化生は優しい夢を見る。 序、「綺麗なお人形が在りました。」



 むかーしむかし、ある所に、とても美しい子供が”在りました。”
 職人が己の魂の全てを懸けて作り上げた人形のように、その子供は美しく、他人の目を奪い、心
を乱す”物”でした。
 人間の生々しさを与えない、無機質な美貌を持つ子供は、大勢の人々から愛されていました。
 作り物と侮るなかれ。人の手で生み出された芸術品は、必ず人の心を奪うのです。
 絵も、彫刻も、文字ですら、時に人の心をかき乱す魔性の力を持っています。
 ずっと眺めていたい、手に入れたい、見せびらかしたい、自分だけの物にしたい、いくら金を出し
てもいいから欲しい。
 人にそう思わせる力を、作り物は確かに持っているのです。
 そしてその子供は、そんな美しさを持っていたのでした。
 作り物のように美しく、けれど生きている生身の人間。二つの最高を持ち合わせた子供に、人々
は心を奪われます。
 けれど子供は、自分の祖父しか愛していませんでした。
 両の親は美しい子供より、病弱な兄を愛していましたし、兄は自身の事で手一杯なようでしたから、
子供を構ってくれた家族は祖父しかいなかったのです。構ってくれない家族より、構ってくれる家族、
構って来る他人より、構ってくれる家族を、子供は愛しただけなのです。
 誰が悪いのかと云われれば、きっと子供以外の皆が悪かったのでしょう。
 美しい子供を放ったらかしにした両の親も、自分の事しか見ていなかった兄も、よそへ目を向けさ
せる努力を怠った祖父も、愛でるだけだった他人も、皆等しく悪かったのです。
 でも子供は悪くありません。何故なら子供は美しいだけの、ただの子供だったからです。与えられ
た物を素直に受け取り、それを素直に返す子供でしたから、何も悪くはないのです。
 だから祖父が死んでしまった時、寂しさに耐えかねた子供が”籠”の外へ飛び出してしまったのは、
周りの人間達のせいでした。
 誰も教えてあげなかったのです。
 子供が美しい事も、子供の家がお金持ちであった事も、お家の中とお家の外は全くの”別世界”で
あった事も、死んだ祖父には二度と会えない事も、誰も教えてあげなかったのです。
 だから、お外へ飛び出した子供は悪い悪い男達に”持ち去られてしまいました。”
 美しい子供でした。金持ちの家の美しい子供でした。悪い人から見て、これほど素晴らしい”物”は
ありませんでしょう?

 悪い人達は悪い事をするから悪い人です。
 悪い人達に”持ち去られた”子供は、とても酷い目に遭いました、とても哀しい目に遭いました。良い
人達は決してしない悪い事を、悪い人達は子供にしたのです。
 多分、最初の歪みはそれでした。
 美しいだけの子供に、美しくないひびが入った、最初の出来ごとです。
 恐らく、その時点ではまだ、”修理”が出来たのです。ちゃんと間違わないで、正しい方法で”直して
あげれば”、子供はちゃんと美しい子供に戻れたのです。
 でも周りの人達は間違えてしまったので、ひびはさらに大きくなって、時間が経てば経つほどに、酷
い歪みへとなって行きました。
 けれどひびが入ったのは内部の事でしたので、外面の美しさしか見ていない周りの人達にはわかり
ませんでした。
 気付いた時には、もう遅すぎました。
 歪みに歪んで、捻じれに捻じれた子供の中身はもう元に戻せないくらいに壊れ切ってしまいまして。
 人形と呼ぶ事も、人間と呼ぶ事も出来ないような、そんな”もの”が出来上がっていたのです。
 人は”其れ”を、化生(けしょう)か物の怪と呼ぶのでしょうか。
 周りの人達は、子供を勝手に愛して、勝手に壊して、勝手に人間以外の別物にしてしまったのでし
た。


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 此れはそんな”モノ”のお話です。
 どうしようもないくらいに歪みに捻じれ、壊れてしまったのに美しい。
 そんな化生の、お話です。