「ねぇ、教えてよ。どうして僕の掘った穴が分かるの?」
「お教え出来ません」
 繰り返される言葉に、僕はため息を一つついた。なんて強情。編入生と云えど、流石は一年は組
と云ったところか。あの子ら、みーんな変な所で強情なんだ。
 全く、人の自信作を尽(ことごと)く粉砕しておいて、なんて云い草だい。
「それは困る。教えて貰わないと、僕は君と穴に落とせない」
「最近保健室周辺と一年長屋に落とし穴が多いと思ったら」
「勿論僕だよ。標的は君」
 云えば君は、死んだ魚のような虚ろな目に、確かに苛立ちの色を浮かべた。
 おや、何だか嬉しいな。僕に乱されてる君って、結構可愛いじゃないか。
「一度でいいんだ。君を落としたい」
 でも、わざとなんて止めてね。そんなのつまらない。
 本気の穴に、本気の君を落としたい。それでもって、呆気にとられた顔や、驚いた顔、怒った顔が
見たいんだよ。
「厭です」
 曖昧な笑みを浮かべて、いけずな事を云う。
 酷い酷い、僕は本気なのに。
「ねぇ、教えてよ。どうして僕の掘った穴が分かるの」
 最初にした質問を繰り返す。
 けれどやはり君は頭を左右に振って、教えられないと云う。
 それはきっと、忍びとして正しい。
 自分の手の内を見せない。実力を隠す。忍びにとって大切な事。(それを分かってない奴が、この
学園には多いけど。僕を含めて)
「どうして教えてくれないの?」
「……」
 あれぇ、黙ってしまったよ。
 元からあまり喋る子ではないようだったけれど、人の言葉には必ず答えていたのに。
 ねぇねぇ、喋ってよ。
 君の平坦な声、僕、結構好きなんだけど。
「ねぇ、鳴瀧」
 両手を肩にかけ、するすると動かし、細い首に添える。
 途端、鳴瀧から殺気が迸った。
 虚ろな目に光が入る。それ以上触るなと、瞳が怒鳴る。
 嗚呼、変な子。とってもとっても、変な子。
 死んだ魚のように虚ろな青い目に、疲れたように曖昧な笑みを浮かべる顔。
 それが、気になって仕方が無い。
 ねぇ、本当の君は、もっと明るい子ではないの。元気な子ではないの。本当は、もっともっと強い子
なのではないの。
 そんな事を妄想する。だって私の本気の穴を、いとも容易く退けた子なのだもの。
 きっとこの子は凄いのだと、確信とも云える予感があるんだ。
 なるたき、はるか。
 君の本気が見たいんだよ。本気になってよ。
 僕に、ねぇ、
 本気になって?
「接吻してよ。そしたら、放してあげる」
 云った途端。
 一度だけ小首を傾げた鳴瀧は、迷いなく、僕の唇を吸った。
 柔らかな唇の感触が心地よくて、僕は静かに目を閉じた。



