――風祭将をどう思いますか?
このような質問をした時、大抵の人間はこう答えた。
「素直ないい子だと思う」
性格的に少し捻くれた人間はこう答えた。
「たまに鬱陶しいけど、いい奴だと思う」
どちらの人間も、優しげに目元を緩めて云っていた。
つまり風祭将と云う人間は、大なり小なり差はあるものの、関わりを持った人間の多くに好意を向
けられる存在なのだと察する事が出来る。
しかし。
風祭将と特に親しいはずの四人は口を揃えてこう云った。
「風祭将は、恐い」
その四人は風祭将に対し好意を持っている事は間違いない。なのに「恐い」と発言した。
体格は小柄。
性格は温厚。
笑顔は爽やか。
人を傷つける事を良しとしない。
絵に描いたような「いい子」である風祭将の、一体何が怖いと云うのか。
検証してみたいと思う。
− 研究者のささやかな好奇心。
「晴華さん!」
心の底から笑みを浮かべて、恋人の名前を呼んだ。
彼女が振り返るより先に、華奢な背中に飛びつく。薄い腹に手を回し、背中にぐりぐりと頭を押し付
ければ、「くすぐったい」と小声で咎められた。
それを見た周りの少年達の一部が、この世の終わりでも見たかのような絶叫を上げる。
「何だよ、将。どうしたんだ?」
飛びつかれた晴華は、周りの雑音など一切気にしない様子だった。肩越しに振り返った顔は、小さ
な笑みを浮かべている。
彼の細い手首を掴み、前へ――自分へと引き寄せてさらに密着させ、微笑を深くする。そうすれば
将もまた微笑んで、頬を温かな背中へと擦り付けた。
二人とも言葉を交わさず、ただ戯れるように触れ合うだけだった。幸せそうに頬を緩め、幼子のよ
うにじゃれ合う。
ふいに晴華は、将の小さな手を持ち上げ自身の口元に持って行った。きょとんとする顔に微笑みか
けてから、晴華は絆創膏まみれの手に静かに口付けた。
途端、将の頬がぱっと桜色に染まった。その顔色を隠すかのように、背中にぎゅうぎゅうと顔を押
し付ける。
それがくすぐったいのか、晴華は声を立てて笑った。
そんな、誰が見ても幸せの一言な光景を見ながら、
「ぐっ……ハルカの奴……」
「風祭とイチャイチャしやがって……っ」
「ずーるーいーぃぃぃ」
「うぅ……、風祭……。晴華君より俺と……!」
将に絶賛横恋慕中の選抜面子が、負け犬チックに遠吠えをする。
それを見ながら、木田は深いため息を着きながら一言。
「不毛だな……」
身も蓋もない。いっそ非情だ。
無情な木田に、渋沢が拳を握って叫んだ。
「うるさいぞ木田! 既に幸せを謳歌しているお前に、俺たちへ突っ込みを入れる権利はない!」
「別に突っ込みを入れたつもりは無いが」
「あーぁ。ぼくも木田さんみたいに恋人欲しいなぁ。カザ君限定で」
「最初から潔く、「風祭が欲しい」って云え杉原」
「むしろ「鳴瀧から奪ってやる」くらい云え」
「そんなむぼ……豪気な台詞云えるの、渋沢さんくらいだって」
「何云ってるのさ若菜。俺だって云えるよそれくらい。当然、将と晴華の正面を切ってね!」
両手を腰にあて胸を張り、不敵な笑みを共にそう云い放ったのは。
見た目は可憐な美少女、中身は勇敢な猛者。
DF陣の女王、我らが舞姫椎名翼だった。
周りの少年たちが、容姿に似合わぬ豪気な物云いに、思わず感嘆の声を上げる。
だが、しかし。
「でも、玉砕してたら意味なくね?」
冷酷なまでに冷静な、柾輝の突っ込みが入った。彼自身の鋭い三白眼の如く、切れ味抜群の突っ込
みだった。
一拍だけ静寂が空気を打ったが、次の瞬間。
「うるっさいよマサキィッッ!」
「げふぅっ?!」
翼の膝蹴りが、見事に―――六助の腹に入った。
「ごるぁマサキ! 六助盾にしてんじゃないよ!」
「そうだなぁ。蹴り一つでノックダウンじゃ盾になんねぇし」
哀れ六助。柾輝にポイ捨てされる。
そう云う問題では無いと何人かの常識人が突っ込みを入れていたが、生憎と、柾輝は右から左へ聞
き流していた。
最近の黒川は鬼畜路線で行くのかなぁと、遠くから眺めていた伊賀は思った。
「椎名。何時の間に玉砕してたんだ?」
一部の人間が六助に同情しホロリと涙を零す中。「お前のその言動は計算なのか天然なのかはっき
りしろ」と常々云われている渋沢が、またもや、腹黒なのか素なのか分からない発言をかました。
とても穏やかな笑顔と穏やかな声音で、軽快に翼の怒りに油を注いでいる。
元より短気な翼は、その一言で柾輝の時同様血管をぶっち切った。
「黙れ渋沢! 俺は玉砕したって諦めないからいいんだよ!」
「いや、俺としてはむしろ諦めて欲しうげふっ!」
「お前は人生を諦めてしまえ老け面ぁぁぁぁぁぁあっっ!」
渋沢の人生を全否定しながら。疾風の如き翼の突きが、渋沢の水月にめり込んだ。
守護神と名高い渋沢も此れには地面を転がってもんどり打つ。その滑稽な様をつい笑ってしまった
鳴海は、「その笑い方が腹立つ」と八つ当たり気味に一本背負いされた。
*** ***
「皆さん何をしてるんでしょうね?」
晴華にぺったりとくっ付いたまま、呑気な声音で将は言う。
「ははは。何してるんだろうなぁ」
恋人のささやかな質問に、晴華は笑いながら答えた。
何がどうなっているのか。どうしてそうなっているのか。
全て理解していたのだが、それでも晴華は敢えてはぐらかした。
気が付けばグラウンドは死屍累々。無傷で立っているのは自分達を含めて少数のみ。
特別な事をした訳ではない。
ただ、将が晴華に抱きついただけでこの騒ぎ。
*** ***
「俺な、あいつが怖い」
金髪の少年はどこか楽しげな表情で云う。
「あー、俺も怖い」
色黒の少年はどこか遠くを眺めつつ云う。
「俺もだね」
変態と名高い少年はいつもの無表情で呟く。
「……俺も」
少年のような容姿の少女は肩を落とし気味に云った。
――風祭将が、怖いと。
彼の些細な言動が、行動が、下手を打てば東京選抜と云う一つの組織を全滅に追い込みかねない。
素直な行動。
素直な言葉。
をれがもたらす周囲への被害は心底計り知れない。
それでも彼を愛する周囲の人びとは口を揃えて、「素直ないい子」と評するのだった。
それは決して、嘘ではないのだ。
ただ、彼の言動に伴って一騒ぎ起こるだけの話だ。
「いい奴なんだけどなぁ……」
「素直なだけなんだよ……」
「それであれじゃぁね……」
「……なんちゅーか、ポチの問題ゆぅより、周りの連中の問題ちゃうの?」
了
加筆修正 2009/08/02
