対照的である。
 同じチームの柾輝でさえ、最初から木田に好意を持っていたわけではない。親しくなるのに軽く一ヶ
月は必要とした。それなのに、会って二日程度のケースケが何故すぐに木田へ好意が抱けたのか。
即行動へ移して恋人になれたのか、柾輝には謎だった。
 聞かれたケースケはきょとんと幼い顔をして、それから照れくさそうに笑った。
「……惚気になっちまうけど、いいかな?」
「聞いたのはこっちすから。いいすよ、別に」
 惚れた理由を聞いた時点で、その程度覚悟済だ。ある程度の理由ならば、受け入れてみせようと云
う気概を、柾輝は持っていた。
「……一目惚れかなぁ」
「ひとめぼれ?」
 まるで初めて喋った子供のような拙い声で、ケースケの言葉を反復した。一目惚れって――あの木
田圭介に? あの長身ガタイ良しの恐持てに?
 柾輝の困惑など全く意に介さず、ケースケはうっすらと頬を桜色に染めながら言葉を続けた。
「吃驚したんだ。初めて圭介を見た時。背筋も周りの空気もピンッて弦みたいに張っててさ。あいつの
周りにだけ空気が違って見えた」
 確かに、木田は背筋がしっかりと伸びているし、どこか張り詰めた空気を持っている。実家が道場だ
そうだから、そのせいかも知れないと柾輝は思う。あれは一般的家庭の子どもが持てるものではない
だろう。
 そう云えば、女形を舞う家生まれの子は独特の空気を持つらしい。その空気は決して後付けでは持
てない。華とも色とも艶とも云えるそれは、生まれた環境で付加されるのだそうだ。
 木田が持つあの独特な空気はそれに近いかも知れない。
「その空気がさ、神社とか寺院とか……聖域って云うの? そう云う場所に近いように見えたんだ。
不可侵って云うか、誰にも汚せないよって云われてるみたいで、なんか眼が離せなくってさ。気が付い
たら――」
 右手を胸の辺りまで持ち上げて、ケースケは微笑んだ。
「手を伸ばしてた」
「……」
「『あの綺麗な生き物が欲しい』って思ったんだ」
 それで手に入れてしまったのだから、ケースケは凄い。素直に柾輝は尊敬した。
 人は聖域を尊び、保護しようとするがその反面、恐れ拒絶するものだ。綺麗なものを好きだと云い
ながら遠ざけようとする、目を逸らしてしまう。
 それはきっと、そんなものが側にあると自分の醜さが浮き彫りになってしまうからだ。美しいものた
ちとは決して相容れない事実を自覚して、悲しくなってしまうからだ。
 綺麗な生き物を欲しがると云うのは、己の醜さを突きつけられると同義。
 それを柾輝は、嫌と云うほど知っていた。
「……そんな所かな」
「そ、……すか」
「なんだ、反応薄いなー。俺ドン引きされる覚悟で云ったんだぜ?」
「いえ、その」
「うん?」
「……案外真面目な理由だったんで、面食らったんすよ」
「どう云う意味だ!」
「あはははは」
 噛み付いてくるケースケを笑顔で誤魔化す。そうか、そうだったのかと、柾輝は笑った。
 正直、自分もドン引きするのではないかと思っていた。こんな真っ当な理由だなんて思いもしなかっ
た。なんせ初接触でやる事やってしまったと云うのだから、実は真性ゲイで木田の外見が好みで即行
手をつけましたくらい云われる覚悟をしていた。
 だから、ほっと安堵の息をこっそりと吐いた。
 良かったと、思う。木田の恋人がこの人で。この人ならばきっと、木田を傷つけたりしないだろうと思っ
た。
 ふと腕時計に眼を落とす。大分話しこんでいたようで、気づけば話を開始してから一時間以上も経っ
ていた。
「うわ、ヤバ……!」
「へ? ……あっ、もうこんな時間?! わり、柾輝! つい話しこんじまって……!」
「いえ、こちらこそ。そろそろ一馬の頭も冷えてる頃すから」
 そう云って苦笑した柾輝に、思い浮かんだ疑問をケースケは真っ直ぐぶつけてみた。
「冷える……って、なんだ、喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩と云うか――」
 その時、柾輝は口が軽くなっていた。
 少し深いところまで話しこんだからだろうか。普段なら適当に誤魔化すだろう事を、さらりと口にして
しまっていた。

「――フェラ■オ強要したら逃げられたんすよ」

 偶然側を通りかかり、不幸にもその卑猥な言葉を聞いてしまった関東選抜の大塚兼太郎が頭からこ
けたが、柾輝もケースケも気付かなかった。
 気付かなかったが、柾輝はやばいと口を押さえた。確かに深いところまで語り合った仲であるし、性的
質問に答えた身の上ではあったがそれでもいきなりこれは無いだろう自分!
 これでは自分がドン引きされると冷や汗を掻いたが、その心配は次の瞬間掻き消えた。
「あ、柾輝もかー」
「は?」
「俺もちょっと野外プレイでもどうだ、って聞いたら花瓶で頭殴られてさー。圭介ってば怒ってどっか
行っちゃうし」
「……」
 それは怒るだろう。
 自分と同類の不埒者を前に、柾輝は己を棚上げにして頬を引き攣らせた。と云うか、花瓶で頭を殴
られて無傷とはどう云う事だ。逃げられたと云うからにはそれなりにダメージを受けているハズなのだ
が、怪我はどこにも見つからない。
「ったく、本気で殴るんだもんなぁ。俺じゃなかったら頭蓋骨陥没くらいしてたっての
「……」
 それほどの力で殴られて何故平気なのか。聞こうと思って、柾輝はすぐにやめた。
 思えば、東京選抜にはよくある現象だ。
 どんな大怪我しようとも三秒で復活する変態がいるくらいなのだから。
「じゃぁ、またな柾輝! 今日は話せて楽しかったぜ!」
 そう云ってケースケは爽やかに片手をふりふり、走り去って行った。それを見送ってから柾輝も立
ち上がり、ぐっと背伸びをする。
 驚いたり焦ったり安心したりで疲れたが、なんだか充実した時間を過ごした気分で。
 珍しく柾輝は穏やかな笑みを浮かべた。
 台風が走り去って行った方向を見ながら。

 *** ***

 その後。
 突然お互いを、「柾輝」「ケースケさん」呼びし始めた二人に対して一騒動あるのだが――
 それはまた、別のお話。






 兎巳様へ捧げます。


 加筆修正 2010/01/18