 − 接触から愛情。



 うぼえ。
 やっべ、変な声出た。心の中でだけどな!
 最近上級生の皆様方に目を付けられ気味の鳴瀧晴佳でございます。
 ……ざけんなっ!
 何が悲しくて上級生! どうせなら下級生のぷにぷに可愛子ちゃん達に目を付けられたい所
存!
 ショタコン? 失礼な! ガチムチよりぷにぷにの方が好きなだけだ!
 あぁ本当に、三年生以下のぷにり具合と云ったら神の作品ではないかと云うレベルだ。穏やかそう
な可愛い系好きとしては、三年は組の可愛子ちゃん二人に挟まれたいな。あの二人マジ可愛い。侍
らせたい、本気で侍らせたい。
 それに引き換え上級生と来たら……。忍者なもんだから細身ながらもがっちり鍛えてやがるし、し
かもどいつもこいつとネアカと来たもんだ! 根暗な美形好きとしては悲しい限り。
 僅かな期待を寄せていた中在家長次君は、残念な事にネアカだった。いやいや、無口無表情に
騙されちゃいけねぇ。
あの人ぁネアカだぜ。七松小平太君とタメ張れるし、冗談も云えるし、ノリも密
かにいいしな! なんたる無念。あんたに一縷の望みを掛けていたと云うのに!
 と云う訳で、個人的に上級生って皆アウトなんだよな。触ってもおもんない。
 なのに、寄って来るのは上級生ばっか。今も四年生のあや、あや、あや……なんだっけ、まぁいい
や、あや君に絡まれてる所ですよ。
 スコップ担いだ男に迫られるって軽い恐怖じゃねーのマジ。背後壁だし。いや、いざとなったら倒せ
るからいいけどさ。プロの暗殺者舐めんなよ! おめーらとは年季が違うんだよ学生共が! と、云っ
てやれたら良いんだが。云える訳ねぇよって話な訳でして。
 だって誰が信じるよ。このちんちくりんな外見で、私は実は女で年齢はごにょごにょでプロの暗殺
者業やってうにゃうにゃ年だなんて!
 謎の補整が効いてる乱太郎の親友二人くらいじゃないか。
「ねぇ、教えてよ。どうして僕の掘った穴が分かるの?」
 円らなお目目、外見だけはベリーキュートなあや君が問いかけて来る。くそ、これでガチムチでな
ければよいのに……!
 穴掘りまくってるから、この人筋肉すげーんだよね実は。着やせするタイ
プだからぱっと見わかんないけどさ。
 その問いかけに私は笑みを浮かべて、「教えられない」と云った。
 厭だってさ、嗅覚で分かります、なんて云っても信じて貰えないだろ普通。乱太郎やきり丸は素直
なのとしんべヱと云う前例がいるから信じてくれた訳でさ。ふつーは「土に人の匂いが移ってるので
わかる」なんて云っても信じねぇって。
 そんな信じて貰えない話をわざわざすんのって面倒だしねー。
「それは困る。教えて貰わないと、僕は君と穴に落とせない」
 何だとこのガキ。
 どーりで最近私の行動範囲に落とし穴が多いと思ったら!
「勿論僕だよ。標的は君」
 悪びれもせず云いやがった! なんてこった!
 私は引っかからないからいい、なんて云ってられねぇんだぞホント! 乱太郎には始終くっ付いて
るから庇えるけど、他の保健委員や一年生がガンガン落ちてんだからな!
 まぁそのお陰か、最近伏木蔵と数馬君が私にべったりで嬉しい限り。ほら、私、穴の場所分かるか
ら、さ……! 頼りにされちゃってる訳ですよげへへへへへ!
 右手に乱太郎、左手に伏木蔵、そして背中に数馬君! 何と云う完璧なフォーメーション! 何
と云うぷにぷに天国!
 これで前に左近君が来たら最強なんだが、左近君は残念ながら私を頼っ
てくれません。
「あほのは組に頼るくらいなら落ちた方がましだ!」とか云って潔く穴に落っこちてる。
 潔い、潔いが……おばちゃん寂しいよ!
 あ、伊作君は六年生のプライドに懸けて一年生には頼らないそうですよ。うん、だから一番穴に落
ちてんの伊作君じゃないかな。可哀想にと思いつつ、ぷぷーと噴き出してしまう私は紛う事無く鬼だ
と思うね。
 ご先祖様はね、うん……。あの人、不運委員会のくせに不運じゃないから。いや、本人いわく、「こ
こぞと云う時に不運」らしいんだけど、普段穴に落ちたりしないからいいんじゃないかな!
「ねぇ、教えてよ。どうして僕の掘った穴が分かるの」
 うお、また聞かれた。しつこいなー、この子。もうこうなったら教えてもいいような…………いや、待
てよ。
 つまりあや君は、穴の場所が分かる私をどうにかして落としたい訳だよな? 負けず嫌い的なあれ
でさ。
 じゃぁ、私が嗅覚で分かってますよって云ったら……しんべヱも標的にされるんじゃね?! だっ
てしんべヱも鼻滅茶苦茶良いし! 本気で私並みなんだあの子!
 いやでも、しんべヱは私並みに嗅覚鋭いけど、まだ嗅ぎ分けは上手くないんだ! 校庭の中にぽつ
んとある落とし穴の存在は分かっても、連続で作られた落とし穴――タコつぼ――はそれぞれの匂い
が邪魔をして分からなくなるらしい。
 だだだだだ、駄目だ駄目だ! 私はいい、仮に落ちたとしても自力で脱出出来るからまだいい。で
もしんべヱは無理だ。あの子体重いくつあると思ってんだ。運動神経もあんまり良くないし。引き上
げるのも一苦労なんだぞ!
 私だけならまだしも、しんべヱまで標的にされたら、マジ阿鼻叫喚の地獄絵図だよ!
 駄目だ! 教えられん! 此れ以上、保健委員会と一年は組の平和を乱されてたまるものか!
 そう思い、首を横に振って全身で拒否を示したのだが、このあや君と来たら、「どうして教えてくれな
いの?」と来たもんだ。
 しつけーなおい! 何なんだ! 教えられる訳ねーだろお前なんかに! この穴掘り小僧めが! 教
えて欲しけりゃ穴掘るの止めろってんだ全く!
「ねぇ、鳴瀧」
 むかぷんしながら黙っていたら、突然首にさわられた。
 ……冷てぇな! な、何だこの子の手、すっげ冷たいんですけど! あわわ、鳥肌が立つチキン肌
になる! 今まで氷でも握りしめてたのかこのやろー! 嫌がらせか!
 えぇい触るな触るなと払いのけようとしたのだが、それより先にあや君が云った。
「接吻してよ。そしたら、放してあげる」
 ほわい?
 何故いきなりちゅーしろと云う話になる?
 まぁしかし、それで放してくれると云うなら別にいいか。払いのけるのも感じ悪いしな。今さらキスの一
つや二つで騒ぐ年齢でも無し。……あれ、自分で云ってて涙出て来たコレ。
 仕方なしにひょいとちゅーしてやれば、あや君は無防備に目を閉じた。目を閉じたあどけない顔はか
なり可愛かったが、やっぱりガチムチなんだよな……。どさくさで触った胸はとても硬かった……。
惜しい、実に惜しい……!
 あ、しまった。どうせなら穴掘り止めさせるべきだったなー、ちぇー。私のきっすも安くなったもんだぜ。
やっぱこれも年のせ……あれ、涙出て来たコレ。
 自虐ネタはよそうな自分!



 了


 綾部は不思議ッ子! と思ってたらこんな出来に……。
 この話の晴佳さんは結構な御年。もうおばちゃんどころかぶっちゃけ(強制遮断)